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2009年3月10日

紙を使わない出版 (2)

 昨年の1月28日の本欄で「紙を使わない出版」と題して、アメリカで発売された電子本専用機のことに触れた。あれから1年数カ月たったが、3月16日号のアメリカの時事週刊誌『TIME』は、その後の電子本の“進化”について3ページの記事を載せている。それを読むと、最も有望なのは前回触れたアマゾンの「キンドル(Kindle)」の後継機である「Kindle 2」という専用機のようだ。詳しい仕様は、このサイトで見ることができる。私は早くそれを試してみたいのだが、日本への上陸はまだ先のようだ。
 
『TIME』誌の記事によると、359ドルの初代のキンドルはアメリカで約50万台売れたといい、品切れ気味の状態がまだ続いている。後継機は、初代より画面のコントラストと表示速度が向上し、電子本の収納容量が7倍に増えたため、一般的な書籍では1500冊以上が1台に収まるとか。初代同様に汎用ブラウザーがついているからインターネットが使え、テキストを読み上げる機能が新たに加わった。これで重さは約290gだ。1回の充電で2週間使えるというから、海外旅行にも持っていけそうである。こんなものが日本に上陸したら、紙製の本の売り上げはますます落ち、中小の書店は相当打撃を受けるだろう。

 すでにご存じの読者も多いと思うが、キンドルの最大の特徴は、インターネット書店のアマゾンから直接無線で、電子本のデータが入手できる点だ。つまり、電波が通じるところならどこからでも、高速で、廉価な本がほとんど無制限(1500冊)で買える。読書家の悩みである「本の置場」など心配する必要はないし、インターネットで本を探し、即注文して読めるという時代になる。それはもうアメリカでは始まっており、日本でも1年か2年先にはそうなるのだ。こうなると、“文書伝道”の方法はまったく違ってくるのではないだろうか。
 
 もちろん、紙製の本が数年先になくなるとは思わない。しかし現在、「文庫」や「新書」の形で提供されている情報のほとんどは、電子本に移行するような気がする。なぜなら、それらは手軽に1~2回読んで廃棄される種類のものだからだ。これからの我々は、この種の本は電子情報で取っておく一方、紙の手触りや手ごたえを楽しみ、あるいは美的な満足を得たいものは紙製の本として部屋に置いておく……というような使い分けをするのではないだろうか。では、現在、普及誌や機関誌のような雑誌の形で提供している情報は、いったいどうなるのだろう? この点をよく検討し、早い時期に次代に対応できる出版体制を整えておく必要を感じるのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生
 先生は、携帯電話について、あまり興味がない(?)というお言葉が先日ありましたが、国家プロジェクトとして「ユビキタス社会」が進み、その重要なツールとして携帯電話が注目されています。
 電子辞書ウィキペディアによると、<<ユビキタス社会とは「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」がコンピューターネットワークをはじめとしたネットワークにつながることにより、様々なサービスが提供され、人々の生活をより豊かにする社会である。「いつでも、どこでも」とはパソコンによってネットワークにつながるだけでなく、携帯情報端末をはじめ屋外や電車・自動車等、あらゆる時間・場所でネットワークにつながる事であり、「何でも、誰でも」とはパソコン同士だけでなく家電等のあらゆる物を含めて、物と物、人と物、人と人がつながることである。>>
 TVの電波が20010年地上デジタル放送に移行した後、余った電波に「ユビキタス」が使われるそうです。
 このような一連の流れの中で、日本の出版事情も変わってくるし、文書伝道にも大きな変化が現れると思います。

投稿: 久保田裕己 | 2009年3月11日 02:41

久保田さん、

 私はその「ユビキタス」というネーミングが好きになれないのです。原語は英語の「ubiquitous」で、より正確には「ユービクイタス」に近い発音になります。辞書には「遍在する」とか「至るところにある」という意味だとあります。それをちゃんとした日本語に訳すべきでしょう。

 第一、原語には、「つながる」という意味は存在しません。
例えば、「どこの街角にもあるスターバックスの店」という場合は「ubiquitous Starbucks shops」でいいのです。それぞれの店が電子的につながっていようがいまいが、どちらでもいいのです。英語を使いながら、本来の意味とは違う意味を付加している……英語に対しても、日本語に対しても不誠実な言葉だと思います。

 もし「あらゆる人々が電波でつながり合う社会」を意味したいならば、「遍在的電子連結社会」とか「電子的連結遍在社会」とでも言えばいいのです。何となく中国語的ですが……。

投稿: 谷口 | 2009年3月11日 13:41

谷口雅宣先生
ご指摘ありがとうございました。私も初めて「ユビキタス」という言葉を聞いたとき、馴染めず、歯が浮くような印象を持ちましたが、「指、来たす」という日本語に置き換えていました。「ユビキタスネットワーク社会」について、国家プロジェクトとして推進している総務省のホームページでこれまで色々と調べていましたが、シックリしませんでしたが、本日、総務省の「ユビキタス」の子供向けサイトに、次のような記述がありました。
<<「ユビキタス」ってことば聞いたことあるかな?日本語では聞きなれないひびきのことばだけど、ぼくたちの未来(みらい)にとってとても大切な言葉なのでおぼえておこうね!

「ユビキタス」は、古いラテン語のことばで「どこにでもある」という意味なんだ。

「ユビキタスネットワーク」とは、「どこにでも存在(そんざい)するネットワーク」、つまり、「どこにいても、いつでも、どんなものからでもネットワークにつながる」ということだよ。

今はネットワークというとコンピュータどうしが通信(つうしん)して情報(じょうほう)のやりとりをすることだけど、ちょっと先の未来では、テレビやエアコン、冷ぞう庫、洋服、かばん、本、・・・など、パソコンとはちがう身の回りのいろいろなものもお互(たが)い通信しあい情報のやりとりができるようになるんだ。>>
 事実、私が愛用している九段の「千代田図書館」も、全ての蔵書にICタグが付けられ、自動貸出機が設置されました。持ち出しが禁止されている最新号の雑誌にも付けられ、間違って持ち出すとゲートで警報ブザーが鳴るようです。

投稿: 久保田裕己 | 2009年3月12日 00:34

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