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2008年7月21日

現代のイスラーム理解のために (7)

 本題に関しては、18日にまでの本欄で、今日の厳格主義イスラームの起源を、近代日本の“尊王攘夷”の思想と似たところのあるワッハーブ主義にまで遡って考えてみた。そこで見出されたことは、厳格主義はイスラームそのものから生まれたのではなく、発祥当時のアラブの遊牧民(ベドウィン)の文化的慣行にもとづくものであり、その後、イスラームが世界宗教として発展するにいたる過程で取り入れてきたスーフィズムの思想、聖者信仰、聖墓崇拝、合理主義(理性主義)、そして哲学的な精緻な思考法などを拒否する、一種の文化主義--もっとはっきり言えばアラブ文化至上主義にもとづくということだった。
 
 これによって厳格主義者が優勢な国において、今日でも暴力事件や宗教的弾圧が多く行われる理由が分かるだろう。狭い文化的思考や行動様式を、多様な民族・文化間に根付かせようとする努力は、上からの“圧政”という形で行わざるを得ないからである。実際、18世紀にワッハーブ派が行った所業は、独裁的弾圧政策であったことを、エルファドル氏は次のように述べている--
 
 確かに、18世紀にアラビアを征服した際、ワッハーブ派は町や都市を支配下に置くと、必ずムスリムの住民にくりかえし信仰告白を求めた。ただしこの時は、信仰告白と同時に、ワッハーブ派の教義に忠誠を誓えと迫ったのである。指示に従わない住民は、不信心者とみなされ即座に斬殺された。18世紀のアラビア全土で行われたこの無惨な大虐殺のありさまは、数々の資料に記録されている。(p.64)

 このような説明を聞くと、ワッハーブ派の考え方と行動様式が、長い間のイスラームの特徴であった「多様性」と「寛容性」から大きく逸脱するものだと分かるだろう。宗教的、政治的な過激主義は民衆の支持を得られないから、通常、どこの国でも時間の経過にともなって弱体化し、消滅しないまでも社会的な影響力をもたなくなる。エルファドル氏も、18世紀から19世紀までのワッハーブ派について、「しかし結局のところ、あまりに急進的で過激なその思想は、イスラーム世界はもちろん、アラブ世界にも広範囲な影響を及ぼすことはなかった」(p.67)と言っている。
 
 しかし、20世紀になって、再びワッハーブ派は勢いを取り戻す。その理由は、後にサウジアラビアを建国したサウード家とワッハーブ派が密接な同盟関係を維持していただけでなく、アラビアに強力な中央政府ができることを望んでいたイギリスが、この同盟を助けたからである。イギリスの目的は、オスマン帝国を弱体化し、自国企業が油田掘削権を独占するためである。(同書、p.69)
 
 本来、少数派であった厳格主義者が勢いを増し、穏健派が圧迫されるようになった主な原因の1つには、西洋諸国の植民地政策が上げられる。この間の様子は、エルファドル氏の本のpp.38-42に簡潔にまとめられている。また、小杉泰氏も「イスラーム世界の解体」と題して著書で詳しく述べている。スペースの関係からこれを簡単に言えば、西洋列強は植民地政策の中で西洋型の世俗的な法律制度を導入し、聖俗分離を行った一方、独立後に宗主国から任命された統治者が、西洋教育を受け、ナショナリズムに燃えた軍人がほとんどだったということだ。イスラームの長い伝統を“時代遅れ”として捨て去る努力が、内外の人々によって行われたのである。これに加え、イスラーム学校に資金を供給していた制度が国有化され、教授の任免権を国が握ったため、イスラーム法学者はしだいに官僚化し、西洋の聖職者のように社会的影響力のない存在になっていったという。エルファドル氏は、これを"宗教的権威の空白状態"と呼んでいる。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○小杉泰著『イスラーム帝国のジハード』(2006年、講談社刊)

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コメント

政治的権威の空白状態をエルファドル氏はどうすれば良いと考えておられるのでしょう?キリスト教の聖俗分離イスラム教の聖俗一致についてにつきましも宗教には必ず教える人(聖)と教わる人(俗)とにピラミットの如く分かれます、でないと各自勝手な事を論じて纏まりが付きません、つまり役割分担で誰が偉い偉くないでは無く神の前では聖であろうが俗であろうが富める者であろうが貧者であろうが、一人一人の言葉では無く行いに於いて共に平等、つまり聖俗は分離していても一致している(難しい)のではないか!と考えます。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年7月29日 21:17

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