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2008年9月30日

札幌で見た虹

 9月28日に札幌市で生長の家の講習会があり、その前日に同市入りした。千歳空港から札幌までの途上、自動車の窓から見える広大な農地や森を堪能しただけでなく、雲の美しさに見入っていた。狭い東京の空と比べると、頭上360度に広がる空の大きさに加え、その日は雲の多さと多様さに感動した。西に傾く陽光を受けて、灰青色、桃色、金色に輝く雲の存在感は、背景の空の青が濃いことも手伝って、圧倒的だった。車中、手元にデジカメを持っていなかった私は、隣席の妻のカメラを借りて2、3枚写真を撮った。

 自動車専用道路が札幌市内に入ってまもなく、行く手右側の雲間に向かって、住宅地から虹が立ち上がっているのが見えた。「へえーっ」と驚いて妻に声をかけ、彼女も感動の声を上げた。赤-橙-黄-緑-青-藍-紫と、7色のグラデーションがきちんと見える。そんな鮮やかな虹を見るのは、何年ぶりかと思った。ホテルに着くと25階の部屋へ入った。とたんに、正面の窓から見える曇り空に大きな虹がかかっているのに気づいた。幸せな夫婦は、こうして歓声とともにデジカメ撮影を始めたのだった。
 
Rainbow  虹は夏の季語である。ということは、日本では秋にはめったに見えないのだろう。夕虹と朝虹があり、夕虹は東に、朝虹は西に立つ。夕虹が立てば翌日は晴れ、朝虹は雨、と言われるらしい。
 
 美しい虹は、神話や伝説によく登場する。その形状と美しさから、よく「天と地を結ぶ通路」として考えられてきた。北アメリカ原住民のプエブロ族(プエブロ・インディアン)の間では、毎年冬になると、虹の橋をつたって祖先の精霊が降りてきて、彼らの間に滞在すると信じられてきた。だから北アメリカでは、虹は冬によく出るのだろう。また、古事記では、イザナギノミコトとイザナミノミコトが国産みをする際、アメノヌボコで下界をかき混ぜるために立った場所--天の浮橋--は、虹のことだと解釈できる。さらに、ヨーロッパには、虹の下を通り抜けると男女の性別が逆転するという言い伝えが広くあるという。これなどはロマンチックに聞こえるが、実際は虹の下を通り抜けることなどできないから、性別逆転は“見果てぬ夢”ということだろう。しかし、虹は見れば見るほど、その下を簡単に通り抜けられそうに見えるのだ。
 
 行けどゆけど大虹のしたぬけきれず (宇咲冬男)
 
 谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

 当地ハワイの日本語のラジオ放送を時々聞いておりますと、「この放送は虹の街、ホノルルからお届けしています」とアナウンスされるほど、ここでは虹をよく見ることができます。それも、ものすごいくっきりとした虹、二重にかかった虹、あるいは道路を横断している虹など、日本では見ることができない虹も堪能することができます。

 あるとき山道のハイウェイを走っていましたら、道路にアーチのように虹がかかっていたことがありました。同乗していた4歳の娘が、「パパ、目の前に虹だよ!」と興奮気味に話していたのでよく覚えています。ヨーロッパの言い伝えが本当としますと、ここでは性別転換ができることになってしまいます。(笑)

 ハワイ
 阿部 哲也 拝

投稿: 阿部 哲也 | 2008年10月 1日 09:04

テレビ番組でも良いですから一度虹をヘリコブターで潜り抜け見せて貰いたいですねえ、、、(笑)

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年10月 1日 11:58

子供の頃、虹の始まりをみた事があります。大地から虹が生えてる感じ。そこは雨と晴れとの境目がはっきりと区切られた所でもありました。まるで道路に線が引かれたかの様に、「ここまで雨、ここから晴れ」となっていました。そこから始まった虹は空に大きなアーチを描き、遠くのどこかでまた大地に着地しているのだと思います。けれどもそちらの方から見れば、そちらが始まりで、私の方が虹の着地点かも知れません。大人になって飛行機の窓から見えた丸い虹は、円状なのでどこが始まりか、終わりなのかわかりませんでした。私は思います。子供の時はすべて今ここが始まりと思い、大人になると始まりと終わりを永遠に繰り返していくと知る。虹はそんな事を教えてくれました。

投稿: Y.S | 2008年10月 1日 13:07

雅宣先生、合掌ありがとうございます。僕もたぶん函館で虹をみたことがあります。とてもきれいでした。最近、めっきり見ていません。先生のお写真、本当に綺麗でした。美しいです。みせていただき、ありがとうございました。

投稿: 奥田健介 | 2008年10月 2日 08:22

阿部さん、

>>ヨーロッパの言い伝えが本当としますと、ここでは性別転換ができることになってしまいます。(笑)<<

 興味ある話、ありがとうございます。確認したいのですが、貴方は実際に虹の下をくぐった経験があるのですか?
 

投稿: 谷口 | 2008年10月 2日 15:56

谷口雅宣先生

>> 確認したいのですが、貴方は実際に虹の下をくぐった経験があるのですか? <<

 半年ぐらい前のことですので、虹の下をくぐったのか、虹をつき抜けて通ったのかは定かではないのですが、虹が道路をまたいでいてそこを通り抜けた記憶は鮮明に残っております。しかし、「ヨーロッパの言い伝えが本当としますと、ここでは性別転換ができることになってしまいます」と断定するのは、正確さに欠けておりました。失礼いたしました。

 阿部 哲也 拝

投稿: 阿部 哲也 | 2008年10月 3日 07:40

阿部さん、

 ご返事、ありがとうございます。

>>半年ぐらい前のことですので、虹の下をくぐったのか、虹をつき抜けて通ったのかは定かではないのですが、虹が道路をまたいでいてそこを通り抜けた記憶は鮮明に残っております。<<

 しつこいようですが、確認させてください。「そこを通り抜けた」と書いていますが、通り抜けた場合は、通り抜けた後で、車の上から後ろを振り向いて、そこにまだ虹があることが確認できるはずですが、そういう確認をなさったのですか? それとも、虹に近づいていったら姿が見えなくなったので、「通り抜けた」と解釈したのではないのですか?

 私がシツコクこれを聞くのは、虹は物理現象ではなくて光学現象のはずだからです。物理的には「虹」というものは存在しないはずです。それは「虹のように見える」だけですから……。

投稿: 谷口 | 2008年10月 3日 13:50

谷口雅宣先生

>> それとも、虹に近づいていったら姿が見えなくなったので、「通り抜けた」と解釈したのではないのですか?<<

 はい、その通りです。目測では虹を通り抜けているはずなのに、そこには何も存在しなかったのですが、確かに通り抜けたはずだ、と今日まで思っておりました。先生のご説明を拝読して、目で見たものを「ある」と思う心の働きが強いということを改めて感じました。

 阿部 哲也 拝

 

投稿: 阿部 哲也 | 2008年10月 3日 16:43

 谷口 雅宣先生

≪虹は物理現象ではなくて光学現象のはずだからです。物理的には「虹」というものは存在しないはずです。それは「虹のように見える」だけですから……。≫

というご文書を拝読致しまして、感動致しました、そのことを言葉でどのように表現したら良いか分かりませんが、私の心の中にある何かが物凄く喜んでいる共鳴しているかんじです。

 そして次に、“悪い現象”もあると自分では思っていても本当は無いのだ、ということを思いました。

 それと全然関係の無いことですが、「虹」という言葉は確か、札幌冬季オリンピックのテーマソングの歌詞に使われていた。ということを思い出しました。

 志村 宗春拝

投稿: 志村 宗春 | 2008年10月 4日 17:14

う~ん、、、そうですか、、、虹は物理的現象ではないのですか?私は学者ではありませんので良くは解かりませんが虹の出る状況から見て人間には見えない物質同士の物理的現象だと思っているのです、例えば水が蒸発して無くなったとしても人間の目に見えないものに姿を変え(物質)太陽の光子(物質)とその他様々との縁で美しい虹となるのではないか?テレビ番組のオーラの泉でよく言われる"オーラ"とかエンジェルの頭にあるオーラは物理的現象だとは思いませんが、、、只その虹も近ずくと角度か何かで目には見えなくなるのではないか?だから潜り抜ける状況を客観的に捉えられないのではないか?それで性別転換ができるなどと言うジョークが生まれたのではないか?と思うのですがどんなものでしょうか?

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年10月 6日 20:56

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