« 父と息子 (2) | トップページ | 古い記録 (8) »

2009年1月18日

聞こえない“名演奏”

 15日の本欄に私が新宿駅の雑踏を好きでないことを書いたら、久保田裕己氏から興味ある情報をいただいた。駅の雑踏の中では、名演奏家による名曲の演奏も、ほとんどの人には分からない--そういう事実を示す実験が行われたというのだ。これは、「認めないものは存在しない」という唯心所現の教えにも通じるし、また「光を見る者に光は訪れる」という日時計主義の生き方の効果を実証している。なかなか面白い実験である。
 
 この実験は『ワシントンポスト』紙が2007年1月12日に行ったもので、同年4月8日の同紙に掲載された。それによると、この実験は同日の朝、7時51分から43分間にわたって首都ワシントンの地下鉄の駅「ランファン・プラザ」で行われた。この日は金曜日で、駅周辺は東京では「霞が関」のような連邦政府の役所が建ち並ぶ官庁街だ。ちょうどラッシュアワー時で、駅からは勤め先に急ぐ人々が毎時千人以上吐き出される。そんな所で、ジーンズにTシャツを着、野球帽を被った若づくりの男がバイオリンを弾く。その様子を、ビデオカメラが見えないところから撮影する。曲目はすべてクラッシクで、腕前はなかなかいい。このような音楽に、いったいどれほどの人が気づき、また耳を傾けるだろうか? また、この男の前に置かれたバイオリン・ケースには、どれだけの寄付が投げ込まれるか?--そういう実験である。

 結論から言ってしまうと、立ち止まって一瞬でも音楽に耳を傾けた人は7人、金を投げ入れたのは--ほとんどが立ち止まりもせずに--27人。そして、43分間で若者が稼いだ金額は、約32ドルだったという。「なんだ、そんな当り前の結果か……」と読者はガッカリしないでほしい。問題は、この“若づくりの男”が誰であり、その演奏はどの程度のものかということなのだ。
 
 同紙の記事では、この演奏家はアメリカで人気のバイオリニスト、ジョシュア・ベル氏(Joshua Bell)で、弾いていた楽器は350万ドル(3億5千万円)もしたという世界的な名器「ストラディバリウス」だそうだ。私は、ベル氏のことはよく知らないが、記事によると、この実験の2日前にボストンで開催されたコンサートはすべて売り切れており、入場料は平均100ドルだったそうだ。ウィキペディアによると、彼は当年41歳で、「インディアナ州ブルーミントンに生まれ、12歳の頃から地元インディアナ大学の名教師として知られるジョーゼフ・ギンゴールドの薫陶を受ける。14歳で、リッカルド・ムーティ指揮するフィラデルフィア管弦楽団と共演し、1985年にセントルイス交響楽団と共演してカーネギーホールにデビューを果たした。それからは世界中の主要なオーケストラや指揮者と共演している」そうだ。
 
 一流の演奏家が名器を使って弾く音楽も、「心そこに非ず」の状態の千人の人々にとっては「存在しなかった」のである。そういう意味では、私は新宿駅の雑踏が好きでなくても、モーニングサービスやノートパソコン以外にも、駅頭でもっと周囲に注目し、耳をそばだてるべきだったのか?
 
 ところで、この実験のダイジェスト版は、ユーチューブの『ワシントンポスト』のぺージで見れるから、興味のある読者はぜひ一見されたい。
 
 谷口 雅宣

|

« 父と息子 (2) | トップページ | 古い記録 (8) »

コメント

私も間違いなくチラッと見て素通りするでしょう、、(泣)「耳のある者は聞きなさい」「目のある人は見なさい」と言われてもその道を真剣に志している人でないとなかなか価値あるものとして聞けないし、見えないのではないかと思います、不明の1万円のゴッホの絵でも本物と分かったと同時に何億円になると言う例もあります、"猫に小判"と同様なのですが現実はそんなもので、又「それでよいのだ!」の声が聞こえて来ます(笑)。

投稿: 尾窪勝磨 | 2009年1月19日 00:13

谷口雅宣先生

 これは驚きですね。Uチューブも拝見しましたけど道行く人は殆ど、無視ですね。

 どんなに素晴らしい芸術、音楽でもそれを認めない人の目とか耳には入ってこないのですね。
 これば、先入観という事もあるのでしょうね。要するに一流演奏家と分かって、その演奏を高いチケットを購入して聴きに行くという事であれば、それは名演奏と認識されるのでしょうが、「道端のただの大道芸人か」位の認識だと名演奏であっても最初から切り捨ててしまうのでしょうね。

 キリストが故郷では神通力が発揮出来なかったのとちょっと似てると思います。余りに身近な人たちは聖人を目の前にしても「あいつは大工の息子のイエスじゃないか」位の感覚でその偉大さを認識出来なかったと言われてますからね。大変、僭越ですが先生も身近なお友達の間ではそれと似た感じではないですか?

 この様に先入観に惑わされず、良いものは良いと認められる素直な心を持ち続けたいです。

投稿: 堀 浩二 | 2009年1月19日 11:54

この実験自体すごい試みだなぁ...!!と思ったのですが、何よりも想像力をかきたたせる演奏の深みに素晴らしすぎて、ジョシュア・ベル氏の虜になりました。。。
私事ですが、長年クラシックバレエをしていまして、街に出てクラシックが流れていると知らない間に振りの創作をして頭の中で踊ります。 バレリーナ仲間と3人ぐらいでいる時にクラシックが流れると、阿吽の呼吸でメロディーラインから想像できるイメージで短編小説をつくります。それぞれが瞬間に役の人物になりきってセリフを言うんです。笑。。  
雑踏の中で、もしジョセフ氏の生演奏を聞いてしまったら、、、きっとよほどの急ぎでない限り音符の引力に言葉を失うかもです☆ さっそくYouTubeでお気に入りに追加しました

投稿: 幸田有里子 | 2009年1月19日 20:03

”「光を見る者に光は訪れる」という日時計主義の生き方”という雅宣先生のこの言葉に心強く惹かれました。
また、私もきっと素通りする一人と思いながらコメントを読み終え、その後動画を見ました。
 先入観から、誰もがあの場所で、まさか演奏家はアメリカで人気のバイオリニスト、ジョシュア・ベル氏(Joshua Bell)で、弾いていた楽器は350万ドル(3億5千万円)もしたという世界的な名器「ストラディバリウス」と分かった人はいないかもしれないけれど、、立ち止まった聞いた人の感性の素晴らしさからか?
 さすが、人気のバイオリニスト、ジョシュア・ベル氏、名器「ストラディバリウス」!と思いました。そして、私の”生長の家”との出会いは、特に何かを期待して入信したわけではなかったので(笑)
私にとっての”生長の家”は、駅の雑踏の中での、名演奏家による名曲の演奏に似ています。私が”生長の家”に立ち止まって、耳を傾けることが出来たことは、うれしい奇跡です。ありがとうございます。


投稿: k・k | 2009年1月19日 23:07

谷口雅宣先生
 私の情報を取り上げて頂き、有難うございました。
 私が取得した情報のブログには、
<<もっとも注意を払ったのは3歳の男の子だった。彼の母親がその子を引っぱって急ごうとしたが、その子は立ち止まってバイオリニストを見ていた。最後に母親が強く押したので、その子どもは何回も振り返りながら歩き続けた。このような動作が他の何人かの子どもたちによって繰り返された。親たちは、例外なく、子どもたちを先に急がせた。>>
と、ありました。
 子どもたちの目というか、耳というか、感性に、不思議なものがあるのかと思いました。「幼児(おさなご)の如く」と、言うものでしょうか。

投稿: 久保田裕己 | 2009年1月20日 02:34

幸田さん、

>>バレリーナ仲間と3人ぐらいでいる時にクラシックが流れると、阿吽の呼吸でメロディーラインから想像できるイメージで短編小説をつくります。それぞれが瞬間に役の人物になりきってセリフを言うんです。<<

 短編小説の書くのに一苦労している者から見れば、これは奇蹟的なことです。スゴイ才能ではありませんか!

k・kさん、

>>私にとっての”生長の家”は、駅の雑踏の中での、名演奏家による名曲の演奏に似ています。<<

 これは誠にありがたいお言葉です。感謝、合掌。

投稿: 谷口 | 2009年1月20日 14:00

雅宣先生ありがとうございます!普段遊びでしていることが奇跡的なすごいことのようにおっしゃって頂けて...
嬉しすぎます☆ いつも音楽がイマジネーション力を惹き出してくれるんです。
こうして客観的に自分達を見ると、まさに同類親和の法則ですね。
今所属のバレエ学校でもう10年以上同じクラスメートなのですが、それぞれがみんな違う場所でお芝居の勉強も
していたのでストックがすごいんです^_^;; ミラクル級の創造芸術を生んでみたいです☆

投稿: 幸田有里子 | 2009年1月20日 20:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 父と息子 (2) | トップページ | 古い記録 (8) »