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2008年10月31日

本は電子化する

 昨日の本欄にも書いたように、今のインターネット技術を使えば、ひと昔前には考えられなかったことがやすやすとできる。大量の情報が瞬時に世界中に送れるというメリットを、宗教が伝道に活かすことができるか否かで、その宗教の成否が決まってしまう時代になりつつある、と私は思う。いや、今回のアメリカ大統領選挙でも、インターネット技術の利用の仕方が候補者の資金力を左右することが明らかになっているのだから、宗教や政治だけでなく、教育も企業経営も環境保全運動も、発明もリクルートも友達づくりも、農業も漁業も宇宙開発も……ということになってくるだろう。もちろん、宗教上の真理の把握や“悟り”、“愛”や“慈悲”の実践までがコンピューターだけでできると言うつもりはない。が、そういう宗教の“神髄”の部分ではなく、“周縁”の技術的方面でこの技術を活用することは、宗教運動も真面目に検討すべき時になっているのである。

 例えば、生長の家は“文書伝道”によって教勢を伸ばしてきた歴史があるが、今日は宗教が本や雑誌を使って伝道することはごく当り前になっている。また、ひと昔前は、森林伐採によって地球が棲みにくくなるなど考えられなかったから、本や雑誌--とりわけ、人々のためになる宗教、倫理、道徳に関するもの--を出版することは“善いこと”だと考えられてきた。しかし今日では、「地球環境を大切にしよう」という内容の本を出しても、「そういう本の出版が、森林や資源の枯渇を招いている」と批判されることがあるのである。生長の家でも、昔は月刊誌を百部とか千部一括して購読する人は尊敬の眼差しで見られたが、今では疑問視されることもある。これらは皆、伝道や運動の「方法」に関するものであり、それによって伝えられる真理の「神髄」や「内容」ではないから、宗教の“周縁”に属することだ。この“周縁”部分は、時代の要請が変化するとともに、必要なものは変えていくべきことは、私が本欄や生長の家の講習会などで繰り返し訴えてきたことである。
 
 今は、読者が本欄を読んで下さっているように、“文書”は電子情報として世界中を常時飛び回っている。電子情報は、伝統的な紙媒体による「書籍」と違い、運搬費も運搬時間もほとんどゼロ、大きさもほとんどゼロであり、複製が簡単にほとんど無限回できる。この特長を正しく利用すれば、書籍は早々に地上から消滅する--と、ずいぶん前から言われてきた。が、ご覧のとおり、書籍(本)は生き続けている。これは多分、我々人間が、一定の大きさと重さのある「モノを所有したい」という願望をもち続けており、また、書籍のような形態の情報媒体を「持ち歩き」「開き」「ページをめくり」「触れ」「飾る」ことから、満足感を得ているからだろう。が、情報機器の小型化と高機能化が進んでいる昨今は、そういう書籍であっても、売上げはどんどん減っている。そんな環境の中で、昔からの書籍を電子化する作業が大規模に行われていることは、出版業界の一大変化を予告するものだ。
 
 30日付の『ヘラルド・トリビューン』紙は、インターネット検索最大手のグーグルが、アメリカの出版協会と作家協会との訴訟で和解合意に達したことで、絶版本のネット上での公開が実現する素地が整ったことを伝えている。その合意によると、グーグルは1億2500万ドルを支払うことで、ネット上で絶版本を公開し、販売する仕組みを構築することができるという。グーグルは2004年以来、アメリカの大学や研究機関と協力して、それらの蔵書のデジタル化を進めてきた。これまでに700万冊のデジタル化が終っており、このうち400万~500万冊は絶版本という。同社は今、本の検索サービスにおいて、これらの本のうち権利者の許可のないものは、ごく一部しか読めないようにしているが、今回の合意により、本の内容の2割までを無料で読めるようにすることができ、有料では本全体が読めるようにできるという。このサービスにおける収入は、同社が37%を得て、残りの63%を出版社と著作権者で分けるらしい。また、同社がこのサービスに広告を載せた場合は、広告収入もこれと同じ割合で三者に分配されるという。
 
 このような仕組みが日本でも実現すれば、「書店にない」という理由で読めなかった本が、ネット上でいつでも読めることになる。そして、読者が紙媒体の「書籍」という形態にこだわらなくなれば、流通本が絶版本になる速度がしだいに速まり、取次店も書店も不要になる事態に至るかもしれない。しかし、この場合の“絶版本”とは「紙媒体での絶版本」にすぎず、本はネット上で永久に生き続けることになるのかもしれない。これに伴い、書籍の形で流通する本の数は大幅に減るのではないだろうか。これは今、音楽のネット販売が増え、CDの売り上げがどんどん減っている事態の再来である。そういう近未来を見越した現代の新しい“文書伝道”方法の開発が今、緊急に求められているのである。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月30日

谷口清超先生へ感謝の言葉を!

 28日の本欄でお伝えした谷口清超先生のご逝去について、本欄へのコメントのみならず、メールや弔電等を通して大勢の方々から、お悔みの言葉、先生への感謝の言葉、また私への暖かい励ましの言葉をいただいた。海外からも多くのメッセージをいただいている。28日の本欄の文章を英訳したものを英語サイトに掲示したところ、ブラジル人の信徒が(得意でないと思われる)英語でコメントを下さった。それらすべてにご返事できないので、この場を借りて、皆様のご厚情とお力添えに深く感謝申し上げます。皆様、ありがとうございます。

 私への励ましだけでは誠に申し訳ないので、谷口清超先生への感謝の想いを吐露できる場所を設けようと考え、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「フェースブック」(Facebook)上に「谷口清超先生、ありがとうございます!」というグループを作った。フェースブックの会員であれば誰でも書き込める。フェースブックの会員になるのは無料で、自分のメール・アドレス、パスワード、性別、生年月日を登録しさえすればいい。有志の参加を募る!
 
 フェースブックの特徴は、その名のとおり、顔写真を掲げて本名で活動するのが原則。顔写真付きだと、メッセージを書き込むときも受け取るときも、実際の本人とやりとりしている感覚を味わえる。顔写真がなくても使えるが、この特徴が生かせない難点がある。

 フェースブックへ行くためには「ここ」をクリックし、自分のメール・アドレスとパスワードを入れるだけ。登録が終われば、「谷口清超先生、ありがとうございます!」へ直行してください。
 
 フェースブックでの自分のプロフィールに、顔写真を登録する方法を教えてほしいとの要望があるので、以下、付け加えます。

 私の場合は、すでに写真が登録されているので、まったく写真がない状態での確認はできませんが、「写真をアップロード」のメッセージが出るまでの過程は、次のとおりです--

 [プロフィール] → [写真] → [プロフィール写真を変更する]
 → [プロフィールの写真を編集する] → [写真をアップロード]

谷口 雅宣

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2008年10月28日

谷口清超先生、ご逝去される

Seichoemiko  生長の家総裁、谷口清超先生は、10月28日午後10時21分に老衰のため、東京・渋谷の生長の家総裁公邸にて亡くなられました。満89歳でした。ここに謹んでご生前のご法恩に篤く深く感謝申し上げるとともに、これからの生長の家の人類光明化運動・国際平和信仰運動を高き霊界からお導き下さることを心から祈念申し上げます。先生、永い間、本当にありがとうございました。
 
 谷口清超先生は、2005年2月20日に長崎・西彼町(当時)の生長の家総本山で行われていた団体参拝練成会の際に倒れられ、長崎市の原爆病院に入院され、その後帰京して静養生活をされていた。先生は静養中も、生長の家の普及誌や機関誌の原稿を執筆されていたが、機関誌3誌の本年4月号に掲載されたご文章「本当の愛について」が、発表されたものとしては最後のものとなった。このご文章の末尾には、「平成二十年一月十日」という日付が書かれている。
 
 谷口清超先生は、1985(昭和60)年に生長の家創始者、谷口雅春先生のご逝去にともなって2代目の生長の家総裁を襲任され、以後23年間、全世界の生長の家の中心者として、世界では20世紀末から21世紀にかけて、日本では昭和から平成へ移る激動の時代に、不変の真理を説き続けられた。特に、1948(昭和23)年9月から1994(平成6)年3月まで46年間続けられた生長の家講習会では、毎年日本の全教区を回られるなどして、大勢の人々に真理を宣布され、数多くの救いを成就された。海外にも1956(昭和31)年にハワイ・北米・南米へ、1970(昭和45)年にブラジルへ、1977(昭和52)年には南北アメリカ大陸へご巡錫されるなど、万教帰一の教えを世界に述べ伝えられるとともに、海外の信徒に多くの救いと励ましをもたらされた。
 
 また清超先生は、国内の組織運動を改革されることで、女性信徒の組織である生長の家白鳩会が飛躍的に伸びる体制を作られた。これは、かつての単位組織だった誌友相愛会が、男性が女性を使う形で運営されてきたことで、女性の個性を生かした運動が生まれにくかった点を改革されたもの。これによって女性信徒が自立し、主体性をもって真理宣布の運動に取り組むことが可能となり、教勢は大いに拡大した。また、地方講師会を“組織の血液”として位置づけられることにより、相愛会、白鳩会、青年会の三者協力体制と「教え」との関係を明確化された。さらに先生は、政治活動に偏っていた1970年代の運動の弊害に気づかれ、1983(昭和58)年、政治団体であった生長の家政治連合の活動停止を決意されたことで、今日の生長の家の「信仰運動」としての基盤を確立された。

 谷口清超先生は、執筆、講話、組織運営以外の方面でも、今日の生長の家の運動発展に多大な貢献をされている。それは、生長の家の聖歌の作詞・作曲である。谷口雅春先生は多くの素晴らしい聖歌を作詞されているが、作曲はされなかった。清超先生は自らバイオリン、ピアノ、オルガンを弾かれ、作曲もされた。今日の生長の家の聖歌の3分の1弱が先生の作である。詳しく言えば、2003(平成15)年発行の『新版 生長の家聖歌歌詞』(日本教文社刊)に収録されている68曲の聖歌のうち、20曲が清超先生の作詞であり、そのうち15曲は自ら作曲もされている。先生の作品は形式に囚われず、独特の宗教性に溢れていて、歌うものに深い感動を与える。これは歌詞のことだけではなく、曲そのものについても言える、と私は感じている。
 
 清超先生は音楽だけでなく、写真や書もたしなまれた。特に写真では、生長の家の講習会で各地を回った際などに撮られた写真が多くあり、自著の表紙カバーに使われたり、写真集『何となく写した 谷口清超写真集』(1991年、世界聖典普及協会刊)として残っている。また、日めくりである『ひかりの言葉』の表紙写真も毎年担当されてきた。その日めくりの「平成21年版」の表紙写真が、発表されたものの中では最後の写真となった。この写真は、昨年秋、ご自宅の書斎の外に車椅子で出られて、南西の竹林方向にレンズを向けて紅葉のある風景を撮られたもの。

 谷口 雅宣

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2008年10月24日

米大統領候補の外交方針

 アメリカの大統領選挙がいよいよ迫ってきた。今回の選挙は、様々な意味でアメリカ国内のみならず、世界から注目されている。アメリカ初の黒人大統領の出現か、同じく初の女性副大統領の登場かは、分かりやすい選択だ。が、もう少し見えにくいのは、国内政策と外交政策におけるマッケイン候補とオバマ候補の違いだ。一般論としては、共和党候補の国内政策は「自由」と「平等」のうち前者を強調し、民主党候補はその逆を強調する。外交政策では、(これも一般論だが)共和党候補は「現実主義的」であり、民主党候補は「理想主義的」である。が、今回の両候補の場合、選挙期間中の発言を見ている限りでは、外交についてはそれほど明確な違いはないように見えるのである。
 
 9月13日の本欄で触れたように、私はアメリカの同盟国に住む者として、同国の外交政策に注文をつける資格はあると思う。また、「資格」というほどのことではないが、同国の生長の家信徒への影響に関心ある者として、さらには、世界一の経済国と資源消費国の動向によって大きく影響される地球環境を憂える者として、今回の大統領選に注目している。昔からの本欄の読者ならば、私がどちらの候補を応援しているか、もうご存じだろう。ジョージ・W・ブッシュ氏の“悪の枢軸”戦略や、環境問題軽視の姿勢を批判してきた私は、それの延長線上にある政策には反対せざるを得ないのである。
 
Obamamccain  ところで、今日の『ヘラルド朝日』紙に両候補の世界観の“原点”のようなものが紹介されていて、興味をもった。デービッド・サンガー記者(David E. Sanger)の記事だが、それによると、マッケイン候補の世界観はベトナムのハノイ・ヒルトンで形成されたという。これはホテル名だが、当時はベトナム戦争の最中で監獄として使われていて、捕虜となった若きマッケイン氏はここで拷問にあったと言われる。そして、彼は敵に対しては決して弱みを見せず、断乎立ち向かうことを学んだという。
 
 これに対して、オバマ氏の世界観の形成は、インドネシアのジャカルタの裏通りから始まったらしい。6歳からそこで育った彼は、貧困と人権侵害を目撃し、アメリカに支持されたスハルト独裁政治の恐怖を体験したという。そこで彼は、アメリカ外交が引き起こした戦争のゴタゴタを知り、アメリカが自国の資本主義を執拗に押し付けることで、また、自国政府がときに独裁者を助け、腐敗政治を放置し、環境破壊を見逃すことに対して、外国人がどう反応するかを、現場で直に体験したという。

 これらはもちろん、両候補の陣営が対立候補との差別化戦略として打ち出した“美しいイメージ”かもしれない。が、仮にそうであったとしても、若い頃の生活体験の違いが本人の世界観や価値観に影響することは事実だから、知っていていいことに違いない。とにかく、マッケイン候補の描くような二項対立的世界観は、ブッシュ氏の世界観とそれほど違わない。それに比べ、オバマ候補の描く世界観が、これまでのアメリカの主流と相当異なることは読者にも分かるだろう。彼が、選挙中に一貫して「変化」を強調してきたことと、そのことで選挙戦を有利に進めてきたことは、アメリカ国民全体が今、変化を求めているということを意味している。アメリカが変われば世界が変わるから、日本は“万年政権”やマンネリズム上にアグラをかいているわけにはいかないだろう。
 
 日本も、変わらなくてはいけないのだ。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月23日

ギャオの独り言 (3)

 きょうは、ウサギのぬいぐるみのデカパンのことを話す。

 ミー君のつくる世界では、デカパンはいい役でボクはあく役だってことは、もう話した。それから、ボクとデカパンは友だちってことも、話した。もんだいは、友だちのデカパンを、ボクはどうしていじめるかってことだ。そのわけも、もう話したと思うけど、もっとせつめいしたい。これには、ふかいジジョーがあって、それを知ってほしいからだ。

Mtimg081023  ボクはミー君をよろこばすために、デカパンをいじめる。そんなボクは、デカパンのほんとの友だちとはいえないかもしれない。でも、デカパンもボクのジジョーをしってるから、がまんしてくれると思うんだ。それに、ずっとがまんしてなくていい。ボクがデカパンをいじめてると、すぐにカシキンマンが出てきてボクとたたかう。それまでのしんぼうだ。カシキンマンは、あぶないところでギンコーへにげこみ、パワーアップしてボクをやっつける。ミー君は、それがうれしいんだ。で、ボクはミー君がよろこぶのがうれしい。だから、友だちのデカパンがすこしのあいだ、つらい思いをすることには目をつぶる。ショーガナイから。

 でも、ミー君がいなくなったとき、デカパンはときどきボクにこういう--

デカパン「ギャオは甘えんぼうで、いくじなしだ。なぜって、よくないと分かってることを、ミー君のためにするから」
ギャオ「ごめんよ、デカパン。でも、おまえもボクもミー君が好きだから、ツライことをがまんしてやってるんだ。そうだろ?」
デカパン「わたしはがまんしてないよ。ギャオがいじめてツライから、たすけてー、くるしいーって、大声だすの。するといつも、カシキンマンが出てきてたすけてくれる」
ギャオ「それは、えんぎだろう? ツライふりだろう?」
デカパン「わたしはえんぎしてない。ほんとにツライのよ」
ギャオ「でも、カシキンマンが出てくるためには、あく役がひつようなんだ。あく役のボクは、きみをいじめないといけない」
デカパン「そんなの、おかしい。ぜったいにおかしい!」
ギャオ「これはコーキューなロンリだから、きみには分からないかもしれない」
デカパン「ぜんぜんわからない。ぜったいにおかしいわ」

 ボクは、このロンリをデカパンに分からせることができない。でも、デカパンもボクもミー君のことを好きだから、そこのところで、だまってしまう。ロンソーは、いつもここでおわりだ。
 
 この世界では、悪いことをしなければいいことは出てこない--これが、世の中のふかいジジョーだ。これが、コーキューなロンリなんだ。ボクらのことに当てはめれば、ボクがデカパンをいじめなければ、カシキンマンは出てこないんだ。これはうごかせないジジツだから、ショーガナイ。でも、デカパンはちがうことをいう。ボクとかのじょがなかよくしてても、カシキンマンはきっと出てくるだろうって。そして、たたかうんじゃなくて、ボクたちといっしょにあそべるだろうって。

 ボクは、そんなのは甘いロンリだと思う。みんながなかよくあそぶなんて、ミー君が好きなわけがない。ミー君は、セーギのみかたカシキンマンになりたいんだ。セーギが生まれるためには、悪がなくてはだめだ。そして、セーギは悪をくじくんだ。ボクは、そうやってミー君がよろこぶために、なみだをのんであく役をする。ボクは悪い「役」をするんだから、「悪」じゃない。ボクは恐竜だから、ぜったいカイジューじゃないんだ! 友だちのデカパンには、このふくざつでコーキューなロンリをぜひ知ってほしいと思う。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月22日

歯磨きを使いきる

 仕事場で使っていた歯磨きがなくなった。別に珍しいことでも何でもない。世界中の数えきれないほど多くの家庭で毎日、起こっていることだ。私自身、過去に何回もしてきたはずのことだ。しかし今回は、なぜか爽快な気分がする。理由はたぶん、チューブの中身をほぼ完全に使いきったからだ。

 ひと昔前の歯磨きチューブは柔らかい金属製だった。その中身を使いきるためには、絞り出し口とは反対側の端からチューブを巻き上げていって、最後には、絞り出し口付近にたまっている歯磨きを力を込めて絞り出す。これがなかなか難しい作業で、どうしても中身のペーストが残ってしまう。まあ、それはそれでいいのだけれど、この力まかせの作業が大変だった。

 その次に出てきた歯磨きチューブは柔らかいプラスチック製で、今の歯磨きや化粧品のチューブは、ほとんどがこれである。この柔らかいチューブは、中身を絞り出すのは楽でいいのだが、その代り弾力があるので元の形状にもどってしまう。ということは、金属製のように巻き上げることができず、従って、中身がどれほど残っているかが外見からは分からない。また、チューブの内側に歯磨きが付着しやすいようである。だから、ペーストを完全に使い切るのは至難の技だった。少なくとも私には、そう思えた。

 そこでいつか、もう中身を使いきったと思った歯磨きチューブを妻に渡して、「新しいのを買っておいてよ」と頼んだら、
 妻曰く--
「あら、こんなの中にまだいっぱい残ってるわ」
 見えないのにどうして分かるのか、と不思議に思ったところ、
「この部分に、たくさん残ってるはずよ」
 と言って、妻はチューブの絞り出し口近くの、硬い部分を指差した。しかし、その部分は絞ろうとして指でつまんでも、どうしても小さい空間が内側に残り、その部分のMtimg081022ペーストは絞り出すことができない。そう言って口を尖らすと、
 妻曰く--
「あら、そんなの簡単よ。チューブを半分に切って内側から使えばいいのよ~」
 私はその時、妻の顔を尊敬の眼差しでまじまじと眺めたのだった。
 
 この妻の教えを守って、仕事場で使いきった歯磨きチューブの第1号が、今日私の目の前にあったのだ。清々しい秋の日、ハッカの香りを残し、中身がきれいになくなったチューブの、輪切りにされた姿を見て、私は思わず絵筆を取った。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月21日

ウランも枯渇する

 今の日本政府と自民党が地球温暖化対策の“中心”に据えたいとしているものの1つが、原子力発電の拡大であることは疑う余地がない。その理由は、現在の政・官・民の協力体制を温存し、さらに発展させたいからだろう。もっと具体的に言えば、政府・自民党と経済産業省、そして電力会社の密接な関係は、現在の政治権力の基盤になっているからだ。しかし、これまた疑う余地がないことは、日本は世界で稀なる被爆国であるために、国民の間に原子力利用への拒否反応が根強いということだ。こうして、原発の立地の問題が出てくる。原発の稼働拡大や増設をしたい政府は、建設候補地に多額の“助成金”を交付することで建設反対の声を抑えようとする。しかし、それでも大都市に近い地域は原発反対勢力が強いから、立地候補地は勢い過疎地域へ、過疎地域へと移動する。こうして、現在のような辺鄙な土地に多くの原発が建設されることになる。これによって生じるムダと非効率は、ばかにならない。具体的に言えば、発電所から電力需要地(大都市)までの距離が遠くなることで、送電効率が大幅に悪化するのである。

 原子力発電についての私の考えは、本欄で何回も書いてきた。簡単に言えば、原発は大量の処理不能の放射性廃棄物を生み出すから、決して「クリーン・エネルギー」などではないということ。また、それを地下深く埋めておけばいいという現在の考えは、「環境倫理」にも「世代間倫理」にももとるということ。さらに、核武装へのオプションを残しておきたいという観点は、現実的のようであって本当は現実的でないのである。
 
 ところで、この原子力発電に関しては、私は、燃料であるウランの埋蔵量に限りがあるという問題を、見落としていた。その量的限度は、石油の場合よりも少ない可能性が指摘されているのである。環境科学者のダニエル・ボトキン氏(Daniel B. Botkin)が、21日の『ヘラルド朝日』紙の論説欄に詳しい数字を書いている。それによると、現在、化石燃料は世界のエネルギー需要の87%を供給しているのに比べ、原子力発電の割合はわずか4.8%だという(電力需要だけに限ると、この割合は化石燃料が67%で、原発は15%)。これに対し、ウランの埋蔵量の最も楽観的な見通しは550万トンで、世界の原発のウラン消費量は、国際原子力機関(IAEA)によると年間7万トンという。ということは、ウランを経済的な値段で採掘できる年数は、約80年ということになる。
 
 ボトキン氏は、ここからさらに進んで、現在の世界のエネルギー需要をすべて原発だけで賄う場合を考える。そうする場合、原発をどんどん増設して発電容量を17.4倍に引き上げねばならないという。そして、これらの原発で消費されるウランの量は年間120万トンになる。ということは、上記したウランの経済的な埋蔵量(550万トン)をすべて掘り尽くすのには、「5年」かからないという計算になる。これは、驚くべき数字ではないだろうか。地質学者が使う「埋蔵量」という言葉にはもう1つあって、それはどんなにコストがかかっても掘り出せるだけ掘り出した場合の量で、「確認埋蔵量」(identified resources)と呼ぶらしい。ウランの場合、この確認埋蔵量は3500万トンだそうだから、これを消費し尽くすのにも「29年」しかかからないことになる。これではとても、世界のエネルギー需要を満たすことはできないから、同氏は、「世界にエネルギーを供給する手段として、原子力が主流になることはありえない」と断定するのである。

 ボトキン氏の上の計算はかなり“保守的”ではないか、と私は思う。なぜなら、それは「世界のエネルギー需要は一定している」という前提のもとでの計算だからだ。が、我々がよく知っている事実は、中国、インド、ロシアなどの人口の多い中進国では、エネルギー需要は急速に拡大しているのである。ということは、将来のウランの供給は決して「安定的」ではない。また、ウランの供給地が地球上のごく一部に限られていることを考えれば、我々が将来、原子力エネルギーに頼って生活することは、現在の石油エネルギーに頼った生活以上に不安定となる可能性があると言えるのである。

 だから、我々の将来のエネルギー源は、枯渇せず、かつ他から奪わないものである必要がある。再生可能な自然エネルギー以外に、この条件を満たすものはないのである。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月20日

氷河シートと水陸両用の家

 昨日(10月19日)付の『朝日新聞』の第1面のカラー写真を見て、私は驚いた。晴天下、防寒着に身を包んだ何人もの男が、氷の斜面の上で巨大な白いシートを持ち上げている。その写真の下には「氷河に日よけシート」という見出しがある。そして、写真説明にこうある--「9月上旬、初雪を目前にしたスイス・ディアボレッツァ氷河では、覆っていたシートが外された」。氷河をシートで覆うことが行われていたなど、私は知らなかった。何のためかといえば、もちろん氷河や雪の融解を防ぐためである。それによってスキー場の条件を整えるという商業的意味もあるだろうが、もっと大きな目的は氷河の減少を防ぐためである。

 この記事によれば、ディアボレッツァ氷河付近は、かつては山頂付近まで氷河に覆われ、夏場もスキー客でにぎわったが、この10年間で氷河の4割以上が失われたという。そこで今年初めて、約8千平方メートルのフェルト地のシートを使って、氷河全体の3分の1を覆ったのだという。これによって、氷河の退縮する速度が半減できるらしい。これと同様の動きは、ドイツでは数年前から始まっている。最高峰のツークシュピッツェ(2962m)の氷河を合成樹脂シートで覆う試みで、昨年夏は約9千平方メートルを覆うことで、約3万立法メートルの雪や氷河の融解を防いだ。今年は積雪が多かったおかげで、覆う対象は約6千平方メートルに減ったという。
 
 こういう努力には、もちろんコストがかかる。ディアボレッツァ氷河の防護の費用は、人件費も含めて約7万スイスフラン(約630万円)というから、スキー場などの観光地で収入を得られる鉄道会社が負担している。そういう観光地が近くにない氷河は、誰も防護してくれないから、温暖化の進行とともに消失していくのである。世界全体では、防護されない氷河の方が圧倒的に多いから、解けた水は川を伝い、地下に浸透し、やがて海洋へと流出する。そして「海面上昇」の原因となるのだ。

 海面上昇への対策が最も進んでいるのは、国土の3分の1がすでに海抜ゼロメートル下にあるオランダのようだ。同紙の第2面では、この国には「水陸両用の家」が建てられていることが報じられている。どんな家かというと、「建物は地面に置いてある状態で、水が押し寄せると浮いてしまう」ような構造だ。流されてはいけないから、固定された2本の支柱につながれている。問題は、ガス管や水道管などだが、「柔軟性をもたせており、4メートルの水位上昇にも対応できる設計」だという。この家の計画者は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の水教育研究所のクリス・ザベンバーゲン教授で、1990年代に2度の大洪水に遭った同国のマース川沿岸の町、マスボメールには、この家が約50軒も並んでいるという。1軒の購入費は30万ユーロ(約4千200万円)とか。

 海面上昇を考えた日本の温暖化対策では、堤防や護岸の補強ぐらいだろうが、オランダや“水の都”ベニスなどでは、そういう段階をすでに超えていて、巨大な可動堰などが建設され、あるいは計画されている。私は、「ウォーターフロントの開発」などという考え方は、もうやめるべきだと考えているのだが……。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月19日

銅鐸の輝き

 島根県出雲市で行われた生長の家講習会では、澄みきった青空のもと3千人を超える受講者が参集してくださり、和やかな雰囲気の中で真理研鑽の半日をもつことができたことは、誠にありがたかった。東西に広い島根県では、これまで2会場に分かれて講習会をおこなっていたが、今回は出雲市の1会場にしぼった関係から、受講者数は前回を下回ったようだ。しかし、そんな中で、男性の組織である相愛会と青年会の推進結果が前回より伸びたことは特筆に値する。約半年にわたる推進活動に尽力くださった島根県下のすべての生長の家の幹部・信徒の皆さんに、心から感謝申し上げます。
 
 講習会の帰途、妻と私は「国引き」神話の舞台とされる稲佐(いなさ)の浜から雄大な日本海を望んだあと、島根県立古代出雲歴史博物館へ寄った。昨年できたばかりの新しい施設なので、何があるのかと興味をもったのである。「古代」を扱う博物館だが設備は近代的で、館内にはコンピューターやCG等の技術を駆使した映像と音声による解説や、古代の生活や環境を再現したジオラマ、天井まで届くような出雲大社本殿の模型など、耳目を惹くものが整然と並んでいた。そんな中で私の目を驚かせたのが「銅鐸」だった。
 
 私は古代史については素人同然で、銅鐸が何に使われたかも知らなかった。銅鐸や銅剣などの青銅器は、今から2千年ほど前の弥生時代に日本で広く使われていたらしいが、原料は中国大陸や朝鮮半島から輸入され、それを国内で加工していたという。デザインの精巧さなどから、国内にもかなり高度な加工技術があったことが推測される。学校の教科書などでよく見る銅鐸の写真は、青銅器らしく青錆がきれいに出た落ち着いた色調のものである。ところがこの博物館に展示されているのは、そういう色調のものも多くある一方で、当時の姿を再現したとして金ピカに輝く銅鐸や銅剣が並んでいるのである。そして、解説書には「自然な色彩の多い弥生文化のなかで、弥生の村人たちが金色に輝く青銅器に驚き、そこに神秘性を感じたことは想像に難くありません」とある。こうなってくると、「青銅器」というネーミングそのものが、何かピント外れのような気がしてきた。
 
 そんな金ピカの金属器のうち、銅剣が358本も、同じ場所から一気に出土したとしたら驚かない方がおかしい。それが島根県斐川町にある荒神谷遺跡なのだそうだ。昭和59年(1984年)のことである。翌年には、同じ遺跡から、銅矛16本、銅鐸5個が埋められたままの状態で出土したという。問題は、当時は大変貴重だったはずのこれらの金属器が、これだけの量、同じ場所に「埋められていた」ことの理由である。発掘時の状況から見て「飾られていた」のでもなく、「保管されていた」のでもないようなのだ。それについては、いろいろの説が出ていて確かなことは不明という。銅鐸の用途については、製造時期によって「最古」「中段階」「新段階」の3期に分けて、最古から中段階を“聴く銅鐸”、新段階を“見る銅鐸”と考えるらしい。(平凡社『世界大百科事典』)つまり、当初は「鐘」として使われていたものが、次第に大型化・豪華化して観賞用または祭祀用になったというわけだ。

 ところで、中国大陸から朝鮮半島を経て日本に伝わり、そこで発達をとげた青銅器だが、弥生時代が終り古墳時代が始まるとともに、姿を消していくという。弥生時代にはすでに鉄器が盛んに使われていたから、実用性の面では劣る青銅器が鉄器に押されて祭祀用に用途を変えていくというのは、よく理解できる。しかし、古墳時代には、祭祀用としても青銅器は姿を消し、代りに銅鏡が盛んに使われるようになった、と説明書にはある。いったいなぜだろう、と私は思う。館内では、銅鐸をたたいた時の音が聴けるようになっている。なかなか神秘的な深い響きだと感じ、祭器として使われたことが納得できた。が、何かの理由で、それは使われなくなる。祭祀の形式は、時代の変遷の影響を受けにくいと私は考えていたが、鏡の登場と銅鐸の消滅はそうでないことを示しているのだろう。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○島根県立古代出雲歴史博物館編集・著作『古代出雲歴史博物館展示ガイド』(ワン・ライン、2007年)

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2008年10月17日

ギャオの独り言 (2)

 ミー君のことを少し話そう。
 
 ミー君は、ボクらのご主人だ。ご主人は、けらいよりえらい。でも、けらいのめんどうを見てくれる。ボクらと遊んでくれるし、ボクらをそうじゅうしてくれる。「そうじゅう」というのは、ボクらに命をくれることだ。ボクらを動かし、ボクらにことばを話させ、ボクらに「生きている」と思わせてくれる。つまり、ミー君は神さまみたいなものだ。ご主人は神さまで、ボクらはけらいだ。
 
 だから、ボクもデカパンも、ミー君が「やれ」といったことを喜んでする。いい役かあく役かはもんだいじゃない。でもたいてい、デカパンがいい役で、ボクがあく役だ。つまり、デカパンは弱くて、ボクは強い。その強いボクをこらしめるために、カシキンマンが出てくる。じつは、コイツがもんだいなんだ。
 
Mtimg081017  ミー君は、神さまみたいにボクらをそうじゅうすることはできるけど、ぬいぐるみの世界にそのままでは入れない。ミー君は、ぬいぐるみより大きいからだ。あっとうてきに大きい。だから、ぬいぐるみをあやつることで、ボクらの世界にやっと入れる。だから、カシキンマンをあやつるときは、カシキンマンがミー君なのだ。カシキンマンはキザなヤツだけど、ミー君が中に入っているのだから、しかたがない。ボクは、カシキンマンにやられたふりをする。でもほんとうは、ヤツにやられるんじゃなくて、ヤツになりきっているミー君にやられてあげるのだ。そう思えばがまんできるし、うれしい。
 
 もんだいなのは、ミー君がカシキンマンになりながら、ボクらのきもちをわかってくれてるのかってことだ。たとえば、ボクがあく役になってデカパンをいじめているとする。そこへカシキンマンがやってくる……

カシキンマン「おい、らんぼうもののギャオ。デカパンをいじめるな!」
ギャオ「何だ、このキザ男。デカパンはボクのけらいだから、いじめるもいじめないも、ボクのじゆうだ」
カシキンマン「ぬいぐるみは、みんな平等だ。デカパンもじゆうに生きるけんりがある」
ギャオ「何だ、そのけんりってのは? そんなものがあるなら、見せてみろ」
カシキンマン「けんりは見えないけど、みんなにある」
ギャオ「ボクは、見えないものなんか信じない。信じないものは、あいてにしない」
カシキンマン「それじゃ、おかねは信じるか?」
ギャオ「おかねは見えるし、使える。だから信じる」
カシキンマン「では、ここに1万円ある。これをやるから、デカパンを自由にしてやれ」
ギャオ「何、1万円だと。それで何が買えるんだ?」
カシキンマン「人魚のあんパンが100個ぐらい買えるぞ!」
ギャオ「そいつはいい。で、人魚のあんパンって、どこに売ってる?」
カシキンマン「渋谷の『小さい人魚』というパン屋にある」
ギャオ「じゃあ、今すぐ買ってこい。買ってきたら、デカパンを逃がしてやる」
カシキンマン「おれはカシキンマンだから、金を出すだけだ。自分で買いに行け!」
ギャオ「渋谷まで行くのは、めんどーだ!」
カシキンマン「じゃあ、タクシー代も出してやる」
ギャオ「タクシーひろうのも、めんどーだ!」
カシキンマン「なんてヤツだ、このカイジュウは!」

 ボクは恐竜のぬいぐるみで、カイジュウじゃない。カイジュウといわれるのが、いちばんきらいだ。だから、ここで頭にきてカシキンマンにおそいかかる。

 ギャオーーーーーーーーーーーー

 たとえば、こんなぐあいになって、カシキンマンとボクは戦う。で、さいしょはボクが勝って、それからヤツがギンコーへ逃げて、そこでパワーアップして、ボクにいろんな術をかける。で、ボクがけっきょく負けるんだ。そして、カシキンマンがいつものように、こうさけぶ--

「オレのかねのいりょくは、シジョーいちだ!」

 でもさ、ボクはこんな役、ほんとはきらいなんだ。デカパンはボクの友だちだから、いじめるのはいやなんだ。でも、ミー君が「いじめろ」というから、しぶしぶいじめる。あく役っていうのは、心で泣きながら悪いことをする、好きな人のために。だから、こういう劇が終わったら、ミー君には小さな声でいいから、こう言ってほしいんだ--
 
「ごめんね、ギャオ。ほんとはいいやつなのに……」
 
 谷口 雅宣 

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2008年10月16日

カボチャをくり抜く

 今日は休日を利用して、カボチャをくり抜いた。例のハローウィンの飾りのためである。最近は、このアメリカ産の秋祭が日本の街にもすっかり定着した感がする。あちこちのショーウィンドーや花屋の店先に、黄色いカボチャが飾られている。私が子どもの頃は、ハローウィンが何であるかを知る人は少なく、知っている人間は、こっそり“舶来製品”を身につけているような、何か妙な特権意識をもっていたものである。

 私がハローウィンのことを初めて知ったのは、恐らく中学の2~3年(15歳)の頃だ。それは、淡い初恋の思い出と重なっている。当時、私が通っていた青山学院中等部では毎年、英語のスピーチコンテストをやっていて、私はそれに出場したことがある。その頃、東京・渋谷の宮益坂に英会話学校があり、私は両親に勧められてそこで英会話を勉強していた。そんな関係で、英語を話すことは苦手でなかったようだ。そのスピーチコンテストに1学年下の部で出場した女の子に、私は好意を寄せていた。その子は、アメリカに短期留学したか、あるいはホームステイをした時のことをコンテストで話し、そこにハローウィンが出てきたのだった。子供たちが仮装をして近所の家を回り、「Trick or treat!」(ごちそうくれなきゃイタズラするゾ!)と言う様子を彼女が楽しげに話したのを、私はドキドキしながら聞いていた。

 ハローウィンの由来については、2005年10月27日の本欄に書いたので繰り返さないが、起源は古代ケルト人のサムハイン(Samhain)祭と言われる。死の神であるサムハインを讃え、新しい年の到来と冬を迎えるための祭で、10月31日の夜には死者の魂が家に帰ると信じられたらしい。今日の日本ではそんなことは問題とされず、2月のバレンタイン・デーに次ぐ商業主義的西洋祭となっている。
 
Mtimg081016  子どもがまだ小さい頃は、私はサッカーボール大の大きな黄色カボチャをくり抜いたものだが、それを面白がってくれる人はもう妻だけになった。そこで今日は、夫婦で渋谷へ買い物に行ったついでに、花屋で売っていた直径9センチほどの黄色カボチャを2個買った。そして、“笑顔”と“怒り顔”の夫婦カボチャに仕立ててみた。作ってみて、気がついた。カボチャを人の顔の形にくり抜くという行動は、対称性論理にもとづいている。生物学的には全く異なる「人間」と「カボチャの実」という2つのものが、これによって対称性を獲得して“似たもの同士”となる。我々夫婦は、これからしばらくの間、このいずれかのカボチャに自分を同一化して生きることになるだろう。

 もう一つ気がついたことは、サムハイン祭も対称性論理にもとづいているということだ。毎年“あの世”から“この世”へ死者の魂が帰ることを宗教行事とすれば、生者と死者は、いくばくかの対称性を獲得する。日本の“お盆”の習慣とも似ているようだ。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月14日

ギャオの独り言

 ボクは恐竜のぬいぐるみ、ギャオだ。
 このところ、ずっと押入れの中にいたから、カビくさい。
 きょう、ひさしぶりにウチのダンナさんに出してもらって、
 明るい場所に出られた。
Mtimg081014_2   うれしいぞぉー、ギャオー!
 でも、ダンナさんがボクをテーブルの上に置いたら、
 奥さんが、こう言った--
「そんなきたないの、上に置かないでよぉー」
 ダンナさんは、何も言わない。
 何とか言ってほしい。ボクがきたないだなんて、ひどいぜ。
 ボクは、ダンナさんと奥さんの子供といっぱいあそんだから、よごれた。
 よごれることが、ボクの仕事だった。よごれることが、うれしかった。
 なぜって、よごれるのは人気があるからだ。遊んでもらえるからだ。
 
 ボクの友だちに「デカパン」って名前の、ウサギのぬいぐるみがいた。
 でっかい空色のパンツをはいた、ピンクのウサギで、いっしょによく遊んだ。
 ヤツは、ついにかおが灰色になった。まくらがわりにされたからさ。
 それでもヤツは、ひと晩じゅう、ミー君といっしょだったから、満足してた。
 ボクはあくやくで、「ギャオー」とさけんで、デカパンをおそった。
 すると、せいぎのみかたの「カシキンマン」というのが、出てくる。
 目がタマゴみたいで、赤と銀の光るジャンプスーツを着た、キザなヤツだ。
 自分のことを、ウルトラマンだと思っている。
 そのカシキンマンと、ボクはたたかう。
 さいしょは、ボクがヤツをこらしめる。こてんぱんさ。
 でも、カシキンマンは、ギンコーへ行くとパワーアップする。
 そして、ボクにひざげりとか、アッパーカットでおうせんする。
 ボクはほんとは、カシキンマンなんかにまけない。
 でも、大すきなミー君が「まけろよ」というから、まけたふりをする。
 すると、キザなカシキンマンは、
 「オレのかねのいりょくは、シジョーいちだ!」
 と言って、しょうりをさけぶ。

 ボクは「シジョー」って何のことか、よくしらない。
 でも、たぶん世界と同じだ。
 世界一なのは、ほんとはお金なんかじゃない。
 デカパンやボクみたいに、よごれながらミー君と遊ぶぬいぐるみがいるから、
 ミー君はまんぞくするんだ。
 ミー君はカシキンマンになりきって、デカパンを助け、ボクをやっつける。
 でも、デカパンはボクの友だちだから、ボクはヤツに手かげんしてる。
 ぶっても、ほんとはぶってない。
 かみついても、ほんとはかんでない。
 デカパンもボクも、はいゆうと同じだ。
 ミー君が「やれよ」ということを、よろこんでする。
 だって、ボクらはミー君が好きだからだ。

 そんなミー君は、おとなになって、ボクらを置いて出ていった。
 ショーケンガイシャに入ったと、奥さんがいっていた。
 そんなカイシャでも、ミー君は、
 「かねのいりょくはシジョーいちだ!」
 とさけんでいるのだろうか。
 だれがいいやくで、だれがあくやくをやってるのだろう。
 こんど、ダンナさんにきいてみたい。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月12日

第30回生光展が開かれる

 今日は東京・調布市にある生長の家本部練成道場など3会場に6千人以上の受講者を集めて、東京第二教区(三多摩地区)の生長の家講習会が行われた。清々しい秋の好天に恵まれて、静かな雰囲気の中でよい会が持たれたと思う。私は主会場である飛田給の練成道場の大道場で、いつものように2講話と神想観を担当したが、午前中の講話に対する質問が30近くあった。地元の参加者から質問が出たことはもちろんだが、その他、東京の区部、千葉、埼玉、横浜、仙台からの参加者から質問があったことは、うれしかった。質問の内容も多岐にわたり、受講者の真面目な姿勢が感じられたが、残念ながら、時間の関係からすべての質問に答えることはできなかった。これらの質問への答えは、その一部がいずれ機関誌に掲載されると思う。講習会の推進と運営にご尽力くださったすべての幹部・信徒の方々に、心から御礼申し上げます。
 
 さて次には、この講習会についてではなく、明日から始まる生光展(生長の家芸術家連盟美術展)のことを少し紹介しよう。今年は「30回」の記念展なのだそうだ。ということで、主催者の生芸連では『生光展のあゆみ』という小冊子を発行して、同連盟の歴史を振り返っている。それによると、生芸連の発足は戦後の1966(昭和41)年で、発起人には堅山南風(日本画)、林武(洋画)、中河与一(作家・歌人)、中能島欽一(箏曲家)、徳川夢声(作家、俳優)、早川雪洲(俳優)、山根八春(彫刻家)、伊藤種(彫刻家)、片岡環(詩人、彫刻家)など錚々たるメンバーが名を連ねていたという。翌昭和1967年には第1回の美術展が開催され、1971年の第5回展まで毎年行われた後、8年間中断し、1979年に「第1回生光展」として心機一転して再興されたという。その後は毎年開催して現在に至っている。その間、高山辰雄、山田晧斎、三上浩ら一流作家の出品もあったことが同冊子に書いてある。

 私の“友情出品”は2000年からだから、歴史としてはまだ浅い。今回は本欄でも紹介したことのある絵封筒を24点出品している。このほとんどは、8月の宇治別格本山での盂蘭盆供養大祭時に展示したものである。西日本の人々に見ていただいたものだから、東日本の方々にも見ていただけたらと思う。ただし、「芸術作品」などと言えるシロモノではない。それよりも、写メールのような気軽に、楽しく、人々との交流を進める一手段として、またポップアートの一種として見ていただければ幸甚である。
 
 第30回生光展は10月13日から19日まで、東京銀座画廊・美術館で開催される。今回は、30回記念企画として、全国から募集した約300点の絵手紙や絵封筒を展示した「絵手紙・絵封筒の世界」をやっているから、新しいタイプの「技能と芸術的感覚を生かした誌友会」の参考にしていただけたら有り難い。

 谷口 雅宣

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2008年10月11日

上を向いて歩こう (2)

 今朝の新聞各紙の第1面には、まるで“世界恐慌”を予言するかのような見出しがデカデカと躍っている。短期間で大幅の「円高」と「株安」が同時に進行したことを、『日本経済新聞』は「1年間で日本人一人当たり200万円の『富』が消えた計算だ」という。が、ちょっと待ってほしい。株式への投資が多い人は「株安」でそうなるかもしれないが、「円高」の方は輸入品の単価を下げることになるし、円資産の多い人は対外的には財産が増えたことになるのである--こっちの方の話をなぜ書かないか、と思う。前回、本題で書いたときの言葉を繰り返せば、“落ちていくもの”を見るのではなく、“上がっていくもの”に目を向けよう。
 
 株価の下落は消費マインドを減退させるというが、それはそのままCO2の排出削減になるし、自然破壊の速度が鈍ることを意味する。人間の諸活動の“過剰”な部分が削り取られて、もっと自然と共存できる技術や生き方、諸制度が新たに工夫できる素地が整えられるかもしれないのである。いや、まさに今、そちらの方向に人類は大きく舵を切るべきだ。枯渇する資源を争奪して富を増やすことから、枯渇しない自然エネルギーの利用と、他国や自然との共存に向かって産業構造を切り替える時期に来ているのだ。

 谷口雅春先生著『生命の實相』第37巻幸福篇上に、貯金していた大金を株式投資に回して失敗した人の話が出てくる。この「K氏」は、貯財の大半を1日でなくしてしまったというのである。当時の値段で「約1万円」だから、現在は「100万円」とも「1千万円」とも考えてみることができる。K氏は、これに執着して、失った金を何としても取り戻したいと考えあぐね、治ったはずの高血圧症も再発させてフラフラの状態になったという。
 
 雅春先生の解説は、こう続く--
 
「K氏の身体(からだ)が失われたわけでもない。氏の心が失われたわけでもない。また、氏はその金がなければ生活に困るのでもなかった。氏の身体にも心にもなんらの関係のない“金”というえたいの知れぬもの、しかもそれは金貨という固い確実なものでもない、ただ氏の名義から、他の人の名義に金額を表わすある数字が書き換えられたということだけで、心がこんなに悲しみ、身体がこんなに苦しむとはどういうわけなのだろう。悲しむべき理由がないのに悲しく、苦しむべき理由がないのに苦しい--これを妄想というのである。その妄想のために幾千万の人間が苦しんでいるのである。K氏もいつの間にかこの妄想の中に墜落したのだ」(同書、p.97)

 現在の世界的金融危機も、これとさほど変わらない性格をもつ。実際には生産されていない“価値”に値段をつけ、これをさらに「期待」や「希望」や「儲け心」で膨らませて売買するのが金融取引であり、株式売買である。その値段のつけ方は、おおむね人間至上主義的であり、化石燃料優先であり、自然破壊的であることは、本欄で何回も書いてきた通りである。このような誤謬と欲望で膨れ上がった地球大のバブル(風船)に、アメリカのどこかで穴が開いたのである。だから、日本発の誤謬や欲望も同時にしぼんでいくことは当然だろう。その誤謬や欲望に加担していた資金が消えていくことに、なぜ苦悶し、悲しむのか。「悪業は悪果として現れたとき消滅する」と考えれば、バブルがしぼんだ時こそ、新たに善業を積む機会の到来である。
 
 さて、問題のK氏だが、彼は大金喪失の苦しみから逃れるために聖経『甘露の法雨』を仏前で朗誦したという--
 
「氏は心の苦悶を忘れるために大声を挙げて読んでいるうちに、少しく心が静まってきた。その時氏は自分の声が“物質に神の国を追い求むる者は夢を追うて走る者にして永遠に神の国を建つる事能(あた)わず”
 と朗々と誦しているのを聴いた。それはまったく天籟(てんらい)の声のようであり、神啓の韻(ひび)きのように聞こえた」(p.98)
 
 こうして、「心は物質に捉えられたとき直ちに地獄へ転落するものであることがK氏にはわかったのであった」と、先生は書かれている。金融資産それ自体は「物質」でさえない。それは「物質やサービスに交換できる価値」として、銀行や証券会社のコンピューターに数字で登録されているものでしかない。そして、その交換率は、人間の心によって変化するのである。我々は今、唯心所現の法則の展開を目撃しているのだ。
 
 谷口 雅宣

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2008年10月 9日

イモムシからサナギに

 9月25日の本欄では、庭で見つけたスズメガの幼虫を絵封筒に描いたものを紹介した。この虫たちが、いよいよサナギになった。1匹は数日前から焦げ茶色の完全なサナギになっているが、残りの1匹はまだ黄緑色の体のままで、触れると少しだけ反応する。2匹とも、イモムシの状態のときは十数センチあった体長が、半分に縮んでしまった。

 ものの本によると、チョウやガの仲間である鱗翅目の多くは、イモムシがサナギになる段階で地中にもぐり、液体を口から出して土の粒子を接着・固化し、土中の部屋に壁をつくるという。そのためだろうか、サナギの表面の色は土色に近い。私は昔、冬季にクチナシか何かの下の土を掘ったときに、ガの一種であるオオスカシバらしきもののサナギを偶然、掘り出したことがある。で、その濃いアズキ色の体をつまむと突然、尻の先端をヒョコヒョコと振ったので、驚いて放したことを覚えている。あまりいい気持の記憶ではない。

 昆虫の多くは、卵→幼虫→サナギ→成虫、の段階を経る。これを「完全変態」というが、カマキリやゴキブリのようにサナギの段階を通らない「不完全変態」もある。完全変態をする昆虫は、幼虫と成虫の形態は劇的に異なり、両者が棲む場所も生活法も大きく変化することが多い。人間は変態しないことになっているが、人生上の劇的な変化をこの完全変態に喩えて、「あの人はサナギから脱皮した」などと言うことがある。「ひと皮むける」というのは、それほどの変化ではない時の表現だろう。生長の家の聖経『甘露の法雨』では、「死ぬこと」をサナギからの脱皮に喩えていることは、読者もご存じのとおりだ。霊魂の肉体からの脱出は、それほど劇的な変化だということである。

Mtimg081009  2匹の現在の状態を絵に描いた。彼らはこれから、アズキ色のサナギの姿で冬を越すのだろう。成虫となって出てくる姿はあまり見たいとは思わないので、時期を見て土に埋めてやるつもりである。

 谷口 雅宣

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2008年10月 8日

対称と非対称 (6)

 ユング派の精神分析学者で文化庁長官もつとめた河合隼雄氏の『ユング心理学と仏教』という本に、本題について示唆に富んだ記述がある。6日の本欄で私が書いたのは、「自然との一体感」は昔から洋の東西を問わず人間の心に存在するものであって、これを“日本人特有”とか“東洋特有”と考えるよりは、人間の心の「対称性論理」と「非対称性論理」の関係で説明する方が事実に即しており、説得力があるということだった。これを別の言葉で表せば、「自然との一体感」は程度の違いはあっても人類に共通するものだということだ。その前提の下で東西を比較すれば、“東”は対称性論理が非対称性論理に勝っていて、“西”はその逆であるかもしれない、ということだ。

 河合氏はこれを「自我」と他者との関係に置き換えて、次のように述べている--
 
「他と区別し自立したものとして形成されている西洋人の自我は日本人にとって脅威であります。日本人は他との一体感的なつながりを前提とし、それを切ることなく自我を形成します。(…中略…)非常に抽象的に言えば、西洋人の自我は“切断”する力が強く、何かにつけて明確に区別し分離してゆくのに対して、日本人の自我はできるだけ“切断”せず“包含”することに耐える強さをもつと言えるでしょう」。(同書、p.40)

 河合氏は、このように“自我”の共通点を認めながらも“東西”の違いを把握するという複眼的な認識をしている。目に見えない心の問題については、十把一絡げの論理よりも、こういう丁寧な分析が必要と思う。また、このような共通点に立った上での日本的特徴として、河合氏は“母性原理”の強さを指摘しているのが興味深い。同氏は、「否定的な太母のコンステレーション(布置)が(…中略…)日本全土にわたってできていると直覚した」といい「その顕われのひとつとして、日本に不登校が多く発生するという現象がある」と述べている。
 
 河合氏のいう母性原理の強さとは、「母なるもの」(母だけではない)への依存度が強いということだろう。精神分析の治療者とクライアントとの関係では、「治療者が無際限に何でも受けいれる太母であることが期待されるのです」(p.47)と同氏は書いている。このことから、同氏は日本神話では太陽の女神である天照大神の重要性を挙げている。宗教活動の中では、個人指導における講師と相談者の関係がこれに該当するだろう。また、運動組織における上位者と下位者の関係にも当てはまるかもしれない。
 
 多くの読者は、天照大神と須左之男命の物語をご存じだろう。その内容を思い出していただければ、両者の関係が密接であるにもかかわらず必ずしも円満でなく、やがて悲劇につながっていくことの中に、現代の日本社会の母と子の関係に共通するものを感じるに違いない。これなどは、対称性論理の過剰を示しているのではないだろうか。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○河合隼雄著『ユング心理学と仏教』(1995年、岩波書店)

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2008年10月 7日

上を向いて歩こう

 アメリカの金融危機に端を発した世界的な同時株安が進行中で、自分の資産の数字を見るのが恐ろしい人もいるだろう。こういう時期に居合わせると、“ものの価値”というものが、いかに人々の心しだいで変化するかが痛いほど分かる。昨日のニューヨーク株式市場ではダウ平均が約4年ぶりに1万ドルを割り込み、今日の東京市場では日経平均株価も一時、4年10カ月ぶりに1万円を割った。外国為替市場も円が独歩高で、輸出企業や海外に拠点が多い企業は青ざめているに違いない。実体経済は何も変わっていないのに、人々の心理が変わるだけで“莫大な価値”が世界から消え、あるいは世界に付け加わる。まさに“心でつくる世界”のただ中に私たちはいるのである。

 今、世界中の国の指導者が最も恐れているのは、一般の国民が経済の動向に不安を感じて、自分の預金を銀行から引き出したり、金融資産を現金に換えようとすることである。だから、本欄の読者は心に不安を起こさないことで、世界経済の安定に貢献してほしい--ということで、“落ちていくもの”を見るのではなく、“上がっていくもの”に目を向けようと思う。

  まず、自然エネルギーの利用が増えるだろう。経済産業省が、石油以外のエネルギーの開発と利用を促進する石油代替エネルギー法(代エネ法)の抜本的改正を決めたからだ。今日(7日)の『日本経済新聞』が伝えている。まず、同法の基本にある「脱石油」という考え方を改めて「脱化石燃料」にするといい、2030年度の目標として、国内の使用エネルギー全体に対して、非化石燃料の割合を現状の2割弱から3割程度に増やすそうだ。  これは、2005年に閣議決定された2010年度までの「石油代替エネルギー」の使用目標が、原子力が27.6%、石炭が32%、天然ガス25.7%、水力6.7%、地熱0.3%、その他7.6%だったため、石炭や天然ガスという化石燃料の使用を促進する形になっていたのを改めたもの。ただし、自民党と経済界は現在、原子力の使用割合を増やす方向でも動いているから、今後、自然エネルギーの開発が急速に進むかどうかは定かでない。大体、非化石燃料の使用割合を「2割から3割に増やす」という考え方自体が、かなり消極的な計画のような気がする。

  日本はこのように、何ごとも現状からの「漸次増加主義」に終始しているが、欧州では抜本的な制度改革をともなったエネルギー政策が進行中だ。6日の『朝日新聞』には、スペインのセビリア郊外で昨年稼働した「タワー式太陽熱発電所」が紹介されている。これは「太陽光」ではなく「太陽熱」を1点に集中して水を沸騰させ、発電する装置だ。地上に置いた太陽追尾式の反射鏡624枚からの光を、高さ115メートルの塔の1点に集中させて発電する。1基が1万kWhの容量という。また、通常の太陽光発電においても、スペインは近年急伸している。累積導入量は、2005年に6万kWhだったのが、2007年には一気に68万kWHに増え、今年の末には180万kWhにまで伸びるらしい。日本の今年の増加量が20万kWhに留まるのと比べると5倍のペースで進んでいる。

  「抜本的な制度改革」の一例として有名なのは、電力会社に太陽光発電による電気を高く買い取らせるもので、ドイツやスペインなどで実施されている。日本では、売電と買電の価格は同一だから、導入費用を回収するのに15~20年かかってしまうが、欧州の制度では比較的短期で費用が回収でき、あとは利益を生むことになる。経済団体のトップが電力会社の社長であるような日本では、こういう制度は不可能なのだろう。おかげで、2004年から2006年に市場が急拡大し、欧州での発電需要のために中国、台湾、韓国、インドなどのアジア各国で、太陽電池の増産ラッシュが続いている、と『日経』の今日の夕刊が伝えている。

  短期的には、今回の金融危機とその後に訪れる実体経済の縮小で、多くの企業が廃業に追い込まれるかもしれない。しかし、世界の人口は増え続けており、世界全体のエネルギー使用量が減ることは考えられない。ということは、自然エネルギーの開発を急げば、低炭素社会への切り換え--つまり、産業の新旧交替がこれによって加速化し、長期的には、社会の需要に正しく応えられる企業や産業が栄え、経済はやがて上昇していくに違いない。少しつらい時期があっても結局、上を向いて歩き続きける者が勝利するのである。

  谷口 雅宣

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2008年10月 6日

対称と非対称 (5)

 今日(6日)の『朝日新聞』紙上で、哲学者の梅原猛氏と分子生物学者、福岡伸一氏の対談を興味深く呼んだ。梅原氏は、「人間は自然の一員として生きている」という世界観が日本の“基層文化”である縄文文化からアイヌ社会へと引き継がれ、それがさらに鎌倉仏教の天台本覚論の思想にも流れていると言っている。天台本覚論とは「草木国土悉皆成仏」の思想で、「万物が仏性を持っていて、仏になれる」という考え方だ、と梅原氏は言う。生長の家では、この言葉を「仏になれる」ではなく「成れる仏である」と解釈するが、いずれにしてもこの思想は人間中心主義とは異質な考え方で、インド仏教にはない日本仏教独自の思想だという。

 しかし梅原氏は、こういう一種の“自然中心主義”の考えは、日本独自のものではなく、古代エジプトなどの「かつて人類に共通していた文化、思想的伝統」であり、それが日本に残ったものとしてとらえている。私は、この考え方に賛成である。自然と人間との一体感を大切にする文化は、昔から日本以外にも存在していたことは明らかだからだ。それは、古くは後期旧石器時代にヨーロッパの洞窟で描かれた動物や人の絵に始まり、ヒンズー教や仏教における輪廻の思想の中にある。また、ケルト文化やドイツ神秘主義のマイスター・エックハルト、カトリック大司教だったニコラウス・クザーヌス、17世紀の啓蒙主義哲学者、バルフ・スピノザなどの思想の中にも、「神は自然の中に内在する」という考え方がある。さらにまた、南北アメリカやオーストラリアの原住民らも同様の思想をもっていたし、アメリカ人ではソローやエマーソンの哲学にも自然を愛する考えは顕著に表れている。

 私は、このような事実から、自然中心主義の起源を地球上の一定の「地域」とか「民族」に対応させる考え方には、説得力も魅力も感じない。「東洋人」や「日本人」だけが自然との一体感を有し、「西洋人」や「欧米人」は自然との一体感を感じないなどという理論は、事実からほど遠いだけでなく、一種の人種的偏見だろう。それよりも、マテ=ブランコや中沢新一氏が捉えたように、人間なら誰もがもつ潜在意識の中に「対称性論理」が宿っていて、そういう“深い心”が自分を自然の一部としてとらえ、自然の中で充足する心を発現するのだと考える方が事実に則していて、説得力があり、したがって魅力的である。
 
 対称性論理と関係が深いと思われるものに「罪」と「罰」の概念がある。我々人間は、何か不幸なことに遭遇すると、それは自分が間違ったことをした結果だと考えがちである。この考えには、何か明らかな具体的失策があって、それが原因でかくかくしかじかのことが起こり、最終的に自分にふりかかる不幸となった……などという論理性があるのではなく、自分がある日、腹痛になったら、自分が何か悪いことをしたからだと“直感”するのである。食べたものが中国製のギョーザであり、その中に毒物が混入していたために腹をこわしたとしても、「中国製の食品を食べた自分が悪い」などと思うのである。論理的に考えれば、この場合の“悪者”は、ギョーザに毒物を混入させた中国人の誰かであることは疑いがない。その人が加害者であり、自分は被害者であることは明らかだ。しかし、被害に遭ったのは自分のせいだ、と考えがちである。
 
 これがどうして対称性論理か? それは、「誰かが自分に対して悪いことをした」ということを、潜在意識では「自分が誰かに対して悪いことをした」と置き換えて考えるからである。この場合、「誰か」と「自分」は別だと考えるのが非対称性論理であり、通常の理性的判断である。しかし、我々の潜在意識の中には同時に対称性論理が働いているから、そこでは「誰か」と「自分」とが同一のものとして捉えられる。そして、人間の心はマテ=ブランコがいう“二重論理構造”(bi-logical structure)をもっているから、腹痛を起こした本人は、覚めた意識では「毒物を入れた中国人が悪い」と思いながらも、心のどこかで「それを食べた自分も悪い」などと考えるのである。
 
「罪」と「罰」は宗教上の概念でもある。神を信じる人々は、昔から自分たちの不幸の原因を創造主である「神」に帰することはなく、自分たちに原因があると考えた。自分たちに罪があるから、その結果として神が罰を自分たちに下される--こういう考え方は、『創世記』の“禁断の木の実”の昔から現代にいたるまで続いている。それは「真理」というよりは、対称性論理で動く我々の潜在意識の創作なのである。

 谷口 雅宣

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2008年10月 3日

対称と非対称 (4)

 前回、この題で書いてから10日ほどたってしまったが、その時に立ち戻れば、私は対称性論理(対称的関係)について、それは無意識の領域だけでなく、神話や宗教の教えの中にも多く含まれることを、例を挙げて示していたところだった。対称性論理を例示すれば、それは「Aは非Aではない」というように物事を截然と切り分けずに、「A」と「非A」の間に、別の「X」という共通点を見出し、それに注目して「Aは非Aでもある」と考える論理である。簡単な例を示せば、「日本人も中国人も同じ東洋人だ」などと考えることだ。これに対し、「日本人と中国人はものの考え方がまったく違う」などと考えるのが非対称性の論理である。

 私は、この例に限定しない一般論として、いずれの考え方も必要だと思う。なぜなら、どちらの考え方もそれなりに正しいからだ。双方がそろって、初めて正解と言えるだろう。だから、どちらか一方を選ばねばならないと考えるのは、間違いだ。ただし、それぞれの論理の適用場所を誤ると、現実社会においては大事に至ることがある点に留意しなければならない。例えば、「日本人も中国人も同じ東洋人だからパスポートなどいらない」と考えて成田空港へ行ったり、その逆に「日本人と中国人はまったく別だから、目を合わせてもいけない」などと考えて国際スポーツ競技に参加すれば、問題が起こることは容易に想像できる。

 クマと人間との関係にも、このことは言える。クマは人間にとって“敵”であることもあれMtimg081003 ば、“仲間”であることもあるのである。地球温暖化を警告するのに、融けかけた氷原を行くホッキョクグマの写真が使われることがある。また最近、このクマは絶滅危惧種に指定された。これらの事実は、外見は大いに違う人間とホッキョクグマの間に共通点を見出し、それに注目して「人間も彼らと同類だ」あるいは「彼らも人間と同類だ」と考える対称性論理にもとづいている。これに対し、山菜採りやキノコ採りの際、鈴やラジオを腰に下げて山へ入るのは、「彼らは人間とは異質だ」という非対称性論理にもとづく行動である。このどちらの論理も人間にとって必要だ、と私は思う。そして、普通の人間は双方を同時並行的に使って生きている。このことを、マテ=ブランコは「二重論理」(bi-logic)と呼んだのだろう。

 ブタやウシなどの家畜の場合は、この関係が怪しくなる。私は、先進国の都会に住むほとんどの人間は、これらの家畜に対して非対称性論理のみを使っていると考える。その意味は、「ブタやウシは人間とは異質だ」という考えを徹底させて生きているということだ。彼らは、動物性蛋白質の摂取源としてしか見られていない。現代の食肉産業には、彼らも我々と同じ生き物であり、喜怒哀楽の感情を抱くという事実を無視するための配慮が随所に施されている。まず屠殺場が、一般人から隔離されている。そこへ送られる家畜たちが、どのような反応をするかは隠されている。食肉工場での解体作業も、一般社会から隔離されている。もちろん労働者は一般人であるが、そこでの解体作業は、機械的な流れ作業の中で、喜怒哀楽を感じることのないように整然と行われねばならない。

 こうしてできた肉製品は、ハム、ソーセージ、ハンバーグ、ミートボールのように、できるだけ原形を残さないように加工される。そして、ワックスで光る果物や、泥の痕跡がまるでない野菜と同じ店で売られている。我々の子供たちには、まさにそういう肉製品が与えられるから、彼らは家で飼っているイヌやネコと変わらない哺乳動物を、毎日殺して食べていることなど知らずに育つのだ。このような社会のシステムは、人間として生きるのに必要な「対称性論理」を身につける機会を、子供たちから奪ってきた、と私は考えるのである。
 
 谷口 雅宣

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