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2008年12月 1日

ムンバイのテロ事件

 インドの経済中心地であるムンバイで起こった同時多発テロ事件の様子が分かってくるにつれて、この事件が周到な計画のもとに兵士並みに訓練を受けた武装集団による犯行であることが明らかになってきた。この事件は、29日午前のインド国軍特殊部隊の作戦によって発生から約60時間ぶりに終結したが、この時点での死者は195人、負傷者は約300人にのぼった。死者のうち22人は外国人で、内訳は日本人の津田尚志さん(38)のほか、イスラエル人(3)、ドイツ人(3)、カナダ人(2)、そして、アメリカ人、イギリス人、中国人、イタリア人、オーストラリア人、タイ人、モーリシャス人、シンガポール人が各1人だった。犯行に及んだのは10人で、うちパキスタン人1人は拘束されたが、残りは殺された。拘束された男(21)は、これまでにも大規模なテロ事件に関与したと言われている「ラシュカレトイバ」(Lashkar-e-Taiba)というイスラーム過激派のメンバーらしい。
 
 このラシュカレトイバという組織は、1980年代後半にアフガニスタンで旧ソ連軍と戦うムジャヒディンの一派として結成されたグループで、「高潔な軍隊」という意味らしい。旧ソ連撤退後はカシミール地方での活動に重点を移し、インドの治安部隊へのテロ攻撃などを繰り返してきたという。インドとパキスタンの緊張関係が緩んできた昨今は、パキスタン北西部の部族地域やアフガニスタンに活動の拠点を移し、アルカイーダとの接触もあるという。カシミール地方で活動してきた過激派は、パキスタンの情報機関である「軍統合情報局」(Inter-Services Intelligence Agency, ISI)の支援を受けていたとされる。同国のムシャラフ前政権は、このため米国から強い圧力を受けて2002年に過激派を非合法化し、ラシュカレトイバは福祉団体に衣替えして、パキスタン国内で募金活動や街頭デモなどを始めたという。

 こういう経緯を知ってみると、今回のテロ事件の背後には様々な政治的・軍事的力関係が関与していることが分かる。アメリカは、イラクでの戦闘に一応の目途をつけたが、隣国のアフガニスタンはタリバーンの勢力が巻き返しを見せており、オサマ・ビンラディンが潜んでいると思われるパキスタンとの国境周辺に向けては、無人攻撃機などによる軍事作戦を強化していた。パキスタンもアメリカの強い要望を受けて北西部の部族地帯に軍を展開していた。これによってアフガニスタンやパキスタン国内のイスラーム過激派が圧迫され、危機感を感じていたとするならば、パキスタン軍の攻撃を弱めるためには、印パの対立関係を再燃させ、印パ国境にパキスタン軍を振り向けさせることを考えるかもしれない。その目的ならば、インド国内で最も欧米との関係が深い商業都市の最も高級な--イスラーム過激派から見れば最も悪魔的な--地域をパキスタン人が攻撃し、できるだけ多くの犠牲者を出すのが効果的である……こんな考えにたどりつくかもしれない。
 
 上記は、あくまでも私の憶測である。当っていない可能性はもちろんある。が、当っていた場合を考えると、今、インド政府に必要なのは、激怒する国民の感情に引きずられずに、これまで進めてきた印パの緊張緩和路線を堅持することである。パキスタンもムシャラフ軍事政権が倒れ、文民としてザルダリ新大統領がインドとの融和の舵取りを始めたばかりなのである。印パの協力を通して、両国内の過激派の動きを抑える方向に進んでほしいと私は切に願う。この事件は、宗教の名前が見え隠れしたとしても、内実は完全に軍事的・政治的な対立だと思う。宗教は、政治的対立の道具になり下がってはいけないのである。
 
 谷口 雅宣

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