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2008年9月13日

ペイリン氏の“危うさ”

 日本の自民党総裁選挙は、何となく仕組まれた感じで面白くない。最初から当選者が決まっているのに、決まっていない振りをして、メディアの注目を得たい人たちが立候補の制度を利用している……そんな気がする。そう感じる最大の理由は、本当の意味で麻生氏の“対抗馬”となれる人(谷垣氏など)が立候補していないからである。が、まぁ、そういうのが日本の政治だと思えば、次に首相となる人の外交政策も、従来とはかけ離れることはないから心配しなくてもいいのかもしれない。ところが、二大政党制をとっているアメリカの場合、政権党が交替すると、大統領府の人間だけでなく、国務省上層部の役人まで交替することになるから、外交政策が一変する可能性が生まれるのである。そういう意味で、日本の政権交替よりもアメリカの政権交替の方が、世界に及ぼす影響が格段に大きいと言える。だから、アメリカの大統領選挙は確かに文字通り“対岸の火事”ではあるが、政治・経済で密接な関係にある日本人にとっては、自国の首相の交替よりも影響が大きい場合がある。

 そんな理由から、ブッシュ大統領の“跡目”を狙う共和党の大統領・副大統領候補の資質は、少なくとも私にとっては大きな関心事なのである。多くの読者はご存じのように、これまでは民主党のオバマ上院議員が有利に進めてきた選挙戦だが、共和党がアラスカ州の女性知事、サラ・ペイリン氏(Sarah Palin)を副大統領候補に決めてからは、情勢は逆転し始めている。民主党のヒラリー・クリントン氏を支持していた女性票の多くが、ペイリン氏を擁する共和党へ流れ始めたからだ。外国人である私は、アメリカ人が自国の指導者を選択することに干渉するつもりは毛頭ない。が、ブッシュ氏の政策によって日本も大いに振り回されてきたことに加え、“一国主義”的な外交政策のため、地球全体の問題として解決すべきことが疎かにされがちだったことを思えば、少なくとも「希望」ぐらいは言わせてもらえるだろう。
 
 その希望とは、新しいアメリカ大統領府は「外交」や「国際関係」を疎かにしないでほしいということだ。13日付の新聞報道などによると、ペイリン氏はこのほど指名後初めてメディアのインタビューに答えて、外交政策について語ったという。具体的には、ペイリン氏は11日にABCテレビのアンカーマンであるチャールズ・ギブソン氏(Charles Gibson)とのインタビューに応じ、外交・安保政策について語った。13日付の『朝日新聞』によると、ギブソン氏がこの重要問題について、ペイリン氏に経験と能力があるかと単刀直入に質問したら、彼女は「あります。用意はできている」(Yes, I'm ready.)ときっぱりと答えたという。ところが、次に「外国の首脳と会った経験は?」という質問には「ありません」と答えたという。まぁ、このぐらいの経験のなさは新人候補としては仕方がないだろうが、私が驚いたのは、副大統領ともなれば核超大国であるアメリカの軍隊を指揮する可能性が出てくるのに、「ブッシュ・ドクトリン」を知らないらしいのだ。
 
 この軍事ドクトリンは、昔からの本欄の読者ならば「先制攻撃論」という名前で私が言及してきたものだから、まだ覚えている方も多いと思う。詳しくは、2002年6月11日の本欄「先制攻撃の道」を参照してほしいが、「9・11事件」の後にブッシュ大統領が“悪の枢軸”と定めた国やテロリスト集団に対して、「オマエらが攻撃をしかけなくても、攻撃の危険性が増したとオレが判断したら、自国防衛のために先制攻撃をかける」と宣言したその考え方だ。この軍事思想は、それまでのアメリカの軍事理論を覆すもので、その理論の延長としてアフガニスタン侵攻や、イラク戦争が行われたと考えられるのである。また、北朝鮮が核兵器開発に走ったのも、ブッシュ氏のこの理論が少なからず影響しているとも考えられる。そういう問題性と影響力の大きい政治・軍事理論について、副大統領候補者が知らないというのでは、同盟国に住む者としては安心できないのである。
 
 ペイリン氏は、外交・防衛政策についてマッケイン陣営の専門家からブリーフィングを受けていなかったのではない。13~14日付の『ヘラルド・トリビューン』によると、彼女はこのインタビューを前に、マッケイン陣営の何人もの政治・政策アドバイザーから想定問答の訓練を受けていたという。にもかからず、ギブソン氏から「貴女はブッシュ・ドクトリンに賛成ですか?」と訊かれた時、質問の意味が分からず「どういう面でかしら、チャーリー?」と逆に質問したという。ギブソン氏が「貴女はそれが何だと思いますか?」と訊くと、彼女は「彼の世界観かしら?」と自信なさげで、ついにギブソン氏は「そうじゃなくて、2002年9月、イラク戦争の前に発表されたブッシュ・ドクトリンです」と半分答えてあげるはめになったという。
 
 このことから考えると、アメリカ共和党の副大統領候補は、これから核問題を含めた外交・防衛政策について勉強しなければならないのだ。それに比べ、民主党の副大統領候補は上院外交委員会の委員長を務めてきた人だから、よほど安心感がある。とにかく、“対岸”にいる私としては、次期のホワイトハウスが、ブッシュ氏とは違って、国際的な協調路線を採ってくれることを切に希望するのである。
 
 谷口 雅宣

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