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2008年4月19日

クスノキの紅葉

 先日、生長の家講習会で佐賀市へ行ったとき、泊まったホテルの周辺を歩いて気づいたことがある。そこは佐賀城跡の堀に囲まれた一画で、県木である立派なクスノキが何本も根を張り、モコモコと新緑の枝葉を広げていた。そのつややかな黄緑色の樹冠の中に、赤い葉が数多く混じっているのである。それが遠くから見ると“赤い花”のように見えるのが、なんとも良い感じなのである。私は当初、クスノキの葉の新芽は赤いのだと思っていた。が、そういう木の下を通ると紅い葉が落ちているのである。それも新しい葉ではなく、十分役目をはたした感じの大きな葉が、秋の紅葉と見まがうほどの彩に変わって、散り敷いている。同じ木の上を見ると新緑、下を見ると紅葉……この不思議な組み合わせに気づいた私は、1つの仮説を立てた。
 
 それは、クスノキは春に紅葉して葉を落とすという仮説だ。どこかで読んだ話に、秋になって落葉樹の葉が赤や黄色に変わるのは、葉の寿命が来て「枯れる」のではなく、木が葉を落とすために特殊な化学物質を葉に送り込むからだとあった。葉を落とす理由は、雪が降ると、その重さで枝が折れるのを防ぐためだ。そういうきわめて合目的的な仕組みが「紅葉」や「黄葉」にあるならば、“春の紅葉”が起こることにも合理的な理由があるはずである。クスノキはもちろん常緑樹だ。常緑樹が春になって新芽を出すとき、冬を越した葉の間から新芽を出すことが多い。その場合は葉を落とす必要はない。が、これだと古い葉が大部残ってしまう。葉の多くを一新しようとすれば、古い葉を落とす必要がある。そのためには、春に紅葉するのがいい。

 私は、この仮説を東京へ持ち帰り、わが家の庭にあるクスノキも紅葉しているかどうか確かめた。庭に落ちていたクスノキの葉は、やはり紅葉していた。私はもう何十年もそういう葉を見てきたはずなのだが、それは葉が古くなって枯れて落ちたものだと考え、紅葉とは思わなかった。落ちている葉の色の変わり具合は、落葉樹の紅葉とほとんど変わらない。しかし、「紅葉は秋」という先入観をもって見ている中では、美しい紅葉も「枯葉」にしか見えなかったのである。

 このことに気づいてから、私はクスノキの紅葉を俳句に詠もうと思って歳時記を調べた。Mtimg080419 竹も常緑樹の一種であるが、春になると落葉する。それを先人は「竹の秋」という季語で表してきた。だから、この季節のクスノキの葉のためにも、昔から使われている季語があるはずだと思った。しかし、なぜか見当たらないのである。私は「楠の秋」や「春紅葉」などの言葉を勝手に作って使おうかとも思ったが、そういう自己流はやめた。

 今日は、東京に「春の嵐」と呼べるほどの強風が吹いた。その中を事務所から明治神宮外苑まで走った。神宮の第二球場の周りには大きなクスノキが何本もあり、その下に強風で落ちた紅葉が一面に散り敷いていた。そんな葉を何枚か拾ってきて絵に描いた。
 
 谷口 雅宣

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コメント

そう言えば我が家の小さな庭のクロガネモチの木の葉が新芽の出る今、赤ではありませんが黄色になってパラパラ落下しています、今まで何にも感じないで春に落下し、5-6月には花が咲き、新緑は段々濃い緑の葉に被われ、秋には赤い実がたわわに実り、冬にはヒヨ鳥の餌になって毎日少しづつ最後まできれいに食べられてしまうと言う状況をただ漫然と眺めて日々を過ごしておりました、クスノキの紅葉の様に鮮やかで鑑賞するする様な美しいものではありませんが春にも紅葉や黄葉があるのだ!と意識して見れば面白いな!と感じました。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年4月20日 01:36

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