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2009年1月21日

オバマ演説を聴く

 アメリカ合衆国第44代大統領になったバラク・オバマ氏の就任演説を聞いた。アメリカと世界の深刻な政治・経済状況をしっかりと捉えたうえで、建国の理想を前面に打ち出して、それを実現するために、未来世代のために、共に汗を流そう--という内容の、格調高い演説だった。ヤフーのニュースサイトに動画があり、別のニュースサイトに演説のテキスト全文が載っていた。動画では、大統領本人の表情や仕草が克明にわかり、聴衆のどよめきや拍手が聞こえる。それを首都ワシントンでの演説から12時間後には、地球の反対側の東京で、1人の個人が自由な時間に、テレビも新聞も利用せずに入手できる。「地球は狭い」との感慨を深くした。

 私が最も関心をもっていた“テロとの戦争”(war on terror)という言葉は、演説中ついに1回も使われなかった。このことで、オバマ新政権の外交政策の基本姿勢がはっきりしたように思う。“テロとの戦争”はやっと終息したのだ。私はこれを歓迎する。しかし、“テロリスト”との個別具体的な戦いは終っていない。この違いは微妙なので、少し説明しよう。
 
 私がここでいう“テロとの戦争”とは、第1にその用語のことであり、第2に、この用語の背後にあるものの見方である。用語の問題点は、すでに何回も述べたが、テロとは「恐怖」のことだから、恐怖と闘うのに武器や軍隊をもってするのは間違いである。テロの意味を「テロリズム」という手段だと考えた場合も、問題がある。何かの目的を遂行するための「手段」を相手にして、それと武器をもって戦うというのでは、問題は解決しない。問題なのは、テロによって遂行しようとする「目的」の方である。それを解決すれば、テロという手段はもちろん、その他の手段も使われなくなる。

 “テロとの戦争”という言葉の背後にある考え方は、前回の本欄でも触れたように、様々な個別具体的目的をもったテロリストたちを十把一絡げにして“敵”と見立てるのである。これでは、敵でないものを敵に回し、これまで関係がなかった敵と敵とを団結させる--換言すれば「認めたものが現れる」という唯心所現の法則が発動するから、敵はどんどん増えるのである。そんな戦略は破綻する以外なく、現にブッシュ時代の“テロとの戦争”はテロリストを増やすという逆効果を生んだのだ。
 
 しかし、“テロとの戦争”という架空の敵との戦争は終っても、個別具体的にテロを手段として向かってくるグループや国家に対しては、戦い続けねばならない。そのことを、オバマ演説は明言している。それは、次のような箇所である--
 
 For those who seek to advance their aims by inducing terror and slaughtering innocents, we say to you now that our spirit is stronger and cannot be broken; you cannot outlast us, and we will defeat you.
 (自分たちの目的遂行のために恐怖心を起こさせ、罪のない人々を切り殺そうとする者に、今私たちは言おう。私たちの戦う意志はより強固になった。これを崩すことはできない。君たちは先に倒れるのだ。私たちは必ず君たちを打ち負かすだろう)
 
 この部分には、従来だったら“テロとの戦争”という言葉が使われたはずである。それを今回は、「目的(aim)」と「手段(by ....ing)」とを注意深く分けて述べている。しかも、イスラーム(Islam)や原理主義(fundamentalism, extremism, radicalism)という言葉は一切使われていない。ということは、目的が変わらなくても、テロリズムという手段さえ使わなければ、アメリカは交渉のテーブルにつく用意がある--というメッセージにも読めるのである。しかし、テロリズムを放棄しなければ、アメリカは全力を挙げてテロリストを負かすまで戦うだろう--そういう強い決意が示されている。

 こことは全く別の箇所に「イスラーム教徒」に対する呼びかけが出てくる。そのこと自体が、前政権とは決定的に違う。つまり、オバマ演説は、「テロリスト」と「イスラーム」とを、意識的に全く別に扱っているのである。そして、イスラームについてはこう言う--
 
 To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect. To those leaders around the globe who seek to sow conflict, or blame their society's ills on the West, know that your people will judge you on what you can build, not what you destroy. To those who cling to power through corruption and deceit and the silencing of dissent, know that you are on the wrong side of history; but that we will extend a hand if you are willing to unclench your fist.
(イスラーム世界にはこう言おう。私たちは、共通の利益と相互への尊敬に基づいて新たな前進の道を追求する。紛争の種をまき、あるいは自らの社会が抱える問題を西洋社会のせいにする国々の指導者に対しては、こう言おう。あなた方の国民は、何を破壊するかでなく、何を築き上げられるかによってあなた方を判断すると知るべきだ。腐敗と謀略によって、また反対者を抑圧することで権力にしがみついている人々には、こう言おう。あなた方は歴史の誤った側にいるのだ。しかし、あなた方が握りしめた拳を開くつもりなら、私たちは支援の手を差し延べるだろう)

 ここには、イスラーム世界の中で民主主義の動きを抑圧している国に対する姿勢が表明されている。具体的な国名が出ていないが、それは恐らく、アメリカの同盟国であるサウジアラビアなどが含まれているからだ。その一方で、イランのようにかつて“悪の枢軸”を構成していた国に対しても、相手の出方によっては「支援の手を差し延べる」可能性を明確に打ち出している。
 
 このように見ていくと、オバマ新政権の外交政策では、従来の「2項対立的」で「軍事力主体」のものから、交渉を重視した、より柔軟な外交が模索されると推測できるのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

 オバマ大統領の演説の解釈に明確な指針を与えて下さって有り難うございます。

 先生がオバマ大統領がテロとの戦争をどうするかに注目しなければならないと仰っていて、実際、大統領の演説を聴いたら「吾々はあなた達を打ちのめす」という言葉が入っていたので、これはテロとの戦争を続行する事かとちょっとがっかりしておりましたが、この様に個別に手段としてテロ行為を行うものに対しての戦いはして行くという意味であったと御教示頂けて安心致しました。

投稿: 堀 浩二 | 2009年1月22日 10:19

オバマ新大統領の誕生!これはこれでGOOD!なのですが余りに評判が良過ぎて大丈夫かな?と少々心配になります、日本の天皇とは違いますから、、、実業界は株価下落で迎えています、これから起こるであろう国内外の共に全員一致は有り得ない難局に如何に対応して行くか!有言実行出来る大統領として世界平和を実現出来るかどうか、、可能な立場に立っています、「平和を実現する人々は幸いである、その人達は神の子と呼ばれるだろう」と言うイエスの言葉が現実になって欲しいと願うと共にグローバルな経済、外交手段に期待しています。

投稿: 尾窪勝磨 | 2009年1月22日 11:44

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