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2008年12月22日

映画『PARIS』

 今日は夕方、渋谷の Bunkamura のル・シネマで封切りとなった『PARIS』という映画を見に行った。フランスの首都・パリを舞台とした現代のいくつもの人間模様を、同時並行的に描いていくセドリック・クラピッシュ監督(Cedric Klapisch)の作品である。私はこの監督のことをよく知らなかったが、クラピッシュ氏は「群像ドラマに長けた映像作家」ということで、『百貨店大百科』『猫が行方不明』『スパニッシュ・アパートメント』などの作品が日本でも人気だそうだ。ところが、これらの作品はパリを舞台としていても、「パリ」という街そのものを描いていなかった。また、都市を描いている作品は、同氏の母国・フランスではなく、ロンドンやバルセロナ、サンクトペテルブルクなどの外国の都市だったという。が、今回の作品で、同氏は初めてパリ自体を描いた。同氏自身の言葉によれば、この作品は「僕の過去の全作品と響き合っている」し、「今までやってきたことを総括したかった」のだという。
 
 映画に出てくる“人間模様”とは--①ソーシャルワーカーの姉とダンサーの弟、②ファッション業界にいる姉妹、③歴史学者の兄と建築家の弟、④市場の商人たち、⑤パン屋の女主人とエジプト人の使用人、⑥アフリカにいるカメルーン人、⑦魅力的女学生、などだ。映画の導入部では、これらの人々がパリを舞台に無関係に描かれていくが、やがて一部が重なり合い始める--ファッションモデルはカメルーン人に声をかけ、ソーシャルワーカーは市場に買い物に行き、ダンサーはパン屋でパンを買うために並ぶ。そして歴史学者は、教え子である美しい女学生に惹かれていく……。クラピッシュ監督に言わせると、「パリのポートレイトを創りたいなら画一化してはダメだ。複雑なパリの街並みを認めること」が大切だという。この言葉の通り、映画の前半はなかなか複雑である。
 
 主人公は、上の①の関係にいる「ダンサー」で、彼は致命的な心臓病が発見されて、移植手術を待つ身となる。すると、彼の中に人生に対する“新しい視点”が生まれる。それは、一種の“旅人の視点”だ。まもなくこの人生の全てを置いて旅立つかもしれない彼にとっては、人生の出来事のすべてが、美しく楽しいものはもちろん、生きていくための人々の不満も、いさかいも、心配も、苦しみも……すべてが愛おしく、貴重なものに感じられるのである。そして、ダンサーは、エッフェル塔の見えるアパートの高層の部屋からバルコニーへ出て、パリ全都で行われている人々の営みを見るともなく、想像する作業に身を委ねる。

 クラピッシュ監督は、この手法によって描きたかったことを、こう表現する--「孤独な人々にも互いに交差する道はあるものだ。多くの映画はひとりの人生を描くが、この映画では様々な人の生活の断片を追うことで、たくさんの道があることを描きたかった。個々の道が集合的な感情を創り上げているんだ」。私は、この意図は本作品において見事に実現されていると思う。映画の最終部では、主人公が移植手術のためにタクシーで病院へ向うシーンがあるが、その時、彼が車窓から見るパリの風景の中に、①から⑦までの登場人物すべてがあり、それぞれが独自の人生を生きつつあることが巧みに表現されていく。そして、困難な手術に直面して「死」を覚悟しているはずの主人公が、人生のすべてを容認する心境を得て幸せな顔をしていることに、映画鑑賞者は気づくのである。

 私は、パリには一度しか行ったことがないが、本作品を見てまた行きたくなった。フランス映画は、憂鬱で暗い作品が多いと言われるが、この作品は人へのニヒルな愛情に溢れていて好感がもてる。個々の登場人物の生き方にはいろいろ問題があるが、それら人間相互の様々な営みのすべてを受け入れ、愛しむ視線がある。それは日時計主義にも通じる所があると思うのだ。
 
 谷口 雅宣

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コメント

セドリック・クラピッシュ監督と言えば『スパニッシュ・アパートメント』を観ていたので、最新作に興味を持ちました。
『スパニッシュ…』には、『アメリ』(ジャン=ピエール・ジュネ監督)に主演する前のオドレイ・トトゥが出演しています。
この『PARIS』ですが、ジュリエット・ビノシュが出ているんですね。
きっと大人の映画ですね…深い意味はありません(*v.v)。
今日偶然、懐かしい人を見かけました。臆病な私は声をかけられなかったけど、元気そうで安心しました。
そんな気持ちを抱えつつ、寒い季節に一人映画館へ行って観るのに良いかも♪

投稿: Y.S | 2008年12月23日 15:20

ここに来て「PARIS」っていう言葉を目にした瞬間、風に揺れるフランス三色旗が思い浮かび....無意識に空想の飛行機に乗ってピアフのシャンソンを聞きながら心だけはエッフェル塔の見える街のどこかにワープしていました...笑。。
といってもまだ行ったこともなく、芸術の都という意味でも一番行きたい街です☆ 
パッサージュを歩きながら19世紀のノスタルジアを感じてみたいです
私の住むエリアでは1月からの上映なので、その時見に行こうと思うのですが、「死」を覚悟しているはずの主人公が、人生のすべてを容認する心境を得て幸せな顔をしている...そんな場面を想像するだけでも彼の心にはあらゆるものを愛おしく感じる余裕と迫り来ているかもしれない肉体の死を超越した「今」という瞬間の尊さが渦巻いているのを教えてくれる気がします。
映像を見る前にそのことを考えるだけでも当たり前の「今」を無条件に喜べる心境になれました♪ 
空を見上げたら私の住む街と憧れのパリが一つに繋がっている.......っていうことがたまらなく嬉しくて、さっきまで何げなく食べていた一粒のチョコレートにも小さな幸せを感じてしまいました
なんだか今すぐ幻想のパリに行ってみたくなったので、気分だけでもエルメスの香水をつけてから写真集の中で旅しようと思います☆ 先生の日常のワンシーンから素敵なKeywordをありがとうございました!

投稿: 幸田有里子 | 2008年12月23日 20:05

ありがとうございます。先生がお勧めされる映画ならみたいです。でも函館ではやってないみたいです。予告編もみましたがさわやかで見終わった後、後味よさそうです。みたいなあー。レンタルDVDでもいいですが。見れる方々がうらやましいです。( ^ω^ )

投稿: 奥田 健介 | 2008年12月24日 09:55

素晴らしいパリーの凱旋門の夜景
感動です。私も海外研修の時のことが
鮮明によみがえりました。写真では
この感動が伝わりにくいと思いますが
先生の絵からすごく先生の気持ちが
伝わってきます。そして、私の思いでも
広がってきました。
1枚の絵によりこんなに素晴らしい世界が
広がる不思議さを実感しました。
ありがとうございました。
この絵を見ると心が洗われます。
感謝合掌
河内 千明

投稿: 河内 千明 | 2008年12月25日 04:53

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