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2008年8月10日

南オセチア紛争が拡大

 8月8日、63年前の長崎への原爆投下を想いながら、日本では多くの人々が“平和への誓い”を確かめ合っていたころ、ロシアは隣国グルジアへの軍の増派を開始、プーチン首相は「事実上、南オセチアでは戦争が始まった」と宣言した。同首相は、“平和の祭典”と呼ばれるオリンピックの開会式に出席していて、ちょうど同じ場所に同じ目的で居合わせたアメリカのブッシュ大統領と顔を合わせて、そう言ったのだ。ブッシュ氏はこれに対し、「誰も戦争を望んでいない」と早期の事態収拾を期待する考えを示した--9日付の『日本経済新聞』はそう伝えている。両者の心中がどうであるかは分からないものの、世界の大多数の人々が平和を望んでいても、戦争は起こるということを如実に示す象徴的な1コマではないだろうか。

 戦火拡大の大きな要因には、グルジア共和国内の南オセチア自治州が、“分離独立”を目指してナショナリズムを拡大していることが挙げられる。ここは人口が10万人で、うち6~7割がイラン系の言語を話すオセット人で、他はグルジア人だ。この自治州の北方のロシア領内には同じ民族が住む北オセチアがあり、民族的に分断されている。一方、グルジアは旧ソ連崩壊とともに独立した国だが、独立後には欧米への接近を強めているため、ロシアはそれを快く思っていない。特に、グルジアの現政権は“国家統一”のナショナリズムを掲げ、対ロシア軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)に加盟する動きを示している。ロシアはこれに対し、南オセチア自治州への接近を図り、そこの住民にロシア国籍を与えるなど、政治的・軍事的な牽制を行っている。
 
 こういう複雑な事情のある中で、欧米諸国は“西側”への加盟を目指すグルジアを支援している。これはイデオロギー的親近感だけが理由ではなく、エネルギー問題が密接にからんでいる。本欄でも何回か書いたが、ロシアは旧ソ連から分離独立して“西寄り”に動いたウクライナ共和国に対して、石油の大幅値上げを行い、これに従わない同国に一時、石油の供給を止めた。が、ロシアからウクライナを通る石油のパイプラインは、その先がヨーロッパに続いているから、これによってドイツやフランスなどへの石油の供給にも不安が生じたのだった。エネルギーを政治目的に使うロシアの外交姿勢に不安を感じた西ヨーロッパ諸国は、ロシアの影響が少ないルートを確保する動きに出ているが、その1つがグルジア領内を通っている。これは、BTCパイプラインと呼ばれ、カスピ海のバクー沖から産出される原油を、グルジアのトビリシ経由でトルコの港・ジェイハンまで運ぶルートだ。これを主導するのが、イギリスのBPやアメリカのシェブロンなどの石油メジャーである。日本の伊藤忠商事や国際石油開発も、このルートに権益をもっている。
 
 このように見てくると、最初に描いたブッシュ大統領とプーチン首相の会話が、普通の挨拶ではないことが分かるだろう。2人は「平和を望んでいる」ことはその通りかもしれないが、その「平和」とは、自国や同盟国の“国益”に反する場合には、犠牲になっていい種類の平和なのである。今回のロシアによる紛争拡大は、そのことを有力に示している。9日付の『日経』は、こう書いている--ロシア政権筋は「グルジア内の紛争状態を続けることがロシアの国益」と指摘。この数カ月間に分離派自治州への経済支援の強化と同時に、グルジア政府軍偵察機の撃墜や同国への領空侵犯などを繰り返していた。
 
 こうして、人口10万人の“小国”のナショナリズムは大国ロシアに見事に利用され、それに対して、グルジアのナショナリズムは自国統一のために“小国”攻撃に乗り出し、それに対して大国ロシアは戦線拡大を行って、西側諸国に揺さぶりをかけているのである。ロシアのこの“危険な賭け”も、かつて自国の“配下”だったウクライナやグルジアが西側へ動き、NATOが拡大する動きに対するナショナリズムだと見ることができる。すなわち、“往年の栄光の回復”である。だから、ナショナリズムを利用する国際政治は、戦争への危険を孕んでいることを忘れてはいけない。
 
 谷口 雅宣

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