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2008年8月14日

本欄が書籍に (6)

 すでに一昨日の本欄で触れたが、このブログの文章等を集めた単行本の11巻目、『小閑雑感 Part 11』(=写真)がまもなく世界聖典普及協会から出版される。正式の発行日はPart11_bg 9月1日だが、版元では宇治の大祭に間に合わせようと諸準備を急いでいる。今回の本が扱う時期は、約1年前の2007年7月から10月までの4カ月間で、81篇が収録されている。特徴と言えるのは、イスラームに関する文章を初めとして宗教や哲学に関するものが全体の65%(53篇)と多いこと。それにともない、地球環境問題に関する記述が相対的に減った。しかしこの問題は、すでにマスメディアが日常的に取り上げるようになっているので、私でなければ言えないことは、それほど多くない。
 
 ただ、地球温暖化とそれにともなう気候変動は、ノーベル平和賞をとった国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、受賞当時に予測したよりも急激に進んでいる可能性が高い。だから、本書の「はじめに」にも書いたように、各国の指導者たちはこれを“非常事態”として認識し、強力なイニシアティブによって低炭素社会への産業構造の抜本的変革を行ってほしいのである。以下、「はじめに」から引用する--
 
 地球温暖化は、(人類にとって)巨大で複雑な地球全体の気候システムが「温暖化」へ向っていく現象だから、個人や1国の努力だけではどうにもならない側面をもっている。が、逆に、少しでも多くの個人と国家が温暖化抑制の方向に動かなければ、止められない現象である。また、現在の気候システムには“引き返せない地点”(a point of no return)があると言われていて、その地点まで温暖化が進めばシステム全体が従来とは変質してしまい、もとへもどれなくなると考えられている。これを譬えれば「滝に向かって進む船」のようなものだ。滝から逸れるために舵を切るのでは、間に合わないかもしれないのだ。船の速度が速く、滝の流れが急激であれば、落下から免れる唯一の方法は、左や右へ“舵を切る”のではなく、船を逆行させることだ。そのためには船全体に負担がかかり、転倒したり、マストから落下して犠牲者が出るかもしれない。しかし、船全体と乗組員の大多数は助かるのである。

 --私がここで「船を逆行させる」と言っているのは、化石燃料の利用をやめることを指す。いきなりやめるわけにはいかないから、「増やさない」ところから始めて、早く「減らす」方向へ産業全体を誘導すべきである。これは日本1国のことではなく、地球全体でその方向へ進む合意に達する必要がある。そのための途上国への技術支援と、制度的枠組みの整備を先進国は一致団結して進めるべきと思う。

 この文脈の中で、宗教運動に何ができるだろうか? 現在の資本主義経済は一種の“欲望増幅装置”のような役割をはたして地球資源の枯渇を加速させている。だから私は、宗教はその欲望を沈静化し、「足るを知る」倫理を広め、さらには「与える」喜びを拡大していくべきだと思う。すでに与えられている全てのことを十分味わって感謝し、余分のものは他へ回していく。そういう布施や、菩薩行、愛行の原動力として、宗教は進むべきである。地球温暖化時代には、宗教者の役割は実に大きいと言わねばならない。
 
 谷口 雅宣

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