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2008年6月19日

「ふと思いつく」こと

 前回の本欄で言及した「高級神霊の導きを受ける祈り」を読んだ読者は気づかれたと思うが、ここには私たちの日常生活にしばしば現れる“重要な選択”の秘密が書かれている。この祈りから引用すれば、“重要な選択”とは例えば次のようなものである--
 
「人間の運命は“ふと思いつくことを行動する”ことによって、おのずから結果が展開して行くのである。ある人は、良きアイディアを“ふと思いつく”ことによって、それを行動に移して大成功したが、ある人は“ふと思いつく”ことを実行したために大火災を起こして大変な損失を蒙(こうむ)ったのである。ある人は、“この自動車で鎌倉へ行こう”とみずからタクシーを呼び留めてそれに乗ったために、その自動車がトラックと正面衝突して重症を蒙ったのである。(中略)まことに“ふと思いつく”ということで大抵、人の日常生活は行なわれ、その人自身の運命を決定しつつあるのである」。(『続 真理の吟唱』、pp. 193-194)

 私たちの日常生活は、限りない数の選択の連続によって進んでいくが、不思議なことに、私たちは普段、そのことをあまり意識していない。そして往々にして、1日の終りに「変化のない単調な日だった」などという感想を抱くのである。そんな時、私たちは“単調な日”という何か一定した客観的なものを、外から与えられたような印象を受けているのだが、本当は、限りない数の選択を「無意識に任せて行っている」に過ぎない。私は『太陽はいつも輝いている』(2008年、生長の家刊)で、「自動運転」(automatic pilot)という言葉を使ってそのことに言及している(pp.66-72)。長距離をいく航空機や船舶には、コンピュータで制御した“自動運転”のモードがあるというが、それと同じように、私たちは1日の始まりに当たって、「いつもと同じ」「従来通り」「繰り返しの」などという無意識モードに自分の心を設定して、“変化のない単調な日”を自ら作り出していると言える。
 
 だから、「新鮮な日」「人生で1回きりの日」「新たな出発の日」などをつくるためには、この自動運転の“眠った心”を目覚めさせ、人生の主体者として自らが日々の選択に積極的に関与していく必要がある。その時に重要なのが、この「ふと思いつく」ことである。これは能動的な表現であるが、受動的に表現すれば「アイディアを感受する」ことである。ただし、前回も触れたように、感受するアイディアには善いものと悪いものがある。では、“悪いアイディア”を避け“善いアイディア”を感受するにはどうしたらいいのか? 上掲の祈りには、次のようにある--

「人は往々にして物質的欲望や、肉体の快楽追求の欲望に心の波長を狂わせて、自分の心の波長が正守護神や特命守護神の放送霊波に波長が合わなくなり、守護指導のアイディアを感受し得なくなることがある。そのとき迷える亡霊や怨霊の如きものの放送霊波を感受して、それをみずからの“思いつき”として行動して失敗するのである。その失敗を避けるためには、人は毎日、必ず神想観を実修して自己の心の波長を正しく調律し、神より遣わされたる高級守護霊の導きのみを感受し得る正しき“心の状態”に維持することが必要なのである」。(pp. 196-197)

 日々、神想観を実修することの大切さが、再確認される。それとともに、私たちが日常的に接する様々な情報が、私たちの運命をどう形成していくかも理解されるのである。つまり、「情報の選択」は「運命の選択」に結びつく人生の重要事項なのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

半年ぶり位に、ブログを拝見しました。
私は昨日、ふと思いつく事によって幸福な体験をしま
した。逆にふと思いついた事で、失敗した経験もあり
ます。何度か幸福と失敗を経験して、この違いは何だ
ろうか?と考えた時に、やはり神想観の実修であると
いう事を確信しました。
理屈ではなく、ただ毎日実修すればよいという事が
わかりましたが、やってもやらなくても誰にも咎めら
れないこの自由さの中で、毎日継続していく事の大変
さを実感しています。楽しく努力を続けていくとよい
とどこかで読んだ覚えがありますが、楽しく続けていく
にはどうしたらよいのでしょうか?

投稿: 国重 | 2008年6月21日 14:56

国重さん、

 どちらの教区にお住まいですか?
 ご家族と一緒にお住まいですか?

 楽しく続けるためには、楽しい相手と向き合ってされるというのは、どうでしょうか。それから、神想観をする前にはアルコールはいけませんね。(当り前ですが)

投稿: 谷口 | 2008年6月21日 23:03

お返事ありがとうございました。
私は兵庫に夫と娘と暮らしています。
楽しい相手と向き合ってする・・・先生ご夫妻の様に、
という事ですね(^^)
残念ながら夫は生長の家ではないので叶いませんが、
娘と試してみます。
ありがとうございました。

投稿: 国重 | 2008年6月22日 01:10

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