急須が見ている…
昨日はコイの置物を描いたが、今日は電動カミソリを描くつもりだった。ゴツイ体躯の機械で、ヒゲが濃くない私に似つかわしくなく、いかにも大袈裟なところが面白かった。が、木のテーブルの上にそれを置いてフト気がついた。目の前に白い急須があり、その佇まいが私の気を惹くのである。妻が選んだ急須で、毎日使っている代物だから、高価なものではない。ところが、シンプルなデザインでありながら、変化に富んでいるように見える。こういう時は、当初の計画にこだわらず柔軟に対応すべきなのだ……ということで、私は電動カミソリを脇に置いて、急須を描きはじめた。
描きながら気がついた。この急須が私を惹きつけた理由は、それが置かれた角度と関係がある。つまり、急須の注ぎ口がこちらを向き、その左右に円形模様が1つずつ配置されている様子が、まるで「ロボットの頭部」のように見えるのである。円形模様はロボットの「目」であり、急須の注ぎ口はまるで「象の鼻」か「突き出した口」のように見える。この「顔」のイメージが。私を惹きつけたに違いない。
本欄では何度も書いているが、人間の脳の視覚野と呼ばれるところには、「顔」のような模様を見たときに敏感に反応する神経細胞があるらしい。これを「顔細胞」と呼ぶ人もいる。急須を見たときに私が感じた“魅力”には、恐らくこの顔細胞からの通信が関与している。言い換えれば、私は急須を見たとき、無意識のうちにそれを「顔のあるもの」--つまり「生きもの」と感じたに違いない。電動カミソリは、確かに電気で動くが、生きたものではない。急須も生き物ではないが、ロボットの顔に似て見えたことで、私の潜在意識が生き物として感じ、惹きつけられた、と考えられる。もっと簡単に言えば、私は「急須が見ている…」と感じたのだ。
それ以外にも、私が急須に惹かれた理由はあるだろう。が多分、この「顔がある」という要素は大きいに違いない。
谷口 雅宣