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2008年9月27日

環境と「環世界」

 本欄ではかつて「“百万の鏡”が映すもの」と題して5回にわたって現象顕現の法則について書いた。現象顕現の法則とは、一見“客観的”に存在していると思われる私たちの周りの世界(外界)は、実はそれぞれの人の“心の反映”としてある--という原則のことである。聖経『甘露の法雨』では、このことを「感覚は信念の影を見るにすぎず」などと表現している。仏教的には、「三界唯心」「唯心所現」などと言われる。この原則を言い換えれば、人間は人間の感覚でつくった世界に住み、動物や植物は、それぞれのもつ感覚に相応した世界に棲むということになる。しかし、自然科学の分野では、そういう考え方をせずに、私たちの外側には自然法則に支配された客観的で堅固な世界(外界)が存在しており、その中に個々の生物が棲んでいる、と考えることが多い。
 
 そう思っていたところ、生物学者の中には「唯心所現」に近い考え方をもつ人もいることを知った。この人は、エストニア出身のヤーコブ・フォン・ユクスキュル(Jakob von Uexkull, 1864~1944)で、ドイツで動物学や動物比較生理学の研究をして「環世界」(Umwelt)という考え方を打ち出した人だ。ユクスキュルの『生物から見た世界』(岩波文庫、2005年)を翻訳した動物行動学者の日高敏隆氏によると、この「Umwelt」というドイツ語は、もともと客観的な「環境」のことを意味していて「Umweltprobleme」といえば「環境問題」のことだという。ところが、このドイツ語はドイツで発祥したオリジナルな言葉ではなく、デンマークの詩人による1800年あたりの造語であるというから、「環境」という考え方自体が世界的に新しいものであることが分かる。なお、「環境」を意味する英語は「environment」、フランス語は「milieu」であるが、ユクスキュルのいう「Umwelt」に相当する英語は存在しないという。したがって、日高氏は「環世界」という言葉を造語して、この本の中で使っている。

 では「環境」と「環世界」とはどう違うのか? 前者は、冒頭で述べたように、自然法則に支配された客観的な世界である。ここで「客観的」という意味は、人間ならば誰でもそう感じるという意味より、もっと広い意味での「客観的」である。つまり、「どんな生物にとっても等しく感じられる世界」を仮定しているのである。しかし、この仮定が成り立つ根拠はきわめてあやふやだと言わねばならない。もちろん、人間ならば誰でも(色弱、色盲の人を除いて)「空は空色である」ことに同意するだろう。が、ほとんどの動物は人間とは異なる色覚をもっているか、あるいは色覚などもっていないので、空を空色とは感じない。また、雲を「白」や「灰色」とは感じないし、植物の葉は「緑」ではないし、「赤いバラ」も「黄色いキク」も存在しない。その場合、広義の意味での「客観性」という概念そのものの根拠が薄弱となる。その代り、各生物が種それぞれに様相の異なる世界を感覚していて、その感覚したものを自分の外側に「存在」として感じている--という事態が想定される。この事態を分かりやすいイメージとして描けば、それはちょうど、各生物が自分の周りをシャボン玉のような不可視の“膜”で覆っているような状態である。それは、自分の周りを“環”のように包み込む世界だから、「環世界」と呼べるのである。
 
 日高氏は、この2つの概念の違いを、こう述べている--
 
「客観的に記述されうる環境(中略)というものはあるかもしれないが、その中にいるそれぞれの主体にとってみれば、そこに“現実に”存在しているのは、その主体が主観的につくりあげた世界なのであり、客観的な“環境”ではないのである。(中略)それぞれの主体が環境の中の諸物に意味を与えて構築している世界のことを、ユクスキュルは Umwelt と呼んだ。それは客観的な“環境(Umgebung)”とはまったく異なるものである」(同書、pp. 163-164)。
 
 ユクスキュルは、こういう考え方にもとづいて、人間以外の生物の感覚に肉薄して、生物の環世界を人間に理解できるように再構成しようとした稀有な学者である。私は、『心でつくる世界』(1997年)などの中で、ユクスキュルと同様の考え方を生長の家が主張しているだけでなく、それと同じものが仏教にもあることを指摘した。しかし、そこからさらに一歩進んで、別種の生物の感覚を理解しようなどとは考えなかった。なぜなら、そんなことは不可能だと思ったからである。が、その不可能に挑戦して、別種の生物の感覚を我々人間の理解に近づけようと努力した生物学者がいたという事実は、驚きだった。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○ユクスキュル/クリサート著、日高敏隆・羽田節子訳『生物から見た世界』(岩波文庫、2005年)

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