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2009年5月21日

“若者撃退器”を足立区が導入?

 本欄で4年前に紹介したイギリス製の“若者撃退器”が、いよいよ日本の足立区(東京都)で今日から実験的に使われるらしい。20日付の『朝日新聞』が夕刊で伝えている。これは、若者の耳にしか聞こえないとされる18キロヘルツ前後の高い周波数の音を発生させる装置で、昆虫のカを意味する「モスキート(mosquito)」という名前のもの。カが発声する高音が不快であることから、開発者が名付けたらしいが、日本での商品名は記事中にはない。
 
 記事によると、足立区がこの実験に踏み切るのは、夜中に若者たちが北鹿浜公園に集まって騒ぎ、トイレの便器や事務所の窓ガラスを壊したりするほか、周辺住民から「騒音で眠れない」との苦情が後を絶たないためらしい。同区公園管理課で半年間議論を重ねたすえ、実験的導入に踏み切るという。破壊のあった事務所と公衆トイレがならぶ付近に設置して、午後11時以降、翌朝5時まで高周波数音を鳴らす。議論があるのは、やはり「公園」という公共施設の中に、一部の人間(若者)の入場を妨げるような装置を設置するからだろう。が、同公園管理課の増田治行課長は、「憩いの場のはずの公園が、安眠を奪う迷惑施設になってはいけない」(同記事)と考えて導入するという。

 足立区のウェブ上の説明では、北鹿浜公園は足立区内に2箇所ある交通公園の一つで「交通広場」と「公園部分」の領域に分かれ、前者にはミニ列車、自転車、バッテリーカーなどがあるため入場の規制があるが、後者は常時開放されている。ここへ夜間、若者たちが集まって騒ぎたてるのだろう。私は、この機械の効果をよく知らないが、4年前の本欄によると、それを設置したら「若者が耳を押さえながら店内に入って来て、“あの音を止めてくれ”と頼んだ」というから、若者には「耐えがたい音」であることは確かだ。しかし、若者は店内に入ってきたのだから、彼らを「寄せつけない」音ではなさそうだ。ということは、耳栓をしたり、ヘッドフォンを付けた若者には、あまり効果はないのではないか。また、彼らが「自分たちを排除するため」という設置目的を知ったならば、かえって反発して騒ぎを大きくしないか、と心配する。
 
 『朝日』の記事では、この機械は1台20万円もするそうだが、この公園での昨年度の被害額は約70万円という。3台の設置で被害がなくなれば「効果あり」と言えるだろうが、私としては、公園を夜間閉鎖すればすむ話ではないかと思う。そうすれば「若者だけ締め出す」という公共面からの問題も生まれないと思うのだが……。
 
 谷口 雅宣

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コメント

生長の家 総裁 谷口雅宣先生
ありがとうございます

私は同じような記事を『読売新聞』で今月始めの新聞で見た「記憶」があります
なんでも深夜徘徊する若者んを排除する目的で、関西地方のコンビニで試用したところ効果適面で深夜徘徊が減少したと聞いております、とうとう足立区も採用したのであれば、お山も採用してみればいかがでしょうか、あの辺も不夜城の地域ですから。

投稿: 直井誠 | 2009年5月21日 23:46

今朝のワイドショウでも特集してました。若者にしか聴こえないのは、不思議ですね。

投稿: 岡本 淳子 | 2009年5月22日 10:00

谷口雅宣先生
私が生まれ育ったのは足立区でした。結婚するまでの30数年住んでおりました。鹿浜地区は近年、つくばエキスプレスや舎人ライナーなどの新交通が開通し、大変便利になったところです。私が幼少の頃、このあたりは一面田畑や水田で、お正月には遠くに富士山が見えました。従って、結構規模の大きい公園があるようです。Googleのストリートビューで見ますと、交通公園のほうは大きな柵で囲まれていますが、開放型の公園は小さな柵しかなく、桜の名所にもなっていて、夜間の閉鎖は難しいように見うけられました。

投稿: 久保田裕己 | 2009年5月23日 02:13

合掌ありがとうございます。
 21日(午前と午後)と22日(午前)にかけまして、伝道練成会を始められたともお聞きしましたあの楠本加美野先生はじめ、道場の先生方も殆ど総出の伝道実践に参加させて頂きました。
 練成参加者も奈良栄える会だけでも15名(私も含め)で沢山の人々が(菩薩雲集!の如く)参加しました。
 初参加の私にとっては、衝撃という言葉では言い尽くせないすごい経験でしたが、一件一件まごころ込めて2拝2拍手1揖(ゆう)に始まり、招神歌(かみよびうた)をうたい、『聖経 甘露の法雨』を誦げさせて戴き、『実相円満完全』などの祈りの言葉を唱えさせて頂く行(伝道)を“ただ”積ませて戴きました。
 飛田給の光明実践練成会でも、そこまで徹底して一件一件を祝福することがなかったので、あくまでも私個人の狭い経験でしかありませんが、祝福讃嘆行のスゴさ、凄まじさを実感しました。
 そういったことの功徳と言えるかどうかも全く分かりませんが、宇治には大きな立派な家の多いのには驚きました。
 都会での(に限らず普通の住宅地でも)祝福讃嘆行を全く同じようにするのは容易ではないと、つい先入観に囚われてしまいがちですが、今回の伝道実践の強烈な体験が、足立区の“若者撃退器”とは全く違う発想の解決策になるのではとフト思いつきました。とは言え行政レベルでは話に出来ない話です。

投稿: 黒木 康之 | 2009年5月23日 16:54

ありがとうございます。

私は既に18キロヘルツ前後が「聞こえない」年齢ですが(笑)

なんとも不思議な感じが致しますが、人体に害は無いのでしょうか・・
何年かしたら、有害なものだった、という事にならなければよいのですがね。


投稿: 長瀬 祐一郎 | 2009年6月 1日 12:05

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