氷河シートと水陸両用の家
昨日(10月19日)付の『朝日新聞』の第1面のカラー写真を見て、私は驚いた。晴天下、防寒着に身を包んだ何人もの男が、氷の斜面の上で巨大な白いシートを持ち上げている。その写真の下には「氷河に日よけシート」という見出しがある。そして、写真説明にこうある--「9月上旬、初雪を目前にしたスイス・ディアボレッツァ氷河では、覆っていたシートが外された」。氷河をシートで覆うことが行われていたなど、私は知らなかった。何のためかといえば、もちろん氷河や雪の融解を防ぐためである。それによってスキー場の条件を整えるという商業的意味もあるだろうが、もっと大きな目的は氷河の減少を防ぐためである。
この記事によれば、ディアボレッツァ氷河付近は、かつては山頂付近まで氷河に覆われ、夏場もスキー客でにぎわったが、この10年間で氷河の4割以上が失われたという。そこで今年初めて、約8千平方メートルのフェルト地のシートを使って、氷河全体の3分の1を覆ったのだという。これによって、氷河の退縮する速度が半減できるらしい。これと同様の動きは、ドイツでは数年前から始まっている。最高峰のツークシュピッツェ(2962m)の氷河を合成樹脂シートで覆う試みで、昨年夏は約9千平方メートルを覆うことで、約3万立法メートルの雪や氷河の融解を防いだ。今年は積雪が多かったおかげで、覆う対象は約6千平方メートルに減ったという。
こういう努力には、もちろんコストがかかる。ディアボレッツァ氷河の防護の費用は、人件費も含めて約7万スイスフラン(約630万円)というから、スキー場などの観光地で収入を得られる鉄道会社が負担している。そういう観光地が近くにない氷河は、誰も防護してくれないから、温暖化の進行とともに消失していくのである。世界全体では、防護されない氷河の方が圧倒的に多いから、解けた水は川を伝い、地下に浸透し、やがて海洋へと流出する。そして「海面上昇」の原因となるのだ。
海面上昇への対策が最も進んでいるのは、国土の3分の1がすでに海抜ゼロメートル下にあるオランダのようだ。同紙の第2面では、この国には「水陸両用の家」が建てられていることが報じられている。どんな家かというと、「建物は地面に置いてある状態で、水が押し寄せると浮いてしまう」ような構造だ。流されてはいけないから、固定された2本の支柱につながれている。問題は、ガス管や水道管などだが、「柔軟性をもたせており、4メートルの水位上昇にも対応できる設計」だという。この家の計画者は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の水教育研究所のクリス・ザベンバーゲン教授で、1990年代に2度の大洪水に遭った同国のマース川沿岸の町、マスボメールには、この家が約50軒も並んでいるという。1軒の購入費は30万ユーロ(約4千200万円)とか。
海面上昇を考えた日本の温暖化対策では、堤防や護岸の補強ぐらいだろうが、オランダや“水の都”ベニスなどでは、そういう段階をすでに超えていて、巨大な可動堰などが建設され、あるいは計画されている。私は、「ウォーターフロントの開発」などという考え方は、もうやめるべきだと考えているのだが……。
谷口 雅宣
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