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2009年3月 2日

数々のお祝いに感謝申し上げます

 私の生長の家総裁就任について、多くの方々からお祝いの言葉をいただいています。この場を借りて皆さまの御厚情に感謝申し上げるとともに、今後ますます襟を正し、神意に聴く努力を重ね、ご期待に応えられるよう鋭意精進させていただきます。ありがとうございました。
 
 昨日は、長崎県・西海市の生長の家総本山で「生長の家総裁法燈継承祭」と「新総裁襲任 立教80年生長の家春季記念日祝賀式」が、約2千5百人の幹部・信徒が参加して盛大に行われた。以下は、同祝賀式での私の話の概要である:

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 今日は、生長の家では「立教記念日」として長い間、お祝いされてきた特別の日であります。例年ならば、立教記念春季祝賀式というのが、東京・原宿で行われ、私はそこで、今日よりも少ない数の皆さまの前でご挨拶するのでありますが、今年は、ご覧の通りに、ここ長崎県西海市の生長の家総本山の出龍宮顕斎殿で、国内はもとより国外からも生長の家の幹部・信徒の代表者に大勢お集まりいただいて、「新総裁襲任 立教80年生長の家春季記念日祝賀式」というものをもつことができました。これはひとえに、生長の家の大神のご意向と初代総裁、谷口雅春大聖師、2代総裁、谷口清超大聖師の御徳によるものであり、そして皆さま方の絶大なるご支援によるものであります。誠にありがたく、感謝申し上げます。ありがとうございます。
 
 今から23年と4カ月前に、谷口清超先生は生長の家総裁の法燈を継承されましたが、その時のお言葉が『求道と伝道のために』という本に掲載されています。生長の家の地方講師の方ならば、よく読んで知っておられるご文章でありますが、きわめて重要でありますので、そのお言葉のポイントを確認したいのであります。それは「面授」ということと、「不立文字の継承」ということであります。
 
 「面授」については、こうあります--

『生命の實相』やその他の谷口雅春尊師の書物を読み、深くその真理の奥義に魂をゆさぶられ、弟子と言ったり、そうでなくても会員として幹部活動をした人は沢山いるのである。その中で「われこそは尊師の御教えを正しく継承するものである」と考える人もいるにちがいない。しかし法(大法)の継承というものは「自分がそう思う」だけでは成り立たないのである。それを道元禅師は「面授」の巻でくわしく述べられ、「師と弟子が対面して」師がそのことを認可しなければならぬ。弟子が勝手に自分で決める問題ではないと教えられるのである。勿論、世間様がきめるものでもないことは言をまたない。
 
 --これは、谷口雅春先生から清超先生へ、生長の家総裁の法燈が「師と弟子が対面して」継承されたことを述べておられる文章の中に出ている話であります。これが生長の家の伝統であります。「大法」といわれるような宗教的真理の神髄の継承は、師と弟子とが直接会って、対面して引き継ぐのでなければいけないということです。道元禅師の『正法眼蔵』の中には、それが「面授の巻」として独立した一章を設けて詳しく書かれているのであります。それを清超先生は解説されて、次のように説いておられます--
 
 おおよそ仏祖の大道は、唯面授と面受あるのみ、受面と授面あるのみである。これ以外に余分の法はない。そこに何らの欠落はなく、まさに正法眼蔵そのものである。この面授の、あうにあい難い面授にあった自己の面目は、まさに何ものにも替え難く、随喜し、懽喜(かんき)し、信受し、奉行すべきものである」(『正法眼蔵を読む』下巻、p. 250)

 このように、真理の神髄の継承は、師と弟子との直接対面によらなければならず、それは奇蹟的に素晴らしいことだと書かれているのであります。また、「継承」ということについては、次のようにあります--
 
 世の中には「継承」ということを何か誤解している方もいらっしゃいまして、谷口雅春先生のお説きになった一言一句をその通りまたくり返しお伝えするのであろう、かの如く思われる方もおられるかもしれませんが、実はそういうものではないのであります。つまり、教えの神髄の不立文字をお伝え頂き、それを継承するということでありまして、これはお釈迦さんが霊鷲山(りょうじゅせん)上において迦葉尊者に「吾れに正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相の微妙の法門あり、摩訶迦葉に付属す」と言われた時、金波羅華の花を捻られて一言もおっしゃらず、こう目くばせして“揚眉瞬目”(ようびしゅんもく)、眉をあげて目をぱちぱちっとさせて衆生を見渡され、こう何か意味ありげに見まわされた時に迦葉尊者だけが破顔微笑したというので、お前に正法眼蔵を譲ったぞとおっしゃった。
 
 --このあとに、また次のように説かれています--

 この真理は言葉では尽くせないがお前に譲ったぞということでありまして、この事は先生のお説きになられました一言一句をまたくり返し説けということとは違うのであります。
 継承とか嫡々相承ということはそういうことではないんです。例えば、明治天皇様が大正天皇様にお位をお譲りになる、あるいは大正天皇様が今上陛下にお譲りになるという事は、「わしと同じ事をお前達はせよ」ということではなかったのです。真理というのは、その時その時に応じて色々な相(すがた)をもって展開されねばならない。(『求道と伝道のために』p.6)
 
 私は、このように定められた生長の家の伝統に則って、谷口清超先生から面授によってこの真理の大道を継承させていただきました。そしてただ今、住吉大神の御前で大真理の眼晴(がんせい)の継承を祈念申し上げました。したがって、これまた清超先生から教えられたように、私は先師の一言一句を繰り返すというのではなく、時代や環境の変化に応じて、いろいろな姿をもってこの運動をさらに積極的に展開していきたいと念願するものであります。

 さて、このほど今日の法燈継承を記念いたしまして、生長の家から私の随筆集を出させていただきました。『目覚むる心地』というタイトルです。「目覚める」というのが我々が使う普通の口語ですが、このタイトルが「目覚むる」という文語体になっているのは、兼好法師の『徒然草』から取っているからです。これがどういう意味かという詳しい話は、これと同じ題で書かれた文章が本の中にあるので、それを読んでください。今日は、そういうことよりも、この本を出した意図について少しお話したいのです。
 
 私は2001年ごろからブログを書いていることは、大抵の人はご存じと思います。この本は、そのブログの文章の中から、私の私生活とか、私的な感想、随想などを集めて1冊にまとめたものです。かつて、『ちょっと私的に考える』(1999年)という本を出しましたが、それと似た側面があります。が、違っているのは、『ちょっと私的……』に収められた文章は長いのですが、この本には、ブログですから、短文が多く集められているという点でしょう。それで、どうして今の時期に私が「私的な内容」のものだけを本にしたかということですが、これについては、この本の「あとがき」で説明しています。一部ですが、その文章をご紹介いたします:
 
 (同書、pp. 290-292 朗読)
 
 まあ、こういうわけで、「今度、生長の家総裁になった谷口雅宣というのは、どんな人間か?」という疑問に応えるために、この本を出していただいたのであります。ここに収められた文章は、古いものは2001年1月、新しいものは昨年の12月まで、8年間に書いたもので66篇あります。内容は難しくないはずですから、ぜひご一読いただいて「私」という人間を知っていただき、ちょっと気に入らない面があっても、ご容赦いただきたいのであります。現象人間としての私には、まだまだ不完全な部分があります。実相顕現の運動は、公的にも私的にも展開される必要があるのです。
 
 そこで、公的な面での話にもどりましょう。
 ご存じのように、現在の世界には、経済的危機と地球環境の危機とが同時に訪れています。23年前に、谷口清超大聖師が生長の家総裁を継がれたときとは、また状況がかなり違っています。生長の家も2年前から、“自然と共に伸びる運動”を実現しようとして、これまでの大量生産・大量廃棄ならぬ、大量動員・大量宣布の方法や、その他の様々な運動の取り組みを見直し、新しい運動構築に向かって進んでいます。これを成功裏に実現するためには、本部サイドの努力はもちろん必要ですが、皆さま方の叡智と独創性も大いに必要です。
 
 しかし、有り難いことに、私たちは実相世界の実在を教えていただいています。神の創造された世界には“善きものすべて”があるということです。そこには、“自然と共に伸びる世界”がすでにあるのです。私たちがこれから、実相世界のアイディアを正しく受信し、それを現象的に正しく表現することによって、この実相の“住吉の世界”は地上に必ず顕現してくるでしょう。その偉大なる運動を皆さまとともに、喜びをもって展開していくことをここ、龍宮住吉本宮の前でお誓いして、今日の記念すべき日の私の言葉といたします。皆さん、本日は誠にありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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コメント

合掌有難うございます。谷口雅宣先生 生長の家総裁 ご襲任 お芽出とうございます。ただただ感動 感動 感動 でございました。 祝詞? 祭文奏上の瞬間から瞑目している双眸から涙があとからあとから流れ来て 勿体ないなあ 有難いなあ 生長の家にふれていて良かったなあという想いだけでした、、、、、。         空はどこまでも晴れ渡り生長の家晴れ!でした。天地の全てのもの 森羅万象が祝福して 神を讃えて 歌いたもう そのままの実相世界を見させて下さいました。有難うございました。万雷の拍手と満腔の感謝を込めまして CONGRATULATION !!!  再拝 桝谷

投稿: 桝谷栄子 | 2009年3月 2日 20:32

合掌 ありがとうございます。
法燈ご継承に感謝申し上げます。
継承祭には参加することができませんでしたが、出席された方々から聞きました感想は、「新総裁先生の雰囲気は神様のようでした」「拍手は鳴りやまなかった」「全員がすごく感激・感動していました」などなどと素晴らしい御祭であっとことが想像できます。
当日は、教化部の早朝行事に出させていただき、笑いの練習の先導講師は「今日は、長崎の総本山で谷口雅宣先生の生長の家総裁法燈継承祭がとり行われますので、祝福の念をこめて多いに笑いましょう」と言いました時、心の奥底から感謝が湧きあがり、笑いとともに涙が流れていました。
改めて、心よりお礼申し上げます。

投稿: 平峰恵利花 | 2009年3月 2日 22:59

谷口雅宣先生
法燈継承おめでとうございます。
先生の立教記念日のお言葉を拝読し、道元禅師のことにふれられておられましたが、最近観て感動した映画「禅ZEN」を思い出しました。この映画を観ながら、私は何故かずっと涙を流していました。その意味が分からなかったのですが、総裁先生の法燈継承のお言葉にシンクロしていたのだと感じました。
映画「禅ZEN」の概要とホームページは以下の通りです。
http://www.zen.sh/

投稿: 久保田裕己 | 2009年3月 3日 01:53

谷口雅宣先生

 生長の家総裁、ご就任、誠におめでとうございます。これからも吾々信徒一同に素晴らしいご指導、お導きを頂けますこと、誠に悦びに耐えません。

 本当に面授という事が大切な要素なのですね。勝手に弟子を名乗る事が出来ないと。
 ところで私の個人的感想ですが、生長の家の教えの神髄が不立文字であって、時代と状況に応じてその説かれ方、展開の仕方が自由自在に変わるものであるという事を理解していない信徒の方が割合いますが、私も以前は生長の家が不立文字であるとは思っていませんでした。
 と言いますのは、谷口雅春先生が「生命の実相」の中で「生長の家はいにしえの教えで文字に完全に現されなかった真理を現代語で明確に説いたという所に特徴がある」と言う様な意味の事を説かれたお言葉があるのを私自身、以前、生長の家は分かりにくい以心伝心の真理を明確な現代語で説かれたものであるから、生長の家の本に書いてある一言一句そのものが真理だと固く信じておりましたので。
 でも、信仰が進むにつれ、私のとらえ方が間違っていた事が分かって来ましたが、それが理解出来ない人が谷口雅春先生の説かれた一言一句こそが真理そのものであって、それを完全に間違いなく伝えて行く事が大事だと思っているのではないかと思います。

投稿: 堀 浩二 | 2009年3月 3日 09:51

総裁先生ありがとうございます。「目覚むる心地」教化部に頼みました。楽しみにしています。最近は「衝撃から理解へ」読み直していました。

投稿: 奥田健介 | 2009年3月 3日 11:45

総裁谷口雅宣先生 おめでとうございます。

うれしいです。ありがとうございます。

            合掌 

投稿: 山本 順子 | 2009年3月 3日 12:40

生長の家総裁
 谷口 雅宣 先生

合掌、ありがとうございます。
生長の家総裁をご襲任遊ばされました事を、心よりお慶び申し上げます。
アメリカの各教区におきましては、昨日の3月1日(日本の3月2日)に、「立教80年生長の家春季記念祝賀式」が執り行われ、幹部・信徒相集いまして、谷口雅宣先生の総裁ご就任、谷口純子先生の白鳩会総裁ご就任をお祝い申し上げました。
祝賀式に参加した信徒の慶びに満ちた気持ちの一端を、後日になりますが、両先生にお届けしたいと思っております。今しばらくお待ちくださいませ。
総本山での「新総裁襲任 立教80年生長の家春季記念日祝賀式」にて、海外信徒代表として祝辞を言上させて頂きました上田理事長が本日、無事にアメリカに帰国いたしました。
厳かに,また、華やぎの中で執り行われた「生長の家総裁法燈継承祭」と「新総裁襲任 立教80年生長の家春季記念日祝賀式」における感動、また、両先生のもとに集い、会場を埋め尽くした幹部・信徒の終日にわたるお慶びの様子等が現地で待ちわびている人々に、早速伝えられるものと思います。私は最高首脳者会終了後、アメリカに向かい、本部講師懇談会、理事会、全米の代表者会議に臨ませて頂きます。その折々の場において、この度の慶事を共有したいと思っております。
これら幹部の方々とともに、2009年度の運動方針の理解を深め合い、アメリカにおける布教促進のあり方を語り合い、総裁先生にご指導を頂きながらさらに明るく、活力に溢れて前進して行く決意を新たに致します。
来る8月(1日~2日)、サンパウロで開催されます世界平和のための国際教修会でのご指導を楽しみに致しております。

総裁・谷口雅宣先生と白鳩会総裁・谷口純子先生の益々のご健勝を、アメリカ合衆国の幹部・信徒とともに、お祈り申し上げます。

              アメリカ合衆国教化総長
勅使川原 淑子 拝

投稿: 勅使川原 淑子 | 2009年3月 3日 19:16

合掌ありがとうございます。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
法燈継承おめでとうございます。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
その日は関西の方も雲ひとつない快晴でした。
私は住吉大社の朔日参りをさせていただきました。
青空のもと、鳩が気持ち良さそうに飛んでいました。

澄み切りて 生命(いのち)の響き 輝きぬ
     龍宮世界 今此処に在り 

投稿: 黒木 康之 | 2009年3月 3日 23:35

谷口雅宣先生

合掌ありがとうごございます。生長の家総裁御襲任おめでとうございます。

祝賀式に参加させて頂きたくて、指折り数えて楽しみにしておりましたが、当日は長男の高校の卒業式。残念…と思わないでもなかったのですが、

その卒業式は、18歳の若者達の感謝に満ちたすばらしい卒業式でした。

体育館の天井が抜けるのではないかと思うほどの校歌大合唱!希望に満ちた若者達から贈られた感謝の言葉。 


卒業式に参加しながら総本山の御祭りに同時に居るような神様の善一元の世界が展開しているような感動に浸っておりました。

 
>神の創造された世界には“善きものすべて”があるということです。そこには、“自然と共に伸びる世界”がすでにあるのです。私たちがこれから、実相世界のアイディアを正しく受信し、それを現象的に正しく表現することによって、この実相の“住吉の世界”は地上に必ず顕現してくるでしょう。

まさに実感した良き日でした。

毎日が特別な素晴らしい日なのですね。

ありがとうございます。
         
                     再拝


投稿: 酒井幸江 | 2009年3月 4日 01:47

谷口雅宣先生、総裁ご就任おめでとうございます☆

投稿: 長瀬 祐一郎 | 2009年3月 4日 11:13

谷口雅宣先生

合掌ありがとうございます。

改めまして、生長の家総裁へのご就任、おめでとうございます☆
祝賀式には、私が所属している空知教区の浅田部長とともに参加し、『面授と面受』のお言葉を直接拝聴させていただきました。

また、以前、私が空知教区青年会の教区委員長をさせていただいた時の講習会では、昼食会と幹部会で大変お世話になりましたこと、重ねてお礼申し上げます。
ありがとうございます☆

そして、この講習会での出来事を実家に帰省した際、姉に「いや~、緊張したよ。でも、なぜだか昼食のお弁当をちゃんと味わって食べられたよ…。」と言いましたら、「当たり前だよ。裕一は、昔、武道館で雅宣さんと二人っきりで話してた間柄なんだから…。」と言われて驚きました!!!
私の姉とは、その昔、純子先生が日本航空の国際線スチュワーデスをされながら、東京第一教区青年会で女子活動対策部長をされていた時に、副部長を拝命し、ともに活動されていた女性です。

さらに、そして、先日の法燈御継承に繋がり、私は神縁の不思議な奥深さを実感しています…。

何はともあれ、お体を大切に日々をお過ごし下さい。

再拝

投稿: 阿部 裕一 | 2009年3月 5日 19:01

谷口雅宣総裁先生
合掌 有難う御座います。このたびは法燈を御継承され、総裁に御襲任になり、真におめでとうございます。 衷心よりお喜び申し上げます。
 私は、御祝典には残念ながら参上できず、当日別途に予定されていた地区の誌友会に出席しましたが、この記念すべき「新総裁襲任,立教80年記念日」の意義を、終始心に深く噛み締めておりました。 夕刻、帰阪してこられた方々に承りましたところ、本山一帯は、“住吉の大神”の御光りが遍満し、式場は神々しさで輝き、祭典と式典は、誠に荘厳そのものであったとのことで、この上なく嬉しく存じました。
 思えば、去る12月17日の追善供養祭に於いて、谷口清超先生の御遺徳についてお伺いした中で“生長の家は霊的大宇宙である”というお言葉が特に印象に残り、深い悲しみの中にも、これから愈々真実の生長の家が, 日本が,そして世界が始まるのだとの思いを深くしました。引き続いて、12月29日、及び31日における1年間のご回想、今年1月1日、新年の展望、更には2月11日の建国記念日においての建国の理想など、広く、深く壮大なお言葉は真に神啓に満ちており、教団の内外を問わず、世界中の多くの人々が、御教えの将来と、新総裁に対する期待感を、この上なく高めるものであったと、僭越ながら感じさせて頂きました。そして、愈々、この3月1日の法燈継承祭を迎える運びになりましたが この朝, 日本国中は、天高く太陽が輝き、晴れ渡つておりました。
 式典に於ける”面授”と”不立文字の継承”のお言葉は、承る人々の立場の如何を問わず、分かりやすく明快で、何ら疑問の余地を残さないものでありました。同時に法燈継承に際しての、強い御決意を謹み伺わさせて頂きました。
 そして、最後の運動方針については、現在の経済的危機と地球環境問題の危機に対処するための運動構築として、これまでの大量動員、大量宣布の方法やその他の様々な運動の取り組みを見直し、新しい方向に向かって進むご方針を承りましたが、われわれの叡知と独創性にも、ご期待をかけて頂き、大変感動しております。
 かねてから、御著書の“衝撃から理解へ”等の中で「“イスラームの理性主義”、および “権威主義”については、彼らの長い歴史に学ぶべきところが多い」とのお言葉を戴いています。また、昨年の11月22日の本山での秋季大祭においても、更に詳しく、具体的に「理性にもとずく正しい信仰」 についてお説き戴いています。
 私は、今日この日の、新しい出発の日にこそ、これらのお諭しを真剣に受け止め、われわれの日常の信仰生活、又は態度なるものを振り返り、深く内省し、新しく、力強い第一歩を踏み出すべき時であるとの感を深くしています。
 即ち上記書の255頁に、「生長の家を学んだ人なら誰でも同意してくれるだろうが、谷口雅春先生が打ち立てられた“実相哲学”は極めて理性的であり、論理性において優れている」、 とのお言葉がありますが、其れにも拘らず、中には、かなり盲目的に、理性的な真剣な求道の追求よりは、上面的宣布の方を追う, 所謂、権威主義にありがちな傾向を持つ動きが、極く一部に見られます。 しかし、このような、実相世界にはない現象にストップを掛け、更に、イスラーム厳格主義者(PURITAN)達が犯した過ちの轍を踏む様なことなく、真の世界平和を実現して行くためには、尊厳なる神性表現のための正しい神想観の励行と、智慧と愛で結ばれた自由な雰囲気での同志的組織環境作りが、今後の運動推進のため、是非共必要と考え、このために講師は奮起すべきであると存じております次第です。
 今後とも総裁先生のお導きを、何卒宜しくお願い申し上げます。 再拝。 丹羽敏雄


投稿: 丹羽敏雄 | 2009年3月 7日 23:00

読者の皆さま、

 私の総裁就任にあたり、本ブログ上に数々の温かい励ましのお言葉をいただき、心から感謝申し上げます。今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

 谷口 雅宣 拝

投稿: 谷口 | 2009年3月 9日 11:09

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