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2008年6月28日

物価上昇と運動の工夫

 原油価格の高騰が、我々の生活全般に影響を及ぼし始めている。今日の『日本経済新聞』は、7月1日から新たに値上げされる商品とサービスを一覧表で示しているが、それによると、ガソリンの卸売価格は言うに及ばず、電気、ガス料金は2~3%値上げされ、「今後もさらに上昇傾向が続く可能性が強い」という。そのほか、航空運賃、自動車保険料も上がる。食品関連の値上げ幅は大きく、カゴメは野菜飲料などを4~9%上げ、日清オイリオ、J-オイルミルズは食用油を平均で10%上げ、味の素はマヨネーズを4~14%上げ、マルハニチロ食品は練り製品などを8~40%、伊藤ハムは空揚げや冷蔵ピザなどの加工食品を平均で17%上げるという。これに加えて、全農(全国農業協同組合連合会)が主要の化学肥料を1.6倍に値上げするそうだ。こちらは、今後の農産物全般の価格に影響を及ぼしそうだ。
 
 重油の値上がりで、遠洋漁業にも深刻な影響が出ている。同じ日の『日経』は、日本、台湾、韓国、中国の遠洋マグロはえ縄漁業では、全体の保有船約1050隻うち3割が、休漁していることを伝えている。これにより、マグロの値段が上がるのは時間の問題だろう。養殖マグロの場合も、飼料の値上がりが価格に跳ね返る。こうして、家計に占める食費の割合が増えることになるから、レジャーや贅沢品に回される分は当然、減っていくだろう。
 
 家電量販店で、照明や店頭デモ用に使う電力を節約する動きが出ているそうだ。これは大いに歓迎したい。渋谷や新宿の家電量販店の前を通るたびに私が思うのは、あの壮大な電力の浪費によって、どれだけのCO2が排出されるのか、ということである。特に、各種の大画面テレビなどを壁の全面に並べて、映り具合を比較させたり、音響製品を並べて聞かせる方法は、どうにかならないのかと思う。あの店頭デモで使われる電気代は当然、商品価格に含まれるのだから、それがなくなってくれれば、原油の値上がり分も価格に反映しないすむのではないか、などと憶測する。記事によると、ビックカメラは、薄型テレビとパソコンの3割、照明機器と電話機、ファックスの5割で電源を落とすなどすることで、消費電力の3%を節約する考えらしい。これを全国の27店で実施すると、年間で150万Kwhになるという。この電力は、約360世帯の一般家庭の年間消費電力に相当するという。電気代にして年間2~3千万円のコスト減が見込めるらしい。

 生長の家は“炭素ゼロ”の運動を目指していることは前回も触れたが、この実現はそれほど簡単でない。背後にある基本的な論理は、比較的単純だ。つまり、CO2の排出をできるだけ避けるためには、交通機関の利用を減らすことが重要だから、遠距離を移動しないで運動を進める方法--つまり、地元に密着した、地元中心の運動が望ましい、ということだ。これは、交通費全般が値上がりしているのだから、交通機関の利用はできるだけ避けたいという経済的要請とも一致している。宗教運動は基本的に「人と人とのつながり」(人間関係)を基本としている。それを盛り上げるためには、人と人とが頻繁に会うことが必要だ。もちろん、現在は通信技術の発達によってケータイやパソコン、遠距離会議システムの利用は可能だが、これはあくまでも“従”的手段であり、宗教の“主”的手段は「人対人」である。“主”を確実に進めながら、“従”を効果的に使っていくような新しい運動の開発が求められている。
 
谷口 雅宣

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コメント

ありがとうございます。常日頃のご指導感謝申し上げます。
地球環境問題というカテゴリーですが、以前から疑問に思っていたことがあるのでコメントさせていただきます。聖典には「解決できない問題はない」という文章があります。地球環境問題には、問題という表現を用いても問題はないのでしょうか?問題があると思い、つかんでしまう印象を受けます。もちろん資源の浪費は神仏を拝んでいるとはとても言えないと思っております。

投稿: 加藤 裕之 | 2008年6月29日 01:24

合掌、ありがとうございます。
昨今の食料品の値上げ、家計を預かる主婦としては「どこまで上がるんだろう~」と不安な気持ちがよぎります。けれどこれも生活習慣を変える善いチャンスと捉え、下の息子が1歳を過ぎて自転車に乗れるようになったこともあり、前と後ろに子供を乗せて、なるべく自転車を使うように心がけています。習慣を切り替えるのはエネルギーが要りますが、お金がからんできますと切実です(笑)

先日実家に行った際、両親が「最近地元の活動が楽しい!」と話してくれたことが大変印象的でしたので、かってにご報告させていただきます。
両親は群馬県に住んでいるのですが、数年前からなかなか教化部に人が集まりにくい状況があり、その対策として白鳩の支部長会議を地区に下ろし、対象者も会員までに拡大して会議や真理研鑽の場として「会員のつどい」を開催しているそうです。するとこれまで行事に誘われたら参加するという、いわゆるお客さんだった方が「一つの行事をするのにこんなに打ち合わせをして、いろんな役を分担して開催しているんだ!」と知り、「では、私もわたしも」と積極的に運営に参加してくれるようになったり、会員さんから善い意見が出たり、みんなでランチを食べたりととても楽しいそうです。
その成功例を受けて、今年から相愛会や講師会でも地元を中心にした活動を行いはじめ、これまで誌友会などで月に1、2回程度しか顔を会わせる機会がなかった人とも会う機会がグンと増えたそうです。
特に先祖供養祭や神想観の集い、講師会の勉強会などは組織を超えて参加できるので、これまで夫婦で信仰していても、活動はバラバラだったものが、一緒に参加できる行事がたくさんあるので「夫婦の会話もはずむんだよ(笑)」と話していました。
父は「まだ始まったばかりで、皆さんの前で発表するにはもう少し軌道に乗ってからでないと」と話していたのですが、「炭素ゼロ運動は楽しいよ!」と語る父のとても楽しそうな表情に、炭素ゼロ運動の素晴らしい可能性を感じ思わず投稿してしまいました。

どんな状況にあっても、どこまでも明るい方を見ていく「日時計主義の生き方」の素晴らしさ、すごさ!をだんだんと(笑)実感してきています。【長文失礼いたしました】

投稿: 齊藤美絵 | 2008年6月30日 05:07

加藤さん、

>>地球環境問題には、問題という表現を用いても問題はないのでしょうか?問題があると思い、つかんでしまう印象を受けます。<<

 あなたは現在の地球環境に「問題はない」というお考えなのですか? 「解決できない問題はない」という文章がどこにあるのか存じませんが、その意味は「すべての問題は解決できる」ということです。この文章自体が「問題」という表現を使っているのではないでしょうか? 質問のポイントがよく分かりません。

斎藤さん、

 なかなか興味あるレポート、ありがとうございました。ご両親によろしくお伝えください。

投稿: 谷口 | 2008年6月30日 12:40

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