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2009年5月23日

“ミニブログ”が燃えている

「ミニブログ」というのは私がつけた仮名である。本名は「ツイッター」といい、鳥がさえずることを意味する英語「twitter」から来ている。1行から2行の短い言葉を登録し、利用者間で共有するサービスだ。これが今、ネット上で大評判になっている。パソコン、携帯電話、スマートフォンのいずれからも無料で使える。何に使うかは、利用者の想像力しだいという点もおもしろい。

Twitter_logo  中をのぞいてみると、有名人が多いのに驚く。もちろんネット上でのことだから、本人が書いているのか、それともファンが運営しているのか、あるいは全くの偽名なのかは分からない。しかし、アメリカの政治家ではオバマ大統領、ジョン・マケイン氏、アル・ゴア氏はもちろん、カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事、テレビタレントのオプラ・ウィンフレイ、自転車選手のランス・アームストロング、大手テレビ局のニュースキャスター、メディアでは『ニューヨークタイムズ』や『BBC』『CNN』『NBC』『タイム』『ライフ』……こういう人々や団体が「つぶやき」(ツイッター自身はそう訳している)をネット上に漏らすことで、何かを実現しようとしているのが分かる。

 最も分かりやすい用途は、『ニューヨークタイムズ』などのメディアの使い方だ。『タイムズ』は、自分のサイトに掲げた記事や映像の“見出し”をツイッターに流している。だから、『タイムズ』の記事に興味がある人は、ツイッター上の同社のページへ行って「フォローする」というボタンをクリックすれば、それ以降、自分のページに“見出し”の配信を受けることができる。そして、興味のある“見出し”をクリックすれば、リンクを通じて記事や映像が見れる。これまでのネット上の新聞の読み方は、①新聞のサイトへ行って、②記事のタイトルを見渡してから、③興味あるものを読む、という3段階の作業が必要だった。しかし、ツイッターによる配信では、①ツイッターへ行く、②興味ある見出しをクリックする、という2段階ですむ。しかも、1紙だけでなく、複数の紙・誌の見出しから選べるのは便利である。
 
 これに比べて、個々の“有名人”のサイトの使い方は、いろいろだ。シュワルツネッガー知事(フォロワー18万2千人)は自分の動静を毎日のように書き込み、ときどき写真も掲示している。これに対して、購読者(フォロワー)の書き込みが多く、それへの同知事の返事も載っている。オプラ(同114万人)の場合は、自分の番組やサイトへの案内や近況報告が多い。かつてABCニュースのキャスターで取材中にイラクで負傷したボブ・ウッドラフ氏(同2千9百人)は、現在自分の財団の活動のために、ツイッターを使っているようだ。彼の財団は、イラクやアフガニスタンから帰還したアメリカ兵への支援活動を行っている。

 宗教運動への利用もいろいろなものが考えられるが、『タイム』誌が6月1日号で取り上げているアメリカの教会の例は、参考になるだろう。それによると、ミシガン州ジャクソン市にあるウエストウインズ・コミュニティー教会では、メンバーを一堂に集めてツイッターの使い方を手ほどきした後、「140字以内で神や信仰について語る」ための時間をもった。チャペルに設置された大型映像装置には、コンピューターの画面が拡大して映し出され、そこへ携帯電話やPCからメンバーがツイッターに書き込んだ言葉が、リアルタイムで表示される。時には冗談が書き込まれることもあるが、「私には、すべてのものの中に神を見出すことは難しい」とか「私が神を求めれば求めるほど、神は私に人のためになることを求める」とか「心の癒しというものは、時につらいこともある」など、真剣な言葉もあったという。教会での礼拝中にこのようにして“つぶやく”ことには、もちろん反対論もある。が、新しい心の通い合いが生まれ、また深まることで、メンバー同士の一体感、神への信仰が深まる--というのが、賛成論者の言い分らしい。
 
 ネット上では、相互に面識のない者同士の新たな関係が世界中で毎日生まれ続けている。多くの人々が心の支えを失っている時代には、このようなネットの特性を生かして、神への信仰をひろめることは宗教者の義務だとの考えが、賛成論者を突き動かしているようだ。

 谷口 雅宣

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コメント

大変便利でおもしろそうなのですが、でも、何か面倒や困った事に巻き込まれたらと心配になって、そういうのに参加するのをよくためらってしまいます。

投稿: 岡本 淳子 | 2009年5月27日 20:52

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