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2009年4月20日

ウサギとカメ (5)

 ウサギは、カメには“言葉の力”を理解することができないと思い、岩を見つめて首をかしげているカメに向かって言いました。
「人間の世界には“岩の上にも3年”って言葉あるんだ。おまえさんは日向ぼっこをしている間、その意味でも考えたらいいよ。ぼくはもう行くからね」
 カメはそれを聞いて、
「ああ、その意味はすぐわかる」
 と言いました。
「ホントか?」
 と、ウサギは疑わしそうに言いました。
「ほんとさ」とカメは言うと、「岩は3年では割れないってことさ」と続けました。
「ちがう、ちがう」
 とウサギは言いました。そして、
「おまえさんには、5年たってもその意味はわからないさ!」
 と言うと、くるりと背中を向けて行ってしまいました。
 ウサギがいなくなると、カメはまた空に顔を向けて日向ぼっこのポーズをとりました。そして、目を細めると、
「ああ、太陽の光は暖かくて、気持いいなぁ~」
 と言って口をパクパクさせました。
 カメはそのままじっと動かないでいると、ブゥーンという音をさせながら1匹のハエが飛んできて、カメの背中の上に留まりました。
「ああ、この音、この音……」
 と、カメは目を閉じたまま思いました。何とも心地のいい音でした。カメはよくわかっていました。この音は、“ごちそう”の音なのでした。でも、背中にいるハエを食べることはできません。だから、そのハエが目の前に飛んでくるか、それとも背中をつたって頭まで上ってくれば、電光石火の早業でつかまえてしまおうと思っていました。
 そのうちに、プゥーンという音をさせて、今度はカが飛んできました。1匹のあとにもう1匹が遅れて来る音も、耳のいいカメには聞こえました。遠くでは、池に注ぎ込む水の音も聞こえています。時々、池から跳ね上がる魚が、水飛沫をたてる音がするのもわかりました。カラスが頭上高く、鳴きながら飛んでいきます。周囲の梢では、スズメたちがにぎやかに囀っています。カメは、幸せな気分になっていました。
「ああ、この世界は、ゆかいな音で満ちている……」
 と、カメは思いました。
「ウサギはなぜ、岩を割るなんてことを考えるんだ……」
 と、眠気の中でカメは思いました。
 暖かい日光があり、のんびりと泳げる池があり、頑丈な岩があり、探し回らなくても向こうから飛んでくるエサがあり、美しい音が満ちている。その世界をこわすのが“言葉の力”だったら、そんなものはいらない、とカメは思いました。
 
 谷口 雅宣

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