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2009年6月30日

ウソの看板は降ろそう

「非核3原則」は虚構だった--元外務事務次官の村田良平氏(79)が、そういう意味のことを新聞記者に語った、と今朝の新聞は伝えている。私が確かめたところでは、『朝日』と『日経』がこの記事を載せているが『産経』はなぜか無視した。また、掲載した両紙の見出しは私の表現のように“刺激的”ではなく、「米軍の核兵器持ち込み 元次官“密約文書あった”」(朝日)と「60年日米安保で密約 “有事の国内核配備も対象”」(日経)という表現だ。が、『日経』が載せている村田氏との一問一答を読むと、どうも「非核3原則」そのものが日米の合意でないように解釈できる。だから、私はあえて冒頭のように表現した。

「非核3原則」とは、核兵器を「持たず」「作らず」「持ち込ませず」という日本政府の方針で、1967年12月に当時の佐藤栄作首相が国会で表明して以来、歴代の内閣が“堅持する”と言ってきた。このうち時々問題になるのは3番目の「持ち込ませず」という原則で、この「持ち込む」という言葉の意味があいまいなため、米軍の艦船や航空機が日本の領土内に一時的に「立ち寄る」場合、これを「持ち込む」と解釈するかしないのかで、日米間の大きな理解の差が生まれる。アメリカ側ですでに公開されている資料によれば、1960年の安保改定時には、核兵器を積んだ米軍艦船の寄港などは「持ち込み」に含まれないとの“密約”があったとされている。これに対し、池田勇人内閣は、寄港も持ち込みに当たるとの解釈を打ち出して、それ以来、政府はこの見解を維持している。

 改定安保条約には「事前協議条項」というのがあって、在日米軍に核兵器を含む大きな装備の変更が行われる際には、事前協議をすることが定められた。日本政府は、核の持ち込みがあるならば、アメリカはこの取り決めにしたがって事前に日本に協議を求めてくるはずだが、これまでそういう要請は1度もないから、核の持ち込みはなく、したがって非核3原則は守られている--という論法を繰り返してきた。しかし、この事前協議の対象として、核兵器搭載の航空機や艦船の「領海通過」や「寄港」が含まれないとしたら、米軍の核兵器は何十年もの間、日本の領土に入ったり出たりしていた可能性が強い。ということは、「非核3原則」は実質的には「2原則」に過ぎなかったことになる。
 
 私は、1981年の元駐日アメリカ大使のライシャワー氏の発言や、2000年のアメリカ外交文書の公開によって明らかなように、「非核3原則」とは日本の国内向けの政治標語であり、日米の政府間には「非核2原則」しかなかったと考える。外交に機密事項があることは当り前であり、それを「ない」と言い張るのは、あまりにも見え透いたウソである。それに、「核持ち込み」の問題は、冷戦時代には国家存亡の重要さをもつ抑止力の成立にかかわる。もっと分かりやすく言うと、「日本の国土やその周辺に核兵器があるかないかがよく分からない」ということが、潜在敵国に対して抑止力をもつのである。核兵器は、その所在が分からないことが重要なのだ。これは、国の防衛について少し勉強した人なら誰でも知っている事実である。だから、ウソをつくのはもうやめよう。
 
 政府はもう「実は、非核2原則だった」と発表すべきである。北朝鮮の核開発の問題がこじれている現在、これはアメリカの“核の傘”を強化する効力をもつから、日本の国益にもかなうのである。私は、村田元外務次官の今回の発言は、その目的でなされたのではないかと思う。『日経』の記事によると、外相経験者である自民党の町村信孝氏は、村田発言に対して「公務員の守秘義務は死ぬまであるのではないか。そこをどう考えているのか」と不満を漏らしたそうだが、公務員は国民の意思に対しても忠実でなければならない。国民は真実を知るべき時期に来ている。そして、冷戦後の新しい外交・国防政策を選択すべきときは、今なのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月29日

多様なる幸福

 アメリカの黒人音楽を世界に広めたポップ界の“スーパースター”、マイケル・ジャクソンが亡くなった。50歳の突然の死で、薬物の過剰摂取が疑われている。子どもの頃から才能を認められ、数々のヒットを飛ばし、巨万の富を得たが、やがて様々な奇行やスキャンダルが報じられ、巨額な訴訟費用で財産を減らし、そして、再起を期している時、突然の死を迎えた。才能も、名誉も、富も得た彼だが、はたして幸福な人生だったろうか、と思う。
 
 6月14日の本欄では、元米時事週刊誌『タイム』の国際問題担当記者だったピコ・ライヤー氏(Pico Lyer)の「幸福とは、我々の環境条件にあるのではなく、そこから何を得るかにある」という考え方を紹介して、日時計主義との共通点を指摘した。日時計主義は、すでに与えられているものを十分に感謝して受け、人々と共有するところに幸福を見出す。この考え方によると、幸福とは、「神の恵みへの感謝と、それを他者と共有するときに味わう一体感」と言えるだろう。となると、幸福とは一種の“主観的感覚”というようにも聞こえる。別の言い方をすると、客観的条件がどんなに(悲惨)であっても、本人が幸福だと感じていれば、そしてその幸福感を(少数であっても)他者とともに味わうことができれば、それが幸福ということになる。
 
 この論法をジャクソン氏の生涯に適用させると、彼の人生が幸福であったかどうかは本人に聞いてみないと分からない、ということになる。しかし「死人に口なし」だから、本当のことは分からない。わずかに分かるとしたら、彼が死ぬ間際にダイイング・メッセージでも残していて、そこに「私は幸福だった」という意味のことが書いてあれば(あるいは録音されていれば)、本人の公私の生活がたとえどんなに荒んでいても「マイケル・ジャクソンの人生は幸福だった」と言える。こういう言い方に何か問題があるだろうか? あるとしたら、それは何か?
 
 読者は、この論法に違和感を感じるだろうか。私は少し感じる。その理由は恐らく、一般に「幸福」を考えるときに、我々はそれを測定するための何らかの“標準”や“基準”があると考えているからだ。まったく基準がなく、「本人が幸福だと思えば幸福」なのでは、「幸福を追求する権利」などというものは、ほとんど意味がなくなるような気がする。なぜなら、人間というものは、奇妙なことを含めて、ほとんどあらゆることに幸福を感じるからだ--「爪を噛む」「吊革を集める」「ガンダムを収集する」「皿を割る」「女装をする」「公園で裸になる」「バンジー・ジャンプをする」……等々。
 
「幸福は死ぬ時に決まる」という考え方がある。ある人が若い頃からどんなに成功し、名声をほしいままにし、大金持ちになり、美女と結婚し、幸福な家庭をもち、社会のために尽くし、人々に尊敬されたとしても、歩道橋に落ちていたバナナの皮で足を滑らせて転落死したならば、その人は不幸だということになる。少なくとも、古代ギリシャ人はそう考えた。哲学者のサイモン・クリッチリー氏(Simon Critchley)は25日付の『ヘラルド朝日』紙に、そういう意味のことを書いている。この考え方は、上で触れた“幸福主観論”と180度異なるものだ。幸福とは、本人の主観とは関係なく、他人がその人をどう語るかによって決まるというのである。だから、死に方が愚かであれば、その人は幸福とは言えなくなる。

 この考えを“客観的幸福”と呼べば、前に書いたのは“主観的幸福”といえるだろう。この両方の意味で幸福な人は、本当に幸福なのかもしれない。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月28日

生長の家つくば会館

 今日は生長の家の講習会のため、茨城県つくば市に行った。前日の天気情報は雨模様ということだったが、幸いにも曇りで涼しい1日となった。会場となった「つくば国際会議場」には2,381人の受講者が集まってくださり、静かで和やかな雰囲気の中で講習会がもてたことは、誠にありがたかった。受講者数は前回よりも301人(14.5%)多く、教区幹部の皆さんの一丸となった推進--組織的には白鳩会と青年会--が成果を伸ばす原因になったようだ。また、午前の私の講話に関する質問も15通と、この規模の講習会としては多く、受講者の方々の関心度が高いことが窺えた。
 
Tsukuba1  講習会終了後に、最近新築なった「生長の家つくば会館」へ立ち寄った。茨城県は、筑波山(876m)を境にして地理的に大きく南北に分かれるらしく、教化部会館は北部の中心である水戸市の近く(ひたちなか市)にあるが、人口や信徒数では水戸にひけをとらない南部のつくば市には、大きな拠点がなかったという。そこに今回、地方道場が完成したことで、南部の信徒の活動が盛り上がりつつあるという。頼もしい話ではないだろうか。つくば会館は、外観が一見して“洋風”の雰囲気をもった木造平屋建築だが、中へ入ると和風である。そのTsukuba2 印象を強く与えるのは、大道場の床の間に「実相」の掲額があるからだけでなく、柱や欄間や窓枠がすべて黒で統一されているからだ。この直線的な黒と、明るい色の壁や天井とのコントラストが美しく、宗教施設にふさわしい荘重な雰囲気を醸し出している。私はなぜか、熊本城や松本城を思い出していた。

 さらに特筆すべきは、道場の窓の工夫だ。住宅地に建てられた道場だから、早朝行事や見真会などで使う場合、近所の家に“騒音”と感じられる音を出してはいけない。その点、窓は一番外側にペアガラス(2枚ガラス)がはめられているだけでなく、その内側にスライド式のガラス戸がもう1枚付けられている。そのおかげで、内部の音はほとんど外へ漏れないそうだ。

 “炭素ゼロ”の運動を推進するためには、教化部などの中心施設に大勢の人を集める方式を改め、運動の第一線に近い多くの“拠点”を活用する必要がある。そういう中で、このような地方道場ができたことは時宜に即した動きと言わねばならない。茨城県での今後の運動の発展が、大いに期待されるのである。

 谷口 雅宣

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2009年6月26日

宗教の社会的貢献

 地球温暖化抑制や貧困撲滅という人類的・国際的要請との関係で近年、企業の社会的責任が注目されている。英語ではコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティー(corporate social responsibility)といい、「CSR」と略称される。企業が国際化し巨大化すると、一国の法律では規制できない数々の“網の目”をかいくぐって、多国籍企業が利潤追求のために“不正”を行える可能性が増えてくる。また、大企業は、工場や事務所の進出や撤退、投資、M&Aなどを通じて、地域社会や一国の経済にも影響を与える可能性をもっている。そういう点に着目して、企業活動に倫理的な判断を要請する考え方である。宗教の世界では、あまりそういうことが言われないが、私は公益法人である宗教こそ、そういう視点に敏感であるべきと思う。
 
 現在、宗教法人を含めた公益法人制度の見直しが行われているが、その背景には、きっと上記のような企業活動に対する社会的要請とのバランスの問題があるのだと思う。つまり、現在、宗教法人は原則的に収益に対して非課税である。その理由は、「宗教活動=公益」という古い、単純な考え方によって、宗教が“公益”を目的とした法人(公益法人)だと見なされていてるからだ。しかし、実際の宗教活動の中には、必ずしも公益とは呼べないようなものも含まれるとともに、「宗教法人」という看板を隠れ蓑にして、公益目的でない(もっとありていに言えば、詐欺的な意図をもった)団体が活動する余地が残されているからだろう。私はもちろん、宗教は公益に貢献していると信じる。しかし、宗教は基本的に「心」を扱うものだから、外からは分かりにくいところがあり、それが「うさん臭さ」や「教団の利益優先」というようなマイナスの印象を生んでいることも事実である。
 
 そこで、そういう誤解を払拭するためにも、社会的貢献の“客観的な指標”があるならば、宗教団体はそれを活用して、わかりやすい形のCSRを行う義務があるのではないか、と私は思う。生長の家が、環境経営の国際指標である「ISO14001」の取得に乗り出したのも、そういう視点があったからである。今日、生長の家は国内にあるすべての事業所で「ISO14001」を取得しただけでなく、海外に於いても取得への取り組みを進めている。が、この取り組みだけで社会的責任が果たせているとは思えない。そこで、現下の喫緊の課題である地球温暖化抑制のために“炭素ゼロ”(二酸化炭素の排出をゼロにする)という高い目標を掲げた運動が開始されたのである。その考え方にのっとり、生長の家は排出権を購入し、信徒の移動で排出されるCO2を金銭的に相殺するカーボン・オフセットを一部で実行し、さらに植林活動などを展開している。
 
 が、この“炭素ゼロ”を目指した運動は、しかし1つの矛盾を抱えている。それは、現在の社会全体が、まだ化石燃料を主要エネルギーとする産業構造と政治制度を温存しているからである。この環境の中では、何かを強力に推進しようとすると、必ず化石燃料を燃やすことにつながる。その逆に、化石燃料を燃やさないようにすると、宗教活動を推進することが困難になりがちである。この矛盾を乗り越えるためには、宗教団体内部の努力だけでは、どうしても限界がある。社会に対して、化石燃料を燃やさない方向へ動くように、何らかの働きかけをする必要が生じてきているように思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月25日

天女山を歩く

 今日は、午後から天女山へ行った。この山は、八ヶ岳のうちの編笠山へ上る登山道の入口にある山で、標高は1,529メートル。とは言っても、頂上まで舗装道路がついている。天女山へ行った理由は、妻が午前中、草茫々の山荘の庭を片づけている時、ジゴボウとKaimentake いうキノコを見つけたからだ。このキノコは、本欄に何回も登場しているが、カラマツタケともいって、カラマツ林によく出るイグチ科の食用キノコだ。正式には「ハナイグチ」と呼ぶ。シーズンは秋で、こんな時期に出るのは珍しいが、山荘近くで出るときは、天女山ではもっと多く出ていることが多いので、「ひょっとしたら」と思ったのである。が、カラマツ林の急坂を30分ほど歩いて、収穫はゼロだった。食用にならないドクササコの類、腐食菌のカイメンタケ(=写真)のようなものしか見つからず、わずかに妻が、古くなったベニハナイグチを1株見つけただけだった。キノコは出ない時にはまったくないので、諦めるほかはない。
 
 ここ1年ぐらい前から、天女山の植生が変わってしまった。恐らく間伐の影響だと思う。密生していたカラマツ林の間伐してくれるのはいいが、伐った木が倒れたままで放置されているのだ。今日もキノコを探すときに、ゴロゴロとした倒木の間を注意して歩かなくてはならなかった。これでは、キノコのシロは破壊されたままだろう。天女山山頂の木には、山梨県県有林課の貼紙が掲げてあり、「FSCの森林管理認証を取得し、環境に配慮しながら管理経営しています」と書いてある。FSCとは「Forest Stewardship Council」(森林管理協議会)という国際非営利組織で、森林管理の専門機関なのだろうが、伐った樹木を何年も放置しておいて、キノコがあまり生えない森にしておくのがよいことだとは、私には思えない。秋になってもキノコが出ないのであれば、一度県に尋ねてみようと思う。
 
Mtimg090625  山荘に帰ってから、ジゴボウをスケッチした。茶色と黄色の組み合わせが美しいと思った。ミソ汁や酢の物によく合う。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年6月24日

山荘閑話

 1カ月半ぶりに山梨県大泉町の山荘に来た。妻のブログの読者はすでにご存じだろうが、近くの「まきば公園」というところへ行き、レストランで昼食をいただいた。そこは南東向きの緩やかな斜面の中腹にあり、ヒツジや馬が放し飼いにしてある牧場が見える。そういう環境だと野生のシカも警戒心をゆるめるのか、食事中に500メートルほど先の森の蔭から親子らしい3頭が姿を現し、草を食む様子が眺められた。
 
Sheepeat  食後にヒツジと交流をもとうと思い、躊躇する妻を尻目に柵に入って行った。ヒツジたちも食事中で、近づいてくる人間にはほとんど注意を向けず、ボリボリボソボソ……という音を立てながら、ただひたすら牧草を食べていた。妻は、ヒツジを撮影する私の写真を公開しているが、私はそのカメラから覗いたヒツジの写真をここに掲げる。顔の黒いヒツジの群れの中に1頭だけ、顔の白いやや大型のヒツジがいて、私たちはその役割が何であるかを想像したが、結局よく分からなかった。
 
 田舎へ行くとうれしいのは、新鮮で豊富な野菜や果物が安く手に入ることだ。スモモ、モモ、デラウエア(ブドウ)、皮付きのベビーコーンなどを買った。半分は東京で消費する予定だ。食べるだけでなく、そういう食材の外観の美しさも味わいたい。山荘に帰ってから、PC画のスケッチをした。
 
Vegita2  山荘では、アリの行列に驚いた。体長5ミリほどの小型だから恐ろしくはないが、風呂場の壁に黒い線を引いたように往来しているのは、何となく不気味である。入浴前に排除するかとも思ったが、そのままにした。ただし、妻はアリが出てくる穴を塞ぐことを主張したので、それもいいかもしれないと思った。彼らの反応を見たかったからである。アリは「社会性動物」の典型として生物学者がよく研究対象にする。私は生物学者ではないので彼らの生態をよく知らないが、隊列を作るときには仲間の“体臭”をたどっていくと聞いていたので、出入口をふさがれた彼らがどうするか、興味があった。体臭の原因は「蟻酸」という物質で、アリに鼻を近づけるとその臭いがする。
 
 浴室の板壁にアリが入る穴と出る穴が1つずつあって、その間の数メートルを彼らは往来していた。彼らの通り道に湯船の縁がかかっていたので、風呂に浸かりながら、行き場を失った彼らの行動がよく観察できた。2カ所の穴は、セロテープでふさいだ。が、彼らは何事もなかったように同じ道を歩き、穴がないことを知ると、来た道を帰っていくのである。しかし、来た道の終点もセロテープでふさがれているので、そこからまた元来た道を引き返す。そういう歩行を続けているうちに、浴室が温まって湿度が上がってきたことと関係するのか、ときどき立ち止まって触覚をなめるような行為を始めた。が、不思議なことに、道から外れることがない。「別のルートをたどれば外へ出られるかもしれない」とは思わないようである。そして、20分もたつと、道の隅の方に何匹もが黒々と集まって動かなくなってしまった。
 
 人間だったら、こんなことには決してならないだろう。人の後に従っていくのは確かに「安全」なことが多いが、“異常事態”を感知したら、パニックに陥って無秩序な行動に出る人が多いことは、よく知られている。その際は、社会性が一時的に失われて個人性が表面に出るのかもしれない。アリはその点、社会性を維持したまま、異常事態を切り抜けてきたのだろう。その理由は、人間とアリの脳の機能の違いによるに違いない……そんなことを考えながら、私は風呂から上がったのである。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月23日

ツイッターは“諸刃の剣”?

 5月23日の本欄で「ツイッター」という短文専用のミニブログの大盛況ぶりを紹介したが、イランの大統領選挙をめぐる混乱の中で、治安当局によってテレビや通常のウェブサイト等の情報手段を奪われた“改革派”の市民が、ツイッターやユーチューブなどを使って“西側”の支援を受けながら抗議活動を展開していることが伝えられている。これに対しイラン当局は、BBCやタイム誌などの外国のメディアを締め出す一方で、革命防衛隊傘下の民兵組織を使って“改革派”の抗議を鎮圧していると言われる。しかし、“改革派”は、その弾圧の様子を映像と音声で記録してツイッターやユーチューブに登録することで、かつては一流メディアにしかできなかったような生々しい現場報道を全世界に流している。インターネットの驚異的な底力を示していると思う。
 
 上記したサービスに加入している読者はすでにご存じかもしれないが、「Iran」「Iran election」などのキーワードを入れて検索すると、そういう映像や写真、関連記事を簡単に見ることができる。これらの中には、一流メディアが自己規制によって流さないような残酷なシーンも含まれているから、注意してほしい。
 
 私は「インターネットの驚異的な底力」と書いたが、この“底力”とは技術力のことだから、政治的対立の中で使われる場合は、当事者双方に利用されるものだ。ところが、今回のイランの内政混乱では、“改革派”のネット利用ばかりにメディアの注目が集まっている。そして、彼らの動きが、かつての「ベルリンの壁崩壊」や「イラン革命」をもたらした“草の根”運動に比較されていることに、私はどこか危うさを感じる。“市民”が使える技術は“反市民”も使えることを忘れてはいけない。その使用を当局が禁止しないということは、使用させることによって得られるメリットを失いたくないからかもしれないのだ。
 
 そういうことをエウゲニー・モロゾフ氏(Evgeny Morozov)が22日付の『ヘラルド朝日』紙の論説欄に書いているのを読んで、私は「なるほどそうだ……」と思った。その記事は「ツイッターは諸刃の剣」という題で、今回のイランの“改革派”の抗議活動にツイッターが使われていること関して、次のように指摘する--
 
「抗議活動を組織することは、それを宣伝することとは相当異なる。前者には厳格な秘密が要求されるが、後者はその全く逆を目指している。ツイッター上でデモ活動の支援について語ることは、政府やその支援者から不必要に注目されることになるだけだ」

「ツイッター上に彼ら(保守派)の声がないということは、彼らが自分の支持者を組織するために同じ道具に頼っていないということではない。彼らは彼らの場所でペルシャ語でやっていて、我々はそれがどこかを知らないだけかもしれないのだ」

 このように、インターネットの“底力”は今や一国の政治状況に影響を与えるほどになっている。それは“諸刃の剣”だから、マイナスの影響があることも考慮しなくてはいけないが、プラスの影響を考えたとき、宗教運動への有効な利用をもっと積極的に検討する時期に来ていると思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月22日

絵封筒便り

Efuto090615  最近、描いた絵封筒を3点紹介する。
 
 赤レンガの建物は、石川教区の講習会で金沢へ行ったときのもの。夕食前、散歩した中央公園に建っていた近代文学館のスケッチである。手前にある白いテーブルと椅子のセットは、実際はもっと沢山あって人が何組か座っていたが、省略して図柄を単純化した。
Efuto090618  
 マンゴーは、宮崎の旧友から送ってきたもの。あまりにも見事な色艶だったので、食べる前に絵封筒に描き、礼状とした。
 
 タマリ漬は、昨日の栃木教区での講習会の帰途、宇都宮駅で買ったもの。駅の土産物売り場には、たくさんの種類のタマリ漬が売られているが、原産地Efuto090622 表示に注意して妻が選んだ。私は、パッケージの緑とラベルの色具合いに惹かれた。切手に注意してほしい。横浜開港150周年記念のものだが、切手とその外枠にまたがって描かれた絵を使って、封筒に印刷されたホテルの名前を隠している。

 谷口 雅宣

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2009年6月20日

もっと野菜を食べよう

「世界に住む人の6人に1人が飢えている」--そんな報告書が出た。国連の食糧農業機関(FAO)が19日に発表したもので、栄養不足の“飢餓”の状態にある人口が昨年より1億500万人増えて、今年中に10億2千万人になるというのだ。飢餓人口増加の原因は、昨年からの世界的な経済危機や食糧価格の高止まりなどで、20日付の『朝日新聞』によると「6人に1人」という割合は過去最悪なのだそうだ。

 FAOの予測では、昨今の経済危機の影響で、今年は先進国から途上国への投資が前年比で32%減少するだけでなく、途上国への援助(ODA)も約25%減少する。また、食糧価格の高止まりは、新興国での需要急増やバイオ燃料への転用拡大などで続いており、2006年の水準と比べるとまだ24%も高いという。世界で飢餓人口が多い地域は、アジア・太平洋が6億4200万人でトップ。続いて、サハラ以南のアフリカが2億6500万人、中南米が5300万人という。
 
 もちろん、日本人も経済危機の影響を受けている。ところが、「生活全般に満足している」人の割合は、3年前から16.5ポイントも増えて55.9%いるのだという。19日に内閣府がまとめた今年度の「国民生活選好度調査」の内容を、今日の『産経新聞』が伝えている。それによると、「暮らしが悪い方向へ向かっている」と感じている人の割合は89.5%おり、「老後の生活の見通しは明るくない」と答えた人も87.9%と大部分だった。ところが、「生活全般に満足しているか?」との質問には、10.3%が「満足」と答え、45.6%が「まあ満足」と答えた。これに対し、「不満」は5.6%、「どちらかといえば不満」は14.1%だから、日本は本当に恵まれているのだ。因みに、24.2%は「どちらでもない」と答えた。
 
 だから、日本人はもっと「人に与える」ことをしないといけない。私は、不況下で生活の満足度が「上がっている」ことを問題にしているのではない。それは大変結構なことだが、それで“自己満足”しているのではいけないと思う。「6人に1人」が飢えている世界を前にして、「私たちは生活に満足している」と言っても「それが何だ?(so what?)」と言われるだけだ。何か「他に与える」行動を起こすべきではないだろうか? それにはいろいろな選択肢があるが、最も簡単で、自分のためにもなり、他人のためにもなるのが「もっと野菜を食べる」ことだと思う。言い換えれば、「肉食を減らす」ことだ。肉食が飢餓や地球温暖化の原因になっていることは、すでにいろいろの所に何回も書いたから省略する。
 
 元ビートルズのメンバーの1人、ポール・マッカートニー氏は菜食主義者で知られているが、この15日に、地球温暖化を防ぐために「ミートフリー・マンデー」(meat-free Monday、肉抜き月曜日)というキャンペーンを始めたそうだ。畜産業から排出される温室効果ガスの排出を減らすためという。『朝日新聞』が20日の夕刊で伝えている。肉主体の食生活をするイギリス人にとっては、「1週間に1日」の肉抜きは“適当”かもしれない。が、魚もよく食べる我々日本人には、「週に2~3日」の肉抜きも不可能でないと思う。その代り、おいしい野菜を食べればいい。殺生を減らせるし、健康にもいいし、生活の満足度も向上すると私は思う。
 
Peppers  なぜそう思うか? 野菜にはいろいろの種類があり、どれも皆「美しい」からだ。それに比べ、肉は美しいだろうか? 私は野菜や果物を絵に描くことはあるが、肉を描きたいと思ったことはない。自分の皮膚の下に似たようなものがあることを知っているからだ。そんなことを思わないですむ“肉抜きの日”をつくって、野菜や果物の絵を描く--それだけで満足度が2倍も3倍も向上するのではないだろうか。

 最近、美しいパプリカをいただいたので、絵に描いた。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月18日

映画『路上のソリスト』

 休日を利用して、妻と日比谷へ映画を見に行った。イギリス人監督が、ロサンゼルスの路上生活者と新聞記者の心の交流を描いたドキュメンタリー調の映画で、実話にもとづいている。騒々しい路上で一人でバイオリンを弾いている黒人のホームレスの男に注目した新聞記者が、ふと相手に声をかけてみると、その男がニューヨークの名門音楽学校に通っていた、と漏らす。プロの“勘”で「面白い話」が書けると感じた記者は、取材を進めていくうちに、そのバイオリニストはチェロの奏者であり、プロになれなかった事情がしだいに明らかになる。そこで記者は、プロへの復帰の道を開こうとするが……というような筋だ。クラッシク音楽--特にベートーヴェンが好きな人には、お勧めだ。また、ロサンゼルス市の「スキッド・ロウ地区」と呼ばれるスラム街の様子(ただし、実写ではない)がふんだんに出てくるから、社会見学もできる。が、考えさせられたのは、心に病のある人を、社会として、また個人としてどう扱うべきかという点だった。
 
 これは、あくまでも私の個人的見方である。ついでに、もう一つ個人的な観点を言わせてもらえば、私はこの作品を見ながら、記者と取材対象の精神的距離はどうあるべきか、を考えた。これは、私が実際に記者をした経験と比較して感じたことだ。ものを書く人間は、作品中の“主人公”に自分を投影しがちである。フィクションならそれでいい。が、ジャーナリズムでこれをやると、事実が事実でなくなる危険がある。そこで、取材対象と書き手の間には“一定の距離”が必要になるのだが、取材する相手はその“距離”に対して不信感を抱くことがある。その不信感を取り除くために、一線を超えるべきかどうかの判断は難しい。この映画の場合、相手は心に病をもつ社会的弱者だから、なおさらそれが難しいと思う。作品中の記者は、この判断を一度誤って危険な目に遭う。が、その後、お互いの心の交流がとりもどせた様子が描かれるところは、感動的である。
 
 昨今の経済活動の大幅後退で、日本でもアメリカでも多くの人々が仕事を失い、路上生活者の数は増えているだろう。そういう一人一人の背後には、この映画のソリストと似たような人生劇が隠されているに違いない。それに気づくためにも、本欄の読者には本作品をお勧めする。
 
 谷口 雅宣
 
 

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2009年6月17日

大自然から神のアイディアを受けて

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山で谷口雅春大聖師二十四年祭が厳かに執り行われた。前日に続いて、長崎地方は朝から好天で、暑いほどの日差しの中、同本山の谷口家奥津城前の広場には、谷口雅春先生の教恩に感謝し、御徳を偲ぶ大勢の信徒・幹部が集まった。この御祭の後、私は概略次のような挨拶を参列者の皆さんに申し上げた--

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 本日は、谷口雅春大聖師の二十四年祭に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。谷口雅春先生が、この長崎の地に移転されたのは昭和50年で、それから10年間この地で生活され、昭和60年6月に昇天されました。それから24年たったわけですが、この総本山の地は練成会での献労や本山職員の方々のご努力によって、もともと豊かだった自然が、さらに豊かになりつつあります。かつてのバブル期には、ここに隣接するオランダ村が繁栄していましたから、周辺は週末や休日などにはずいぶんにぎわったようであります。しかし、そういう一時的な“開発”の時期もすぎて、今は人間の節度ある営みと自然との調和が実現していると思います。そのことは、皆さん自身が本山へ来られるたびに感じておられることと思います。今はちょうどハナショウブが終ろうとする中、アジサイが美しい季節であります。こういう心温まる自然と人間の関係を、これからもずっと守っていきたいと感じます。
 
 生長の家は今、ご存じのように、地球温暖化を抑制するために“炭素ゼロ”を目指した運動を推進しつつあります。その中で、この総本山は生長の家では初めて、大規模な太陽光発電装置が設置されたのを初め、ISO14001にもとづく業務の改善、境内地の森林の間伐やシイタケ栽培などを通して、自然と共に生きるノウハウを蓄積してきています。時には、イノシシとの難しい関係もあるかもしれませんが、そういう経験も含めて、総本山は今後の生長の家の“自然と共に伸びる運動”にとって重要な役割をはたしていくと思います。
 
 先ほども述べましたが、谷口雅春先生は昭和60年に亡くなられましたが、その1年前に出版されたご本に『続 真理の吟唱』というのがあります。これは、その年より前に、ときどき月刊誌に発表されていたお祈りの言葉70篇を集めて単行本にしたものです。皆さんは、『真理の吟唱』というご本の方はよくご存じと思います。こちらはその14年前の昭和45年(1970年)に出たものですから、先生が本山に居を移される以前に書いた祈りの言葉です。が、この『続 真理の吟唱』には、雅春先生が総本山に移られてから書いたお祈りの言葉が収録されているのではないか、と私は思います。ただし、詳しく調べたわけではないので、そうでないものも含まれているかもしれません。このご本の中に「正しき神徠(インスピレーション)を感受する祈り」というのがありますので、今日はこの祈りの言葉を紹介して、先生の自然についての教えを学びたいと思います。
 
 この祈りの中で、先生は「葉脈」を例にとって、その流れの美しさと、同じ木の葉であっても葉脈が同じものは1つもないことを指摘しておられます。木が根から吸収する水分や栄養素を葉の先端まで送る“血管”のような役割をしています。これは大抵、1本の中心線が通っていて、そこから葉の隅々までに細い脈が左右対称に分かれて通っています。デザイン的にも「中心帰一」がはっきり分かるものです。そのことを念頭におきながら、祈りの言葉を聞いてください--
 
 (「正しき神徠を感受する祈り」の一部を朗読)
 
 このように、「自然界には、魂の進歩発達に必要なアイディアが無数にある」と先生は説かれています。それは現に我々の前にあるのに、もし受け取れないのならば、それは自然界を創造された神様の愛と我々の心の波長が合わないからだと教えてくださっています。私たちは今、経済的には世界的に困難な状態にあると言われています。また、日本の場合、政治的にも混乱した状態にあります。文明的にも化石燃料を多用する文明から、そうでない文明へと移行していく時期にあるのです。そして、ご存じのように、我々の運動も転換しています。これらすべては、一見“困難の時期”に見えるかもしれませんが、同時にそれは“新しい時代の幕開け”の時なのです。神の無限のアイディアを受信して、現象界に現す絶好の機会だと言えます。先ほどの祈りの言葉にもありましたが、神のアイディアは無限に多様であり、しかも神は愛でありますから、その実現は人類のみならず、生類すべてが喜ぶ結果になるに違いないのです。そのアイディアは私たちの目の前にある。それを得るためには、太陽のように明るき心と三正行が必要だと教えられました。
 
 今日、ここに集まられた皆さんは、雅春先生が愛された総本山の自然をしっかりと感受され、それぞれの生活の場に帰られましても、自然界の無限の恵みに感謝し、そこに充満する神からのアイディアを常に受けながら、自然と人間の生活を調和させる新しい生き方を創造し、お仕事や生活にそれを実践し、またそういう新しい光明化運動を築き上げていく原動力となっていただきたいと、心から念願する次第です。
 
 谷口雅春大聖師の二十四年祭に当たって、所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月16日

臓器移植の先に見えるもの (2)

 イギリスの科学誌『New Scientist』は6月6日号(vol.202 No.2711)で、体細胞を利用した再生医療技術の現状を特集している。私がそれを読んで驚いたのは、再生医療研究の先端では、すでに臓器移植を不要とする技術が完成に近づいているということだ。もう1つ新たに知ったのは、ここでは動物の臓器と人間の臓器とを“合体”ないし“融合”させることで、新しい臓器の生産に結びつかせる道筋が有望視されているという点だ。つまり、今流行の言葉を使えば“ハイブリッド臓器”の生産が現実化しつつあるということだ。
 
 臓器提供者の不足を補うための1つの方法は、ブタなどの動物の臓器を人間に移植する「異種移植」(xenotransplant)だった。しかし、この方法は、それだけでは移植患者の免疫系が動物の臓器を激しく拒絶する反応が起こるため、移植後は免疫抑制剤を半永久的に使わねばならない問題があった。また、動物の細胞がもつウイルスに感染するリスクがあった。これらの問題を避けて、必要な臓器を作成する方法がほぼ完成に近づいている。その技術の概要は、次のようなものだ--
 
 ①必要な臓器を入手する
 ②臓器を洗浄して細胞を除去し、コラーゲンでできた“枠組”だけを残す
 ③この“枠組”に幹細胞を流し込む
 ④幹細胞が分化を始め、必要な臓器を形成する
 ⑤できた臓器を患者に移植する

 アメリカのミネソタ大学のドリス・タイラー博士(Doris Taylor)らのグループは、2008年1月、ラットの心臓の枠組に、生れたばかりのラットの心臓の幹細胞を流し込むことで、血管や筋肉も備えた拍動する新しい心臓を生み出した。その後、この心臓を別のラットに移植できれば技術の“完成”となるが、できた心臓はまだ筋肉の量が少ないため、体内で役割を果たすところまで行っていないらしい。タイラー博士のチームは、ラットの次には、この方法を使ってブタの心臓と肝臓を作成する研究を行うことを考えているという。そして、この分野の多くの研究者が最終的に目標としているのは、もちろん人間に使える臓器を患者自身の幹細胞から再生産することだ。これは必ずしも夢物語ではなく、気管のような単純な形状の臓器であれば、イギリスのブリストル大学の研究者が、この技術を使ってすでに人間の気管の再生と移植に成功しているという。また、心臓弁などの小型の組織などでは、ブタの組織の“枠組”を使った“ハイブリッド組織”を体内に移植した患者が、欧米ではすでに多数存在するらしい。

 ということで、見えてきた1つの道筋はこういうものだ--上記の①にある「必要な臓器」は、人間のものでもブタのものでも可となる。また、人間の場合、脳死でも心臓死でも大差ないだろうから、後者の人の臓器の利用が増えるだろう。となると、将来の再生医療の行く先は、脳死段階での臓器移植を増やす方向へではなく、病院や専門ラボで患者の幹細胞を使って再形成された新しい臓器の移植である。これによって、脳死段階での臓器移植がもつ様々な問題は回避できるようだが、その代り“ハイブリッド組織”や“ハイブリッド臓器”を体内にもつ人々が増えていくのだろう。これを人間の「幸福の増進」と言えるかどうかは、また別問題と私は思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月15日

臓器移植の先に見えるもの

 6月9日同13日の本欄で、臓器移植法の改正をめぐる動きについて少し書いた。この問題は、臓器の提供側と受け手側の利害が必ずしも一致しないところに、基本的な問題がある。提供側が前もって提供の意思と時期(心臓死か脳死か)を示していれば、両者の利害は一致するから、問題は起こりにくい。それでも、提供者本人でなく、家族の感情の問題は残るかもしれない。これに対して、事前に提供者の意思が示されていない場合、家族にそれを決める責任と負担が生じる。家族全員が一致した判断を下せれば、それでも負担は少ない。が、そうでない場合、家族構成員の間に感情的なシコリが残ることも考えられる。

 これが提供側の問題だが、受け手の側では少し種類の違う問題が生まれる。それは「他人の死を待ち望む」という心理状態になることである。倫理感が確立していない子供の場合、この心理状態はさほど負担でないかもしれないが、成人した人間にとっては、個人差はあるにしても倫理的ジレンマは感じられるだろう。これを克服し、幸いにも移植臓器を得た人は、提供者に対して感謝の念を強くもつに違いない。が、感謝しようとしても本人は死亡しているのだから、その思いは、提供者の家族に対して、手術をした医師に対して、あるいは移植を可能とした社会に対して向けられるかもしれない。これはよいことだ。また、他人に助けられたことで、社会への奉仕を志す人も出てくるかもしれない。これも、よいことだろう。しかし、これとは反対に「臓器を得る権利がある」などと考える人も出てくるだろう。

 以上は、臓器移植にかかわる個人の問題だが、社会全体を見るとどうなるだろうか。現在の臓器移植法が扱っている範囲は、死んだ人(心臓死と脳死)の臓器だから、社会全体では一種の「臓器のリサイクル」制度のようなものだ。この言い方が悪ければ、「臓器を使えるうちに他人に回す」制度である。摘出された1個の臓器は、基本的には1個のまま他の人に移植される。そういう「1対1」の関係がある。ところが、提供される臓器が足りないと考える人の間では、臓器の「リサイクル」ではなく、「創出」の技術も開発されつつある。つまり、新しく臓器をつくるのである。これができれば、臓器の提供側の問題はもちろん、受ける側の倫理的ジレンマの問題も軽減するし、移植にかかわるコスト削減につながる可能性もある。

 そんな技術の確立を目指しているのが、いわゆる「再生医療」と呼ばれている分野である。この技術は一見、倫理的な問題が少なく理想的に思えるかもしれないが、そう簡単ではない。本欄で何回も言及してきた「ES細胞(embryonic stem cells)」や「iPS細胞(induced pluropotent stem cells)」の技術が、まさにこの分野の先端である。が、ES細胞には「受精卵を使う」という問題があり、iPS細胞には「ガン化のリスク」があることを書いてきた。本欄では、卵子や精子などの生殖細胞を除く「体細胞」を利用した再生医療の進展に期待を示してきたが、iPS細胞の研究はこの分野に属する。が、それ以外の体性幹細胞(成人幹細胞)を利用した再生医療の研究も進んでいる。次回の本欄では、それを紹介しよう。
 
 谷口 雅宣
 

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2009年6月14日

幸福は環境条件にはない

 今日は、金沢市の金沢歌劇座というところで石川教区の生長の家講習会があった。天気は“高曇り”という感じで、暑すぎもしない好天だった。受講者は、前回を55人(2.9%)上回る1,941人となり、釧路、埼玉両教区に続いて運動にさらに“上昇気流”を吹き上げる結果となり、誠にありがたいことである。とりわけ「+55」という数字は、「GO GO!」に通じるだけでなく、当地出身の大リーガー、松井秀喜選手の背番号だということで、石川県の皆さんは喜びも一入のようである。これを契機として、同教区の運動はさらに発展するに違いない。

 私は午後の講話で、最近新聞で見つけた“よい話”を1つ紹介する予定だったが、時間が足りなくてかなわなかった。そこで、この場を借りてやらせていただきたい。この話は、6月10日付の『ヘラルド・トリビューン』紙の論説欄に、ピコ・ライヤー(Pico Lyer)という人が書いていたものだ。「少ないことの喜び」(The joy of less)という題の文章で、「幸福とは、我々の環境条件にあるのではなく、そこから何を得るかにある」という主旨である。このことはよく言われることではあるが、実際の経験談として語られると説得力をもつ。

 ライヤー氏は若い頃、アメリカの時事週刊誌『タイム』の国際問題担当記者として活躍し、ニューヨーク市の一等地であるパーク街のアパートに住み、ビルマやモロッコ、エル・サルバドールなどの保養地で休暇を過ごせるほどの収入を得ていたという。ところが、そんな彼がやがて気づいたことは、そういう貧しい途上国にいる人々が、生活苦の中、時には戦火の中にあっても、自分が育った平穏なカリフォルニア州サンタ・バーバラ市の人々よりも、生き生きとしていて、明るくさえあるということだった。自分が昔から知っているアメリカ人の多くは、4回目の結婚をしながら毎日心理カウンセラーの治療を受けていたりするというのである。もちろん、貧困では幸福は買えない。しかし、金でも幸福は変えないことも確かだった。
 
 そこで、ライヤー氏は、アメリカでの心地よい生活と仕事を捨てて、京都の裏通りにある寺で1年間、過ごすことにした。そういう場所ならば、月を見て俳句を作ったりする高潔な生き方ができると思ったのである。ところが、実際の寺での生活とは、拭き掃除や掃き掃除ばかりをするという生活だった。
 
 それから21年たった今、彼はまだ京都近郊にいる。住んでいる2部屋のアパートは、寺での自分の部屋よりはるかに狭い。自転車も、車ももたず、テレビはあっても理解できず、新聞や雑誌も読まない。しかし、使える時間は永遠に続くかのようで、足りないと思ったことは一度もない。彼は、出家僧ではない。また、いろいろのものを捨てたことが、全く寂しくないのではない。自分の書いたものを印刷するのに小1時間の旅をしなければならず、また、大リーグの決勝戦を見れないことが嬉しいわけではない。しかし、ある時点で、こういうことに気づいた--少なくとも自分にとっては、幸福とは、自分が「したい」とか、「しなければならない」と思わないことから生まれるのだと。
 
 自動車をもたないことで、自動車に関する様々なことに煩わされなくなる。携帯電話やインターネットが使えないことで、彼は毎夕、ピンポンに興じたり、古くからの親友に長い手紙を書いたり、愛する人とショッピングに出かけることができる。そして、3カ月に1回ほどアメリカにもどり、そこで新聞を眺めても、何か重要なことを聞き逃したなどと思ったことは1度もないという。彼が、好きな本をじっくりと読んでいた間、24時間ニュースを7日間流し続けるローラーコースターのような情報の渦は、人々の心を突き上げたり、突き落としたり、また上げたり、そして落としたりして、結局、最初にいた所とあまり違わない所へもどすだけだ。
 
 だから、ライヤー氏が言うには、外面的な些事や社会的な業績みたいなものは、自分の心に深い幸福感を与えないのである。彼の考えでは、幸福は--平和や情熱と同じように--それを追求しないときに最も自然に現れるのだ。幸福とは、自分の必要以上に望みを拡大させないことから生まれるのである。(Happiness comes from matching your wants to your needs.)
 
 ここまでが、新聞記事の紹介である。すでに与えられているものを十分に感謝して受け取り、人々と共有する「日時計主義」を生きるための、よいヒントがここにあると思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月13日

臓器移植法改正は不要である (2)

 9日の本欄で、国民の間に合意が存在しない中で、臓器移植法改正を急ぐ現政権のやり方に対して疑問を呈したが、今日(13日)の『朝日新聞』は「見切り採決に“訳あり”」という見出しで、法改正を急ぐ側の“事情”を説明している。これを読むと、現在の政治というものが、民意の汲み上げや、国民の将来、倫理観などの大所高所を見据えた立場から行われるよりも、国会対策とか政治家個人の特殊事情などを優先して行われている様子がよく分かる。実に嘆かわしいことだ。

 その中でもきわめつけは、いわゆる“A案”を提出した富岡勉・衆議院議員が法改正を急ぐ理由として、「選挙後にはたくさん法案が出て、2、3年先になってしまう」とコメントしている点だ。1997年施行の現行の同法に、3年をめどとした見直し規定があるのに、一度も見直しをしていないことに良心の呵責を感じているらしいのだが、前述したように、WHOが渡航移植を規制する動きを示したことで、見直しには「絶好の機会」と感じたようだ。ところが、改正案の審議時間は97年には26時間かけたのに対し、今回は8時間で打ち切られ、自民党のある国会対策幹部は、「採決は中間報告から間を置かない方がよい。(議員が)地元に帰る回数が増えれば意見を言われて判断が揺らぎ、棄権が増える」などと発言したそうだ。つまり、国民の意見をよく聞くと議員の考えがグラつくから、衆院厚生労働委員会からの中間報告が出た時点で、法案はすぐ採決してしまった方がいいというお考えのようなのだ。これが、自民党政治家が考えている“民主主義”の実態である。
 
 また、少し信じられないのは、息子から生体肝移植を受けた河野洋平・衆院議長が、この法案の通過を引退の“手土産”にしたいとの熱意に燃えているからだという話だ。その動きに、与党側も「唯一首相になれなかった“元自民党総裁”へのはなむけにしたい」と合意したというのだ。この話がもし本当なら、今の与党政治は「公私混同もはなはだしい」と言わねばならない。その上で『朝日』はこう書いている--「与党はすべてが廃案になることも覚悟し本会議での採決に突っ込む構え」。これらの情報を総合すれば結局、こうなるだろう--現在の政権と与党は、現行の臓器移植法に定められた「3年後の見直し」を先延ばしにしてきた怠慢を糊塗するために、「人の死」という重要な問題に関して国民の間に合意ができていないにもかかわらず、かっこうだけ「国会で見直した」形を作って総選挙に入ろうしている。その方が、いろいろな意味で(政治家の私的な都合も含めて)好ましいと考えている。
 
 私は、こんな解釈は間違いであってほしいと思う。臓器移植法改正案の見切り採決について“正しい解釈”があれば、どなたか教えてください。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月12日

ビワを食べる

 今日、朝食時に家の庭にできていたビワの実を食べた。カラスに先を越されないために、妻が数日前、3~4個の実がついた枝を葉と一緒に採ってきて花瓶に挿してあった。そこから、1個だけちょうだいしたのである。その実は少し傷みかけていたので、食べなければ棄てるだけと思った。市販の実よりひと回り小さかったが、薄い香りがして、案外おいしかった。
 
 このビワの木は昔、どこからかいただいた実の中にあった種を植えて、育てたものだ。ビワは強い植物なので、少々条件が悪いところでも育つ。が、実が成るかどうかは別問題だ。わが家の場合、南側の庭に植えたのだが、そのさらに南にケヤキの大木やその他のBiwa 高い立木が何本もあって、それらの蔭になっていた。だから、ビワの木は2メートルほどに成長して日光を受けるようになるまでは、実が成らない年もあった。毎年実がつくようになったのは、ここ7~8年ぐらいだろう。今年は、春に剪定したときに少し切りすぎたこともあり、実の数は驚くほど少なかった。
 
 そんな貴重なビワの実なので、カラスから避難させ、人間が目で楽しむために近くに置いてあったのである。妻は、それを絵手紙に描き、私はここに掲げた手描きのPC画に記録した。夕食には、妻が渋谷で買ってきた別のビワをいただいた。味は、もちろんこちらの方がいいが、絵に描いたものの方に愛着を感じるから、不思議なものだ。

 谷口 雅宣

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2009年6月11日

日本の中期削減目標は「90年比-8%」

 麻生首相は10日、2020年までの日本の温室効果ガス削減の中期目標を発表したが、既報のとおりそれは「05年比15%減」である。これは、日本が議長国として成立させた京都議定書の基準年(1990年)と比べると「-8%」であり、同議定書目標値--2012年までに1990年比-6%--から、8年間にわずか2ポイントの削減をすれば足りる目標である。にもかかわらず、同首相は「この目標は石油危機の時を上回るエネルギー効率の改善をめざす極めて野心的なもの」と自画自賛したそうだ。その理由は恐らく、アメリカの現在の中期目標が「90年比0%」、カナダが「同-3%」、オーストラリアが「同-5%以上」であるのと比べたからだろう。しかし、EUは「同-20%以上」を掲げているから、日本のこの目標値では、中国、インドなどの新興国や、温暖化の被害が深刻な発展途上国からの譲歩や評価を受けることは難しいだろう。ただ、留意しておきたいのは、この目標値が海外からの排出権購入などを含まず、国内対策だけで行うとした“真水”分の数値であることだ。
 
 これに対する新聞の評価は、実にまちまちである。私は自宅で『朝日』と『産経』をとっているが、特に2紙の態度は対照的だ。前者は、これを「緩い目標を求める経済界と、厳しい目標が必要だという環境団体の主張の間をとった」と表現し、「先進国全体で90年比25~40%削減する必要がある」との認識がEU、途上国、新興国間で広がっていることを指摘して、京都議定書に続く条約として国際間で今後決まる正式な目標策定では、「より大きな削減目標を迫られる可能性がある」と予測している。これに対して後者は、「日本の実績を踏まえれば“2005年比4%減”が妥当な目標であった」と残念がり、「日本に苛酷な重荷がのしかかる」にもかかわらず、「身を削る思いで達成しても地球の温暖化防止には、焼け石に水であるのがむなしい」と嘆いている。『朝日』は、「温室効果ガスの削減に努力すればするほど技術革新が促され、産業や社会の低炭素化とともに新たな経済成長の道も開ける」と主張して、未来に目を向けているが、『産経』は、この目標を「国の経済と国民生活にかなりの苦痛を強いる」と消極的に評価し、経済団体の見方を代弁するかのように、「目標達成に向けて多額の設備投資負担を強いられ、国際競争力の低下を招く恐れがある」としたり、「国内経済の空洞化が加速するとの懸念が高まっている」と否定的だ。
 
 しかし、数字だけでは分からなくても、具体的な政策や省エネ努力を見ると分かることもある。例えば、政府は今回掲げた目標値を達成した際のシミュレーションをしているが、そこには「どこの家庭にも省エネタイプの冷蔵庫やエアコン、薄型テレビがあり、街を走る自動車の20%がハイブリッド車などのエコカー」(『産経』)になった姿が描かれている。あと10年でこれを達成することが、日本の平均的家庭にとって「過酷な重荷がのしかかる」ことだと私には思えない。また、今回の目標値決定で“目玉”になっている施策は太陽光発電の導入促進だが、政府は今後、家を建てる人の7割以上が同発電装置を導入すれば、10年後には、現状の20倍の約530万世帯に同装置が設置される、と予測している。この「530万世帯」とは、東京都に例をとれば、2000年時の一般世帯総数に匹敵するから、これを10年間で実現するというのは、確かに「野心的」と言っていいだろう。このため、太陽光発電による電力の買取り価格を現行より引き上げる代りに、電力使用料を値上げする方策の実施がすでに表明されている。私はこの点に、好意的に注目している。

 しかし、国際的環境保護団体であるWWFは、早くも10日付の報道でかなり手厳しく日本の中期目標を批判している。それによると、日本が今回、京都議定書の基準年でなく2005年を削減目標の基準としたことは、「日本は1990年のレベルから排出量を減らさなければならないのに、実質的な行動をせずに、逆に7%以上増えたことを見えなくするためである」としている。また、日本がすでにエネルギー効率を向上させているため、これ以上の努力はコスト高となり不公平だという議論に対しては、各国の排出削減努力は、コスト分析に加えて、一人当たりのGDPなどで表される「行動余力」と、過去から現在に至る一人当たりの排出量で示される「排出責任」を基にして判断すべきものとしている。そして、麻生首相に対して、「すぐに考えを変え、コペンハーゲンでの国際交渉に向けて25%以上の削減目標を設定することで、真の指導者としての能力を発揮すべきである」と呼びかけている。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 9日

臓器移植法改正は不要である

 臓器移植法改正の案づくりが混迷をきわめている。法案の提案順にA案からD案までの4つの案が国会に提出されていること自体が、この問題に対する国民の意見がバラバラであることを有力に示している。にもかかわらず、今の時点で同法を改正しなければならない理由は何か? それは、最初の改正案(A案)が出された経緯を見ればわかる。この法案を推しているのは日本移植学会や臓器提供を求めている人々など、移植手術の件数を増やすことで利益を得る(と考えている)人々だと思われる。6月6日の『朝日新聞』の表現では、「今回の改正論議が、世界保健機関(WHO)が渡航移植の規制に乗り出す見通しに加え、移植経験者の河野洋平衆院議長の勇退が迫っていることでにわかに盛り上がった」のである。渡航移植とは、脳死段階での臓器移植が難しい日本人などが、アメリカや中国などの海外へ行って臓器提供を受けることだ。これが規制されると、移植手術への道が閉ざされるとの危機感がA案提出の背後にある。しかし、このWHOの規制のための決議は、最近の新型インフルエンザへの対応の影響などで延期されたことから、雲行きは怪しくなっている。
 
 A案の骨子は、「脳死は人の死である」と一律に定める改正で、さらに、現行法では臓器提供者の年齢を「15歳以上」に限定しているものを撤廃して「0歳」からの提供を可能とする改正である。つまり、制限を最大限に撤廃して移植手術を増やすという意図が明白だ。これに対して、それはやりすぎだから「12歳以上」に限定しようというのがB案、その逆に、脳死の定義を厳格にしようというのがC案、それらの中間的規制がD案、と言えるだろう。現行法の特徴は、一般的な人の死については心臓死のままにしておき、本人が臓器提供の意思を明確にしている場合に限って「脳死を人の死」と認める点だ。これは論理的には矛盾している。が、この考えは、医学の進歩によって出現した「脳死」という新しいタイプの死を、“本当の死”だと認める合意が日本人の間にできていない中で、臓器提供を表明した人の意志を尊重し、それを待ち望む患者や家族の希望もかなえようとした“苦肉の折衷策”である。
 
 私は、現時点での現行法の改正の必要を認めない。特にA案は、改悪ではないかと思う。心臓が拍動し、体がまだ温かい肉親を前にして、そこから「臓器を摘出して他人に提供する」という気持になる日本人は、まだ少ないに違いない。4歳の子供の場合、急性脳症で脳死になった女の子は、人工呼吸器を着け、見た目は眠っているような状態の中で、身長は伸び、体重も増え、涙を流し、排泄もするから、45歳の母親は「脳死は人の死では絶対ありえない」と『産経新聞』に訴えている。(6月8日付)さらに、A案で明確でないのは、この改正で「脳死は人の死」とした場合、大人を含めて、こういう状態の患者の治療が法改正後も継続されるのかどうかという点だ。継続されないのであれば、これは日本人の死生観に反する法改正と言わざるをえない。臓器を“取られる側”も“得る側”も同じ日本人(が多いの)だから、両者が対立するような法改正は“悪法”と言わざるをえない。
 
 ところで、あらためて書く必要はないかもしれないが、生長の家では「脳死は人の死」とは認めないどころか、「心臓死は人の死」とも認めない。「人間は不死である」というのが生長の家の教えであり、多くの宗教もそのように説いている。つまり、「肉体の死」は「人間の死」を意味しない。ということは、臓器提供の意思がある人は、そのことを明確に示しておけば、移植手術への協力はできるし、そのような愛他精神は称賛に価すると言える。しかし、そうでない場合、後に残される親族の気持を無視して脳死者の肉体を傷つけることは、宗教や信仰以前の問題だと思う。刑法に死体遺棄罪や損壊罪があるのは、死者の遺族のそういう気持を慮っているからではないだろうか。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 8日

ジョン・レノン・ミュージアム

 昨日は、埼玉県での生長の家講習会のためさいたま市へ行った。「さいたまスーパーアリーナ」という所が会場で、7,578人の方々が受講してくださった。雨続きの後のひさしぶりの晴天下で、2年前の前回より279人(3.8%)受講者が多かったことは誠に喜ばしい。運動の進展は講習会の受講者の数に必ず反映するわけではないが、教区の幹部・会員の方々が教えを伝えるために労苦を惜しまず、熱心に推進活動を展開してくださった努力の結果が一定の形に表れることは、うれしいことであり、充実感を得るとともに、さらなる運動の進展への足掛かりになることは間違いない。埼玉県の皆さん、ありがとうございました。
 
 会場へは東京から自動車で往復したが、帰りがけに予定を変更して、会場のすぐ隣にある「ジョン・レノン・ミュージアム」へ寄った。かつて2001年の4月の「小閑雑感」に中学生の頃出会ったビートルズの思い出を書いたが、そんな“淡い青春の記憶”には全くなかった彼らの様々な苦労話や、ジョンの不幸な幼年期、音楽活動の挫折、オノ・ヨーコとの出会い、ベトナム反戦運動、アメリカからの退去命令……等の人間的な歴史を知っJohnlennonて、あの時代の真面目で純粋な青年たちの末席に自分もいた、との思いをもった。時間の都合で展示物のすべては見れなかった。

 ジョンは音楽家であると同時に、美術も学び絵などを描いたことを私は知らなかった。作詞家としては、ひらめいた歌詞をホテルのメモ帳に書き止めたものが、ほぼ完成品だったなど、表現者として親しみがもてる側面は、彼の創作活動を背後から支えていたオノ・ヨーコという日本人の強烈な個性とともに、印象的だった。ジョンは、小学生の頃からマンガ風の絵を描いていた。それに触発されて、私もマンガ風のジョンを描いてみた。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 6日

恐るべし、ノーシーボ効果

 本欄では、医学でいう「プラシーボ効果」について何回か(最近では2009年2月15日2006年4月3日など)書いたことがある。これは医学的に何の効果もないものを服用しても、それを服用者が「効果がある」と信じた場合に治病的効果が生じることを言う。「服用」と書いたが、必ずしも体内に物質を摂取しなくてもよく、身体に一定の刺激を与えたり、何かの儀式をした場合でも、同様の効果が生じるものもプラシーボ効果と呼ばれることがある。このような健康回復の効果とは逆に、医学的には無害なものでも、それを「有害だ」と信じた場合に、病気になったり、苦しんだり、あるいは死に至るものを「ノーシーボ効果」と呼ぶ。

Ns051609  これら2つの現象は、人間の「信念」や「信仰」と肉体の健不健が密接に関係していることを有力に示しているから、宗教の世界とも関係が深く、その原因やメカニズムについて興味がつきない。ただし、医学が発達した現代においても、これらの詳しいメカニズムはまだ分かっていないようだ。イギリスの科学誌『New Scientist』は、5月16日号の表紙(=写真)に、何カ所にも針を刺された縫いぐるみの人形を描いて、「How beliefs can harm you」(信念はどうやってあなたを傷つけるか)という特集記事を載せている。この絵は、医学的には何の効果もないはずなのに、人形に擬せられた人が苦しみ傷つく……日本では「藁人形に五寸釘を刺す」のと同じイメージだ。
 
 この記事で紹介されていた実例を2つ、以下に掲げる--
 
①ガールフレンドと別れたデレク・アダムズは、人生に希望を失ったために、手元にあった抗鬱病剤を全部服用したという……が、薬を飲んでしまってから、「しまった!」と後悔した。彼は死にたくなくなって、隣に住む人に頼んで病院へ連れていってもらった。が、病院についたとたんに倒れてしまった。体はガタガタ震え、顔面蒼白となり、意識は朦朧とした。血圧は下がり、息は速くなった。しかし、病院でいくら検査しても異常はなかった。体内から毒物も発見されなかった。入院後4時間にわたって、アダムズは生理食塩水を体内に入れる洗浄を行ったが、体調はほとんど改善しなかった。

 そんなところへ、一人の医師がやってきた。アダムズが参加していた抗鬱病剤の臨床試験の担当医だった。アダムズは約1週間前から、この試験のために薬を飲んでいた。飲み始めた当初、彼は気分がウキウキした。が、別れたガールフレンドとの言い争いのために、彼は残っていたその錠剤29個を全部飲んでしまったのだ。臨床試験の担当医の話によると、アダムズは照査実験のグループの中にいた。このグループは、実際の薬の効果を試すグループと比較するために、ダミーの薬を服用させるためのものだ。つまり、彼が飲み過ぎたと思った薬はニセモノで、医学的には無害なものだったのだ。その話を聞いて、アダムズは驚いて涙ながら安心したという。それから15分もたたないうちに、彼の体調はしっかりとし、血圧も心拍数も平常にもどった。
 
②1998年の11月、アメリカのテネシー州の高校で、ある教師がガソリンのような異臭がするのに気がついた。やがて頭痛を覚え、吐き気がし、息苦しさと目まいを感じるようになった。そこで学校は閉鎖され、その後1週間のうちに100人以上の職員や学生が、最初の教師と同様の症状を訴えて、病院で受診することになった。ところが、いくら検査しても、それらの症状の医学的な原因は分からなかった。その1カ月後、アンケート調査を行って分かったことは、症状を訴えた人はほとんどが女性で、クラスメートが同じ症状を覚えたことを見ていたか、知っていたという。英ハル大学(University of Hull)の心理学者、アーヴィン・カーシ博士によると、「我々が知るかぎり、学校の環境には有害物質は一切なかったのに、人々は苦痛を訴え出した」。だから、これは大規模な「ノーシーボ効果」だという。

 カーシ博士の考えでは、クラスメートが症状を訴える様子を見ることで、他の学生の心の中に「病気の予感」が起こり、それが心因性の病気に発展して大規模に広がったのだという。こういう突発的な病気の流行は、世界のどこでも起こる。1998年にはヨルダンでワクチンの集団接種をしたとき、800人が副作用のようなもので苦しみ、そのうち122人は入院治療をした。が、そのワクチンには何も問題がなかったという。

 --このような例を知ってみると、人生の明るい面に注目して生きる「日時計主義」が健康にもいいことが了解できるだろう。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 5日

環境対応車の行方

 アメリカの“ビッグ3”の凋落を目の前にしている今、ガソリンやLPGなどの化石燃料で走る自動車の将来は見えたと言える。では、次世代の自動車の主力は何か? これに答えるのは難しい。なぜなら、「次世代」という言葉の意味する期間をどうとらえるかで、正解が変わる可能性があるからだ。恐らく「10年先」「20年先」「50年先」で、主力となるテクノロジーは大いに違ってくる。その動向は、科学技術の進展と密接に関係しているから、私のような素人には予測不可能である。そこで本欄では、「次世代」をとりあえず「10年先」と考え、自動車の技術が「どこへ向かうか」ではなく、「どこへ向かうべきか」と考えた場合の“希望的予測”を述べようと思う。
 
 私はこの場合、①電気自動車、②ハイブリッド車、③燃料電池車、というランクづけをしたい。「どこへ向かうか」と考えた場合、①と②は入れ替わると思う。が、私は、「どこへ向かうべきか」という視点から、電気自動車の開発を大いに希望するのである。理由は、電気自動車は、化石燃料を主体とした現在の自動車燃料のインフラを大きく変更する可能性があるため、人類の化石燃料依存からの脱却を加速させるのに対し、ハイブリッド車の蔓延は、化石燃料のインフラ維持を正当化するため、地球温暖化の抑制という点では効果が劣ると思うからである。
 
 むずかしい書き方をしてしまったので、具体的に説明しよう。本欄の読者ならば、現在の自動車ユーザーの好みが、GM車のような大型大馬力のものから日本車のような小型低燃費のものにシフトしている点は、すでにご存じだろう。“石油ピーク説”を支持している私としては、ガソリンの値段が将来急速に下がることはないと考えるので、自動車ユーザーの「小型低燃費志向」も当分変わらないと考える。このことは、現在のハイブリッド車人気が有力に示している。5月12日の『日経』は、軽自動車を除く国内の乗用車販売に占める環境対応車の比率が、今年度にも1割を超すと予測した。実際、ホンダのハイブリッド車の国内販売台数は、今年度は前年度比の5倍もあり、トヨタのハイブリッド車も約5割増が見込まれている。
 
 6月に入ってから、新聞各社はたて続けに“次世代”志向の環境対応車の販売計画を伝えている。まず、トップランナーのトヨタは、本欄では(2006年2月3日6月14日などで)と「充電式ハイブリッド車」呼んできたプラグインハイブリッド車(PHV)を今年末にリース販売すると発表した(4日付『産経』『朝日』など)。これに対し、電気自動車で先行する三菱自動車は、「プラグイン電気自動車(PEV)」と称する車種を、2013年までに国内で発売すると発表した。PHVとPEVの共通点は、ガソリンエンジンと電気モーターを1基ずつ搭載し、家庭用電源から充電できることだが、相違点はPHVがガソリンエンジンを動力として使うのに対し、PEVはこれを発電用に特化している点だ。小さい体躯なのに動力源を2つも搭載する理由は、現在電気容量で最高水準にあるリチウムイオン電池をもってしても、1回の充電で160kmほどしか走れないからだ。その不足分を、PHVはガソリンエンジンで直接補い、PEVはガソリンエンジンで発電することで間接的に補うという戦略である。
 
 これに対して、4日付の『産経』によると、日産自動車が来年から発売するという電気自動車(EV)は、この「充電容量の不足」の問題を画期的な方法でクリアすることを目指している。それは、電気自動車に対して現行のガソリンスタンドの役割をする充電スタンドを各地に設け、電気の残量が少なくなったEVの電池をフル充電のものと交換するシステムである。これだと、ガソリン車の給油に必要な時間と同程度の時間で電池交換ができるという。このシステムについては、昨年12月8日の本欄で少し紹介したが、米カリフォルニア州のベンチャー企業が普及を進めているもので、すでにポルトガルやイスラエルなどで実証実験が行われている。国内では、この4月から横浜市で実証実験が始まっているから、日産は来年からの販売が可能と踏んだようだ。
 
 上に書いたように、ハイブリッド方式の自動車は、PHVもPEVも化石燃料への依存を払拭できない。これらは、1台の車に2系統の動力を積むという技術的な複雑さを伴うから、居住性や運搬重量、コストの点で1系統の動力車より不利である。この点、電気モーターしか使わないEVは、シンプルな構造が保証されるから低コスト化が期待でき、不要な1系統分の容積を居住性と運搬重量に振り向けることができる。しかし、問題は電池交換のためのインフラ整備である。これを「不利」と見るか「有利」と見るかは意見の分かれるところだろう。が、私は、短期的には不利であっても、中・長期的には社会全体にとって有利だと考える。そういう意味で、今回の日産の決断を私は大いに応援したい気持である。

 私が電気自動車の将来性を買う理由は、もう1つある。それは今後、蓄電池の技術が進歩することで、2系統の動力を組み合わせて使うハイブリッド技術は不要になると思うからだ。現在のリチウムイオン電池の性能で、EVは160km走るというが、これは直線距離で東京から静岡市、諏訪市、黒磯市までだ。5月20日の『朝日』によると、日立製作所はこのほど、従来型の1.7倍の出力をもつリチウムイオン電池を開発し、2013年から量産する予定だという。この新型電池だと、単純計算では1回の充電で東京から名古屋、新潟、仙台まで行けそうだから、大抵の用途はこれで済んでしまう。だから、PHVもPEVも、あと4~5年で競争力を失う可能性があるのである。それなら、インフラ整備に多少時間とコストがかかっても、電気自動車の開発に注力するのが得策だと私は思う。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 4日

妻のブログ・デビュー

 妻がこっそり作成していたブログが、ようやく公開する運びとなった。名づけて「恵味(めぐみ)な日々」。彼女の得意分野の1つである料理を写真に撮り、短文を添えたもの。文章は料理のレシピーの場合もあれば、写真とまったく関係ないこともある。わが家の“内幕”が暴露されないかと、こちらはヒヤヒヤしているが、彼女の良識を信じることにした。「当り前の日常をワクワクと楽しく生きる」というのがテーマらしい。私のブログにとっつきにくい読者は、彼女のブログにコメントしてあげてほしい。コメントは、彼女が見てから公開される方式である。
 
 出だしは去年の3月に1本、その後は8月にいくつか、それからブランクがあって、今年の4月から“本格的”に書きはじめた。まだ操作に慣れない面があるので、また間が空いたり、コメントにナシのつぶてであってもご容赦いただき、暖かく見守ってほしい。

 谷口 雅宣

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2009年6月 3日

いろいろの青

 5月22日の本欄で紹介したが、私の“手描き”のPC画に1点追加した。Bluestills2
 
 静物画だが、渋谷の東急本店にある美術画廊で見た山口真功氏の絵をもとにして描いた。構図はほぼ同一だが、ものの質感は相当違う。オリジナル作品は多様な「青」を表現しているが、私の場合、青の種類はきわめて限定的だ。少ない数の青を使って多彩な青が表現できるか……を狙った。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 2日

タンポポの奇形

 昨日の本欄で、釧路地方で見た「大型のタンポポ」の話を書いたら、同教区の澤田教化部長がメールで2日付の『釧路新聞』の記事を送ってくださった。別海町あたりに咲くタンポポには「花や茎がいくつもくっついた巨大な花が多い」という内容だ。その様子は「中が空洞になったり、波打ったりしている茎の直径は3~4センチ。くっついた花の長さは6センチ前後ある」と書いてあるから、私が見たタンポポとはかなり違う。私が見たのは、本欄に掲載した写真のように、本州の花に比べて一回りほど大型なだけで、正常な形をしていた。
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 しかし、そんな“奇形タンポポ”があるのが不思議なので、ネットで調べてみると、最近は結構、そういうタンポポが見られるらしい。学問的には「帯化(せっか)」という現象で、原因はよく分かっていないらしい。北海道だけでなく、全国各地で観察されていて、ニュースで取り上げられたこともあるという。この帯化した株から種を取って栽培すると、正常なタン ポポが育つというから、遺伝子に異変が起こったわけではなさそうだ。
 
 興味のある読者は、「タンポポ」と「奇形」というキーワードで検索してみると実物の写真が見れる。参考のため、ここに上記の新聞記事を掲げておこう。
 
 谷口 雅宣

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2009年6月 1日

タンポポとツツジ

Tampopo  昨日は釧路教区での生長の家講習会があり、夜遅く帰京した。札幌以外の北海道の空港は最近、便数がずいぶん減ってしまったから、午後10時すぎに羽田着の最終便で帰った。帰宅は11時ごろだった。こういうケースは、しかし珍しい。今年度初めての北海道での講習会だったが、澤田教化部長をはじめとした釧路の幹部・信徒の方々が明るく推進してくださったおかげで、朝から小雨が降っていたにもかかわらず、前回より55人(5.6%)多い1,044人の受講者が集まってくださった。誠にありがたく、この場を借りて同教区の皆様に感謝申し上げます。
 
Aseriaikush  30日は最高気温が13℃、最低は7℃という事前情報の通り、なかなか寒かった。が、カーディガンとコートを着て夕方の港町を散策した。この地は春なのである。町のあちこちの草地には、大型のタンポポが所狭しと見事に咲いている。桃色の大輪のツツジも満開だった。街路樹のサクラは終ってしまったようだが、ヤエザクラの花がまだ残っているのがうれしかった。南北に長い日本列島を講習会で回っていると、こうして季節を何回も経験できるのが“役得”の1つである。

 「クーちゃん」という名前のラッコが釧路川に滞在していたというので、宿舎のホテルに隣接した土産物売り場には、ラッコの縫いぐるみはもちろん、クーちゃんをかたどったお菓子やパン、アクセサリーなどが数多く売られていた。釧路川に出現してから約3カ月で姿を消したらしいが、短期間によくこれだけの商品を開発するものだと感心した。そのラッコが、今度は“恋人”と一緒に150キロ離れた納沙布岬に姿を現したらしいという記事が、31日付の『釧路新聞』に載っている--
 
「【根室】クーちゃんに新たな恋人か--。28日午前4時ごろ、根室市の納沙布岬で、クーちゃんと思われる雄のラッコと、雌と思われるラッコが仲むつまじく岩の上でじゃれ合っている姿が確認された。17日にも同所で、雌と思われるラッコとじゃれ合う姿が確認されているが、今回のラッコは、17日のラッコが毛色が白く高齢の個体で、左目の下に黒い斑点があったのに対し、今回のラッコにはその斑点がなく、毛色も黒く4歳前後の若い個体と思われる。」

 動物は「動く物」と書くから、どこへでも好きなところへ動いていく。それで一向構わないのだが、人間の方は「行かないで」「もどって来て」と執着する。でも、来てほしくない動物もいる。釧路の人に聞いた話だが、温暖化の影響だろうか、最近は冬になってもクマが冬眠しないのだそうだ。そして、人家に入って冷蔵庫を開け、ビールの缶に爪を立てて中身を飲むのだそうだ。何か信じられない話だが、そのうち冬になると、酔っ払いグマが北海道や東北の町に出没することになるかもしれない。そういえば、もっと南方では、クジラが湾内に迷い込んだといって、人々は最近までその動向を心配していた。

 これに対し、植物の方は動かないから、花が咲き終わっても人間は心配しない。来年もかならず咲くと信じているからだろう。でも、温暖化にともなう気候変動が激しくなれば、植物の種類によっては、花が咲かない年が来るかもしれないのだ。
 
 谷口 雅宣

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