矢印探偵は行く (2)
タカシは、サブローを納得させようと思って、自分の“名案”のよさの説明を始めた。
「これがほんとに矢印だったら、矢印の方向には何かがあるんだよ。もし何もなくて、かわりに別の矢印があれば、やっぱりこれは矢印ってことになる。矢印も何もぜんぜんなかったら、これは矢印じゃないってことになるだろ? とにかく行ってみなけりゃ何もわかんないじゃないか」
サブローはうなずきながらタカシの話を聞いていたが、話し終わるのを待って、こう言った。
「でもさ、矢印の先に矢印があって、さらにその先にも矢印があって……って、ずーっと矢印が続いていたら、どこまで矢印をたどって行くつもり?」
「そりゃ……どこまでもさ」
とタカシは言った。
「家(うち)へ帰るのおそくなるよ」
と、サブローは心配そうな顔をした。
「じゃあ、適当に十個ぐらいみつけたらやめにすればいい」
と言って、タカシは肩をすくめた。
「どこか知らない所へ行っちゃったら、帰れなくなるかもしれない……」
と、サブローはまだ不安顔だ。
タカシはそんなサブローに向かって、笑顔でこう言った。
「道に迷うことは、ぜったいない。だって、矢印をたどってきたんだから、逆にたどって帰ればいいんだ」
それを聞いて、サブローの顔も明るくなった。
「わかった。いくつあるか知らないけど、どにかく十個たどってみよう」
それから、黄色い帽子と黒いランドセル姿の二人は、競争して“矢印さがし”を始めた。夕方の都会の路地を、黄色い二つの帽子が人とぶつかりそうになりながら、前後になったり、左右に揺れたり、突然止まったりして進んでいくのが見えた。
三番目の矢印は、先を走っていたタカシが見つけた。
「ほらほら、こんなところにあった。先が曲がってるぞ!」
その矢印は、犬が立ち寄りそうな、ひんやりとしたコンクリートの電柱の下に描いてあった。それは、「ここで右に曲がれ」とでも言うように、上向きの矢印がまんなかで直角に右に折れていた。
追いついてきたサブローが、
「右へ行ったら用水池の方だぞ」
と言った。
「その前に路地がいくつもあるから、そっちへ行くかもしれない」
と、タカシは言って走り出した。サブローは、その後ろ姿を目で追いながら、
「用水池はあぶないから、行っちゃいけないって先生が言ってたぞ!」
と声を張り上げた。
タカシはその声を聞きながら、
(もし矢印が用水池の方を指していたら、どうしよう?)
と考えた。、
(先生がいけないと言ってた場所へ、矢印が行けと言ってたら、それは先生の言うことをきくべきだ)
とタカシは思ったが、その一方で、
(せっかくここまで矢印をたどったのに、途中でやめるのはつまらない)
とも思った。
谷口 雅宣
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