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2008年6月17日

“良いアイディア”を得て前進しよう

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山で「谷口雅春大聖師二十三年祭」が執り行われ、私は玉串を霊前に捧げ、お参りしてくださった854名の参列者の方々に、大略以下のように挨拶申し上げた。

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 皆さん、本日は谷口雅春大聖師の二十三年祭にこのように大勢お参りくださいまして、誠にありがとうございました。
 
 今日はあいにくの雨かと思っていましたが、朝から降っていた雨がお祭の前には上がってしまいました。誠に有り難いことであります。梅雨の時期に雨が降るのは当り前で、ありがたいのであります。世界では各所に気候変動の兆候が表れてきていることは、ご存じのことと思います。ミヤンマーではサイクロンの被害で何十万人もが家を失い、アメリカでは今、西部が旱魃で、中部は豪雨から来る洪水に見舞われているそうです。気候変動以外に大地震もありました。中国の四川地方の大地震については、生長の家ではミヤンマーの救援と並行して救援募金を行っています。また、つい数日前の14日の朝に、日本では岩手・宮城内陸部地震が発生しました。地震の方は人間の活動が引き起こしたものとは言えないと思いますが、気候変動は我々の活動により大気中の温室効果ガスが増えた結果だと言われています。
 
 この世界では、このように因果の法則が働いています。原因がなくて、ある結果は生じないということです。地球温暖化にも原因があり、地震にも原因があります。地殻の断層がずれる時に地震が起こることが分かっています。ですから、悪い原因をつくらず、良い原因を生み出していくことでこの世界は改善するということを、世界の多くの宗教が説いてきました。これは、私たちの“心の中”の出来事にも、“心の外”の出来事にも言えるのであります。生長の家では、いま“自然とともに伸びる運動”というのを展開中でありますから、自然環境に対しても私たちの心の内外に“悪い原因”をできるだけつくらないよう、運動に工夫をしているところであります。
 
 ところで、私たち人間は「自由意思」という貴重な宝を神様からいただいています。日本は自由主義の社会でありますから、私たちは日常生活の細部にわたって自由な選択をして生きている、と多くの人は考えているようであります。しかし、自由というものは反面、煩わしいものであります。どこかにも書きましたが、私たちは食堂のメニューを見ても迷うのであります。だから、人生に起きるすべてのことを、私たちはそのつど自由に決めているわけではないのです。すべての選択肢を事前に考えつき、それの長所・短所を考えたうえで、自由に選択して行動するなどということは、ほとんどありません。そんなことをしていたら、忙しい日常生活が正常に動いていきません。それよりも、反射的に物事を判断したり、1度決めたことを繰り返して実行するのです。そういう小さな繰返しを組み合わせて、大きな生活パターンを作り上げ、そのパターンに合わせて自動的に行動することの方が圧倒的に多いと言えます。別の言葉で言えば、「従来通り」とか「いつものように」とか「慣れた方法で」という生き方を採用することになります。これは選択しているようですが、本当は“自由な選択”とは言えず、自らの自由を極力狭めた一種の“自動運転”の生活をしているのです。
 
 これを、宗教的には“業”と言います。普通の言葉では「ライフスタイル」と言うこともあります。現在の人類が直面している地球環境問題は、「化石燃料をどんどん燃やして物質を消費する」というライフスタイル(業)から生まれたものですから、これを変えない限り、因果の法則によって今の温暖化傾向はどんどん続いていくでしょう。“自然とともに伸びる運動”を実現するためには、このライフスタイル(業)から脱却しなければなりません。私たちの運動にも、このライフスタイルから生まれた行事や伝道方法、人間関係のもち方などが沢山含まれています。ですから、「従来通り」とか「いつものように」とか「慣れた方法で」運動をしているだけでは、“自然とともに伸びる”という目的は達成されないのです。だから、ここで大いに「選択の自由」を行使する必要があります。“悪い原因”をできるだけつくらないような選択肢を数多く考え出し、そこから最もよいものを選択する時期に来ているのです。だから、新しいアイディアが必要です。悪業を繰り返さない、良いアイディアが必要です。
 
 “良いアイディア”とは、いったいどこから来るのでしょうか? これは皆さん一人一人の心から来るのです。もっと正確に言えば、“良いアイディア”は、皆さん一人一人の心を媒介として、神さまからやって来るのです。神の創造された実相世界にある無限の善なるアイディアを、私たちが心を澄まして受け取るのです。これに対して“悪いアイディア”というものが訪れることがあります。この間、東京の秋葉原で人殺しをしてやろうと考えて、それを実行した人がいますが、そういう“悪いアイディア”も人に受信されることがある。その辺の事情を、谷口雅春先生は『続真理の吟唱』の「高級神霊の導きを受ける祈り」の中で説かれているので、今日はそれを紹介して、今後の私たちの生活と運動の指針にしたいと思います:

 (「高級神霊の導きを受ける祈り」の一部を朗読)
 
 --このように書かれていまして、私たちが「ふと思いつく」という場合も、それは自分のアイディアであるかどうか分らないという点を心に留めておいてください。その時の私たちの心境の違いによって、私たちを善の方向に導く思いつきもあれば、悪の方向に陥れる思いつきもあるのです。「親和の法則」は、霊的にも作用するということです。

 皆さま方は、団体参拝練成会に参加されて、この自然豊かな環境と真理が天下る神聖な雰囲気の中で数日を過ごされました。ですから、練成会が終って日常生活にもどられても、ぜひこの心境を忘れないように、しっかりと神想観の実修を継続されて、「善きアイディア」を受信し、それをお仕事に、生活に、そして21世紀の人類が進むべき“自然にとともに伸びる”新しい運動の開発に向けて展開していっていただきたいと思います。
 
 谷口 雅宣

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コメント

 いつも素晴らしい御指導有り難う御座います。去年と一昨年は私は団参に参加させて頂いたのですが、今年は参加出来なかったので、ネットで先生のご挨拶を拝読させて頂きました。

 本当にこの地球環境問題を乗り切るには神様からのアイデアを感受して、積極的に意図的に自己のライフスタイルを変えて行かなければならないのですね。
 私は現在、マイ箸、マイバッグを使い、車は出来るだけ使わない、使っても信号待ちでアイドリングストップする、又、太陽光発電装置を利用する、そして、会社で全社的にマイ箸とする等の活動をしていますが、これも先生に御指導された事、教団で言われている事の他に自己のアイデアも生かしているつもりです。これからもことある毎に良いアイデアを感受して、ますます自然と共に伸びる運動を推進して行きたいと思います。

 

投稿: 堀 浩二 | 2008年6月18日 16:38

堀さん、

 コメントありがとうございます。私は、アイドリングストップまではやっていませんでした。もっとも、車を運転する機会はずいぶん減りましたが……。

投稿: 谷口 | 2008年6月19日 22:05

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