« “福田ビジョン”は遅れている (2) | トップページ | CO2を作らない技術を »

2008年6月11日

イスラームの多様性 (3)

 6月8日の本欄では、日常の細部にわたる規定をもちながら中央集権的組織が存在しないイスラームが世界宗教になった理由を考察し、それは「教義に多様性があるからである」との仮説を提示した。これはあくまでも仮説であるから、事実と違う可能性はある。が、ここ数日、メディアで報道されているインドネシアのイスラーム組織「アフマディア(Ahmadiyah)」をめぐる紛争のことを知ると、この“教義の多様性”の問題が実際に存在していることが窺える。
 
 10日付の『ヘラルド・トリビューン』紙によると、インドネシア政府は2人の閣僚と法務長官名で、「すべてのアフマディア信徒はその活動をやめよ」との警告と命令を発し、それができない場合は最長で5年間収監されると通告した。このことがなぜイスラームの“教義の多様性”を示すかというと、イスラームではモハンマドを「最後の預言者」とする教義が、「神は唯一である」という教義と等しく基本的であるとされているからである。イスラームでは、旧約聖書に出てくるアブラハムも、モーセも、新約聖書のイエスも皆、預言者であり、神の言葉を伝えていると考える。しかし、それらの預言者の締めくくり(『コーラン』では「封印」という言葉が使われている)として、最終的な神のメッセージを伝えるのがモハンマドとされている。記事によると、アフマディアは、その重要な教義を変更して、自分たちの宗派の教祖を預言者として、また救世主として崇拝しているらしい。
 
 ここで気づいてほしいのは、その教義の内容が珍しいということではなく、イスラームの信仰の根幹に関わる重要な点を変更するような宗派が、これまで存在を許されてきたという事実である。アフマディアは、1889年にインドのプンジャブ地方で生まれ、教祖はミルザ・グーラム・アハマド(Mirza Ghulam Ahmad、1908年没)というらしい。現在、世界の190カ国に数百万人の信者を擁し、そのうち約20万人がインドネシアにいるという。もちろん、イスラームの2大宗派であるスンニ派とシーア派は、彼らをイスラームと認めないとしてきたが、アフマディア自身は『コーラン』の記述を引用して自分たちの正当性を主張し続けてきた。
 
 誤解がないように言っておくと、アフマディアはイスラームの中で自分たちの信仰を自由に享受してきたわけではない。ウィキペディアの記述によると、パキスタンは1974年に憲法改正までして、アフマディアをイスラームと認めない決定をしたという。具体的には、この改正により「モスレム」(イスラーム信者)を「預言者モハンマドの最終性を信じる人」と定義したということだ。また、バングラデッシュでは、アフマディアを公式に異端と決定せよという原理主義勢力の圧力が高まり、2004年には、アフマディアによるすべての出版が禁止されたという。その理由は、「国民の多数を占めるイスラーム信者の感情を傷つけ、あるいは傷つける恐れがあるから」という。このように、彼らは様々な形で“弾圧”を受けてきたが、それでも相当数の信者を擁しながら存続してきた。今回のインドネシア政府の決定は、この“イスラームの寛容性”が変化しつつあることを示すのかどうか--それが重要なポイントになるだろう。

 この問題に関してもう1つ重要なことは、インドネシアはいわゆる“イスラーム国家”ではないということだ。この国は、世界最大のイスラーム人口を抱えているとはいえ、キリスト教のカトリックとプロテスタント、ヒンドゥー教、そして仏教を、イスラームと共に“公認の宗教”とした上で、「信教の自由」を国是とする国である。にもかかわらず、イスラーム信仰者を自称する人々の一部の活動を禁止することは、憲法の精神に背く可能性が強い。だから、今回の政府の決定に対して、原理主義者を除く大多数の穏健なイスラーム信者は、戸惑いを隠せないでいるという。

 11日付の『ヘラルド・トリビューン』は、アフマディアの信者が多く住むマニス・ロール(Manis Lor)という町を取材し、おびえた様子の信者の姿を描いている。今回の政府の決定には、政治的意図があるというのが、同紙の分析だ。それは、インドネシアのユドヨノ大統領は来年に選挙を控えていて、自分の支持基盤の一つである保守的なイスラーム勢力の要求を無視できなくなっているからだ。そういう政治目的のために、大統領自身が国是を歪めていいのかどうか--インドネシア国民は今、論争の渦中にある。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
http://en.wikipedia.org/wiki/Ahmadiyah
○ "Ahmadiyya Muslim Community," http://www.alislam.org/introduction/

|

« “福田ビジョン”は遅れている (2) | トップページ | CO2を作らない技術を »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« “福田ビジョン”は遅れている (2) | トップページ | CO2を作らない技術を »