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2008年5月31日

マイ箸優遇の店

 生長の家の講習会のために青森市に来ている。今朝の天気情報では東京と青森の最高気温が同じで「15℃」と表示されていたから、寒さは覚悟していた。空港から市内に至る道路上の表示は「13℃」だったから、だいたい当たっている。それにしても、近ごろの日本はアップ・ダウンの激しい気候である。青森の人に聞いたところでは、今年は例年になく雪解けが早く、春の到来が急だったので、リンゴの花が早く咲くという番狂わせがあったという。その後、また寒くなったらしい。
 
 2年前、青森の講習会は7月だった。今回来て、その時と違うと感じたことがある。それは、我々が宿泊した「ホテル青森」の日本料理屋で、“マイ箸優遇”が行われていたことだ。つまり、マイ箸持参で食事に来た客の飲食代を5%引いてくれるのである。割り箸の代金やその廃棄にかかる費用を計算しても、食事代の5%にはなるまい。だから、これはコスト削減のためではなく、環境意識向上のためのサービスである。こういうサービスにお目にかかったのは、今回が初めてだ。それに、レジの前ではマイ箸を売るといる徹底ぶりだ。この店のオーナーは生長の家ではないか、と疑いたくなった。そういえば、7月の北海道洞爺湖サミットに至る前の、G8のエネルギー相による会合が、まもなく青森市で開催されるという。そのために、市を挙げて省エネ、エコ意識振興を図っているのかもしれない。
 
Honeytoast  ところで、夕食前に市内を散歩していて、ハニートーストと再び遭遇した。読者は覚えているだろうか? 4月に福知山へ行ったとき、宿泊したホテル近くのパン屋兼レストランへ寄った際に目撃した、パン反斤に蜜をかけて食べる料理である。それが、青森港に近いパン屋兼菓子屋で売っていた。京都と青森間はずいぶん離れているが、両方の場所で同じ名前で売っていたということは、偶然ではないだろう。4月5日の本欄では、これを文字だけで紹介したのでよく分からなかったかもしれないので、今回は青森版のハニートーストを写真で紹介する。今回も、その大きさに恐れをなして、買うことはしなかった。

 日本が議長国である洞爺湖サミットでは、昨今の食糧価格高騰に関する特別声明を出す方向で、関係各国との調整が進んでいるらしい。今日の『東奥日報』が夕刊で伝えている。当初の予定では、サミットの議題は①世界経済、②気候変動、③アフリカ開発、④核拡散問題の4つだったが、急きょ食糧問題が深刻化してきたからだ。ただし、これをG8の場で進めるには、難しい問題があるらしい。それは、日本が食糧輸入国であるのに対し、欧米の先進国は食糧輸出国である点だ。利害が必ずしも一致しないのである。同紙の記事には、「政府には、この機会に世界の農業生産拡大を訴え、日本国内の農業振興を図ったり、生産国の食料輸出規制に歯止めをかけるといった思惑もある」という解説がある。米の国際価格も急騰する中、日本はまだ減反政策を継続するのだろうか。これを廃止して、米を飼料やバイオ燃料に使うことを検討中という話も聞く。とにかく、様々な面で、社会や制度が大きく変わらなければならない現状が、目の前にあるのである。

 そんな深刻な事態など全く感じさせない、青森市の午後のパン屋の平和な光景が、私の前にあった。

 谷口 雅宣

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2008年5月29日

ゆったりと休日

 雨の休日は普通、「あいにく」と形容したくなるが、今日は「幸い」と言える日だった。前日の天気情報で「朝から雨」と言っていたから、まず「どこかへ行こう」と思う必要がない。前日はちょうど、朝から午後3時すぎまで会議をしていて、そのあとは生長の家の機関誌の締め切りに間に合わそうと、根をつめて原稿を書いていて、午後6時ごろにそれを仕上げて編集部へ送信……というような仕事だったから、今日は息抜きがしたかった。その通りになったから「幸い」なのである。それで、朝食後、長年の懸案だった本とDVDの整理をすることにした。
 
 子供が家を出て行ってから、もう何年にもなるが、彼らの置いていった本と、その後に夫婦がそれぞれ買った本、また私が録画してためていたDVDとが同じ本棚の中でひしめいたのである。DVDにはABC、BBC、CNNなどの英語のニュースが記録してあり、ごくたまにだが、それを原稿の材料に使ったこともある。そのほかにもドキュメンタリーや映画の録画もあった。これらは皆プラスチック・ケースに収めて、その本棚に並んでいた。が、これらは利用頻度が少ないから、別の形で保管することにした。しかし、すべて一度に本棚から撤去するわけにはいかなかったから、今日はまず1段分を取り除いて、別のケースに収納した。これによって空いたスペースを利用して、本を文庫、新書、四六判にそれぞれ棚を分けて収納することができた。
 
 実は、この作業の途中で、古いVHSのビデオがまだ随分家に残っていることに気がついた。このうち重要だと思うものは残し、それ以外を廃棄するつもりでダンボールの箱に入れていくと、1箱がいっぱいになった。こういう作業をしながら考えたことは、「本当に必要な情報は、そんなに多くない」ということだった。好奇心が旺盛の若い頃は、「知らないものはみんな知りたい」と思って情報をできるだけ記録していくが、楽しむための映画の録画であっても、同じ映画を2回以上見たものがないことはないが、その数は本当に少ない。このことは本についても言える。だから、本や映画のビデオを手元に取っておくのは、実用的な理由からよりも、むしろ感情的(あるいは感傷的)な理由からの場合の方が多いのではないか。その感情とは、「一度感動を与えてくれた情報は、そのまま消えてしまっては寂しいから、物理的な形で取っておきたい」--というものだろう。

 午後からは、妻を連れ出してジョージ・クルーニー主演の映画『フィクサー』(Michael Clayton)を日比谷に見に行った。“典型的なアメリカ映画”という感じだった。善人と悪人が出てきて、映画の中途から終盤にかけて悪が猛威を振るうが、最後にどんでん返しで善が勝利してメデタシメデタシ……というわけだ。エンターテイメントとしてはこれでいいのだが、「どこか薄っぺらいなぁ~」という感想をもって映画館を出た。この映画のプロデューサーは、つい最近亡くなったシドニー・ポラック氏(Sydney Irwin Pollack, 1934-2008)だ。彼は、この映画で俳優としても出演していて、主人公の上司として悪の執行を指示している。その役柄と73歳の死とは直接関係があるとは思わないが、死因はガンだという。

 5月28日付の『ヘラルド・トリビューン』紙によると、ポラック氏の両親はロシアからの移民1世で、ともにプールドゥー大学に在学中に出会ったという。ポラック氏の作品のうち、私の記憶にあるのは『追憶』(The Way We Were, 1973年)と『トッツィー』(Tootsie, 1982年)、それに『コンドル』(Three Days of the Condor, 1975年)ぐらいだろうか……。妻は『追憶』が大好きで、VHSでもDVDでも何回も見ていた。私も、それが母校のコロンビア大学を舞台としているので数回見た。アカデミー賞で監督賞をとった『愛と哀しみの果て』(Our of Africa, 1985年)は昔、VHSに録画したがまだ見ておらず、DVDに移行してある。近いうちに見ようと思う。

 谷口 雅宣

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2008年5月27日

権威と権威主義 (3)

 昨日の本欄で紹介したSASの見解に対して、アブ・エルファドル氏はイスラーム法の解釈としては間違っていることを、様々な角度から解き明かしている。
 
 まず全体的な問題として、SASの見解は、自分たちの考えが『ハディース』に示された神の意思そのままであるかのような印象を与えているが、これは厳に慎むべきことだという。イスラームの法解釈では、法学者が神の法について言及する場合は、厳密かつ慎重に、そしてもっと真剣な自己への問いかけが義務づけられるという。ある事象に対して、それが神の法に従っているか否かの判断は、その事象に対して肯定的か否定的かを問わず、存在するあらゆる記述を調べ、相互の軽重や矛盾を勘案したうえで結論を出さねばならないという。
 
 例えば、前回書いた「尊敬の念を表すために立ち上がる」ことについての『ハディース』の使い方だが、SASの見解では、これについて『ハディース』に記述があることによって、問題はすべて明確に解決するかのように書かれていた。しかし、本当は、そこから問題が始まるのだ、とエルファドル氏はいう。なぜなら、次の段階として、その引用箇所の権威と、目的について語らなければならないからだ。その後には、その教えによってモスレムにどういう義務が生じるか、また生じないか。生じる場合は、その義務の本質とは何か。また、その義務は、他の法的義務や原則に対して、どうバランスさせていくべきか……などが検討されねばならないという。
 
 煩雑さを避けるために、「人の前で立つ」ということだけに問題を絞ろう。エルファドル氏によると、「人の前で立つ」ことにも、状況によっていろいろの意味があるという。例えば、信仰や崇拝の意味でなく、社会的な儀礼やエチケットに従うための場合もあり、すべての場合で禁止されているわけではない。
 
 仮に『ハディース』のある箇所に、モハンマドが、自分に対して人が立ち上がることを禁じたという記述があったとしても、それには理由があり、「立つ」という肉体的行為そのものが問題なのではなく、その「理由」や「目的」の方が重要である。モハンマドは、自分が傲慢にならないために、あるいは神の前で慎む心を失いたくないために、そう命じたのかもしれない。その場合、立つことを禁じる目的は、個別・具体的であるから、どんな場合にも、どんな人に対しても適用されるべき法とは言えない。事実、『ハディース』の中には、モハンマドが自分の弟子に尊敬の念を示すために立ち上がったという記述があり、また、モハンマドの前で、弟子たちが互いに尊敬の念を表すために立ち上がったという記述もあり、その際、預言者は弟子たちにそれを禁じていないのである。
 
 このように、「人の前で立つ」ということだけに限って考えてみても、これだけ様々な場合があり、伝統的にはいろいろな評価が下されてきているのである。そのことに全く触れずに、「人の前で立つ=禁止行為」という単純な図式を描いてみせたSASの見解は、イスラーム法解釈としてはまったくお粗末なのである。さらに言えば、今回問題になったのは「人の前で立つ」ことではなく、「国歌の前で立つ」ことである。両者は同じでないのに、SASは同じに扱っている。また、「人の前で立つ」ことは対人関係に影響を与える行為であるが、今回の“事件”は対人関係の場で起こったのではなく、スポーツ・イベントの中で起こったことである。また、イスラーム国の内部で起こったのではなく、非イスラーム国(アメリカ)で起こったことだ。このような違いに全く触れずに、法解釈を行うことは間違いなのである。、
 
 また、エルファドル氏によると、預言者の言動にも法的拘束力を生む(legislative)ものとそうでないものとがあり、その2つを正しく分けることがイスラーム法の正当な解釈法だという。スンナ(イスラームの慣習)のうち法的拘束力を生じさせる意図がないとされるものは、例えばモハンマドの個人的な行動や医学、貿易、農業、戦争に関する専門的、技術的知識などである。また、預言者の独特の行状(例えば、妻を7人もったこと)も、一般人に対する法的拘束力は意図されていないという。

 『ハディース』とは、預言者とその弟子の言行録であるが、キリスト教の聖書にも『使徒行伝』がある。この書は28章に分かれ、私の持っている口語訳の聖書では、細かい活字の2段組みで50頁以上ある。が、『ハデーィス』はボリューム的には『使徒行伝』をはるかに凌駕する。『使徒行伝』どころか、旧約・新約を含めた聖書全体とほぼ同じか、それより大部の書である。ちなみに日本の口語訳の聖書は、旧約が1326頁、新約が409頁で合計1735頁あるが、『ハディース』は牧野信也訳、中公文庫のもので、約500頁の本が全部で6巻ある。この中に、モハンマドらがいろいろなTPOで、何を言って、何をしたかということが緻密、綿密に書かれているのである。だから、「人の前で立つ」ことについての記述も様々なものがある。にもかかわらず、SASは自分の解釈に都合のいいものだけを引用したと言わねばならない。
 
 谷口 雅宣 

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2008年5月26日

権威と権威主義 (2)

 前回、本題で書いた文章で行き着いた結論は、宗教上の教典解釈においては--とりわけ大部の書物として成立している教典の解釈においては--宗教上の権威を重視しなければならない一方、権威主義に陥らないように細心の注意が必要である、ということだった。ここでいう「細心の注意」とは、教典解釈には、解釈者の主観が入り込む危険性が常にあるから、そのことを十分意識して、できるだけ忠実に教典を解釈しなければならない、ということだった。が、その一方で、教典の文字通りの意味ばかりにこだわって、その教えが説かれた文脈を考えずに解釈すると、教えは硬直化し、応用範囲が狭まり、実用性が失われてしまう。それにもかかわらず、「教典にこう書いてあるのだからこれが正しい」と主張することは、権威主義へ堕落する道である、ということだった。

 前回取り上げた本の中で、イスラーム法学者のアブ・エルファドル氏は次のような実例を紹介している。1996年の3月、アメリカのプロフットボールリーグ(NFL)の試合前に国歌が演奏されていたとき、アフリカ系のフットボール選手、マハムード・アブドゥル・ラウフ氏(Mahmoud Abdul Rauf)は、起立して国歌を歌うことを拒否した。その理由は必ずしも明確でないものの、当時言われたのは、アメリカ合衆国の国歌はアフリカ系アメリカ人の抑圧と奴隷制度を体現しているから、それに対して尊敬の念を表して起立することはモスレムである自分の信条に反する、ということだったらしい。NFLは、ラウフ氏に出場停止措置をとったが、24時間後に、彼は態度を変えたという。
 
 エルファドル氏は、ラウフ氏のモスレムとしての帰趨についてではなく、この“事件”に反応して、アメリカのイスラーム組織の1つである「スンナ忠実協会」(Society for Adherence to the Sunnah, SAS)が出した見解を取り上げて、イスラーム法がどのようにして現実生活に適用されるべきかを論じている。その全容は、我々素人にはあまりにも複雑で、専門的で、細密な議論なので、本欄では紹介できない。しかし、ここから教典解釈法の大要だけを抽出して示すことができれば、イスラームを理解するためにも、また我々の聖典解釈に際しても有意義なことだと思う。

 エルファドル氏は、SASが出した見解は、その語調、記述スタイル、結論から見て事実上、イスラーム法におけるファトワ(fatwa)に当たる、と指摘している。つまり、これがアメリカでなく、イスラーム国であったならば、一種の“判決”が下されたことになるというのだ。そのファトワはまず、「崇拝(ibadah)」を定義して--崇拝とは、心による、舌による、手による行動で、神が喜ばれるすべてのもの、とする。そして、イスラームのスンナは、誰に対しても尊敬の念を表すために立ち上がることを禁じているとした。そして、そう判断する根拠として、2つの教えを『ハディース』から引用する--①モスレムにとって神の使徒(モハンマドのこと)より尊崇に値する人はいないにもかかわらず、モハンマドを見ても弟子たちは立ち上がらなかった。なぜなら、彼らはモハンマドがそれを嫌うと知っていたからだ。②モハンマドの弟子の1人が自分を見て立ち上がった人に対して、こう言った--かつて預言者(モハンマドのこと)が「自分の前で人が立ち上がるのを見て喜ぶ輩には、地獄が用意されている」と言ったのを、私は聞いた。
 
 さらにSASは、別の『ハディース』を引用し、預言者は誰に対しても尊敬の気持からお辞儀をすることを禁じているとした。そして、さらに次のような『ハディース』を引用した:
 
 モハンマドのある弟子が師のもとに来て、ひれ伏して言った--「シャムの人々は、僧侶に尊敬の念を示すためにひれ伏すのを見たことがあります。神の使徒はそんな僧侶よりもはるかに尊敬に値すると思います」。すると、預言者は答えた--「私がもし、誰かに対して相手が誰であれひれ伏すことを命じるとするならば、その妻に対して、夫にひれ伏せと命じたであろう」。

 これらの前例を引き合いに出し、SASはそれぞれの場合、「崇拝」と呼ぶほど強い意味のことは意図されていないとした。にもかかわらず、それを示すような動作をすることは禁じられている、とした。したがって、尊敬の念をもって立ち上がることは、イスラーム法によって明確に禁じられていないとしても、少なくとも非難の対象にはなる、とした。そして、SASは最後に、忠誠心や忠実さは、不信仰者に向けられてはならないとした。つまり、それは神に対してのみ向けられるべきものだから、不信仰者(とその国や国旗)に対するのは論外である、というわけだ。こうして、アメリカ国旗の前で、アメリカのモスレムが国歌斉唱のために立ち上がることはすべきでない、との判断が正当化されたのである。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月24日

楽曲『生命の栄え』 (2)

 5月13日の本欄で表題の歌を紹介したが、ブラジル伝道本部の向芳夫・ラテンアメリカ教化総長によると、この楽曲のオリジナルであるポルトガル語の歌詞と曲は、2003年8月の同伝道本部での正式な会議で承認後、現地で正式に発表されていて、数年前から歌われているという。ただ、ポ語以外の歌詞がまだ完成していなかったそうだ。だから、日本語や英語の歌詞が完成すれば、ブラジル生まれの楽曲が世界的に歌われるという新しい道筋が拓かれることになる。

 そこで、私の翻訳した日本語の歌詞だが、これはまだ日本語として“完成”というわけにはいかないかもしれないが、このほど生長の家聖歌隊のメンバーが歌い、録音して下さった。同聖歌隊の指導をされている牧野成史氏の助言により、歌の繰り返しの方法を若干変更したそうだが、驚異的な短時間で録音がなった。誠にありがたいことである。ピアノ伴奏は刈屋公延氏、指揮は牧野氏、音源からの作譜を小池聖明氏が行ってくださった。

 谷口 雅宣

「InochiNoSakae.mp3」をダウンロード

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2008年5月23日

権威と権威主義

 宗教における権威と権威主義の違いは、微妙ながらとても重要である。宗教的に権威ある言葉は信仰者から渇望されるが、権威主義的な言葉は忌み嫌われる。ある人の「権威が失墜する」とき、その人は必ずしも自分の社会的地位や権力を失うわけではない。例えば、ある大学教授がセクハラで訴えられれば、その人の権威はある程度失墜しても、大学教授である身分は必ずしも失わない。それでも有罪判決が出れば身分を失うかもしれないが、それは権威が失われた結果の1つとして権力を失うのであり、その逆ではない。

 辞書で「権威」を調べてみると、「①他を支配し服従させる力」という意味と、「②ある方面でぬきんでてすぐれていると一般に認められていること」(『大辞林』)という2つの意味がある。この大学教授の場合、②を失わずとも、①が失われることになるかもしれない。また、同じ大学教授が、他人の論文を盗用して自分の研究発表をし、それが発覚した場合は、この逆になるかもしれない。彼は、学問的権威を失うが、大学教授の地位にとどまるかもしれないからだ。要するに、「権威」とは、それをもつ人や組織自体の資質と深くかかわっているのである。
 
 これに対して「権威主義」とは、それを唱える人や組織自体の資質を問わずに、その人や組織が唱えることを、権威をもった別の人や組織によって正当化しようとする姿勢である。『大辞林』の定義によれば、それは「権威をふりかざして他に臨み、また権威に対して盲目的に服従する行動様式」とされる。が、この定義では、「権威をふりかざす」という言葉の背後にある「自分の資質と他の権威は別」という要素が、明確に表現されていない。諺に「虎の威を借る狐」というのがあるが、ここに示されている「キツネはトラではない」という事実が、権威主義の本質を表していると思う。権威主義者は、「オレがトラでないことは問題ではない。オレはトラの代弁者だから、オレに従え」という論法で、他人を支配しようとするのである。

 さて、それでは宗教の話に入っていこう。イスラーム(そして、他の多くの宗教)における権威は「神」から来る。神の教えが権威あるものであることは、誰でも認める。しかし、何が神の教えであるかについては、大いに論争の余地があるだろう。例えば、イスラームの教えの根源(法源)は『コーラン』と『ハディース』であるとされるが、双方は大部の書物の形で残されているから、浅学の徒が一見すると、理解できない言葉があり、また互いに矛盾し、否定し合うような記述が各所に見られる。そんな場合、ある言葉が何を教えているかを人間が「解釈」しなければならない。また、複数の矛盾する教えが含まれている場合は、どちらの記述が“神の教え”であり、どちらがそうでないかを判断しなければならない。いずれの場合にも、人間の理性や感情がそこに介入してくる。だから、宗教の聖典がそこにあるといえども、必ずしも神の教えは明らかではないし、神の教えをめぐる論争が存在しないわけではない。理性と感情をもった多くの人間は、同じ1セットの聖典を目の前にして、「これが神の教えだ」と言い合うが、結局、「これが自分の教えだ」と言っていることが多いのである。
 
 現代のイスラーム法学者であるカリード・アブ・エルファドル氏(Khaled Abou El Fadl)は、神の教えを書物や文章(text)から判釈する際、まず最初にすべきことは、その書または文章が本当に「神によるもの」かを判断することであり、次にその文章が何を言っているかを知ることであるという。この2つの過程は、いずれも人間によってなされる以外にない。だから、“神の教え”といえども、人間の介入なくして表現されることはないという。しかし、この点を極限まで突きつめていくと、神の教えは解釈者の主観によって変わるし、神の教えは一定していないということになる。誰でも自分の好きな言葉を自由に聖典から引用して、都合の悪い言葉は無視して教えを説いていいことになり、“神の権威”そのものが失われてしまうだろう。
 
 これに対して、逆の方向に極端に進む場合がある。それは、すべての問題は聖典の中で解決ずみであるから、信仰者は書かれていることを文字通りに素直に実行すればいいのだ、という考え方である。しかし、こういう文字通りの聖典解釈は教えを硬直させ、応用範囲を狭め、実用的でなくなり、結局、社会から隔絶してしまう。こういう宗教は、権威主義的になるのである。宗教的権威をもつ聖典の文章であっても、このような硬直的な解釈によって、ある文章が「ただ一つの意味しかない」と限定されてしまうと、権威はいつのまにか権威主義へと摩り替わってしまう。複数の解釈が可能な聖典の文章に対して、「これ1つしかない」と限定することは、“神意”を人間の理解の範囲内に限定し、権威を権威主義へと堕落させてしまうのである--エルファドル氏は、このように警告している。

 これは、聖典の解釈がいかに重大な問題を含んでいるかの指摘であり、直接的にはイスラーム内部の問題を指している。しかし、他の宗教の聖典や教典解釈に関しても重要な示唆を含んでいると思う。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○ Khaled M. Abou el Fadl, And God Knows The soldiers: The Authoritative and Authoritarian in Islamic Discourses (Lanham: University Press of America, 2001), pp. 32-33

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2008年5月22日

赤坂ビズタワー

 初夏の陽気となった今日、休日の余裕もあり、妻と2人で赤坂の「ビズタワー」という所まで足を延ばした。初めからそこを目指したのではなく、広告で見かけたマクロビオテックのレストランを覗いてみたかったのである。ところが、広告にはその店が「ビズタワー」という知らないビルにあると書いてあるので、「どこだろう?」と首をかしげた。その時、地下鉄千代田線の「赤坂」駅前にあったTBSが、建物を新築中だったことを思い出した。そこがこの聞きなれないビルだろう、と見当をつけて行ったのである。
 
 結果は、「当たらずとも遠からず」だった。TBSは別の新築ビルにあったが、赤坂駅から徒歩0分の近さにビズタワーがあることを知った。マクロビの朝食を食べる予定だったが、朝早くから食事をやっている店が同じフロアーに3店あった。メニューを見比べてみると、マクロビの店が一番値段が高い。そのこと自体は不思議でない。なせなら、マクロビ料理は食材を吟味してあり、無農薬、有機栽培が基本だと言われているからだ。が、ここはレストランと言うよりはデリショップで、背の高いテーブルと椅子はあっても、ゆったりと落ち着ける席がない。加えて、棚に並んでいるものを見ると、シリアル類は明らかに海外(多分アメリカ)からの輸入品である。私は妻と顔を見合わせた。マクロビの考え方のもう1つの基本は「身土不二」であり、「体(身)と環境(土)は一つ」であるはずだ。つまり、その土地で、その季節にとれたものを食べるのが原則だ。そういう基本に無頓着な店は……と疑念が湧いてきた。これに加えて“フード・マイレージ”のことも考えた。

 が、せっかくここまで来たのだから、と1品だけ買い、スペースにもう少し余裕がある別の店で食事した。マクロビも流行すると“精神”は薄まってしまうのだ、と何となく寂しい気持だった。妻の持っているマクロビの本には、こう書いてある--「環境と身体がマッチする食べ物とは、季節に採れるその土地のもの。つまり、国産品で旬のものを食べていれば、自然に反することがないというわけです」。

 とは言うものの、“最先端”とされる場所にこういう店が入るほど、自然志向や環境意識が高まってきていることは喜ぶべきである。私たちはおいしく朝食をいただき、ついでに「ビズタワー」の周辺を見学して帰宅した。全体の印象は、東京ミッドタウンや六本木ヒルズとあまり変わらない。が、“感覚優先”の右脳を働かせ、面白い映像を狙って、今日の体験を動画にまとめてみた。興味のある読者は参照されたい。
 
 なお、赤坂ビズタワーの公式サイトによると、この施設は、地上39階、地下3階で、高さ約180mの高層タワー。地下1階から地上3階までが、買い物と食事のスペース。4~38階がオフィス・スペースになっていて、地下駐車場には約400台が収容可能。今年1月末に竣工し、所有者は三井不動産だ。

 谷口 雅宣

【参考文献】
○長澤池早子監修『はじめてのマクロビオティック』(成美堂出版、2006年)

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2008年5月21日

“福田ビジョン”は遅れている

 5月14日の本欄で、“放置国家”日本の環境対策の不思議さに触れた。自然エネルギーを事業化している日本の大手企業が、事業の主軸を国内から海外へ移しているという話である。その時は、太陽光電池のメーカーの昨年の輸出量が、国内出荷の3倍に達したことをお伝えした。が、今日の『日本経済新聞』には、太陽光発電協会の統計として、昨年度の国内出荷量が前年度比で22%減ったことが報じられている。国外へ出るのが増えただけでなく、国内の分が減ったというのだから、寂しいかぎりである。しかも、国内市場の縮小は2年連続という。“福田ビジョン”と称するものが、いかに遅れているかがよく分かる。
 
 その記事によると、国内出荷減少の原因は、8割を占める住宅向けが前年度比で25%も減ったからという。太陽光電池の昨年度の輸出量は、発電能力に換算して70万1700kWで、国内出荷は20万9900kW。輸出は国内分の3.3倍になる。地域別に見ると、欧州向けは24%増、アメリカ向けは15%増だ。これは、欧米の政府が補助金などの優遇策を拡充しているためで、ドイツやスペインでは現在、太陽光発電への初期投資は10年程度で回収できるのに対し、日本では20~25年かかる。これは明らかに、技術の違いではなく政策の違いである。
 
 日本の太陽光発電量は2004年まで“世界一”を誇ってきたが、2005年にドイツに抜かれた。主な原因は、この年に政府が補助金を打ち切ったためだ。私が自宅に太陽光発電を導入した当初は、投資額の半分近くの補助が出た。しかし、2005年は1kW当たり「2万円」までに減額されている。国全体の予算も、この年は26億円にすぎなかった。現在生長の家では、会員が太陽光発電を導入する場合、2005年の政府補助金と同レベルの助成をすることで、自然エネルギーの利用促進を図っているが、国全体の動向にはまったく力が及ばない。ちなみに、昨年度の生長の家関連の太陽光発電の導入は、発電容量にしてわずか「371kW」である。
 
 日本政府は5月13日に、電力卸で最大手のJパワーの株式をイギリス系投資ファンドである「ザ・チルドレンズ・インベストメント・マスターファンド(TCI)」が20%まで買い増す計画に、中止命令を出した。私はこの決定が、日本の環境政策への消極姿勢と大いに関係があることを知らなかった。しかし、21日付の『朝日新聞』に竹内敬二・編集委員が書いている記事を読んで、なるほどと思った。政府の正式な決定理由は「電力会社は原発や送電線などをもち、電力の安定供給、我が国の秩序維持に欠かせない」というものだが、その背後には、電力会社の独占的体制を外国資本の影響力から護るという目的もあるようだ。
 
 日本は欧米と違い、発電と送電を同じ電力会社が行ってきた。地域的には独占体制が敷かれてきたわけだ。これは、メーカーと販売会社が同一の会社で、しかも1社しかないのと同じだ。最近になって、ようやく発電部門を複数の会社が担当できることになったが、販売が1社だけであれば当然、公平さが欠ける。自社のつくった電気を優先的、あるいは有利に売ることになる。また、自然エネルギーによる発電をどれだけ送電するかも、地域独占会社が決めることになり、消費者には選択権がない。それでも、政策によって全供給電力の一定割合を自然エネルギーにするように義務づけることはできる。それを定めているのが、新エネルギー利用特別措置法(RPS法)だが、現在の規定では、その割合は全電力のわずか1%にすぎない。この割合は漸増することになっているが、それでも2010年の時点で1.35%なのだ。
 
 これが現在の政府の政策であり、その内容は電力会社の利益に忠実に従っているのである。これを別の言葉で表すと「電力の安定供給」となり、「我が国の秩序維持」となるる。独占だから「安定」しているのであり、「秩序」とは「現状」のことなのである。

 2月22日の本欄で、私は福田首相直轄のアドバイザー組織「地球温暖化問題に関する懇談会」のメンバーに、勝俣恒久・東京電力社長が入ったことについて触れ、温暖化対策に関しては「最大の反対勢力を内部に取り込むことで何かを達成しよう」という政治手法によって、「本当に意味のある政策が実現可能かどうかよく分からない」と書いた。が、「とりあえず、洞爺湖サミットまで、お手並み拝見ということにする」とも書いた。この「お手並み」の1つが、今回のJパワー株の買い増し拒否であったわけだ。私の心配が的中したようで、残念である。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月20日

どんなご縁で……

 今日の朝食後の食器洗い中、妻と会話をしながら介護の話題になった。その時に妻が教えてくれた“ある作家”のエピソードが心に残ったので、読者の皆さんと共有したいと思い、ショート・スピーチ(約2分)をやった。このとき妻は“ある作家”の名前が思い出せなかったが、後で調べてくれたところによると、その人は耕治人(こう・はると)氏で、このエピソードが載っている本は、耕治人著『そうかもしれない』(晶文社、2007年)である。ただし、このエピソードの解釈は私たち2人のものであって、耕氏の本には書かれていない。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月19日

東京のムギ

 最近、私は東京の仕事場近くの公園にムギらしきものが生えているのを見つけた。1本や10本ではない。公園の縁に設置された植え込みの中の幅3メートル、長さ20メートルもの場所に生えている。誰かが栽培しているわけでもないようだ。というのは、その付近はタクシーの運転手の休憩場所となっており、また高校生の通学路にもなっていて、人々は平気でその中を歩いて通り、ムギらしきものを踏みつけていくのである。

Efuto080519b 2~3本抜いて家に持って帰り、妻に見せると「それ、ムギじゃない!」(ムギではないの!)と即座に反応した。そこで私は「これはムギだ」と結論したわけだ。私は都会生まれの都会育ちで、ムギのことはよく知らない。しかし、妻は田舎で、田んぼや麦畑を見て育った。彼女の判断を信用するほかはない。ものの本で調べてみても、今はちょうどムギの穂がでそろう時期で、初夏に黄金色になって収穫するとある。で、公園に茂る植物も今、大部分は青々とした穂を天に向けているが、一部は白っぽい黄色に変わっている。しかし、なぜここに……という疑問の答えを、私は見出せずにいる。
 
 世界中で穀物の値段が高騰しているという現状を思い出してみると、東京の都心の公園に“野生のムギ”が育っていて、誰も注目せずに踏んでいくというのは、「不思議」を通り越して「シュール」な感じさえする。私の想像するところ、誰かが昨年の秋、イタズラ心を起こしてムギの種を蒔いたのだろう。しかし、ムギの種など、そこらの園芸店で売っているわけでもない。また、買ったものをわざわざ公園に蒔く人もいるまい。だから、不要になった種を捨てるつもりで、そこら一帯に蒔いたのかもしれない。あるいは、この公園には“家なき人”が何人も住んでいるから、その場所は彼らの“畑”になっているのか? が、いくら彼らでも、ムギを生で食べるわけでもあるまいし、また、道具もないのだから、小麦粉を作ってパンを焼くこともあるまい……とにかく、ナゾは深まるばかりだ。
 
 ナゾ解きはあきらめて、今日は、ジョギングの帰途、その“野生のムギ”をまた何本か拝借して持って帰り、絵封筒を描いた。春らしく青々としたムギの穂と葉は、見ているだけでも人を幸せな気分にさせてくれる。読者にもそんな気分を味わっていただけたら、私の目的は達成するのである。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月18日

イスラームについて

 本欄では2005年の夏あたりから、イスラームについて書き継いできた。まもなく3年たつことから、それらをこの辺で一覧にして、読者が利用しやすいようにまとめておこうと思う。昨年、ニューヨークで開催された生長の家教修会は、海外の幹部・信徒を対象にしてイスラームについて学んだ。今年の教修会は日本で7月に開催され、日本と日本周辺の本部講師/本部講師補が対象になる。ここでもイスラームが主題になる予定だから、本欄でのまとめが何かの役に立つかもしれない。ブログという媒体の性質上、内容的に重複しているものもあるが、参考にしていただければ幸甚である。全部で52篇ある。
 
タイトル                      登録日
●問題提起
イスラームはどうなっている?      06/08/11
イスラームはどうなっている? (2)    06/08/12
イスラームはどうなっている? (3)    06/08/13
イスラームはどうなっている? (4)    06/08/15
イスラームはどうなっている? (5)    06/08/16
イスラームはどうなっている? (6)    06/08/17

●教義と特徴
イスラームにヴァチカンはない      06/03/27

スーフィズムについて                      05/08/24
スーフィズムについて (2)          05/08/25
スーフィズムについて (3)          05/08/30
スーフィズムについて (4)          05/09/06
スーフィズムについて (5)          05/09/08
スーフィズムについて (6)          05/09/17

イスラームの理性主義          06/09/25
イスラームの理性主義 (2)        07/06/19
イスラームの理性主義 (3)        07/06/20
イスラームの理性主義 (4)        07/06/21
イスラームの理性主義 (5)        07/06/23
神への愛                    07/06/25

イスラームにおける多様と寛容      07/07/10
イスラームにおける多様と寛容 (2)    07/07/11
イスラームにおける多様と寛容 (3)    07/07/17
イスラームにおける多様と寛容 (4)    07/07/19

●2007年国際教修会講演
イスラームと生長の家             07/08/12
イスラームと生長の家 (2)           07/08/13
イスラームと生長の家 (3)           07/08/14
イスラームと生長の家 (4)           07/08/15
イスラームと生長の家 (5)           07/08/16
イスラームと生長の家 (6)           07/08/17
イスラームと生長の家 (7)           07/08/18
イスラームと生長の家 (8)           07/08/20

●西洋社会との関係
ロンドンのテロ                                  05/07/12
ロンドンのテロ (2)                 05/07/14
ロンドンのテロ (3)                 05/07/20
ロンドンのテロ (4)                 05/08/03
ロンドンのテロ (5)                 06/05/12

信仰と風刺                     06/02/04
信仰と風刺 (2)                   06/02/06
信仰と風刺 (3)                   06/02/25

ローマ法王の失言               06/09/16
ローマ法王の失言 (2)             06/09/18
ローマ法王の失言 (3)             06/09/24

聖者の生首                    06/09/28
聖者の生首 (2)                  06/09/30

映画『ユナイテッド93』              06/09/06
イスラームを悪魔化してはならない    06/09/04
「テロとの戦争」をやめよう          07/02/10
気がかりなブッシュ演説           07/01/12
ブレア首相の論文を読む         07/01/14
ブレア首相の論文を読む (2)       07/01/15

核の自爆攻撃をどう防ぐ?        07/05/12
核の自爆攻撃をどう防ぐ? (2)      07/05/13

 谷口 雅宣 

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2008年5月17日

自動車減少の時代

 昨日(16日)付の『日本経済新聞』の第1面を見て、私は驚いた。題字横に「自動車保有 初の減少」という白抜き文字が目立っている。日本国内を走る車の台数が減り始めたというのだ。が、よく考えてみると、日本の人口が減少に転じたのだから、当然と言えば当然かもしれない。また、大都市への人口集中が進めば、そこでは自動車の代りの交通手段があるから、保有台数が減少しても不思議はない。それに加えて、昨今のガソリン代の高騰で、自動車を利用するためのコストが上がっている。理屈はそういうことなのだが、「自動車はどんどん増えるもの」という固定観念が強かったのだろう、見出しを何回も読むことになった。記事のリード文には、「3カ月連続の前年割れは自動車普及が加速し始めた1960年代前半以降初めて」とある。

 記事から実際の数字を示せば、排気量660cc以下の軽自動車、二輪車を合わせた全国の自動車保有台数は、今年の2月末の時点で7943万台となり、前年同期比で0.2%減少したという。前年同期比での減少は、昨年12月末、今年1月末に続き3カ月の連続で、戦後初らしい。『日経』は、経済新聞らしく、これによって国内の自動車産業だけでなく、「年25兆円を超す幅広い関連産業」にも影響が生じるとしている。が、私はプラス面を見る--①大気汚染の減少、②温室効果ガスの排出減、③交通事故の減少、④道路政策の見直し--などにつながるのではないか。4番目の点は、記事でも特に指摘されていて、現在の道路整備中期計画の前提は“交通量のピークは2020年”として策定されたものだから、そのままの前提で道路建設を進めることが難しくなるだろう。これは、環境保全のためにはプラスの要素である。
 
 しかし、CO2排出量という点から見れば、日本国内を走る車の台数が減っても、中国やインドなどで車が増えれば、人口の多さから見て排出削減にはならないだろう。また、石油の値段が下がれば、自動車の利用を始める人も出るだろうから、排出削減になるかどうか分らない。こういう言い方をすると怒る人がいるかもしれないが、私は石油の値段が下がらないことを願っている。なぜなら、石油が現在のような高値にあるがゆえに、代替エネルギーを使う技術開発が諸方面で進行しつつあるからである。
 
 15日の『ヘラルド・トリビューン』紙は今、世界各地で自転車ブームが起きていることを伝えている。それによると、台湾の自転車メーカー「ジャイアント(Giant)」は昨年、550万台の自転車を生産したが、今年はそれより1割増を予測しているという。自転車は、環境にいいだけでなく、運動不足の解消のための手軽なスポーツとして、先進国で人気が出ている。これは、EU諸国の環境政策とも関係がある。自動車の代りに自転車の利用が奨励されていて、パリやバルセロナには貸し自転車の制度がある。だから、最大の生産地は中国本土であり、それを買うのは主としてヨーロッパ諸国ということになる。世界の自転車生産は約1億台で、そのうち7300万台が中国で造られ、うち7割がEU諸国へ輸出されるらしい。このブームには、ガソリン価格の上昇が一役買っていることは言うまでもない。
 
 日本でも自転車の利用は盛んだが、放置自転車の問題や、最近では歩道での無謀運転から来る交通事故も増えていることは、ご存じの通りである。市民・行政ともどもにいろいろの工夫をし、制度を整え、マナーを守って、手軽で安全で、そしてクリーンな交通手段として、減少する自動車の代りに育てていきたいと思う。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月16日

中国の大地震

 まず最初に、今回の大地震で亡くなられた5万人強とも言われる多くの人々の御霊に、心からの哀悼の念を捧げ、ご冥福を祈るとともに、まだ安否の分からない多くの人々、そして生活の基盤を失ったさらに大勢の人々には、早期に救助・救援が行われるよう心からお祈り申し上げます。報道によると、わが国の第一次救援隊が今日、現地入りしたそうだが、その活躍に神の加護があらんことも心からお祈り致します。

 大変な規模の被害が明らかになってきた中国・四川大地震だが、その原因について、今日(16日)の『朝日新聞』に解説が載っている。それによると、今回の地震は、原因となった活断層が250~300kmの長さに達し、地震エネルギーは阪神大震災の30倍に達するという世界最大級の地震だそうだ。この記事は、3人の日本人の専門家とアメリカの地質調査所の解析を紹介し、それぞれが異なる推測をしている中で、マグニチュードは「7.8~7.9」という点で一致しているという。また、東大地震研究所の引間和人研究員は、「長さ250km、幅40kmの活断層が100~120秒かけて最大13m動いた」と推測しているから、地震を起こしたエネルギーの大きさが想像できる。建物はどんなに頑丈であっても、基礎部分が5mも広がったり縮んだりすれば、倒壊しない方がおかしい。

 この記事には、チベット高原周辺の地図がついていて、今回の震源地と見られる竜門山(ロンメンシャン)断層帯の場所に×印が打ってある。簡単に言えば、このチベット高原に向かってインド南方から北方向に移動しつつあるインド・オーストラリア・プレートの力が、西や北や東へ進めないために、南に回り込む形で力が働き、今回の地震が起こったのだという。東大地震研の加藤照之教授は「この付近は、四川-雲南地震活動帯とも呼ばれている。とくに鮮水河(シャンシュイヘ)断層帯は活動が活発で、同じ所で繰り返し地震が起きている」と言っている。この断層帯の北東にある竜門山断層帯が、今回の震源である。だから、地震が起こるはずのない所で起こったのではない。
 
 これは日本にも当てはまることだが、地震は自然界の動きの一部である。上記したように、原因は分かっていて、起きる場所も大体は予測できる。しかし、実際にいつ、具体的にどこで起こるかは今の科学では予測できない。だから、地震を避けるためには、移動しつつあるプレートとプレートの境界付近には家など建てないことなのだが、日本列島はほとんどがこのプレートの境界線上にある。つまり、いつどこで地震が起こっても不思議はないのである。ということで、日本に住む限り地震は避けられないから、我々は耐震設計の家や建物を造る以外にない。今回の被害が大きかった理由は、地震の規模の大きさもさることながら、多くの建物が地震に弱い構造であったことが指摘されている。
 
 私にはもう1つ、気になることがある。これは2006年のジャワ島中部地震のあとの6月2日の本欄に書いたことだが、地球温暖化に伴う気候変動によって地震が起こる確率が増える可能性があるということだ。昨今のヒマラヤでは、温暖化の進行によって氷河の退縮が著しく、湖の水位が上昇していると聞く。2006年に取り上げたのは、アラスカ州南西部の氷河が急速に解けたことと、1979年に起こったM7.2の地震とを関連づける2004年のNASA(アメリカ航空宇宙局)の研究のことだ。その際、同研究の発表者の1人は、こんなことを言ったのである--「アラスカのように地震が起こり、氷河の状態が変化している地域では、両者の関係を考えることが地震被害の防止には大切だ」。ヒマラヤには、この2つの要素に加えて、プレートの移動地点であるという、地震の原因そのものがある。

「地球温暖化は地震を引き起こす」という直接的因果関係を証明した研究は、まだない。しかし、状況証拠はいろいろあるようだから、我々は今回の地震を“対岸の火事”だと思ってはならないのである。

 谷口 雅宣

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2008年5月14日

“放置国家”から脱却しよう

 最近の日本の政治はきわめて分かりにくいので、ホトホト困ってしまう。「道路特定財源の制度を延長する」ための法律を作っておいて、閣議では「道路特定財源は廃止する」と決める。これは大いなる矛盾だから、どちらかがウソではないかと思う。そこで、普通はこう考える--日本は議会制民主主義の国で、世界に冠たる“法治国家”だから、国権の最高機関である国会で決まった法律が政治の本筋を決定する。ところが、福田首相は「閣議で決まったことが本当だ」と言う。これでは、内閣総理大臣が「法律は無視していい」と言っているように聞こえる。こんなにいいかげんで、分かりにくい政治を野党も許しているところが、また分からない。結局、日本という国は“法治国家”というよりは、ギョーカイが望むものはすべて温存しようとする既得権益の“放置国家”ではないか--と思いたくなる。

 しかし、私が今回言いたいことは「道路問題」ではなく「環境対策」である。この2つは、もちろん関係がある。道路をつくり続ければ当然、自然環境の悪化が進行する。それは、山を切り拓き、大量の構造物とセメントとを自然界に投入することだから、当然、二酸化炭素が出る。それだけでなく、山や原野に道路を通すことは、生物の生息域を分断することになり、繁殖条件を悪化させる。だから、道路をつくり続けながら環境対策も行うというのは、大いなる矛盾であり、どちらかがウソである。どちらがウソであるかは、上記の例を考えれば何となく分かるだろう。
 
 5月12日の『日本経済新聞』の夕刊に、不思議な記事が載っていた。「不思議」というのは「内容が怪しい」という意味ではない。内容は「そうだろうな」と理解したうえで、「なぜそうなのか?」と不思議に思うのである。その記事によると、日本で太陽光発電と風力発電を事業化している企業は、事業の主軸を国内から海外へ移している、というのである。太陽光電池のメーカーは2007年に、輸出量が国内出荷の3倍に達した一方、風力発電の事業者は、国内よりも海外での発電所立地を進めているというのだ。その理由は「欧米は新エネルギー導入の優遇策を強化しており、市場の伸びは国内を大きく上回る」からだという。
 
 ここでいう事業者やメーカーは、中小企業ではない。日本を代表する大手メーカー--例えば、太陽電池ではシャープ、三菱電機、京セラ、風力発電では東京電力系のユーラスエナジーホールディングス、電源開発(Jパワー)などだ。そういう日本の大企業が、国内よりも海外へ事業を展開しようとしているのは、日本が自然エネルギー導入に消極的だからである。政治のかけ声だけは大きいが、制度的な変更がきわめて遅いか、あるいは変更の意欲がないように見える。この点は、道路特定財源の問題とよく似ている。つまり、既得権益をもった勢力が変更を拒んでいて、政治家はその意向に唯唯諾諾としている。

 このほど“福田ビジョン”と称する洞爺湖サミット向けの地球温暖化対策の目標が明らかになったが、そこでは日本は2050年までに、温室効果ガスを1990年比で60~80%削減するとしているようだ。これはかけ声としては相当“意欲的”に聞こえるが、すでにEUが掲げている目標と変わらない。では、EUが実施している温暖化対策に近いものを日本が今、行っているのだろうか? 答えは「ノー」である。環境税も排出権取引も、自然エネルギー支援のための優遇策も、ほとんど内容のあるものは実施されていない。だから、常日頃政府に同情的な『産経新聞』でさえ、「この数値目標の根拠は薄弱である」(5月13日付「主張」)と疑い、『日経』にいたっては、「産業の構造も企業の体質も現状維持を前提とした自主行動の積み上げなどでは、60%とか80%の削減などできるはずはない」(同日「社説」)と手厳しい。大企業が自然エネルギー関連事業を海外へ移しているのも、まさにこれと同じ理由だろう。

 本欄で繰り返し述べてきたように、21世紀は「低炭素社会」の実現に向かって世界全体が転換すべき時代である。道路特定財源の問題も処理できないような現状では、この大変化の潮流には乗れない。日本は早く“放置国家”から脱却しなければならないのである。

 谷口 雅宣

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2008年5月13日

楽曲『生命の栄え』

 今日は突然、ブラジルから電子メールが届いた。ダニエル・リンドーソ(Daniel Lindoso)という人からで、生長の家の青年会員らしい。英語のメールだったので内容を大体理解できたが、先方も英語は使い慣れていないようで、意味が一部不明である。が、分かった範囲で内容を要約すると--「アマゾナスの青年会では昨年、初めて歌を作って、(ポルトガル語のほか)英語、スペイン語版のものも正式にCD化する考えです。ところが、日本語版がなぜか作られなかったのです。だから、私はこの曲を先生に贈ります。喜んでもらえれば幸いです」というものだ。
 
 メールに添付されたファイルを開くと音楽が流れてきた。私はポ語の歌が聞こえてくるのかと思っていたが、意外にも日本語の歌だった。そこで歌詞を聴いて書き取ったものを、次に掲げる--

*1
 われわれは ほんの一瞬だけ
 ここに過ごしてる
 この大地には 魂があり
 子孫に残すべき
*2
 世界はわが家だ 自然も公園も
 すべてがわれわれだ
 リサイクルをして クリーンな地球を
 みんなで築きましょう。

 (*1と*2を繰り返す)

*3
 川がかればむ 大気が叫ぶ
 世界のこうきゅう
 地球を動かす
 大自然を愛してるよ
 その魅力に引かれるよ
 人生に目覚めよう
 愛の世界では命こそ大切

 (*1を繰り返す)

 (*3を繰り返す)
 命こそ大切 命こそ大切

 問題が2カ所残った。それは、上記の歌詞で「かればむ」と「こうきゅう」と書いてある所だ。私には意味が取れなかった言葉で、聞こえた通りに平仮名で表記している。この歌詞には、このほかにもいくつか不自然な表現が見られるから、恐らく日本語が母国語でない人の作詞だろう。そこで、私は勝手に次のような歌詞に変えてみたのである。原作の意図にできるだけ沿うように心がけた。また、原題は『命こそ大切』というものだったが、私は『生命(いのち)の栄え』とした。この方が、日本語として自然だと思うからである。

--------------------------------------
 『生命の栄え』
*1
 私たちは ほんの一瞬
 地球で生きている
 生命(いのち)溢れる この地球を
 子らに伝えよう
*2
 地球はわが家(や)だ 自然も公園も
 すべては一体だ
 不要なものが ない生き方を
 ともに築きましょう。
*3
 川が涸れていく 風は叫ぶ
 私たちの心が 地球を動かす
 大自然はわがすみか
 その懐に抱かれ
 使命に目覚めよう
 神の御心は 命の栄え
---------------------------------------
 歌を送ってくれたリンドーソ氏には、上の“翻訳”を提案してみようと思うが、読者からのフィードバックもいただけたら幸甚である。日本語の歌詞入りのオリジナルの楽曲を下に掲げる。
 
 谷口 雅宣

「Inochikoso.mp3」をダウンロード

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2008年5月12日

イスラエルのシリア空爆 (2)

 昨年の10月15日の本欄にこれと同じ主題で書いたが、先の連休前にこのことで新しい展開があったことは、読者もご存じだろう。それは、これまで本件について「ノーコメント」を通してきたアメリカ政府が4月25日に突然、本件に関連して「北朝鮮はシリアの核施設建設を支援してきた」と発表したことだ。それだけでなく、そう判断するに至った証拠写真を、破壊された原子炉の内部の写真も含めて何枚も公表した。その中には、シリアの原子力委員会関係者と一緒にいる北朝鮮高官の写真もあり、その人物についてホワイトハウスは、固有名詞を挙げて「寧辺の核燃料製造工場の責任者だ」と説明した。この寧辺の核施設とは、北朝鮮が核兵器の燃料製造に使ったとされている施設である。
 
 4月25日の『朝日新聞』夕刊が、アメリカ政府の発表の骨子を分かりやすくまとめている--
 
① シリアは2007年8月、ガス冷却黒鉛減速炉を建設中で、稼働間近だった。完成すれば原子炉は核兵器に使うプルトニウムの生産が可能となる。
② 原子炉は核燃料の搬入前に破壊された。
③ 北朝鮮がシリアの機密核兵器計画を支援したと確信する。同型炉は過去35年間、北朝鮮だけが建設している。
④ シリアは破壊直後に跡地を整地し、証拠となるような機器を持ち去った。

 昨年9月21日の本欄に書いたことを読み返してもらえれば分かるが、上の事実のほとんどは、9月6日にイスラエル空軍による施設攻撃があった時点で、すでにアメリカ政府が知っていたことだろう。知っていながら8カ月ものあいだ「ノーコメント」を通していたのは、北朝鮮が過去の核拡散行為の申告を自主的にする余地を残しておいたのだろう。「オレたちは知っているから破壊した。しかし、そのことは今は言わない。自らそれを申告すれば、経済援助はしよう」--そういうメッセージを出していたのだ。これは言わば“無言のメッセージ”である。しかし、当の北朝鮮は「オレは知らぬ」を通してきた。
 
 そこで今回、アメリカは「我々は決定的な証拠を握っている」という意味で、証拠の内容を公表したのだろう。メディアに発表した証拠がアメリカ側の握っている証拠の全部かどうかは分からない。しかし、相当細かいものだ。そして、この発表を行った当日、北朝鮮を20日から訪問していたアメリカ国務省のソン・キム朝鮮部長は、記者団に対して「非常によい訪問になった。中身の濃い議論ができた」と語っている。また、北朝鮮側は24日、この協議について「真摯かつ建設的に行われ、前進があった」と発表している。この北朝鮮での交渉で、アメリカは相当の内容の証拠を示して、北朝鮮に申告を迫ったに違いない。それに対して北朝鮮側が、少なくとも公式には不快感を示さなかったことは注目に値するだろう。

 さて、空爆を行ったイスラエル自身だが、これまでその事実さえ認めなかったのはなぜだろう? ひとつは、攻撃されたシリアが当初、それを認めなかったことに原因があるだろう。当初(攻撃のあった9月中)のシリア側の説明は、イスラエルの航空機が「武器類」(munitions)を投下し、燃料タンクを落としたので、シリア軍によって追い返された、というものだ。その後、10月に入って、シリアのアサド大統領は本件について初めて公式にコメントし、「イスラエルのジェット機が、使われていない軍関連施設を爆撃した」と言った。こうして“敵”側が「大した問題ではない」という態度をとっているときに、イスラエルが公式に「核施設だったから攻撃した」と言えば戦争になるだろう。そういう薄氷を踏むような駆け引きがあったと想像する。

 もう1つの理由を憶測すれば、それはシリアの報復を恐れたためだ。別の言い方をすれば、イスラエル自身の核施設が攻撃に対して必ずしも安全でないからだ。このことは、ブッシュ大統領が4月25日の記者発表の際に「我々は早期に発表することによって中東で対立や報復の危険が増すことを心配した」と言っていることからも推測できる。5月10~11日付の『ヘラルド・トリビューン』紙には、前のブッシュ政権(現大統領の父親)時代に国務省職員だったベネット・ラムバーグ氏(Bennett Ramberg)の論説が掲載されているが、そこにはイスラエルの核事情がやや詳しく描かれている。
 
 それによると、昨年11月、ロンドンの『サンデー・タイムズ』紙に掲載された記事は、イスラエルがディモナにある核施設周辺に厳戒態勢を布いたことを報じた。が、その意味について、記事は十分理解しなかったようだ。ラムバーグ氏は、これはシリアの報復攻撃に備えての行動だったという。彼によると、エルサレムから離れたネゲヴ砂漠の中にあるディモナには、同国の核兵器計画の中心施設があるという。稼働開始からすでに40年以上を経て、ここでは最大200個の核爆弾を製造できるだけのプルトニウムが生成されている。核兵器は、主として「抑止」のために機能するが、その一方で、攻撃対象ともなる。1960年代には、エジプトがここを攻撃することを検討した。湾岸戦争中の1991年には、イラクのフセイン大統領は実際に、ここへ向けてロケット攻撃を行った。2004年には、イランの高官がその施設が悩みの種だと言った。そして、2007年にシリアも同じことを言ったという。
 
 地域戦争が起こると、核施設は実際に攻撃対象になる。1980年代のイラク・イラン戦争でも建設中の核施設が攻撃された。1981年には、イスラエルはイラクのオシラクにあった施設を破壊した。1991年の湾岸戦争開始まもなく、アメリカはバクダッド郊外にあったイラクの実験炉を爆撃し、2003年にも同じ場所が攻撃された。いずれの場合も、攻撃によって危険なレベルの放射能が環境に漏れ出すことはなかったが、稼働中の核施設が攻撃された場合の危険性は明らかだ。だからイスラエルは、狭い国土の中でも人口密集地からできるだけ遠い所に核施設を設けただけでなく、核燃料再処理施設と核兵器工場とを地下深くに隠した。さらに、施設の周辺を対空兵器で固めているという。
 
 このような歴史的事実を考えてみると、軽々に日本の核武装を提言する政治家の思慮のなさがよく分かる。また、これ以上に原子力発電所を増設することで、日本のエネルギー需要を満たそうとする自民党の政策の危うさが浮かび上がってくるのである。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月11日

庄野潤三氏の日記

 生長の家の出版・広報部の人が興味あることを教えてくれた。作家の庄野潤三氏が日時計日記をつけている可能性が大きい、というのである。とはいっても、生長の家が出版物として『日時計日記』を発刊したのは2007年版からで、庄野氏の芥川賞受賞はそれより半世紀も前のことだ。だから、もしこの可能性が事実だとしても、我々よりもこの大作家の方が“大先輩”ということになる。で、その可能性を有力に示しているのが、2002年11月にマガジンハウスから発行された『ku:nel』(くうねる)のインタビュー記事だというのである。
 
 私は、『太陽はいつも輝いている』(生長の家刊)の中で庄野氏の小説を取り上げて「小説版の日時計日記」と形容し、そこには「日時計主義と共通する“人間の本性への信頼と讃美”が貫かれている」と書いた。が、庄野氏がもし日時計日記のような「よいことばかり書く日記」をつけていたとしたならば、氏の作品の比類のない質の秘密を知ったような気がして、うれしくなった。

 そこで問題のインタビュー記事だが……インタビューアーの女性が、庄野氏の書斎の机の上に何冊も重ねてある日記のことを、こう書いている。

「毎朝、この部屋に入るといちばんに、前の日のできごとを詳細につける。……そして、日記を開き、それを見ながら原稿にしていく。たいてい、ほぼそのままが原稿になる」。

 さらに、こうある--

「この日記には、嫌なことは書かない。うれしいことだけを取り上げる。だからこそ、小説には“おいしい”“ありがとう”という感謝の言葉が並ぶ」。

 このあと、庄野氏自身の言葉が次のように続く--

「人間が生きていく以上、不愉快なことにも必ず出会うわけですけど、それを大きく取り上げない。それを無視したいという気持ちがあるわけですね。それから、人間は必ず死ぬものですけれど、死ぬってことも考えちゃいけないと、自分に言い聞かせているんですよ。自分が死んだら、家族はどうなるだろうかとか、お葬式はどうかなんてことはね、考えないようにしてる。ありがとうと言えるような事柄が、毎日起こることだけを期待しているわけですね。」(同誌、pp.84-85)

 この「ありがとう」という言葉が、形式ではなく、心から出ることの難しさは、私が『ぱすわあど』でも取り上げた通りである。庄野氏も、そのことにインタビューで触れている。
 
「“ありがとう”というのは、年月の積み重ねでできあがったものです。実生活の経験がまだ少ない人たちは、どんなふうに読むのかなぁと、ちょっと見当がつかないんですけれども。だけど、ぼくは難しいことを書いているわけじゃないから、ぼくが“ありがとう”と言えば、“ほんとに庄野さんはありがとうと思ってるんだろうな”と。それは通じているかもしれません」(同誌、p.85)

 人生の暗黒面を見ないという点については、庄野氏は9・11後の11月に行われた作家の江國香織さんとの対談で、次のように言っている--
 
江國--(前略)さっき炭疽菌の話がでましたが、今、世界ではテロが起きたり、狂牛病騒ぎがあったり、親が子供を殺してしまったりと、陰惨な事件がひっきりなしにあって、新聞やテレビの報道を追っていると、どうしてもそういったことに目が行きがちですが、庄野さんのお書きになるものを読むと、じつはそういうことは本質ではない、大切なことはもっと別な身近なところにあると教えられます。僭越ですが、御自分にとって大切なことと、そうでないことをきっちり分けていらっしゃいますね。

庄野--それはありますね。炭疽菌とかテロとか、そういうことはあっても見ないのです。自分とはかかわりがない。自分に大事なのは、脂身をつつきにくるシジュウカラだという、そういう気持があります。

 これだけの会話では、庄野氏が人生の暗黒面を「見ない」という意味が、「臭いものに蓋」式のことか、それとももっと深い理由があるのかは分からない。が、私は、氏の作品群について「小説版の日時計日記」と書いたことは、それほど間違っていなかったと知り、安心したのである。

谷口 雅宣

【参考文献】
○庄野潤三著『孫の結婚式』(講談社、2002年)

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2008年5月 9日

電子本『ぱすわあど』を登録

 4月下旬に本欄で連載した童話「ぱすわあど」のスタンドアローン版を作ったので、ここに登録する。IBM互換パソコン専用なので、マックでは動作しない。本のページの上で左右のマウス・クリックをすると、ページをめくるというだけの簡単なものである。プログラム・ファイルをできるだけ小さくしたかったので、最小限の機能にした。使ったソフトは「Neobook」というアメリカ製のオーサリング・ソフトである。興味のある読者は、電子本を使ってみて感想を聞かせてください。(下のリンクでマウスを右クリックすればいい)

電子本『ぱすわあど』をダウンロード
 
 谷口 雅宣

追伸:『ぱすわあど』のβ版をVersion 1.0 にアップグレードし、本のページをめくる音をしこみました。ファイルのサイズはほとんど変わっていません。(5月10日記)

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2008年5月 7日

シイタケと野鳥

Mtimg080505  5月4日の本欄に書いたように、今回の山荘行きでは思いがけず森の中でシイタケを沢山収穫できた。これらのシイタケは、すでに消費されて影も形もないが、食べる前にスケッチしておいたので、その際の感動や経験を後から想起できるのはありがたい。読者の皆さんには、シイタケなど“当り前”すぎるかもしれないが、私にとっては“当り前の奇蹟”的経験だった。また、山荘滞在時に聴いた野鳥の声の録音(1分31秒)もあるので、ここにご披露する。小型のボイスレコーダーによる録音だから、雑音(主として風の音)など混じっている点はご容赦いただきたい。
 
 谷口 雅宣





「Birdsongs.mp3」をダウンロード

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2008年5月 6日

美術館をめぐる

 今日は午後から北杜市の町に下りていき、「小淵沢絵本美術館」と「くんぺい童話館」を訪問した。絵本美術館では私の知らない外国の絵本作家の原画展をやっていた。また、ターシャ・デューダーの絵本を集めたコーナーもあった。連休最終日の午後ということで、多くの人はすでに帰還の途にあるのだろう、美術館は私たち以外には客が2人しかおらず、私たちはゆっくりと原画や絵本の鑑賞ができた。普段は接することのできない画家の絵を見ること、特に原画を見ることは、なかなかいいものだと思った。一方、童話館には私たち以外の客は誰もおらず、館内の展示品や本を眺め、ほしい本を買おうと思ったが、館員の姿もない。諦めて車にもどったところで、童話館の女主人が出てきてくれた。昼まで客の応対に忙しく、それが終ったので2階で「ぼんやりしてしまった」としきりに謝った。

 この童話館は、切絵作家、童話作家である東君平氏(1940-1986)の100冊を超える本や原画などを集めた美術館で、夫人が館長である。私は、館の隅にある小さい6畳ほどのアトリエ風の部屋のことを夫人に尋ねた。すると、それは君平氏が生前に使っていた部屋を再現したものだと教えてくれた。そこに置いてある白い引出し机は、私の娘の部屋にあるものと酷似していたので、何となく親しみを感じた。君平氏はいくつもの机を使ったが、そのうちの1つだそうだ。私はそこで、君平氏の短い童話を集めた『ひとくち童話』と、氏のトレードマークである「くんぺいタヌキ」のぬいぐるみを買った。『ひとくち童話』の中に納められた作品には、短いものは10行以内、見開き2ページで終わってしまうものがいくつもある。それらを読んで、私は最近本欄に書いた「ぱすわあど」のことを思い出した。私のは少しこじつけがましい所があるが、君平氏の作品はきわめて自然で、スッキリしている。子ども用の作品は、こうでなければならないと感心した。
 
 山荘への帰途に目撃した1コマを、君平風に文章と絵にしてみた--
 
 道 路
 
 Catdog ねこが、どうろをわたろうとしました。
 はんたいがわに いぬがいて、
 ねこに ほえました。
 ねこはおどろいて、いぬをみましたが、
 いぬは、かいぬしの手につながれていました。
 そこでねこは、むねをはって
 どうどうと、どうろをわたりました。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月 5日

白い飛沫

 5月1~3日に行われた生長の家の4組織の全国大会で、私は22秒間のごく短い動画を披露した。それは、私たちが“左脳”を使った意味優先のものの見方をするときと、“右脳”による感覚優先のものの見方をするときとで、同じものがどれほど違って見えるかを示すためだった。多忙な現代社会では、多くの人々が前者のものの見方を偏重する傾向があるから、後者のものの見方を取り戻すことで、私たちの毎日の生活が、より豊かに、味わい深いものになる、という点を強調したかった。その際、昨年8月19日の本欄で最初に使ったカラスの糞の写真を加工して動画にし、それに音楽を被せた。この写真は、拙著『太陽はいつも輝いている』(生長の家刊)の127ページにも使われているから、多くの読者にはすでにお馴染みのものだ。大会の講話では、この動画が案外好評だったので、大会後に静かな場所で自由時間がもてたのを利用し、他の写真やナレーションを加えて補足したバージョンを制作した。題して「白い飛沫」である。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月 4日

半年ぶりに山へ

 半年ぶりに山梨県大泉町の山荘に来た。朝早く東京を出たおかげで約2時間で目的地に到着し、雪を頂いた甲斐駒ケ岳を遠方に眺めながら、朝食をとることができた。青い空のもと、野鳥の澄んだ声と若芽がいっぱいに吹いた森の木々に囲まれた場所は、文字通りの“別世界”である。標高1200メートルのこの地では、ヤマザクラ、ヤエザクラ、スイセン、セイヨウタンポポ、レンギョウなどが同時に咲いている。毎年、生長の家の組織の全国大会後にここへ来ているが、連休の前半に付近へ来た人々が山菜採りをするので、我々の山荘脇に生えているタラの木の若芽が切られていることが多い。昨年同時期(5月6日)の本欄には「タラノメは伸びていない」と書いてあるが、今年は暖かかったのだろう、ちょうど食べごろの大きさに伸びていて、人間の手が届く高さのものはほとんどすべて掻き取ってあった。

 シカももちろんタラノメを食べるが、彼らは芽といっしょに、芽の出る木の先端部を凸凹にかじり取るのに対し、人間は芽だけを指先で折って取るから、刃物で切ったような滑らかな白い切り口が残る。山荘周辺のタラの木は、ほとんどが人間の手で芽を掻き取られていた。それを見るとさすがにガッカリする。しかし、こんなふうにタラノメを採る人間の様子は、シカとあまり変わらないのだった。山荘の庭にはサクラ、ヤマボウシ、ライラック、ミツバツツジなどがあるが、どれもシカの背の高さまでの枝は、ことごとく新芽を失っている。中には、折られた枝が皮一枚で元の位置から垂れ下がっているものもあり、悲惨である。しかしそれでも、シカの背を上回る部分には新芽が生えて伸びており、蕾をつけているものもある。山荘脇のタラの木も、人間の手の届かないところでは成長し続けているから、“頭の黒いシカ”が取ったと考えればいいのかもしれない。私はそう思い直し朝食後、付近を妻と歩きながら、二人で3~4本のタラノメを収穫した。

 シイタケも収穫できた。これは予想外だった。山荘の北側の林の中には、シイタケのホダ木が10本ほど横倒しに組んであった。昨秋は、そこから出たシイタケはあまり多くなかった。春のシイタケは秋より数が少ないと思っていたから、今回の訪問でもさほどの収穫は期待していなかった。ところが、大小合わせて10個以上が傘を広げていた。ただし、出てから時間がたっているものが多く、半分以上は乾燥が進んで“乾しシイタケ”状になっていた。また、山荘の西側の斜面にも、周辺のクリの倒木を整理した時につくったホダ木が立てかけてあったが、その1本から10個以上が出ていた。こちらも乾燥が進んでいたが、食べるには問題がないので、ありがたく収穫した。
 
Kamadoma  動物についても書こう。1つはカマドウマだ。この虫が春に発生することは以前から分かっていた。また、管理会社からの事前の報告にも「各部屋共に、カマドウマが大量に発生しておりました」と書いてあったから、ある程度の数は予想していた。が、管理会社の人が掃除したはずだから、残っていても数十匹程度とたかをくくっていた。ところが、山荘に着いてまもなく、浴室を調べていた妻が声を上げて私を呼んだ。「すごい数よ」というのである。行ってみると、水のない湯船の底に、長さ30センチ以上もある楕円形の黒い塊があって、それがカマドウマの死骸が集まったもののようだった(=写真)。で、死骸ならば捨てればいいと思い、手を伸ばそうとした。すると、妻がそれを引きとめて、「それ、みんな生きているのよ」と言う。ウソだろうと思いながらよく見ると、確かに虫たちは生きていて、互いに絡み合っているのだった。何のためか、私には分からない。

 自然界には人間にとって美しいものだけでなく、不気味なものもあることがよく分かった。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月 3日

青年会全国大会終わる

 生長の家の4組織の全国大会の最後を締めくくる「生長の家青年会全国大会」が、午前10時から東京・調布市の生長の家本部練成道場で行われた。前日の相・栄合同全国大会と同じ会場だったが、若者のライフスタイルを考慮してか、同道場の大道場の畳の上にシートを被せ、パイプ椅子を置いての開催だった。畳に座るよりも当然、会場の収容人員は減少する。が、驚いたことに、最終報告による入場者数は1,520人で、畳のままだった前日の入場者数を5人上回ってしまった。田中道浩会長によると、青年会中央部でもこれほどの入場者予想していなかったため、入場者に渡す当日のプログラムが足りなくなってしまったそうだ。青年以外の入場者も相当数いたようであるが、こんな話は過去に聞いたことがない。60回目の記念すべき大会にふさわしい“うれしい誤算”ではないだろうか。

「第60回」の大会ということで、青年会運動の歴史を振り返る企画(映画上映)もあり、興味深く拝見した。また、かつて本欄で発表した「釈迦と悪魔」という対話形式の私の文章をもとにした寸劇が上演されたのも、面白かった。作者としては、細部で注文をつけたいところもあったが、全体としては私の意図を十分に表現していただけたので、ありがたく、懐かしい思いで鑑賞した。体験談の発表にも多様なものがあり、さらに詳しく知りたいと思った。

 さて、私の講話であるが、前2回の講話の内容と基本的には変わらないはずだったが、話し手は聴き手からの影響をやはり強く受ける、と感じた。講話中、私は何回も予定外の話をしている自分に気がついたのである。そんなわけで、結論部分が他の大会のそれから少しブレていたのではないか、とも思う。まあ、講話は“生き物”だから、それでいいのかもしれない。

 本大会に全国から参加してくださった青年諸君、また大会を準備し支えてくださった実行委員各員、そして練成道場の役職員皆さん、どうもありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

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2008年5月 2日

相愛会・栄える会合同全国大会終わる

 昨日の白鳩会全国大会に続き、今日は「生長の家相愛会・栄える会合同全国大会」が行われた。会場は、大宮から東京・調布市の生長の家本部練成道場に移動して、午前10時から午後3時半まで行われた。白鳩大会が参加者を幹部に限定して行われたのと同様に、本大会でも“炭素ゼロ”を意識して参加対象者は役職者に絞られた。そのため、参加者数は最終報告で相愛会が1,161人、栄える会が354人の計1,515人となった。それでも、参加者全員が大道場には入れないため、同道場では食堂を含めた各部屋にも席を設けるなどの工夫をしてくださった。本部の実行委員はもちろん、佐野一郎総務を初めとした同道場の役職員の方々の御協力に感謝いたします。

 私は、前日と同様に、午後の最初の1時間の講話を担当した。その直前に、各教区対抗の「笑いの大会」という行事が行われたため、会場の雰囲気が柔らかく和んでいたのがありがたかった。私の講話は、ほとんどの参加者が男性であることを考え、論理的な側面を重視してすすめた。制限時間を5分ほどオーバーしてしまったが、予定していた内容の8割ぐらいは話せたのではないかと思っている。

 ひと言だけ感想を述べれば、体験談の内容に多様性と意外性があり、幹部対象の大会にふさわしいと思った。ただ、1人の発表時間が短かったので、体験の“全貌”をもっと知りたいという思いが残った。この点は、後日、機関誌等の場でフォローしていただけるとありがたい。
 
 参加者、発表者、運営委員の皆さん、ご苦労さまでした。
 
 谷口 雅宣
 
 

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2008年5月 1日

白鳩会全国大会終わる

 今日は、大宮駅前の大宮ソニックシティホールと京都府宇治市の生長の家宇治別格本山を会場として、創立73年の「生長の家白鳩会全国大会」が行われた。従来は、東京の日本武道館に全国から会員を集めて行われていたが、今年からは“炭素ゼロ”運動の一環として、参加対象者を支部長以上の白鳩会幹部に限定して、東西2会場での分散開催になった。また、同じ目的で、全国で行われている中規模の集会を減らすかわりに、第一線の組織での活動を活性化させることを目指して、同大会には“魅力ある誌友会”と“質の高い運動”の実現に焦点を絞った企画が盛り込まれた。大宮会場(2,432人)と宇治会場(3,077人)の合計で5,509人もの参加者があった。

 私は、午後のプログラムを1時間の講話で埋める役であったが、前半をゆっくりと滑りだしたために、後半で時間が足りなくなり、結論部分を大急ぎでまとめなければならなくなった。だから、受講者の方々には不満が残ったかもしれない。
 
 本大会を成功に導くために、全国から参加してくださった方々、また送り出してくださった方々、各会場で運営に尽力された方々、それらの人々をサポートして下さった東京本部と宇治別格本山の役職員の皆さまに、この場を借りて心から御礼申し上げます。
 
 とりあえずは、感謝とご報告まで。
 
 谷口 雅宣

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