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2009年3月25日

映画『パッセンジャーズ』

 今日は我々にとって“週末”の水曜日だったので、日比谷で映画鑑賞をした。妻も私もロドリゴ・ガルシア監督作品のこの映画の前評判をまったく知らなかったが、久しぶりに見ごたえのある作品に出会えたと思った。「パッセンジャーズ」は乗客という意味だから、恐らく飛行機墜落事故の映画……というぐらいの知識しかなかったが、そういうアクション性だけでなく、心理サスペンスとラブストーリーも入っており、加えて上質の宗教性も加味されている。それらの要素が、93分の作品の中できちんと表現されているのは、驚きだった。この見事な多面性を可能にしたのは、作品の最終部に仕掛けられた“どんでん返し”だ、と私は思う。

 これが何であるか言えないことを、読者は了解してほしい。この作品の醍醐味は、その“どんでん返し”を経験した鑑賞者の心に、複雑な謎が一気に解けた解放感と、静かな人間的感動が拡がっていくところにある。映画でなければ恐らく得られないそんな機会を、私は読者から奪いたくない。

 主演は女優のアン・ハサウェイで、若い心理セラピストを演じる。彼女は、不時着した航空機から奇蹟的に助かった5人の乗客のカウンセリングをする。この主人公は、いわゆる“心的外傷後ストレス障害”(PTSD)を“治療”しようとするのだが、5人の患者は1人、また1人と治療から脱落していく。かと思うと、妙に明るい男性患者が、彼女を口説こうと様々な手で言い寄ってくる。そのうち、事故機の航空会社が生存者の数を誤魔化している疑いが芽生える。かと思うと、彼女の上司が隠しごとをしている様子である--こうして主人公は、何か大きな“陰謀”のただ中にいる自分を発見して、もがくのである。

 映画は、主人公の目を通して周囲の状況を描いていくが、その同じ“周囲の状況”が、映画の最終部の“どんでん返し”によって主人公の思い込みから解放されると、映画鑑賞者にはまったく別の意味をもって見えてくる--それが圧巻である。これによって、鑑賞者は、同一の“事実の連続”が、2つの異なった意味をもっていることを知る。そして、“悪い意味”や“悪意”として感じられてきたことが、突然、“よい意味”をもった“善意”の行動であることが分かるのである。この体験は、人生の艱難に際して、環境は自心の展開であると知り、周囲の人々は皆、自分に何かを教えてくれる導き手であったと感じる宗教的体験とも似ている。上述した「上質の宗教性」とは、このことを言っている。
 
 「肉体の死は、人間の魂の解放である」と言われるが、この作品を見ると「なるほど、そうかもしれない」と納得される。昔の映画では『オールウェイズ』(1989年)や『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)が同じ主題をもっと正面から扱っていて、私は好きだった。が、この作品はそれを言わば“斜め”に扱おうとして“凝った仕掛け”を使っている。が、それに騙されても、悪い気はしないから不思議だ。
 
 谷口 雅宣

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