理性と教典解釈 (2)
前回は、茅ヶ崎市の男性からの質問に答えたので、今回は厚木市の女性の質問に答えよう。まず、ここでのテーマは「教典の解釈」であって「真理の解釈」ではないことを確認しておく。
厚木市の女性は、古い時代に書かれた教典を現代人が読む場合、その解釈が昔のものから変わる必要があることは認める。が、そうやって打ち出された新しい解釈が正しいか否かをどうやって判断するか?--という点を質問したのだ。私はこの時、黒板に「理性」という文字を書いた。人間には理性があるから、それによって判断することができるという意味である。そして、理性をめぐるイスラーム内部の考え方の違いについて触れたのだった。
昔からの本欄の読者ならば、イスラームの中の「理性主義」について私がやや詳しく書いたことをまだ覚えておられるだろう。このテーマは、6日の本欄で紹介した私の新刊書『衝撃から理解へ--イスラームとの接点をさぐる』(生長の家刊)の中にも含まれているから、ここでは同書のページを示しながら説明していく。
あえて大ざっぱに言えば、イスラーム内部の二大宗派である「スンニ派」と「シーア派」の違いの1つが、教典解釈における理性の位置づけなのである。宗教の教義を導き出す元になるものを一般に「法源」(真理の源の意)と呼ぶが、イスラームにおける法源は、①コーラン、ハディースなどの教典、②イスラーム共同体の合意、③理性、などが挙げられている。このうち①と②は、スンニ派でもシーア派でも共通しているが、③の理性については、前者よりも後者の方が尊重度が高い。また、スンニ派の中でもムータジラ派の流れをくむものは、理性を重んじる法解釈の立場を現在もとっている。このへんの話は、前掲書の144~161ページに詳しい。しかし、今日の問題は、中東などのイスラームの考え方が、スンニ派の中でも理性を法源として認めないワッハーブ主義であるということなのだ。
現在、ニュース報道などで「イスラーム原理主義」という言葉が使われるときは、ほとんどがワッハーブ主義か、それに準じた考え方のことを指す。ワッハーブ主義の説明は、前掲書の53~60ページにあるが、それをひと言でいえば、上記の法源のうち、①を極端に重んじ、他を無視ないしは軽視する考え方であり、①を適用するのに厳格な「字義どおりの解釈」を行うところに特徴がある。これによって、現代のイスラーム社会でどんな問題が起こっているかは、多くの読者はご存じのことだろう。
私が今なぜ、イスラームのことを引き合いに出しているか、賢明な読者は気づかれているに違いない。宗教の教典を「字義どおりに解釈する」ということは、解釈の余地を最小限に狭めるということである。これを行っている実例が今、目の前にあるのだから、そこから学ばねばならないのである。つまり、法源から理性を排除した信仰によって、平和はもち来されることはないと言える。前掲書の225~226ページには、現代のイスラーム原理主義国家で禁止されていることが列挙されているが、このリスト(下掲)を見れば「理性ぬきの信仰」がいかに息苦しく、心の平安をもたらさないかが、理解されると思う--
・あらゆる形態の歌舞音曲を楽しむこと
・宗教番組を除くテレビ番組を視聴すること
・花を贈ること
・拍手喝采すること
・人間や動物の姿を描くこと
・劇に出演すること
・小説を執筆すること
・動物や人間が描かれたシャツを着ること
・あごひげを剃ること
・左手でものを食べたり書いたりすること
・立ち上がって人に敬意を表すこと
・誕生日を祝うこと
・犬を飼ったり可愛がったりすること
・死体を解剖すること
谷口 雅宣
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コメント
合掌、有難うございます。
横浜アリーナの講習会で印象に残ったテーマは2つあり、そのうちの一つはこの「理性と教典解釈」でした。今まであやふやだったところが明確になり、ああ、そうなんだとすごく納得しました。
もう一つのテーマは日時計主義に関するもので「対極のものを同時同所に感じられない」ということを、杯と人間の顔とどちらにも見える絵でお示し下さったことです。11月3日のブログを拝見したときはどういうことかあまりよくわからなかったのですが、あの絵で瞬時に理解する事が出来ました。私にとって日時計主義の大きな推進力になりました。
投稿: 前谷雅子 | 2008年11月12日 08:35
宗教の教典を「字義どうりに解釈する」として現代のイスラームの原理主義国家で禁止されていることが列挙されていますがアッラーはこんな事をムハンマドに啓示しているのでしょうか?クルアーンは一気に全てを啓示したものではなく、時の状況に応じて一つ一つ啓示されたものと思っていますがもし、しているとすればどう言う時代背景と状況があったのでしょう?とても慈悲あまねく慈愛深き寛容と忍耐のアッラーの教えとは思われませんが、、、。
投稿: 尾窪勝磨 | 2008年11月12日 11:19
尾窪さん、
アブ・エルファドル博士の著書か、私の新刊を読んでください。この件は、ブログへの質問だけで、そう簡単に理解できないかもしれませんから……。
投稿: 谷口 | 2008年11月12日 14:01