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2008年12月20日

「破れ窓理論」は正しいか?

 生長の家で「親和の法則」と呼んでいるものがある。「同類親和の法則」ともいい、簡単に言えば「互いに似た心の人が集まって物事を成就する」ということだ。例えば、日曜日に生長の家の講習会に来る人々は、パチンコやゴルフよりも神仏に関心があるという点で“互いに似た心”をもっている。そういう人々が集まることで、講習会は成就すると言える。また、競馬や宝くじが行われるのも、そういう「一発で儲けよう」という“似た心”をもった人々が馬券売場や宝くじ売場に集まるからである。さらには、戦争が起こるのも、「相手をやっつけよう」という心をもった人々(軍隊)が国境線近くに集まるからである、と言える。(ただし、戦争の場合は、もっと複雑で数多くの要因が関係している。)

 日本の諺にも、「泣きっ面に蜂」とか「笑う門には福来たる」というのがあるし、英語の諺にも、Like attracts the like. というのがある。これらは皆、「親和の法則」を表現していると言えるから、人類は昔からこの現象に気づいていたのである。では、科学はこの法則を認めているかどうかといえば、この方面の研究は比較的新しい。
 
 この法則は、科学的には「破れ窓理論」(The Broken Window Theory)と呼ばれているものに相当すると考えられる。この理論は、1982年に政治学者のジェームズ・ウィルソン氏(James Q. Wilson)と犯罪学者のジョージ・ケリング氏(George L. Kelling)がアメリカの雑誌『アトランティック』(The Atlantic)に発表したもので、大ざっぱに要約すると「人々を取り巻く環境は、その人々が反社会的行動に走るかどうかに影響を与える」とするものである。何かずいぶん難しい表現だが、要するに「悪い環境では、人は悪い行動に走りやすい」ということ。逆に言えば、「環境をよくすれば、犯罪は起こりにくくなる」ということだろう。
 
 この「破れ窓理論」については、谷口清超先生が『コトバが人生をつくる』(2004年、日本教文社刊)の中で言及されているが、詳しい解説はない。同書の28ページには、茨城県の大学生が2003年7月の『産経新聞』への投書の中でこの理論を紹介していたものを、“孫引き”の形で引用されているだけだ。そこでの説明は、こうだ--「犯罪増加に悩む米国で1982年に採用されたという。平成14年版警察白書によると、落書き、酔っ払いなどの軽犯罪でも徹底的に駆逐することで、犯罪全体を減少させようという取り組みである」。投書氏はさらに言う--「破れた窓が放置されていれば、管理が行き届いていないことが明らかとなり、いたずらや犯罪の格好の餌食となり、瞬く間にビル全体に及ぶ」。「瞬く間」というのはいかにも大袈裟だが、まあ言いたいことは分かる。同じ2つの空家でも、一方の窓ガラスだけが割れていれば、そちらの空家の方が早く壊されるということだろう。

 しかし、「本当にそうなるのか?」というと、この理論を具体的に検証する研究はつい最近まで行われていなかったらしい。その最近の研究とは、オランダのグロニンゲン大学(University of Groningen)で行われたもので、アメリカの科学誌『Science』のオンライン版に掲載された。また、この研究をまとめて紹介した文章が、同誌の今年11月21日号(vol 322 21 November 2008)に載っている。それによると、「破れ窓理論」の正しさは証明されたという。
 
 同記事によると、オランダの研究では、「一つの規範や規則が守られていないところでは、別の規範や規則も破られやすい」ことが分かったという。もっと具体的に言えば、違法な落書きや駐車違反がある場所では、ゴミの不法投棄や窃盗も起こりやすいということだ。
 
 この研究では、落書きが描かれた路地に停められている何台もの自転車のハンドルに、ダミーの広告チラシを巻きつけて、持ち主がそのチラシをどう処理するかを調べたという。その路地の壁には「落書き禁止」の表示があり、ゴミ箱は置かれていなかった。研究者は人々から見えないところにいて、広告チラシが路上に捨てられるか、それとも持ち帰られるかを調べたという。これに対比するために、研究者は別の日に、「落書き」以外はこれと全く同じ状況を作って人々の行動を調べたという。その結果、両者の違いは歴然としていた。落書きのない環境では、自転車に乗る77人中の3分の1がチラシを路上に捨てたのに対し、落書きを加えたところでは、3分の2以上がチラシを捨てたという。
 
 また、こういう実験もした--路上にある公共の郵便箱を1つ選び、その投函口から5ユーロ紙幣を一部はみ出させておく。そして、そこへ郵便を入れに来る人や、付近を通る人の行動を分からないように観察するのである。この実験を、郵便箱の周囲が散らかっている場合と、きれいに掃除されている場合とでやり、両者を比べてみたという。すると、きれいな環境では13%の人が紙幣を取ったのに対し、汚れた環境では23%が紙幣を持っていったそうだ。
 
 生長の家の男性組織である相愛会では今、“クリーンウォーカー”を増やす運動をしている。クリーンウォーカーとは、町を歩くときに落ちているゴミなどを拾って町を美化する人々のことだ。谷口清超先生はご生前、自宅から仕事場まで歩いて通われる途中で、落ちている空き缶などを掃除されたから、クリーンウォーカーのさきがけと言える。この一見“小さな善行”が、より大きな善を導き悪を防ぐことを、科学は証明してくれたのである。がんばれクリーンウォーカー諸君!

 谷口 雅宣 

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コメント

「小さな善行がより大きな善を導き悪を防ぐ」!この真理が統計的に証明された!素晴らしい!今回も勉強になりました!また素晴らしい真理教えてください!あと「衝撃から理解へ」一回だけ読みました!今2回目です!できれば感想送りますので宜しくお願いします!

投稿: 奥田健介 | 2008年12月21日 18:58

「破れ窓理論は正しいか?」
科学的に証明されている!と言う事ですが確かに人間の心理としてそうだろうなあ、、、と納得させられます、只、如何なる環境、状況の中にあっても断じて悪に染まらない頑固さ、境地の人々(戦地においてもかなりの人が居られたと聞きます、有名な人では維摩やコルベ神父、杉原千畝等々)が時代の変遷の中でどの様に変化して行っているか?の研究を記録して行くのも人類の進化度を計るバロメーターとして面白いと思いますが科学者もそこまではやらないでしょうね(泣)。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年12月21日 21:34

平成8年10月5日からはじめた、会社の周りのごみ拾い。
博多の駅前の事務所のときは3年経ってもなかなか綺麗になりませんでした。平成11年11月1日事務所が変わり一駅離れたところに移ったところでは3年経ったときには見違えるように綺麗になりました。人口密度の違いで破れ窓理論は正しいと実感できます。

さらに平成16年12月1日近くに引越しましたが、同じところの周辺を続けていますので、すっかり綺麗になり、何人かの誰かがきれいにしてくださっている様子もありとてもうれしく思っています。

投稿: 古谷正 | 2008年12月21日 22:10

実は私は「破れ窓理論」を根拠にして、家の前の道を一生懸命掃除しています。
我が家の前は道をはさんで大きな独身寮の駐車場で、ゴミが散らかりやすいのです。それで、必死で掃除します。でも、風邪をひいたり、季節風が強くて掃除できないときがあると、いつもよりたやすくゴミが捨てられている感じがします。
ゴミを道に捨てられない為には、常にきれいにしておくに限ると思って頑張っています。

投稿: 前谷雅子 | 2008年12月22日 16:40

有難うございます。私はその日が地域の空き缶のゴミ収集日であれば、袋を一つ持って犬と一緒に散歩にでます
。そして缶を見つけると「あるある」と思って袋に入れます。先日は20缶程拾いました。その20缶はすぐゴミステーションに出せるので家には持って帰りません。街が少し美しくなった気がしていい気持ちになれるのです。私の亡き母は生長の家を信仰しておりよく近所のゴミステーシヨンをそうじしていた事を思い出します。 そして、先生の「日々の祈り」のプレーヤーの音声が最近「ビッビッ」という音も加わり聴きずらいのですが私のパソコンだけでしょうか?

投稿: 菅原久美子 | 2008年12月27日 21:37

合掌
ありがとうございます。
先生から
念頭にあたらい
素晴らしい言葉をいただきました。
感動です。一生懸命「牛歩千里」で
努力します。
31日の越南道場での早朝神想観では
「神意随順の祈り」
1日の神想観では
「困難を克服して伸びる祈り」
2日の神想観では
「わが内に溢れる生命の大河を自覚する祈り」
神様は適切なご指導をしてくださいます。
そして、今日、先生からは 現在、私たちが経験してる変化には、次の3つの大きな流れをご指導いただきました。
 ①文明の移行期にある
 (自然エネルギーなどの地上資源文明への  移行)
 ②アメリカの一極支配から多極化の時代 への移行
 ③世界のキリスト教からイスラームへの移行

 ①黒牛白犢を生む
 ②牛の歩みも千里

“幸福”は一朝一夕で実現したのではなく、諺の言葉を借りれば「牛の歩みも千里」に達するという信念のもと、コツコツと努力を積み上げていくことで本当に“千里”に達したわけです。
 我々の目の前にある“不幸”や“不運”などは、実は次の時代の“幸福”や“幸運”につながっている。別の言葉で言えば、本当の意味での“不幸”や“不運”などは存在しないのです。それは、我々の適切な対応を引き出すための“呼び水”であり、“招待状”である。我々はその招待状に書かれた言葉を正しく理解し、正しい方向に舵を切り、そして「牛歩千里」の信念のもとに努力を積み重ねていくことで“幸福”をつかむことができるのです。

このような素晴らしいお言葉を今年1年大切にして参ります。ありがとうございます。
越南 河内 千明

投稿: 河内 千明 | 2009年1月 2日 10:33

有難うございます。今日{3月10日}、PCの「日々の祈り」の音声が雑音が無くなり、純子先生のお声が美しく聴こえるようになりました。元通りになりました。有難うございます。\(^o^)/

投稿: 菅原 久美子 | 2009年3月10日 16:38

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