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2008年7月22日

現代のイスラーム理解のために (8)

 前回の本欄では、19世紀から20世紀にかけての西洋列強の植民地政策と、イスラーム内部からの近代化志向、世俗化推進派の人々の台頭によって、"宗教的権威の空白状態"が生まれたことを述べた。この宗教的権威の空白状態の中で、厳格主義的な思想が受け入れられる素地が生まれた、というのがエルファドル氏の分析である。また、イスラーム研究家の小杉泰氏は、これに加えてナショナリズムの勃興が、従来からあった「イスラームの館」(ダール・アル・イスラーム)の考えを弱め、これが「イスラーム世界」という国家を超えた宗教的紐帯を消滅させた、と指摘している。

「イスラームの館」という言葉は、従来はイスラーム法が支配する複数の国々を指していたが、小杉氏によると「そのほとんどが列強の植民地となり、ムスリムの統治者もイスラーム法の支配もなくなった。さらに、植民地から独立しても、イスラーム法の支配は戻らなかった」。(『イスラーム帝国のジハード』、p.300)これは「イスラーム世界の消滅」だと小杉氏は言うのである。これに加えて、オスマン帝国の危機の中でトルコでナショナリズムが発達し、それによってアラブ民族主義が触発されただけでなく、1948年のイスラエル建国によってさらにそれが強化された。これらのことも、「イスラームの館」という宗教優先の考え方を大きく後退させた、と小杉氏は指摘する。(同書、p.308)

 もちろん、宗教の権威を回復しようとする“揺れ戻し”の動きも何回か起こったが、その評価は必ずしも一定していない。1970年代から80年代にかけて起こった“イスラーム復興”の運動について、エルファドル氏の評価は案外厳しいのである--
 
 しかし、大衆運動としてのイスラーム復興は、多くの場合、宗教的権威の空白につけ込む自称シャリーア専門家に先導されたものだった。ムスリムとしての誇りを著しく傷つけられたにもかかわらず、この自称専門家たちには、イスラームの法と思想をさらに完全なものにしたり発展させたりする気はなかった。次第に彼らの関心は、イスラームの教えを権力の象徴として利用し、その大衆に訴える力を強化することに集中していった。そのねらいは、あくまでもイスラームを抵抗と反逆のシンボルにして蔓延する無力感を克服し、ムスリムとしての誇りを取り戻すことにあった。またこのような姿勢は、世界の覇権を握る欧米への抵抗を示す手段にもなり、政治的・社会的・文化的自立を求める世界各国のムスリムの強い願望をあらわす手段にもなった。(『イスラームへの誤解を超えて』、p.48)

 小杉氏は、現在につながるイスラーム復興は「1960年代後半」から始まったとし、もう少し具体的にその様子を描いている--
 
 復興の現象は、現地で細かく観察すると、ほとんどが草の根レベルでの宗教覚醒や生活改善と結びついている。たとえば、礼拝の励行、モスクの建設、聖典クルアーンの暗唱、断食の推奨、倫理教育の強化など、宗教的な諸側面と関わる復興、あるいは、貧者のための喜捨(募金と分配)、低所得者向けのクリニック、母子家庭の支援、地震等の被災者救援のような社会福祉的な活動などである。富裕層の運動としては、イスラーム銀行の設立などもイスラーム復興の一側面をなしている。(『イスラーム帝国のジハード』、p.328)

 小杉氏は、イスラームはこのように“草の根”レベルでは生き続けており、それが可能であるのは、家族法の領域でイスラーム的価値観が支持され続けており、「一部の知識人を除いて、国民の多くが結婚や家族について西洋を模倣する気が起きなかったという面もある」(p.329)からだと説明している。しかし、この家族法の領域(下層)より上にある国家や政治、国際関係という「上層部」の領域では、脱イスラーム化が進んでいるので、イスラーム的でない急進派、過激派、厳格主義者の影響力が行使される余地が生まれている--そう分析するのである。つまり、現代のイスラーム過激派・厳格主義者の問題はイスラームの問題ではなく、「イスラームの欠如」の問題だというのである。次の文章を読んでほしい--
 草の根のイスラーム復興は、下から徐々にイスラーム復興を進め、個人から家庭へ、家庭から地域コミュニティーへ、そして社会全体へ、さらに国家や政治へ、と構想する。急進派は、それでは待ちきれない、国家こそが解決の鍵である、と生き急ぐ。(中略)つまり、国家と政治におけるイスラームの薄い部分に、イスラームを掲げる急進派が浸透するのであろう。言いかえれば、中道派のイスラームが濃いところには、急進派は浸透することができない。中道派の説く路線が力を持っていないところで、急進派の主張は説得力を持つ。(同書、pp.343-344)
 
 上の文章の「急進派」を「厳格主義者」、「中道派」を「穏健派」に置き換えれば、この論理はエルファドル氏の「宗教的権威の空白状態」という説明とほとんど同じになる。
 
 谷口 雅宣

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コメント

「イスラームの欠如=我」しているのは誰か?が重要だと思います、イスラーム教の成立から千数百年の中で仏教の様に人々を通して広まったと言うよりも軍事的征服で拡大(アッラーの啓示では無い=我)して行った面も多々あり、原点はワッハーブの考えでは無く、草の根のイスラームではないか!と思います、これこそが世界の全ての人々に受け入れられるのではないか!と考えます。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年7月29日 21:50

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