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2008年9月17日

対称と非対称

 無意識の研究については、シグムント・フロイト(Sigmund Freud, 1856-1939)やカール・ユング(Carl Gustav Jung, 1875-1961)が有名だが、チリで生まれ、イギリスで精神分析・精神医学を学び、アメリカで研究を深め、ローマでも活躍した精神分析家、イグナシオ・マテ=ブランコ(Ignacio Matte-Blanco, 1908-1995)が行った、数学や論理学を駆使した研究は、多くの示唆に富んでいる。彼はその中で、無意識には覚醒中の論理とは異なる独特なものがあるとして、13の特徴を挙げたが、その分析の基本に数学の集合論を用いた点、心の研究にフロイトやユングにない新たな地平を開いた人物として評価できるだろう。
 
 難しいことをできるだけ平易に表現してみると、マテ=ブランコによると、我々の思考は世界から2つの概念(集合)を切り出して、それらの関係性を組み立てることで行われるという。簡単な例を挙げれば、私は今、ノートパソコンを使って文章を書いている。この認識(思考の産物)を形式化すると--
 
 私(A)は  文章(B)を  ノートパソコンで書いている(C)
 
 --となる。
 
 Aという事物と、Bという事物があり、その関係はCで表される。文法的に言えば、Aが主語、Bは動詞(書く)に媒介された目的語である。この関係を逆転させると--
 
 文章(B)は  私(A)を  ノートパソコンで書いている(C)
 
 --となり、世界の実情とは違う意味不明の文章となる。
 
 このように、関係の逆転が成立しないような関係を「非対称的関係」(asymmetrical relationship)とマテ=ブランコは呼んだ。これに対して、世界を構成する2つの要素の関係Mtimg080918_2 を逆転しても意味が変わらないものもある。それは例えば、私と本欄の読者が共に日本人であるという関係である。(これには少数の例外もあるが、今はそのことを問題にしない)この認識を形式化すると--
 
 私(A)と  読者(B)は  日本人である(C)
 
 --となり、これを逆転すると、
 
 読者(B)と  私(A)は  日本人である(C)
 
 --となって、意味は変わらない。
 
 このような、関係の逆転が同じ意味であるような関係を「対称的関係」(symmetrical relationship)と彼は呼んだ。こうして、我々が周囲の世界を概念(集合)の集まりとその関係として見るならば、あらゆる認識が対称的または非対称的関係の中に収まる--
 
 彼は電話をくれる (非対称)
 雨が空から降る (非対称)
 彼女は空腹を感じる (非対称)
 あなたは生長の家の会員である (非対称)
 私は犬を飼っている (非対称)
 日本は世界の一部である (非対称)
 鳥と獣は違う (対称)
 …………
 これらの例では、「非対称」が「対称」的関係より多い。そのことから分かるように、我々の周囲の世界では、一般に対称的関係は非対称的関係ほど多く見られない。そういう認識が我々が通常--つまり、目が覚めている時に--見る世界である。ところが、マテ=ブランコによると、我々の無意識は、非対称的関係を対称的関係として取り扱うことが多いというのである。
 
 谷口 雅宣
 
【参考文献】
○I.マテ-ブランコ著/岡達治訳『無意識の思考--心的世界の基底と臨床の空間』(新曜社、2004年)

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コメント

簡潔な説明を有り難う御座いました。この本は難しそうなので読むかどうか分かりませんが、無意識こそが我々の幸福感を決定する以上、無意識の論理を優先する姿勢をとらなければ、幸福にはなれないと思われます。イグナシオ∙マテ∙ブランコが無意識の論理を明るみに出そうとし、無意識の論理を優先させる必要を論理的に説明した事は、人生論、幸福論の観点から、大きな導きを与えてくれると思われ、彼の功績は大きいと思われます。私はローマに住んでいますが、マテ∙ブランコの思想が即興演劇をやる人々に影響を与えているのを、最近知りました。「今ここの経験を生きる」事を大事にすると云う意味で演劇を楽しむためです。ご自愛を。

投稿: Hal Yamanouchi | 2014年4月 2日 10:43

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