スズムシが鳴きだした
2~3日前から、家で飼っているスズムシが鳴きだした。最初は小さく、たどたどしく鳴いていたものが、やがてリーン、リーンという大きな音で、他のスズムシと羽を合わせて合奏するようになる。その音を聴いていると、不思議と涼感を覚える。スズムシは「鈴虫」と書くのが本当だが、「涼虫」という文字がつい頭に浮かぶのである。
わが家では、スズムシを昆虫飼育用の透明プラスチックのケースに土を入れて、飼っている。こうしておけば、秋になって死に絶えた後も、ケース内の土を残して掃除した後、冷暗所に置いておくだけで、土中に産みつけられた卵から翌年また子孫が生まれる。その前に、ケースの土に霧吹きで湿り気を与えることが必要だが、今年は、その作業の手違いから、白カビが発生してしまい、孵化した子虫の数は少なかった。ところが、隣家の母のところでは孵化がうまくいって、「数が多すぎる」ということで、虫が大勢引っ越してきた。母の家では、スズムシをもう数十年飼っていて、子虫が生れるとわが家にも“お裾分け”が来るのである。今年は、そのおかげで助かった。これで約1カ月間、夜間に涼しい音を聞き続けることができる。
庄野潤三氏の小説に『山田さんの鈴虫』というのがある。近所に住む山田さんから「スズムシがいっぱいかえったからいりませんか?」と電話がかかってきて、奥さんが「うれしいわ」と言うと、かごに入れて届けてくれるのである。その時期は「9月のはじめ」と書いてある。正確には9月1日で、この後、「鳴かなくなるまで」という約束で約1カ月飼い続け、10月11日に再び山田さんに返すのである。この作品が発表されたのは『文學界』の2000年1月号だから、原稿が書かれたのは、恐らくその前年の10月ごろだろう。私がなぜこのように時期にこだわっているか、賢い読者はもうお分かりだろう。今日はまだ8月2日なのだ。ということは、庄野氏がこの文章を書いた今から9年前と比べると、スズムシが鳴き始める時期が1カ月早いことになる。庄野氏は川崎の生田に住んでいるから、気候は東京とほぼ同じと考えていい。とすると、これは温暖化の影響か?
スズムシが卵からかえる時期は、もちろん年によって多少違うことはあるだろう。また、自然にかえすのでなく、人工的に孵化させる場合は、霧吹きを始める時期や、卵の入った土を保管してある部屋の温度とも関係があるだろう。さらに、私の手元にある百科事典には、スズムシの「成虫は8月ごろから出る」とあるから、庄野氏が上の作品を書いた年が、たまたま孵化が遅かっただけかもしれない。
今日も暑かった。東京は32℃ぐらいになっただろうか。東海より西では、さらに気温が高くなるとの予報だったが、実際どこまで上がったか私は知らない。読者の方々も熱中症などにならぬよう、気をつけてお過ごしください。暑さがこたえる時はスズムシの鳴き声でも聴いて、涼気を感じていただければ幸甚である。その一助として、わが家のスズムシの合唱を以下に掲げる。
谷口 雅宣
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コメント
合掌すずむしのなく声を聞かせていただき、 暑い夏の夜が、一遍に涼しくなりました。 有難うございます。
こんなに早く鳴き出すとは、温暖化のせいだと、素直に思ってしまいます。温暖化の中でも生き抜いていく昆虫たちのためにも出来ることから、 一つ一つ進めていかなくてはと思いました。 古谷正
投稿: 古谷正 | 2008年8月 3日 22:58
古谷さん、
福岡でも、もう鳴いているのですか?
投稿: 谷口 | 2008年8月 4日 23:20
合掌イエイエ先生の録音された「涼虫」の声です。古谷正拝
投稿: 古谷 | 2008年8月 5日 08:55
合掌 ありがとうございます。涼虫・・良い響きですね。1週間ほど前、犬の散歩中草むらから虫の声。もう? 昼間はうだるように暑いのに秋の気配と思ったのですが、今日の鈴虫のお話を読ませていただき、温暖化を肌で感じました。昨日早朝1ヶ月ぶりの雨の音に目をさましましたが、短時間に心配するような雨でした。ありがたい雨も、今日の東京のマンホールの事故、河川の突然の増水の事故、身近で起こる予期できない自然の力に対応できる感覚を取り戻す時期なのでしょうか・・・。 再拝 諌山綾子拝
投稿: 諌山綾子 | 2008年8月 5日 22:35