« 食糧危機が近づいている? (2) | トップページ | 日時計主義が直感できる »

2008年4月15日

『太陽はいつも輝いている』について

Taiyo3_dg2  3月27日の本欄で少し触れたが、5月初めの生長の家の組織の全国大会を期して出版される拙著の見本を今日、受け取った。題は『太陽はいつも輝いている』というもので、副題を「私の日時計主義実験録」とした。内容は、昨年秋に上梓させていただいた『日時計主義とは何か?』の続編と考えていただいたらいい。この本も前著と同じく2部構成で、第1部が“理論編”、第2部が“実践編”と言えるだろう。特に第1部は「続 日時計主義とは何か?」と題していて、前著の第1部「日時計主義とは何か?」を補完する内容となっている。人生の光明面を見るこの生活法を実践する際のテキストとして、前著とあわせてご利用いただけたら幸甚である。

 副題から類推できるように、この本では、私が日時計主義をどのように考え、どのように実践しているかを実例をもって示している。日時計主義の理論的説明としては、すでに前著で「悪は実在しない」ことや「感覚優先と意味優先」のものの見方などについて書いている。本書ではこれに加えて、“右脳”と“左脳”の機能的差違や「偶然はない」という生長の家の考え方、さらに「奇蹟」と「当り前」をめぐる一般的な考え方の誤りなどについて書いている。また、生長の家とは特に関係がなくても、日時計主義に合致する「人生の光明面を描く」文学がすでに存在していることも具体的に示している。この第1部の中で、「偶然」と「奇蹟」をめぐる論考の大部分は、本欄に書いたいくつかの文章をもとにしている。

 第2部はこれら論文調の文章とはまったく趣を異にし、私の「スケッチ画集」と「谷口雅宣句集」で構成されている。スケッチ画は1999年以降に描いたもの38点で、うち6点は絵封筒、9点は絵具や紙を使わずパソコンだけで描いた“PC画”である。句集は、2000年以降に作った句99首を集めてある。絵画が日時計主義の手段たりえるのは、一見何でもない出来事や風景の中に美や愛を見出す心を養い、またそれらを具体的に提示することによって、自分の感動を見る人の心の中に送り込めるからである。同じことは言葉によっても可能だが、言葉には“国境”があるのに対して、絵画にはそれがない。

 言葉の芸術では、俳句は世界最短の形式である。それが日時計主義の実践になりえるのは、「人生や自然の“ひとコマ”や“一瞬”を言葉で固定する」というその独特な機能による。詩や小説は、ある程度の長さの言葉の流れを必要とするため、人生の“ひとコマ”や“一瞬”は描けても、それを主題とはせず、ストーリーや構成の確かさで勝負する。そのため、描かれるものはどうしても複雑化する。しかし俳句は、“ひとコマ”や“一瞬”をスナップ写真のように固定することが目的である。だから、作句後には写真アルバムを見るように、そこに固定された瞬間を再体験することができる。これによって人生の味わいは2倍にも3倍にも深まると思う。また、日時計主義による他人の句を読むことにより、自然の素晴らしさや人生の明るさを、自分の心で追体験できる。それによって、周囲のものへの感性が養われ、ものを見る目が肥えることにもなる。こういう目的のためのメッセージは、長く複雑なものでは困難であり、簡潔で短い方がいいのである。

 最後に本書の題名についてだが、「太陽はいつも輝いている」とは「実相は常に完全である」という言葉のメタフォーである。詳しくは本書の序章に書いたが、地上では夜が来たり、台風に襲われたり、濃霧に進路をふさがれることがあっても、その瞬間にも「太陽は輝いている」という事実を我々は知っている。それと同じように、人生の一見暗く、困難で、苦しい出来事のただ中にあっても「実相は常に完全である」ことを忘れない生き方--これが日時計主義の生き方であり、それを読者にお勧めするのが本書の目的である。

 谷口 雅宣

|

« 食糧危機が近づいている? (2) | トップページ | 日時計主義が直感できる »

コメント

日時計主義の生き方への教えはまさに人類光明化への道しるべになるものと確信致しますが苦しみ続けている発展途上国や争いが耐えず常に命の危険にさらされている国々の人々の耳に届くのでしょうか?本当に日本は恵まれていますね、有り難い事です。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年4月16日 15:23

副総裁先生

ありがとうございます。
我が社の冠が御著書のタイトルで、心より喜んでおります。

「実相は常に完全である」
と、これからも自信を持って言える仕事をさせていただきます。
ありがとうございます。

投稿: 佐藤克男 | 2008年4月16日 16:45

尾窪さん、

>苦しみ続けている発展途上国や争いが耐えず常に命の危険にさらされている国々の人々の耳に届くのでしょうか?<

 翻訳されない限り、届かないでしょうね。

佐藤さん、

>我が社の冠が御著書のタイトルで、心より喜んでおります。<

 ええと、「冠」って何のことでしたっけ?

投稿: 谷口 | 2008年4月16日 22:22

副総裁先生

ありがとうございます。

≪ええと、「冠」って何のことでしたっけ?≫
「太陽」です。
我が社の社名は「太陽○○○」です。
ありがたいことです。

投稿: 佐藤克男 | 2008年4月17日 07:02

谷口雅宣副総裁様
"翻訳"確かにまず最初の段階としてはそうですよね!しかし誤った教育をされている所は兎も角、学校の場が無い、教育を受ける資金もない多くの人々や地域に関しましてはどうにもなりません、せめて数少ない指導者や富裕層にまず読んで頂きたいものです。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年4月17日 18:33

谷口雅宣先生

ありがとうございます。

先日本欄にてご教示いただいた御著書ですね!
楽しみに致しております☆

投稿: 長瀬 祐一郎 | 2008年4月19日 17:55

合掌ありがとうございます。

先生の新刊「太陽はいつも輝いている」を拝読しました。ふと感じたことを3つほど。。。

1,先生が引用されておられたベティエドワーズ教授ですが、最初に読んだとき、どこかで聞いたことがあるぞと思い、もしやと調べてみたら、やっぱりそうでした。7年ほど前に主人が紹介してくれた本でした。その当時はまだ課題以外を英語で長文を読む気力はなかったので、結局読まなかったのですが。。。読んでおけばよかったと。。。もしかしたら屋根裏にあるかもしれませんので、また探して読んでみます。

2,そして『少女ポリアンナ』ですが、私の母は幼い頃に、この少女の話をしてくれ、それがきっかけで、本を借りて読み、彼女の生き方に感動して、それ依頼日時計主義の生活を心がけるきっかけになったストーリーです。母に感謝です。 

3,そして、『偶然と奇跡』の章を読んだとき、ちょうどその日に友人からのメールで、友人がグラスからこぼれた水が猫のようにみえるということで写真を撮ってそれが送られてきておりました。とてもおもしろい偶然だと思いました。と同時にその友人の感性とすぐ表現してシェアするという行動にまた学ばせて頂きました。

いっきに読み終えましたので、またじっくり読み直ししっかりと学びます。ありがとうございます。 感謝合掌 再拝

投稿: GEN | 2008年4月28日 13:10

GENさん、

 読後の感想を聞かせていただき、ありがとうございます。

>ベティエドワーズ教授ですが...

 そうですか。いろいろとつながりがあるものですね。“親和の法則”が働いているのかもしれません。

投稿: 谷口 | 2008年4月28日 22:04

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 食糧危機が近づいている? (2) | トップページ | 日時計主義が直感できる »