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2009年5月29日

信仰による戦争の道

 2001年9月11日の同時多発テロ事件以後、本欄ではアメリカの前大統領ジョージ・W・ブッシュ氏がイラク戦争を開始した“理由づけ”に関して、懐疑論を唱えつづけてきた。ブッシュ氏によると、イラク戦争は一種の“自衛”のための戦争であり、したがって正当化される。その主な理由は、①9・11の首謀者であるオサマ・ビンラーデンをイラクが支援してきた、②イラクは核兵器を含む大量破壊兵器(WMD)を開発している、の2点だった。ただし、これだけでは、伝統的な自衛戦争の開始要件を満たさないので(つまり、イラクからの攻撃は受けていないから)、これらに加えて、③その国家がアメリカないしアメリカ国民を攻撃する意図をもっている、という要件を満たした場合は、実際に攻撃を受ける前であっても(または、攻撃を受ける前にこそ)“先制攻撃”または“防衛的介入”を行う権利がある--こういう新しい戦略理論を打ち出したのだった。これが有名な「ブッシュ・ドクトリン」である。さらに、この理論にもとづいてアメリカの攻撃対象になりうる国を“悪の枢軸”として特定した。

 これらの理論は、9・11後のアメリカの“テロとの戦争”に向けた“新しい戦略”として、純粋に政治的な観点から策定されたように見える。私も長い間、そう思っていた。しかし、その一方で、ブッシュ氏はキリスト教右派の強力な支援を受けてきただけでなく、本人が「神」や「宗教」を信仰することを公然と認めてきた。このことは、政策としては人工妊娠中絶反対やES細胞の研究への制限など、好ましい結果に結びついていた。私は、そのことを評価するのにやぶさかでない。しかし、ブッシュ政権の最大の問題は、アフガニスタンとイラクで2つの戦争を始め、それが大統領退陣後も継続され、現在に於いても多くの人々に死や苦しみをもたらしていることだ。だから、この2つの戦争を生み出したブッシュ氏の戦略理論には、どこかに問題があるのである。私は、その問題点は「悪を認める」という同氏の、宗教的な信念とも思える強い態度であると指摘してきたが、その態度が個別具体的にどのような誤った判断を生み出したかについては、よく分からなかった。
 
 ところが、最近になって、イラク戦争開始当時の大統領近辺の情報が明らかになるとともに、この疑問に一部光を当てると思われる文書が発見され、アメリカのメディアなどで取り上げられている。それを簡単に言えば、「ブッシュ氏は聖書の言葉からヒントを得て戦争を始めた可能性がある」ということだ。アメリカにいかにキリスト教信者が多いとしても、大統領が聖書の言葉に触発されて戦争を始めたとすると、アメリカの“国是”とも言われる「政教分離」の原則と矛盾するばかりか、アメリカという国家の情報処理能力や判断の信頼性にも疑問が出る事態にもなりかねない。
 
 私は、5月26日付の『ヘラルド・トリビューン』紙に載ったジェームズ・キャロル氏(James Carroll)の論説から、このことを知った。キャロル氏によると、『ジェントルマンズ・クォータリー』(Gentleman's Quarterly)という季刊誌の最新号にロバート・ドレイパー氏(Robert Draper)が書いた記事が、最初にこのことを伝えた。この記事には、ブッシュ時代の国防長官だったラムズフェルド氏が政権内部においてどれほど嫌われ、また一度決まった方針でも、自分の気に入らないものの実施をどうやって遅らせてきたなどという、“ラムズフェルド悪玉論”が展開されている。が、その記事の最初のところに、イラク戦争開戦前後、国防総省が大統領のブリーフィングのために使った文書の中に、戦場の兵士などの写真を聖書の言葉で飾った資料が含まれている、との指摘があるのである。
 
 記事によると、この資料の作成者はラムズフェルド氏自身ではなく、統合参謀本部と国防長官に直接情報を提供する立場にある空軍のグレン・シャッファー少将(Glen Shaffer)の発想によるもので、開戦前の段階では、戦いを前にした政権中枢部の緊張感をほぐす目的で、ユーモアのつもりで作られた資料カバー(cover sheets)だったそうだ。が、戦争が始まり、死者が出はじめると、クリスチャンであるシャッファー氏は資料カバーに聖書の言葉を使うのがいいと考えたらしい。しかし、同省上層部にはイスラーム教徒の分析官もいたから、国防総省内の何人もの同僚はこれに反対した。が、シャファー氏は「上司のリチャード・マイヤーズも国防長官も、それに大統領自身がこれをお好みだ」と答えたという。
 
 ここで問題になるのは、戦争の開始や目的遂行に必要な冷静な判断と宗教的信念とが両立するか、ということだ。記事を書いたドレイパー氏は、「このことが知れたら、このようなイメージは“ブッシュ政権は宗教戦争を遂行しようとしている”との印象を強め、イスラーム世界との緊張感を高めることになる」として、疑義を表明している。

 谷口 雅宣

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