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2009年3月31日

急須が見ている…

 昨日はコイの置物を描いたが、今日は電動カミソリを描くつもりだった。ゴツイ体躯の機械で、ヒゲが濃くない私に似つかわしくなく、いかにも大袈裟なところが面白かった。が、木のテーブルの上にそれを置いてフト気がついた。目の前に白い急須があり、その佇まいが私の気を惹くのである。妻が選んだ急須で、毎日使っている代物だから、高価なものではない。ところが、シンプルなデザインでありながら、変化に富んでいるように見える。こういう時は、当初の計画にこだわらず柔軟に対応すべきなのだ……ということで、私は電動カミソリを脇に置いて、急須を描きはじめた。
 
Mtimg090331j  描きながら気がついた。この急須が私を惹きつけた理由は、それが置かれた角度と関係がある。つまり、急須の注ぎ口がこちらを向き、その左右に円形模様が1つずつ配置されている様子が、まるで「ロボットの頭部」のように見えるのである。円形模様はロボットの「目」であり、急須の注ぎ口はまるで「象の鼻」か「突き出した口」のように見える。この「顔」のイメージが。私を惹きつけたに違いない。
 
 本欄では何度も書いているが、人間の脳の視覚野と呼ばれるところには、「顔」のような模様を見たときに敏感に反応する神経細胞があるらしい。これを「顔細胞」と呼ぶ人もいる。急須を見たときに私が感じた“魅力”には、恐らくこの顔細胞からの通信が関与している。言い換えれば、私は急須を見たとき、無意識のうちにそれを「顔のあるもの」--つまり「生きもの」と感じたに違いない。電動カミソリは、確かに電気で動くが、生きたものではない。急須も生き物ではないが、ロボットの顔に似て見えたことで、私の潜在意識が生き物として感じ、惹きつけられた、と考えられる。もっと簡単に言えば、私は「急須が見ている…」と感じたのだ。

 それ以外にも、私が急須に惹かれた理由はあるだろう。が多分、この「顔がある」という要素は大きいに違いない。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌有難うございます。雅宣先生の急須の絵をじっと見ていましたら 私にはベレー帽を被ってメガネをかけた手塚治虫さんに見えました。ユーモラスで なんだか楽しくなりました。先生ありがとう ございました。(o^-^o) 再拝桝谷

投稿: 桝谷栄子 | 2009年4月 3日 00:19

私は雅宣先生の描かれた急須の絵を見ているとかわいい小熊の顔に見えて来て心温かく楽しくなりました。ありがとうございました。再拝

投稿: 本田真弓(奈良県在住) | 2009年4月 3日 18:32

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