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2009年1月22日

中国のネット規制

 インターネット人口を国別で比較すると、今や中国が1位だと聞いた。しかし、この電子媒体は“自由な発言”(free speech)がその特徴である。これは善い方向にも悪い方向にも働くことは、ネットを使っている読者はすでによくご存じだろう。中国は社会主義を奉じており、政治的には共産党の独裁が国是である。このことも読者はよくご存じのとおりだ。では、政治的自由が許されていない国で、ネットにおける“自由な発言”が可能だろうか? 答えは「否」である。それならば、中国でのネット上の発言の不自由さはどの程度だろう? 
 
 本欄では2006年2月17日5月11日付で、中国国内のネット規制について書いたが、実際のところ、その様子は私にはよく分からなかった。ところが、今回のアメリカ大統領就任に際して、具体的な規制の様子が一部判明した。中国国営の新華社通信のウェッブサイトでは、オバマ氏の演説の一部が削除されていたのだ。22日の『ヘラルド・トリビューン』紙が伝えている。
 
 それによると、オバマ氏は就任演説の中で、かつてアメリカがファシズムにも共産主義にも勝利したことについて、それは単に武力によるだけでなく、強固な同盟関係と強い信念があったからだと言っている。原文を示そう--
 
 Recall that earlier generations faced down fascism and communism not just with missiles and tanks, but with sturdy alliances and enduring convictions.
(先人たちがファシズムと共産主義に対峙して勝利したのは、ミサイルや戦車によるだけではなく、断乎とした同盟関係と強固な信念にもよることを思い出してほしい)
 
 中国の公式な英字紙『China Daily』にもこの英文はほとんどそのまま載っているが、唯一「communism」(共産主義)という言葉が省かれていて、その中国語訳にも「共産主義」の文字はないという。つまり、中国国内では、アメリカは「ファシズム」には勝利していても「共産主義」にはまだ勝利していないということだ。
 
 また、昨日の本欄で引用している、「イスラーム世界」に向かってオバマ氏が考えを述べた部分は、その段落が全部削られているらしい。その理由は、中国にイスラーム教徒がいないからではなく(かなりの人数がいる)、その段落に「腐敗と謀略によって、また反対者を抑圧することで権力にしがみついている人々には、こう言おう。あなた方は歴史の誤った側にいるのだ」という文章があるからだと思われる。つまり、「反対者を抑圧する」ことは、中国政府がずっとやってきたことで、それがアメリカ新大統領によって批判されているとなると、難しい問題が出てくる可能性があるからだ。
 
 これらのことは、一体何を意味しているのだろうか? それは、中国政府が国内で流れる情報だけでなく、海外から入ってくる情報にもいちいち“検閲”を加えているということだ。また、同国政府が、米中関係に相当気を遣っていることも窺える。彗星のように登場したアメリカの若き大統領が、中国国内の“反対勢力”を支援していると受け取られた場合、その人気ゆえに、中国国内での反米感情が増幅するか、または同国内での反政府運動が盛り上がる。いずれの場合も、米中関係をむずかしくする可能性がある--そんなことをいろいろ考えながら、中国政府の当局は、海外メディアの情報にいちいち手を加えているのである。何ともご苦労なことである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

成程!中国らしいですね、所謂"検閲"と言うものは有ってもしかるべきだとは思いますが、対話をして行くにおいて自らの立場が悪くなるから(利己的)の検閲規制であるならば誤った判断を国民が下す事になりますから相手との相互理解、信頼関係が保てなくなり、いたずらに和解を遅らせる事になると思います、自らが不利になっても相手の考えを有りの儘に報じたならば逆に不利にはならず国民の信頼を勝ち獲る事になるのではないか?と考えますが中国に限らずなかなか出来ない事なのでしょう、、(泣)。

投稿: 尾窪勝磨 | 2009年1月23日 16:47

尾窪さん、

>>所謂"検閲"と言うものは有ってもしかるべきだとは思いますが<<

 どうしてですか? 国家が国民の得るべき正しい情報を曲げることが「有ってもしかるべき」とは思いませんが?

>>中国に限らずなかなか出来ない事なのでしょう<<

 これは、日本でもなかなかできないことだというお考えですか?

投稿: 谷口 | 2009年1月23日 18:08

谷口雅宣副総裁様
1、国家同士の正しい情報を曲げることはあってはならない!と思いますからアメリカ国家元首たる最高責任者の世界へ向けてのものの考え方、生き方、政策、方針等々のメッセージは有りの儘を報道すべきだと思います、私の言っているインターネットにおける"検閲"は所謂、国際的な"犯罪"等に関わる無責任な報道についての事です。2、日本では逆に自由過ぎて各人勝手な事を言い、判断に混乱を来たす恐れがあるのではないかと思っています。

投稿: 尾窪勝磨 | 2009年1月24日 15:44

尾窪さん、

>>私の言っているインターネットにおける"検閲"は所謂、国際的な"犯罪"等に関わる無責任な報道についての事です。<<

 もう少し具体的に説明していただけませんか? 例えば、国際的な犯罪の例として、あの自殺した三浦和義氏のことを取り上げれば、どういう「無責任な報道」を誰が検閲すべきだとお考えなのでしょう?

>>日本では逆に自由過ぎて各人勝手な事を言い、判断に混乱を来たす恐れがあるのではないかと思っています。<<

 日本では、いろいろな立場から、いろいろな人が、いろいろなことを言っています。それをあなたは、どう検閲すべきだとおっしゃるのでしょう? 「検閲する」主体は誰なのですか?

投稿: 谷口 | 2009年1月24日 17:30

谷口雅宣副総裁様
多忙な時間の中でご返答有難う御座います、
1、「無責任な報道」は自分を基準にした偏った又は雑誌受け報道をする一部のジャーナリストや専門家で具体的名はありません、勿論判断する我々が惑わされなければ良いのですが、、(私をも含め多くの人達はテレビの報道や活字には弱く影響されやすいのではないか)"検閲"は国家の機関が憲法にのっとって国民の治安を第一優先に考え行えば良いのではないか、、と思います。
2、「検閲する」主体は上記の国家機関ですがあくまで国民の生命と財産を守る!と言う事が基準です、自由と言う名のもとの放任国家では調和ある生活は保てないのではないか、、と考えます。

投稿: 尾窪勝磨 | 2009年1月25日 00:43

尾窪さん、

>>"検閲"は国家の機関が憲法にのっとって国民の治安を第一優先に考え行えば良いのではないか、、と思います。<<

 何か勘違いされているのだと思いますが、憲法は国による検閲を禁止しているのですよ。

憲法第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

投稿: 谷口 | 2009年1月25日 13:54

谷口雅宣副総裁様
悪法も法なりで、その結果自由と勝手の区別が付かなくなって来ているのでしょう(泣)、その為に戦後物質的には豊かになった日本ですが放任無責任国家の面が出て来て精神的支柱を失い様々な考えられない、痛ましい事件が多発しているのではないか(衣食足って礼節を知らず)、と思っているのです、憲法と言えば憲法9条ばかりが注目されていますが半世紀過ぎた今、様々な形で弊害が出て来ているのですから一度見直すべきではないか?と考えている一人です。

投稿: 尾窪勝磨 | 2009年1月25日 15:48

尾窪さん、

 あなたは国による検閲をすべきというお考えのようですが、私は反対です。

 生長の家は戦前も戦後の占領期にも、検閲によって発言を制限されていました。そういう時代に逆戻りすることには、断乎反対します。

投稿: 谷口 | 2009年1月25日 18:04

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