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2008年5月19日

東京のムギ

 最近、私は東京の仕事場近くの公園にムギらしきものが生えているのを見つけた。1本や10本ではない。公園の縁に設置された植え込みの中の幅3メートル、長さ20メートルもの場所に生えている。誰かが栽培しているわけでもないようだ。というのは、その付近はタクシーの運転手の休憩場所となっており、また高校生の通学路にもなっていて、人々は平気でその中を歩いて通り、ムギらしきものを踏みつけていくのである。

Efuto080519b 2~3本抜いて家に持って帰り、妻に見せると「それ、ムギじゃない!」(ムギではないの!)と即座に反応した。そこで私は「これはムギだ」と結論したわけだ。私は都会生まれの都会育ちで、ムギのことはよく知らない。しかし、妻は田舎で、田んぼや麦畑を見て育った。彼女の判断を信用するほかはない。ものの本で調べてみても、今はちょうどムギの穂がでそろう時期で、初夏に黄金色になって収穫するとある。で、公園に茂る植物も今、大部分は青々とした穂を天に向けているが、一部は白っぽい黄色に変わっている。しかし、なぜここに……という疑問の答えを、私は見出せずにいる。
 
 世界中で穀物の値段が高騰しているという現状を思い出してみると、東京の都心の公園に“野生のムギ”が育っていて、誰も注目せずに踏んでいくというのは、「不思議」を通り越して「シュール」な感じさえする。私の想像するところ、誰かが昨年の秋、イタズラ心を起こしてムギの種を蒔いたのだろう。しかし、ムギの種など、そこらの園芸店で売っているわけでもない。また、買ったものをわざわざ公園に蒔く人もいるまい。だから、不要になった種を捨てるつもりで、そこら一帯に蒔いたのかもしれない。あるいは、この公園には“家なき人”が何人も住んでいるから、その場所は彼らの“畑”になっているのか? が、いくら彼らでも、ムギを生で食べるわけでもあるまいし、また、道具もないのだから、小麦粉を作ってパンを焼くこともあるまい……とにかく、ナゾは深まるばかりだ。
 
 ナゾ解きはあきらめて、今日は、ジョギングの帰途、その“野生のムギ”をまた何本か拝借して持って帰り、絵封筒を描いた。春らしく青々としたムギの穂と葉は、見ているだけでも人を幸せな気分にさせてくれる。読者にもそんな気分を味わっていただけたら、私の目的は達成するのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

本当に正真正銘の麦ですね。小学校の頃が懐かしいです。俗に「くろんぼ」という黒い穂の麦を取りに麦畑に入る小学生がいたので、麦畑に入らない様に学校から随分と注意がありました。
もう、十年くらい前ですが、「麦と燕」の柄の帯が気に入って呉服店の担当の人と話していたら、彼女は何と「稲と雀」かと思っていたそうで、都会の人は本当に麦秋を知らないんだとびっくりしたことがあります。
先週、伊勢方面に旅行しましたが、途中の田園地帯に収穫間際の麦を見ました。

投稿: 前谷雅子 | 2008年5月20日 15:27

前谷さん、

 専門家のお墨付きをいただき、安心しました。ありがとうございます。収穫が待ち遠しいデス!(多分、機会はないでしょうが…)

投稿: 谷口 | 2008年5月20日 17:46

東京のムギ
今にも飛び出してきそうな絵に思わずキーを打っております。太陽はいつも輝いているの中に、絵封筒のページを見て、やっと意味がわかりました。封筒の表に絵があっていいのだと。そして、今日は、子供のころの母の後ろに5人で並んで麦踏み、寒い田んぼにもかかわらず、暖かい懐かしいひと時を、思い出しました。踏まれて強く育ったのですね。東京のムギ。ありがとうございます。

投稿: 諌山綾子 | 2008年5月20日 19:22

谷口 雅宣 先生
合掌 ありがとうございます。
 『小閑雑感』2008年5月19日「東京のムギ」を拝見いたしました。
またここに描かれている「麦の穂」の挿絵を拝見し、感謝と興味津々にて、今日27日午后少しの時間、明治公園に行ってみました。 なるほど公園の周りの囲い並木の下は、麦の穂でいっぱいでした。麦に押されて他の雑草などは殆ど生えていない状況でした。
 この「麦の実」の収穫期になると、一体この公園はどうなるのだろうかと思いました。しかしこの麦は必ずしも肥料が充分とは思えませんから、果たして十分な収穫があるのだろうかとも思いました。もし十分な麦の実の収穫があるならば、新聞種にでもなるであろうに等と思いました。
 しかし東京の市街地の、ド真ん中の公園の周囲に、こんなにたくさんの麦が生えているとは、何とも不思議な感じです。
 私は思いました。自然は美しいと。
もっと人間は自然を大切にせねばならぬとの思いを深く致しました。
ありがとうございます。  
合掌再拝。    良本峯夫拝

投稿: 良本峯夫拝 | 2008年5月27日 16:56

良本大兄、

>しかしこの麦は必ずしも肥料が充分とは思えませんから、果たして十分な収穫があるのだろうかとも思いました<

 そうなんです。ちょっとヘンな感じですが、私もそれを心配しています。実は、私も今日、そこへ行って、何本か穂を抜いてきました。あとで、実の大きさを測ってみようと思っています。

 富士さんの絵封筒、ありがとうございました!

投稿: 谷口 | 2008年5月27日 17:16

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