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2008年4月27日

ぱすわあど (7)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどを思いだした。
 それは「ありがとう」ということばを、ばんごうにしたものだ。それはひみつのことばで、うまくつかえるとお金がもらえる。おかあさんは、「こどもは知らなくていいのよ」といったけど、ぼくは知りたい。おばあちゃんはアイスクリームをくれるといったけど、ぱすわあどもおしえてくれるかな、とぼくは思った。
 おばあちゃんは、ぼくをちかてつのえきのそばの、おみせにつれてってくれた。
 おばあちゃんは、めにゅうをぼくに見せて、
「なにがほしいの」ときいた。
 ぼくは、アイスクリームより大きくて、いちごとばななもはいってるフルーツパフェをゆびさした。おばあちゃんは、にこにこして「わかったよ」といってから、はなしだした。
 おばあちゃんは「ありがとう」をいうのをわすれてたから、ぱすわあどもわすれてしまった、といった。「ありがとう」はとてもかんたんなことばだけど、それを使うのをわすれる人がおおいんだって。なぜかというと、そんなかんたんなことばで、なにかがおこるとみんな思わないからだって。それから、じぶんがえらいとか、正しいとか思ってると、「ありがとう」をわすれてしまうんだって。そんなときは、ちがうことばをつかってなにかをしようと思うけど、いろいろむずかしくなるんだって。
 でも、これはみんなおとなのせかいのことで、ぼくみたいな子どもは、えらいとか正しいとか思わないから、「ありがとう」がすぐいえる。すると、いいことがかんたんにおこるんだって。
 ぼくは、おばあちゃんのいうことが半分ぐらいしかわからなかった。でも、さいごのところはよくわかった。ぼくがおばあちゃんに「ありがとう」っていったら、お金は出てこなかったけど、お金よりおいしいフルーツパフェが出てくるんだ。いまぼくは、じぶんが「えらい」とか「正しい」とか思ってない。だから、もしかしたら、ほんとのぱすわあどは、「ありがとう」のばんごうじゃなくて、「ありがとう」のことばなのかもしれない。
 そのとき、アイスクリームみたいなまん丸のかおのおねえさんがきて、たべきれないぐらい大きいフルーツパフェを、ぼくのまえにおいた。ぼくは大きなこえで、
「ありがとう!」といった。
 おばあちゃんは、大にこにこだし、いちごとばななもはいっている。
 すぷーんをにぎると、ぼくはばんごうのことをわすれてしまった。(完)
 
 谷口 雅宣

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2008年4月26日

ぱすわあど (6)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 おばあちゃんとぼくは、それを見つけるために本やさんへ行った。そこで、おばあちゃんは、むかしつかったぱすわあどを6つもぼくにおしえてくれた。
 ぼくは、かみにかいてある6つのぱすわあどを、ことばにしようと思った。

「111 → いいひと」 がわかったから、「1164」と「1192」はすぐわかった。これは、「いいむし」と「いいくに」だ。それから、すこしかんがえて「3618」と「4649」がわかった。これは「さむいや」と「よろしく」だ。でも、「1371」と「0312」がむずかしくて、わからなかった。

 おばあちゃんによみかたをきくと、「いみない」と「おさいふ」だとおしえてくれた。でも、「いみない」はわかったけど、「0312」の「0」がどうして「お」なのか、わからなかった。それをおばあちゃんにきくと、おばあちゃんは、
「おー」といって、口をまるくした。そして、その口をゆびさして、
「ほら、口がまるくなるでしょう」といった。
 ぼくは「へえー」といった。ばんごうを口のかたちになおすなんて、かんがえたこともなかった。そんなことかんがえるおばあちゃんは、すごいと思った。だから、
「おばあちゃんはすごいね!」といった。すると、おばあちゃんは、
「1つのばんごうが、たくさんのことばをかくしているの。それが、ぱすわあどのおもしろいところね」といった。
 こんどはぼくも、おばあちゃんのいうことがわかった。
Mtimg080426_2 「0」のばんごうは、「れい」と「ぜろ」と「おー」をかくしている。それから思いだしたけど、りょう手をあたまの上にあげて「0」をつくるのも、ことばのかわりだ。これは、「おーけー」といういみだ。ぼくはうれしくなって、
「おばあちゃん、ぱすわあど、おもしろいね。ありがとう!」といった。
 すると、おばあちゃんのかおがかわった。すごくうれしそうになって、
「けんくん、それ、それ、思いだした。ありがとうだわ! ぱすわあどは、ありがとうなの。おしえてくれて、どうもありがとう!」といった。
 ぼくは、おばあちゃんがおしえてくれたのに、どうしてぼくが、おばあちゃんにおしえたことになるのか、わからなかった。それから、「ありがとう」はどんなばんごうになるのかな、と思った。おばあちゃんにきこうと思って、かおをみた。すると、おばあちゃんは、
「おばあちゃん、すごくうれしいから、おれいに、けんくんのほしいものあげる。アイスクリームたべにいこう!」といった。
 それをきいて、ぼくもうれしくなった。「ありがとう」のばんごうは、アイスクリームをたべながら、おばあちゃんにきこうと思った。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月25日

ぱすわあど (5)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 おばあちゃんとぼくは、それを見つけるために本やさんへ行った。おばあちゃんはそこで、ことばをばんごうに変えるやりかたをおしえてくれた。1を3つかいた「111」は「いいひと」になる。ことばをみじかくすると、ばんごうになるのが、おもしろい。
 
 ぼくは、おばあちゃんがくれた「111」のかみを見ていて、思いついた。このばんごうのつぎに4をかくと「1114」だ。「111」が「いいひと」なら、「1114」は「いいひとよ」になる。ぼくは、おばあちゃんにえんぴつをもらって、4をかいて、おばあちゃんに見せた。すると、おばあちゃんは、目をまるくして、
「これはなに」といった。
 ぼくが「いいひとよだよ」というと、おばあちゃんは大きなこえで、
「まあ~」といって、それから、
「けんくん、すごい」といって、ぼくのあたまをなでてくれた。
 ぼくはすごくうれしかったけど、おばあちゃんがわすれたぱすわあどがなにか、しりたかった。ぼくが、
「これが、おばあちゃんのぱすわあどなの」ときくと、おばあちゃんは、
「ちょっとちがうのよ」といって、それから、
「ばんごうが4つのところは同じだけど、そのばんごうじゃないの」といった。
 Mtimg080425 ぼくは、おばあちゃんのいうことがよくわからなかったから、だまっていた。するとおばあちゃんは、はんどばっくからもう1まいかみをだして、ぼくに見せた。そこには、ばんごうがいっぱいかいてあった。
 --「1371」「3618」「4649」「1164」「0312」「1192」。
 おばあちゃんは、ぼくのみみのそばでこういった。
「これはぜんぶ、ぱすわあどだったけど、もうつかわなくなったのよ。かんがえすぎて、おぼえるのがむずかしくなったの。でも、いまつかっているのは、すごくかんたんで、かみにかかなくてもおぼえられると思っていたの。ところが、それをわすれちゃったのよ」。
 ぼくは、おばあちゃんが、かんたんなぱすわあどをどうしてわすれるのか、ふしぎだった。

 谷口 雅宣

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2008年4月24日

アジサイが教えるもの

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山で谷口輝子聖姉二十年祭が挙行された。前日の天気予報では今日の長崎地方は「雨」だったらしいが、幸い空も晴れて、さわやかに澄んだ空気の中で、生前の輝子先生の御徳を偲び、光明化運動へのさらなる決意を固めるよい機会になったと思う。以下は、御祭の最後に私がおこなった挨拶の概略である。

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 皆さま、本日は谷口輝子先生の二十年祭に大勢お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。「10年一日」とはよく言いますが、その2倍である20年がたつと、やはり時間の経過を感じます。早いもので、谷口輝子先生がお亡くなりになってからもう20年がたつと知って、現象世界は“久遠不滅”ではなく、どんどんと“過ぎゆく場所”だと改めて感じるしだいです。

 まだ時期は少々早いのですが、今日は紫陽花の話をしようと思うのです。それは、ご存じの方も多いと思いますが、輝子先生と紫陽花の花は関係が深いからです。『生命の實相』第19巻自伝篇には、谷口雅春先生が江守輝子さんに最初に逢われた時の印象が、このように書いてあります--

「彼女はたった1回、昨年の夏に金竜池畔でふと出遭ったことのある女性であった。その時は痩せて面やつれして青褪めた紫陽花の花のような美しさであった」(p.156)。

 この表現では、輝子先生の姿が紫陽花の花のイメージに喩えられているのですが、実際はこの時、輝子先生は紫陽花を染めた単衣の着物を着ておられたようであります。この時のことを、輝子先生は喜寿の記念に出された『人生の光と影』(1972年刊)という著書の中で次のように書いておられます--
 
「梅雨も終りに近くなって来ると、庭のあじさいは花盛りである。薄みどりの小さい花房、ブルーがかった大きなもの、青紫のもの、赤紫のものなどさまざまな色を見せてくれる。私はあじさいの花は好きである。50年前に人から貰って着ていたのは、白地のメリンスに、大きなあじさいの花を染めた単衣(ひとえ)であった。その年の夏にそれを着て、池のほとりを歩いていた時、一人の青年とすれ違った。それが夫であった」(p.193)

 この頃の輝子先生は、大本教で修行中だったのですが、まだ「神とは何か」の把握がしっかりできず、不安で淋しい毎日を過ごしていらっしゃった、とその随筆「あじさいは花盛り」には書かれています。それが、雅春先生と結婚され、生長の家の信仰に入られた後に、半世紀を生きて喜寿を迎えた際に出版されたのが、この本です。その中で、輝子先生は「人間は不死である」という真理を、紫陽花の花を使って説かれているので、それを紹介いたします。
 
 (同書、pp.200-203 を読む)
 
 ここには、我々が死を恐れることは別に恥ずべきことではなく、当り前で普通のことだと書かれています。“死を恐れる心”は必要があるから神様が与えてくださっている、とも書かれています。ときどき宗教というものを誤解される人がいて、宗教の目的は何か奇蹟的な、普通ではあり得ない異常な現象をこの世界に現すことだと考える人がいます。しかし、「自然流通の神示」には、「生長の家は奇蹟を見せるところではない。奇蹟を無くするところである」とあるのです。また、「当り前のままでそのままで喜べる人間にならしめるところである」ともあります。死は、すべての現象人間にとっては未経験のことですから、それを恐れる気持はあっていい。が、それは“道具”としての肉体を大切に扱うためであるという点を、しっかりと押さえておくことが大切です。
 
 生長の家では「肉体はナイ」と言いますが、それは「ナイのだから乱暴に扱っていい」「粗末に扱っていい」という意味ではない。先ほどの雅春先生のお言葉でも「神様からいただいた体は、大事に護って、できるだけ長生きさせることが神意である」と説かれています。ですから、皆さんも神様からいただいたこの肉体を適度に使いながら、大事に護ってあげてください。

 肉体というものは、安楽に、何もせずに寝てばかりいれば健康が続くというものではないですね。このことを皆さんも経験を通してよくご存じと思います。私も最近、このことを思い知りました。というのは、私も50代の半ばを過ぎたということで、体の健康チェックのために2日間だけ入院しました。その際、ほぼ24時間、ずっと病院のベッドで寝ていたのですね。そうしたら、チェックを終って、家へ帰ることになったのですが、新宿から原宿まで2駅電車に乗り、あと徒歩の時間が合計で15分ぐらいでしょうか、それだけ歩いたのに疲れてしまいましてね、翌日には筋肉痛まで出てきました。普通だったら、何ともない距離を歩いただけなのです。だから、人間の体は使わないとすぐに衰える。そういうようにできている。ということは、常に適度に使ってあげることが肉体の維持には必要である。
 
 人生もそれと同じですね。常に適度に困難な状態が現れていても、それは我々の肉体と心とを健康に維持していくために必要なトレーニングである。そのように考えて、皆さんもこれから大いに前を向いて、当り前のことの中に喜びと神の恵みを見出して、真理宣布に邁進してください。肉体の死は、いずれやってきますが、それは人間の本当の死ではない。多様な人生を繰り返すことに、人間の魂の進歩があるということを、谷口輝子先生もこの随筆の最後で説かれています。紹介しましょう--
 
「あじさいは咲きはじめて散るまでには、幾度も色を変える。七変化という異名もある。映り移ろう現象世界の象徴のようである。散り果てたように見えるとも、死んだのではない。翌年の夏が来ると、また咲きはじめ、また散ってしまう。その生命は永遠である。現象の花の姿は一夏であるが、その生命は無限につづいて行く。現象の人間の命も一生を終っても、その生命は永遠である。現象の生活をよりよく生きることによって、幸せな未来は約束される。転んでもつまずいても、花の中に或ることを忘れてはならない」(p.206)

 この最後の言葉にあるように、私たちは転んでもつまずいても神の子であり、たとい肉体は滅びても永遠に生きるということを忘れずに、また、このことを多くの人々に伝えて、これからも希望をもって、明るい人生を送っていきたいと思うしだいです。輝子先生の二十年祭に当たって所感を述べさせていただきました。ありがとうございます。

 谷口 雅宣

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2008年4月23日

ぱすわあど (4)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 ぼくはそれを見つけてあげたい。ぱすわあどは、4つのばんごうだと、おばあちゃんはいった。ぼくは「ひらけごまあ」みたいなことばが、ぱすわあどかと思った。だから、ことばがいっぱいかいてある字の本を見ていた。でも、ぱすわあどが4つのばんごうなら、ばんごうの本を見つけようと思った。
 おばあちゃんに、
「ばんごうの本をさがそうよ」といった。でも、おばあちゃんは、
「そのほうがむずかしいわ」といった。
「どうして」とぼくがきくと、
「ばんごうをかいた本は、がっこうでならうさんすうの本だから」とおばあちゃんはいった。
 ぼくはまだ、がっこうへいってない。ようちえんのねんちょうだ。でも、おばあちゃんはがっこうをおわっている。だから、ばんごうの本がむずかしいのは、おかしいと思った。
 すると、おばあちゃんは、
「ことばは、ばんごうにかえられるの」といった。そして、小さいかみに「111」とかいて、ぼくにくれた。
「これはなに」とぼくがきくと、おばあちゃんは、
「それは、ことばをばんごうにかえたのよ」といった。
 ぼくは3つある1を見ても、ことばがわからなかった。するとおばあちゃんは、
「これは、いい人なの」といった。
Mtimg080423 「いちの“い”が2つと、ひとつの“ひと”をならべると、“い・い・ひと”でしょう」と、おばあちゃんはいった。
 ぼくは、あたまがこんがらがった。「1」が3つなら、「いち・いち・ひとつ」だと思う。でもおばあちゃんは、「いいひと」だという。
 ぼくはおばあちゃんに、
「どうして“ち”と“つ”はいわないの」ときいた。
 すると、おばあちゃんはこまったかおをして、
「どうしても……よ」といった。それから、
「ぜんぶよまなくても、ことばになればいいのね」といった。
 ぼくはよくわからなかったが、なんとなくわかったみたいだった。
 
 谷口 雅宣
 

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2008年4月22日

ぱすわあど (3)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 だからきょうは、おばあちゃんといっしょに、ぱすわあどをさがしに行った。おばあちゃんは、おかあさんに、ぼくと本やさんへ行くといった。ぼくは、本やさんが大すきだ。えの本がたくあんあるからだ。でも、おかあさんは、えの本だけじゃなくて、字の本もかってきてと、おばあちゃんにいった。ぼくは、字の本にはことばがいっぱいかいてあるから、ぱすわあども見つかるかもしれないと思った。
 本やさんでは、ぼくとおばあちゃんは、こどもの本のところに行った。そこに行けば、ぱすわあどが見つかるかも、とおばあちゃんはいった。おばあちゃんがこどものとき、すきだったおはなしの中に、ぱすわあどがあるかもしれない、とおばあちゃんはいった。
「それは、どんなおはなしなの」とぼくがきくと、おばあちゃんは、
「それがわかれば、ぱすわあどもわかるけど、どんなはなしかわすれてしまった」といった。
Mtimg080422  ぼくには、おばあちゃんのいうことがよくわからなかった。
 こどもの本をうっているところで、ぼくは『アリババと40人のとうぞく』のはなしを見つけた。ぼくの知っているぱすわあどのはなしは、これだけだ。その本をおばあちゃんに見せたら、おばあちゃんは、
「ああこれは、ひらけごまぁ~のはなしだね」といった。
 ぼくはおばあちゃんに、
「ひらけごまぁ~は、ぱすわあどでしょ」ときいたら、おばあちゃんは、
「そうかも知れないけど、おばあちゃんがさがしてるのは、4つのばんごうなんだよ」といった。
 ぼくは、4つのばんごうって何かかんがえてみた。
 ばんごうには、いろいろある。ぼくのろっかあのばんごうは13だ。ともだちのゆうのばんごうは8。こうたのばんごうは20。よしおのは11だ。4人のばんごうをぜんぶならべると、
「1382011」になる。
 おばあちゃんのぱすわあども、こんなのかもしれない。

 谷口 雅宣

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2008年4月21日

ぱすわあど (2)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 でも、そのことはひみつだと、ぼくにいった。ひみつというのは、だれにもいわないことだ。ぼくは、ごあいさつをわすれると、おとうさんにあたまを押されるけど、ぱすわあどをわすれたおばあちゃんは、だれにあたまを押されるのかなあ。おばあちゃんは、かみの毛をさわられるのがきらいだから、ぱすわあどをわすれたことを、ひみつにするのだ。
 ぼくは、おばあちゃんにきいてみた。ぱすわあどはいつするのって。おばあちゃんは、おMtimg080421 金がほしいときにするといった。ぼくは、これは大きいひみつだと思った。ごあいさつよりすごいと思った。ごあいさつができると、おかあさんはぼくのあたまをなでてくれるし、おとうさんはかたぐるましてくれる。ぱすわあどができると、お金がもらえるのだ。
 ぼくは、ぱすわあどのしかたを知りたい。でも、おばあちゃんは、それをわすれてしまったといって、こまったかおをした。
 ぼくは、おかあさんにきいてみた。ぱすわあどはどうするのって。すると、おかあさんは少しこわいかおになって、
「こどもは知らなくていいのよ」といった。
 それからこんどは、やさしいかおになって、
「けんくん、ぱすわあどはことばのいっしゅだから、たくさんことばをおぼえたら、きっと使えるようになるよ」といった。
 ぼくは、なぁんだと思った。ぱすわあどはごあいさつとはちがって、ひみつのことばなんだ。きっと長くてむずかしいことばだ。それをおぼえたら、お金がもらえる。ぼくは、ありばばのものがたりを思いだした。「ひらけごまぁ~」というと、岩がひらくはなしだ。あれは、かんたんなことばだ。ぼくにもすぐおぼえられる。でも、おかあさんは、たくさんのことばをおぼえないと、ぱすわあどは使えないといった。ぼくは、ぱすわあどはどんなにむずかしいのか、しんぱいになった。
 

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2008年4月20日

ぱすわあど (1)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 おばあちゃんが、そういうのをきいて、ぼくはたいへんだと思った。でも、ぱすわあどが何か、ぼくは知らない。でも、きっとたいせつなものだ。
 ぼくもときどき、ごあいさつをわすれる。すると、おかあさんは、
「けんくん、ごあいさつは?」といって、ぼくを見る。Mtimg080420_2
 ぼくは、おかあさんとはなしをする人に、
「こんにちわ」といって、下を向く。
 すると、その人も、
「こんにちわ」といって、ぼくを見てわらう。
 これが、ごあいさつだ。
 おとうさんといっしょにいるときは、おとうさんはぼくのあたまを押して、
「ごあいさつだ」という。
 だから、ぼくは2回下を向く。
 おとうさんは力があるから、いたいときもある。そんなとき、ぼくは、
「いてえ」といってから、「こんちにわ」をいう。
 だから、ぼくは、おとうさんとおかあさんといっしょにいるとき、知らない人がくると、こっそりおかあさんのところへ行く。ごあいさつをいつするか、むずかしいからだ。まちがえて、おとうさんにあたまを押されるのは、いやだ。
 でも、ごあいさつをわすれないと、いいことがある。
 おかあさんといるときは、あたまをなでてくれる。おとうさんといるときは、もっといいことがある。がむをくれたり、かたぐるましてくれる。だから、ごあいさつはたいせつなものだ。きっと、おばあちゃんのぱすわあども、そんなものだ。
 

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2008年4月19日

クスノキの紅葉

 先日、生長の家講習会で佐賀市へ行ったとき、泊まったホテルの周辺を歩いて気づいたことがある。そこは佐賀城跡の堀に囲まれた一画で、県木である立派なクスノキが何本も根を張り、モコモコと新緑の枝葉を広げていた。そのつややかな黄緑色の樹冠の中に、赤い葉が数多く混じっているのである。それが遠くから見ると“赤い花”のように見えるのが、なんとも良い感じなのである。私は当初、クスノキの葉の新芽は赤いのだと思っていた。が、そういう木の下を通ると紅い葉が落ちているのである。それも新しい葉ではなく、十分役目をはたした感じの大きな葉が、秋の紅葉と見まがうほどの彩に変わって、散り敷いている。同じ木の上を見ると新緑、下を見ると紅葉……この不思議な組み合わせに気づいた私は、1つの仮説を立てた。
 
 それは、クスノキは春に紅葉して葉を落とすという仮説だ。どこかで読んだ話に、秋になって落葉樹の葉が赤や黄色に変わるのは、葉の寿命が来て「枯れる」のではなく、木が葉を落とすために特殊な化学物質を葉に送り込むからだとあった。葉を落とす理由は、雪が降ると、その重さで枝が折れるのを防ぐためだ。そういうきわめて合目的的な仕組みが「紅葉」や「黄葉」にあるならば、“春の紅葉”が起こることにも合理的な理由があるはずである。クスノキはもちろん常緑樹だ。常緑樹が春になって新芽を出すとき、冬を越した葉の間から新芽を出すことが多い。その場合は葉を落とす必要はない。が、これだと古い葉が大部残ってしまう。葉の多くを一新しようとすれば、古い葉を落とす必要がある。そのためには、春に紅葉するのがいい。

 私は、この仮説を東京へ持ち帰り、わが家の庭にあるクスノキも紅葉しているかどうか確かめた。庭に落ちていたクスノキの葉は、やはり紅葉していた。私はもう何十年もそういう葉を見てきたはずなのだが、それは葉が古くなって枯れて落ちたものだと考え、紅葉とは思わなかった。落ちている葉の色の変わり具合は、落葉樹の紅葉とほとんど変わらない。しかし、「紅葉は秋」という先入観をもって見ている中では、美しい紅葉も「枯葉」にしか見えなかったのである。

 このことに気づいてから、私はクスノキの紅葉を俳句に詠もうと思って歳時記を調べた。Mtimg080419 竹も常緑樹の一種であるが、春になると落葉する。それを先人は「竹の秋」という季語で表してきた。だから、この季節のクスノキの葉のためにも、昔から使われている季語があるはずだと思った。しかし、なぜか見当たらないのである。私は「楠の秋」や「春紅葉」などの言葉を勝手に作って使おうかとも思ったが、そういう自己流はやめた。

 今日は、東京に「春の嵐」と呼べるほどの強風が吹いた。その中を事務所から明治神宮外苑まで走った。神宮の第二球場の周りには大きなクスノキが何本もあり、その下に強風で落ちた紅葉が一面に散り敷いていた。そんな葉を何枚か拾ってきて絵に描いた。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月17日

原宿のタケノコ

 タケノコがおいしい季節である。このところの長雨のおかげで、わが家の庭の孟宗竹林からも三角形の黒い頭がニョキニョキと出て、日ごとに成長している。というわけで、休日を利用してタケノコ掘りをした。食べる分だけ採るのが原則だが、時に2つ並んで頭を出したり、とんでもない場所に出たタケノコは、掘られることになる。タケノコは、今年出た所から地下茎が伸びて来年新しく出るから、どのタケノコを掘るかは、竹林の全体の形を考えながら決めなければならない。面倒臭そうに聞こえるかもしれないが、クイズを解くつもりでやれば面白いものである。あの柔らかい口当りを保つために、掘ったタケノコはすぐに煮るのが原則。だから流れ作業のように、私が掘り、妻が料理した。
 
 小説『秘境』を書いたとき、取材のために山形県の鶴岡に何度か行ったが、そこでタケノコ料理の絶品とも言える「孟宗汁」に出会った。酒粕と味噌で味付けをした煮物で、「汁」とは呼ぶが水分はそう多くないから「煮つけ」に似ている。妻に所望して、採りたてのタケノコの「孟宗汁」をいただいた。山形県は孟宗竹の北限と言われているが、そこで生えるタケノコはアクがなく、刺身にできるそうだ。しかし、東京産の場合はアク抜きをした。その点、“本物”の孟宗汁とは違うかもしれない。

 谷口 雅宣

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2008年4月16日

日時計主義が直感できる

H_gallery2r_2  昨日の本欄を読んで「日時計主義はコムズカシ~イ」という印象をもった読者がいたとしたら、それは私の説明がマズイからである。もっと簡単に、ひと目で、直感的に「日時計主義は楽しい」「明るい」「オモシロ~イ」と分かる単行本が、このほど生長の家から出た。小関隆史氏の監修になる『光のギャラリー:絵手紙はWebにのって』である。同氏が運営するブログ「絵てがみ教室 ~アトリエTK」は本欄でも紹介したことがあるが、この絵手紙ブログに42人の読者から投稿された182点の作品を集め、フルカラー224ページの立派な本になっている。

 私の本が新書判なのに対し、この本はそれより一回り大きい四六判なので、収録された絵も大きく、ゆったりと鑑賞できる。様々なタイプの個性ある絵が豊富にあるのが見どころである。また、それらを描いた際の作者の気持と、小関氏のていねいで優しいコメントも、ブログに掲載されたままの形で収録されているから、投稿者と運営者の暖かい心の交流が感じられる。日時計主義を絵手紙やスケッチで表現した例として、よい参考になる本である。

 とにかく自由に、伸び伸びと、そして楽々と(つまり妙に緊張せずに)自分の感じたことをそのまま絵に表現すれば、メッセージは人に伝わるものである。上手下手など意識しないことが重要なポイントだ。本欄で「芸術表現について」と題して書いたとき、芸術表現を「対象に美を感じる過程(A)」と「感じた美を客観化する過程(B)」の2段階に分類したが、Aを人生の様々な側面に見出す感性が養われれば、日時計主義の第1の目的は達成される。谷口雅春先生を引用させていただけば、それは「“ものそのもの”(客体)に内在する美を、“感ずる心”(主観)が触発することによって、意識界に浮かび上がらせた」状態である。(『叡智の断片』、p.105)これが「光明面を見る」ということの、もう1つの意味だろう。Bの過程は、Aをマスターした後に、進めていけばいいのである。

 この本のページを繰っていくと、初めて絵手紙を描いた人からプロの画家まで、実に多彩な表現が次々に現れて飽きない。そして、「自分も描いてみよう~」という思いがきっと募ってくるに違いない。そんな読者のために「投稿用のハガキ」まで用意されているのは、さすがの演出である。実はこの本には、私の作品も(ただし“MT”という名前で)『太陽はいつも……』に収録されていないものが20点収録されている。モノクロのスケッチ12点と絵封筒が8点だ。

 谷口 雅宣

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2008年4月15日

『太陽はいつも輝いている』について

Taiyo3_dg2  3月27日の本欄で少し触れたが、5月初めの生長の家の組織の全国大会を期して出版される拙著の見本を今日、受け取った。題は『太陽はいつも輝いている』というもので、副題を「私の日時計主義実験録」とした。内容は、昨年秋に上梓させていただいた『日時計主義とは何か?』の続編と考えていただいたらいい。この本も前著と同じく2部構成で、第1部が“理論編”、第2部が“実践編”と言えるだろう。特に第1部は「続 日時計主義とは何か?」と題していて、前著の第1部「日時計主義とは何か?」を補完する内容となっている。人生の光明面を見るこの生活法を実践する際のテキストとして、前著とあわせてご利用いただけたら幸甚である。

 副題から類推できるように、この本では、私が日時計主義をどのように考え、どのように実践しているかを実例をもって示している。日時計主義の理論的説明としては、すでに前著で「悪は実在しない」ことや「感覚優先と意味優先」のものの見方などについて書いている。本書ではこれに加えて、“右脳”と“左脳”の機能的差違や「偶然はない」という生長の家の考え方、さらに「奇蹟」と「当り前」をめぐる一般的な考え方の誤りなどについて書いている。また、生長の家とは特に関係がなくても、日時計主義に合致する「人生の光明面を描く」文学がすでに存在していることも具体的に示している。この第1部の中で、「偶然」と「奇蹟」をめぐる論考の大部分は、本欄に書いたいくつかの文章をもとにしている。

 第2部はこれら論文調の文章とはまったく趣を異にし、私の「スケッチ画集」と「谷口雅宣句集」で構成されている。スケッチ画は1999年以降に描いたもの38点で、うち6点は絵封筒、9点は絵具や紙を使わずパソコンだけで描いた“PC画”である。句集は、2000年以降に作った句99首を集めてある。絵画が日時計主義の手段たりえるのは、一見何でもない出来事や風景の中に美や愛を見出す心を養い、またそれらを具体的に提示することによって、自分の感動を見る人の心の中に送り込めるからである。同じことは言葉によっても可能だが、言葉には“国境”があるのに対して、絵画にはそれがない。

 言葉の芸術では、俳句は世界最短の形式である。それが日時計主義の実践になりえるのは、「人生や自然の“ひとコマ”や“一瞬”を言葉で固定する」というその独特な機能による。詩や小説は、ある程度の長さの言葉の流れを必要とするため、人生の“ひとコマ”や“一瞬”は描けても、それを主題とはせず、ストーリーや構成の確かさで勝負する。そのため、描かれるものはどうしても複雑化する。しかし俳句は、“ひとコマ”や“一瞬”をスナップ写真のように固定することが目的である。だから、作句後には写真アルバムを見るように、そこに固定された瞬間を再体験することができる。これによって人生の味わいは2倍にも3倍にも深まると思う。また、日時計主義による他人の句を読むことにより、自然の素晴らしさや人生の明るさを、自分の心で追体験できる。それによって、周囲のものへの感性が養われ、ものを見る目が肥えることにもなる。こういう目的のためのメッセージは、長く複雑なものでは困難であり、簡潔で短い方がいいのである。

 最後に本書の題名についてだが、「太陽はいつも輝いている」とは「実相は常に完全である」という言葉のメタフォーである。詳しくは本書の序章に書いたが、地上では夜が来たり、台風に襲われたり、濃霧に進路をふさがれることがあっても、その瞬間にも「太陽は輝いている」という事実を我々は知っている。それと同じように、人生の一見暗く、困難で、苦しい出来事のただ中にあっても「実相は常に完全である」ことを忘れない生き方--これが日時計主義の生き方であり、それを読者にお勧めするのが本書の目的である。

 谷口 雅宣

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2008年4月12日

食糧危機が近づいている? (2)

 本欄ではここひと月ほど、石油高騰と食糧問題との関係について何回か書いてきた。具体的には、3月8日「食品の値段はまだ上がる」、同22日「食糧危機が近づいている?」、同29日「“農地から燃料”ではいけない」、4月7日「コメの値段が上がっている」の4回である。しかし、日本で生活している限り、この問題はさほど深刻でないような印象を受ける。恐らく読者の多くも、食糧危機など“遠い未来”か“遠い国”の話だと感じているのではないだろうか。しかし、世界の実情を知ると、貧しい途上国での食糧問題が政情不安を惹き起こす理由がよく分かる。4月11日付の『ヘラルド・トリビューン』紙に掲載された論説が参考になる。

 それによると、1世帯の収入に対する食費の割合は、日本を含む先進国では2割に満たないのがほとんどだが、貧しい途上国では5割以上になることが珍しくないという。具体的に言うと、アメリカの世帯を収入に応じて5段階に分類した場合、最貧層の世帯でも、収入に対する食費の割合は16%にすぎない。ところが、同じ数字は、ナイジェリアでは73%、ベトナムでは65%、インドネシアでは50%になるという。こういう状況の中で、途上国が輸入した食糧は、昨年のうちに平均で25%値上がりした。トウモロコシの値段は2年間で2倍になり、小麦の値段は28年ぶりの高値圏にある。先週、世界銀行のロバート・ズーリック総裁(Robert Zoellick)は声明を発表し、このような世界的な食品の値上がりの中、33カ国で暴動などの社会不安が起こる危険があると警告した。なぜなら、「1世帯の消費の半分から4分の3を食費が占める国々では、生存のための余裕がないから」だそうだ。

 4月7日の本欄では、香港でのコメの買いだめ騒動について書いたが、フィリピンの首都・マニラでも米穀販売店を兵士が警備する事態が起こった(4月7日付『日本経済新聞』)。エジプトでは8日に地方選挙の投票があったが、ムバラク政権に反対する野党勢力が食糧高騰を材料にして選挙をボイコットし、デモ隊が暴徒化して機動隊と衝突した地域もあった(10日付『朝日新聞』)。ハイチの首都、ポルト・オー・プリンスでは10日、大統領の退陣と食糧を求める民衆が商店や倉庫を略奪し、資産家は財産を守るために銃を発砲する中で、9千人の国連の平和維持軍はなすすべもなかったという(11日付『ヘラルド・トリビューン』)。そして、隣国の北朝鮮も、昨年の洪水や韓国との関係悪化によって食糧不足が深刻だとして、国連に援助を求めているという(12~13日付『ヘラルド・トリビューン』)。
 
 こんな中で、沖縄県の南西石油を買収したブラジルの国営石油会社ペトロブラスは、ブラジル産のバイオエタノールを2010年にも日本に輸出すると発表した。8日付の『日経』によると、ペトロブラスのガブリエリ総裁は、南西石油を日本市場への供給拠点にするだけでなく、アジア諸国への輸出拠点として重視する方針を発表した。同社の事業には三井物産が協力しているから、2010年以降、日本のドライバーはブラジル産のバイオエタノールを使って自動車を走らせるという選択肢をもつことになる。ブラジル産のバイオ燃料の増産は、同国のセラードやアマゾンの森林伐採につながる可能性が高い。また、農地をめぐって食糧と燃料が競合する関係を深刻化し、さらなる食糧値上がりにつながるだろう。今年3月の時点で“バイオエタノール信仰”を捨てた私としては、この選択肢を読者にお勧めするわけにはいかない。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月11日

街角の花

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 昨日(10日)、原宿の裏通りの坂を下りながら撮った写真をもとにして、スケッチを描いた。私に「街角の花の数がふえている」と言わせた花たちを、自分の手と目できちんと記録しておきたかった。レンガを組み上げた門柱と、染みや汚れであちこちが黒ずんだコンクリートの壁と、色とりどりの可憐なパンジーの柔らかさを対照させた。門柱に縦長の表札のようなものが見えるが、ここに刻印してあった住所表示は省略した。すると、この部分が十字架のように見えてくる。西洋の墓石には十字架が多い--春は、死んだように見えた自然が、たくましく生命力を発揮する。そんなイメージを表現したかった。

 谷口 雅宣

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2008年4月10日

雨にぬれても

 休日の木曜日のまる1日が雨だった。この時期の長雨は菜種梅雨(なたねづゆ)といい、春雨や春の雨とは区別する。今日などは気温も下がり、薄着の若者が手を組み肩をすぼめて、交差点で信号待ちしている姿が目立った。しかし、ナタネの花を思わせるその語感どおり、どこか明るさが感じられる日だ。午後から原宿の街に出て、その理由がわかった。街のあちこちに飾られた花の数が増えているのである。人々の服装で、明るい色のものが増えている。そして、新入社員然とした若い男女が、目を輝かせて歩いている。街全Mtimg080410体が、新しいものの始まりの予兆に満ちていた。冷たい雨が降り続いている中にも、こんな明るさが街にみなぎっている理由は、やはり「春」の力を除いては考えられない。

 妻と2人で明治通りから青山通りへ通じる路地を上り、通称“ロハス通り”へ出る。ここは自然食志向の店が多い路で、その一画でやや遅い昼食をした。帰路は下り坂で、妻は原稿を書き終えた気軽さで歩を進め、私は休日の緩い気分でゆっくりと歩きながら、目に映る印象的な街の小景をデジカメに収めていった。雨のおかげで、外を歩く人の数がいつもより少ないのもいい。知らぬ間に妻との距離が開くが、彼女は寛大に歩を緩めて私を待っていてくれた。傘を差しながらの撮影だったから、コートの右肩が雨でぬれているのに気づかなかった。
 
 ゆるゆると町坂下る菜種梅雨
 
 雨の中でのスケッチは難しいので、帰宅後、妻が庭から取って挿してあったノースポール(白)とムルチコーレ(黄)を描いた。絵にナタネ色を使いたかった。
 

 谷口 雅宣

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2008年4月 9日

太陽と地球温暖化

 地球温暖化の主な原因は「人間の活動である」というのが、現在の世界の大多数の気象学者らの一致した見解である。このことは、昨年度のノーベル平和賞を元アメリカ副大統領のアル・ゴア氏と、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)--両者ともこの“人間原因説”を主唱している--が受賞したことが有力に示している。が、少数の科学者の間では“太陽原因説”が唱えられていることも事実だ。この少数派科学者が自説の有力な証拠として指摘するのは、「実際に観測されている地球表面の温度の上昇は、大気中のCO2濃度の上昇に先立っている」ということである。もし、人間の活動が主因で地球温暖化が起こるとしたら、CO2の濃度上昇の“後に”地球表面の温度上昇が起こらなくてはならない。観測データがその逆を示しているならば、地球温暖化は人間の活動以外のもの(例えば、太陽の黒点の変化に表される自然的な変化)が主因である--そういう論法である。
 
 私は本欄で一貫して“人間原因説”を紹介し、またそれを信じてきたが、どこかで“太陽原因説”を読んで疑念を抱いた読者から、たまに感想を求められることがあった。しかし、私は気象学者ではないから、科学的なデータや理論にもとづいた見解は出せないし、だからといって、数千人におよぶ世界の科学者たちの一致した見解が間違っているとも言えない。だから、これまで本欄では“太陽原因説”には触れなかった。そう判断した理由は、私が定期的に読んでいる科学誌やジャーナリズムのほとんどすべてが“太陽原因説”を事実上無視してきたからでもある。科学上の真理は多数決で決まるわけではないが、科学者の大多数が誤った判断を下すほど、この問題が真剣に検討されて来なかったとは思えないからである。ところが、最近送られてきたイギリスの科学誌『New Scientist』(3月22日号)がこの“少数意見”を論評していた。内容を紹介しよう。
 
 同誌によると、「実際に観測されている地球表面の温度の上昇は、大気中のCO2濃度の上昇に先立っている」という事実は正しい。しかし、それは人間の活動が気温上昇を引き起こさないということではない。イギリスのエクスター大学の気象学者、ピーター・コックス博士(Peter Cox)によると、気温の上昇/下降とCO2濃度の上昇/下降は“相乗的”に起こるという。
 
 何万年もに及ぶ実際の観測データは、気温の上昇と大気中のCO2濃度が併行して上下していることを示している。“人間原因説”に懐疑的な学者は、このデータを調べて、気温の上昇がCO2上昇よりも先に来ることを指摘している。しかし、コックス博士によると、「気温の上昇によってCO2濃度が上昇する」という因果関係は、「CO2濃度の上昇が気温上昇を引き起こす」という因果関係を否定しないという。むしろこの2つは相乗的に作用するのだから、現在、多くの気象学者が採用しているコンピュータ・モデルではその一方しか考慮されていないことを考えると、今後、地球温暖化が進行する速度は、大方の予想よりも「50%」ほど速い可能性があるのだという。

「気温の上昇によってCO2濃度が上昇する」というメカニズムは、次の通りである。①太陽の黒点の変化によって寒冷期が始まる、②これが50年ほど続くと大気中のCO2濃度が減少する、③それによって更に寒冷化が進む。③の理由は、冷えた水はCO2をより多く吸収し、冷えた大気は陸上の炭素の循環を遅らせ、したがって陸上の炭素吸収量を増加させるからという。温暖化は、この逆のサイクルである。つまり、温かい水はCO2をより少なく吸収し、暖かい大気は陸上の炭素の循環を速め、したがって陸上の炭素吸収量を減少させ、大気中のCO2の濃度を上昇させる。これの詳しい説明は記事中にない。そこで、私の解釈(あくまでも素人の)を掲げよう--

 現在、温暖化によって極地や高地の氷が大量に融けているが、これらの水は最終的には海へ入る。ということは、すでに一部で始まっているように、海面上昇が起こって地球上の陸地面積が減少する。一方、氷の融解は海上では太陽エネルギーをより多く海中に取り入れて植物性プランクトンを殖やし、陸上では高地の新たな領域で植物を育てる。これらは新たな食物連鎖を引き起こすから、地球全体で炭素の循環量が増える。そして、陸上での生物の死骸(炭素)の一部は河川を通って海へ流されるから、海への炭素の移動量が増加する。ところが、暖かい水にはCO2は溶けにくい。ということは、海中での炭素の循環が増大し、さらに陸上から流れ込む炭素量も増大した海は、吸収し切れない炭素量がふえるから、大気中にCO2をより多く排出することになる。これで、「気温の上昇によってCO2濃度が上昇する」というもう一方の環が完成する。

 繰り返しになるが、上の筋書きは私の個人的推測であり、どんな科学者の意見を聞いたものでもない。“頭の体操”のつもりで読んでほしい。しかし、専門家のコックス博士が言うように、“人間原因説”と“太陽原因説”が相乗的に地球温暖化を進行させるのであれば、後者の信奉者が地球温暖化を楽観的に考える理由はなくなってしまう。その点だけは、抑えておいていいだろう。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月 7日

コメの値段が上がっている

 食糧の世界的値上がりが、日本人の“主食”であるコメにも波及してきた。とは言っても、国産米の価格にすぐに影響を与えるほどではない。しかし、コメはアジア・アフリカの多くの国々で主食となっているから、収入の少ない途上国の貧困層にとっては大きな影響を与える恐れがある。また、多くの国々で主食とされているということは、生産量が多くても国内での消費量も多いわけで、したがって国際取引の量は少なく、よって価格の変動幅も大きい。そうなると、主たるコメの生産/消費国は、国内のコメ価格防衛のためにも輸出を控えることとなり、このことがさらに国際価格の上昇につながる。そんなことが今、実際に起こっているようだ。
 
 7月付の『日本経済新聞』によると、国際取引価格の参考指標となるタイ産のコメは、長粒種1級(100%精米)の平均輸出価格が2日、1トン当たり827ドル(約8万4千円)となり、1週間前の672ドルから一気に2割強値上がりした。今年初めの価格に比べて倍の値段だ。日本のコメ価格は、農水省の2月の調査で、ブレンド精米の卸売価格の平均が1トン当たり約30万円と、タイ米より4倍近くする。だから、国産米がすぐに価格競争力をもつわけではない。
 
 同紙によると、コメの急騰の直接原因は、ベトナムやインドなどが自国内の流通を確保するために輸出規制をしたこと。ベトナムは3月25日、年間輸出量の上限を定め、インドは4月1日に、高級種を除くコメの輸出を全面的に禁止した。3月末にはエジプトも10月までの輸出停止を決めているから、タイ産米に買いが集中しているという。世界のコメの生産量は約4億2千万トンと多いが、各国内部での消費も多いため、国際取引の対象は約7%の3千万トンほどしかない。この中で、気象変動による長雨や洪水などがあると今年の収穫量の減少も予想される。このため、輸出業者の間では、コメ価格が年内に1500ドルを超える可能性もささやかれているという。

 短期的な値上がり原因は上に書いたとおりだが、この背景には、原油高騰による肥料など生産コストの増大、ヤシ油などのバイオ燃料増産のためのコメの作付面積の減少などがある。2月の香港のコメ価格は、前年同月比で23.4%上昇したため、さらなる値上がりを心配した消費者が3月下旬、コメの買いだめに走る騒動も起こっている。中国の温家宝首相は31日、国民の不安沈静化のために、「香港へのコメの供給は保証する」と訪問先のラオスで声明を出すはめになったという。
 
 コメの輸入量が多い国は、インドネシア、フィリピン、ナイジェリア、EU、イラクなどで、コメの国際価格の値上がりは、これらの国々でのインフレ要因になる。フィリピンは消費量の約15%に相当する180万トンを輸入するというが、3月下旬、ベトナムから年150万トンの供給を3年間受ける覚書を締結し、アロヨ大統領はコメ生産者への緊急支援(総額50億ドル)を命じたという。また、7日付の『ヘラルド・トリビューン』紙によると、同国政府は、コメの買いだめは“経済破壊行為”として取り締まるとの声明を出した。この罪での最大の罰は、終身刑という。
 
 アメリカではバイオエタノール・ブームで農家が大いに儲かっているが、アジアの米作農家は、零細なものがほとんどで倉庫をもたないから、自家用以上に収穫があった場合は、収穫の時点(値段が最も安い時)にほとんどを売ってしまうという。国連の食糧農業機関(FAO)では、コメの値段は今後、ブラジル、ウルグワイ、バングラデッシュ、インド、インドネシア、ベトナムでの収穫が始まれば少し落ち着くと見ているが、その場合でも気候の良し悪しが重要な要素になるだろう。
 
 谷口 雅宣
 
 

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2008年4月 5日

ハニートースト

 生長の家の講習会のため京都府福知山市に飛んだ。といっても、実際に空を飛んだのは羽田から大阪の伊丹空港までで、そこから自動車で約80分走って福知山市に入った。道中、自動車専用道路の両脇を、時々ボーッと明るい白桃色のものが高速で前から後ろへ移動する。その華やかな明るさは--満開の花をつけたサクラの木だ。自動車の騒音防止か目隠しのためか、道路の両脇には結構高い塀が続いていて、その上から覗いた花しか見ることができない。残念は残念だが、その分、到着地での花見の期待が膨らんだ。
 
Fukuchiyamcherry  宿舎である「ホテル・ロヤルヒル福知山」に着いてから、妻と2人で早速散歩に出た。近所のサクラを眺めながら、前回来たときに寄ったパン屋兼レストランへ行くためである。2006年4月1日の本欄にその時のことを書いたが、おいしい自家製パンをいただいて英気を養おうというわけだ。「プロバンス」というその店は、前回のとき同様にはやっていた。客がひっきりなしに車で来る。パンを買っていく者もいれば、店で食べる人、あるいはパン以外のものを注文する人もいる。我々は「となりのトトロ」の形をした菓子パンを1つ買い、コーヒーと紅茶を注文して店内で憩いのひと時を過ごした。

Totorobread  そんな2人の近くに、若い女性2人が席をとった。やや時間がたってから注文の品が来た。テーブルに置かれたそれを見て、我々は首をひねった。見たこともないような組み合わせだったからだ。切り口を上にしたパン半斤とサラダ、蜂蜜のようなものを入れたガラス器、それにソフトクリームの入ったグラスである。これが1人分だ。2人とも同じものを注文して、半斤のパンの内側にスプーンを突き立てては、さもおいしそうに食べ始めた。「これはいったい何だ?」と思ってメニューを確かめると、添付された写真から判断してどうも「ハニートースト」という品物らしい。この店の人気商品だそうだ。半斤のパンは全体がトーストされていて、“皮”から“中身”をくり抜いたように包丁で切り分けてあるらしい。客はその“皮”の内側に蜂蜜(あるいはメープルシロップ?)をかけ、さらにソフトクリームを載せてスプーンで食べる。すると、温かいパリパリのトーストと冷たいクリームの組み合わさった不思議な美味を体験できる--そんな仕組みのようだった。

 実際には食べていないので、確かなことは言えない。が、妻と2人で観察した結果、そういう結論に落ち着いた。次回来たときにはぜひ……と思いながら、我々はつかの間のひと時にけりをつけ、席を立った。店の窓からは、畑の脇に勢いよく伸びている菜の花の黄色が鮮やかに見えた。
 
 菜花見て楽しきパンの旅路かな
 
 谷口 雅宣

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2008年4月 4日

“エコタウン”構想

 イギリスのブラウン首相が打ち出した“エコタウン”の構想が今、彼の地で論争を呼んでいる。イギリスは、環境意識の高いヨーロッパの中でも、ひときわ意識が高い国と言われているから、こんな構想が現実化するのだろう。この構想は、都会に住む人々に対して温暖化ガスの排出削減を求めるのではなく、都市化の進んでいない地域に低炭素の技術や制度を駆使した町を新たにつくり、そこへ都会からの移住を進めることで、国全体の排出削減を行おうとするもののようだ。4月2日付の『ヘラルド・トリビューン』紙でジェームズ・カンター氏(James Kanter)が伝えている。

 それによると、エコタウンに指定される予定の地域はイギリス全体で約60カ所で、そのうち最初の15カ所がまもなく発表される。ところが、多くのイギリス人はその指定を待ち望んでいると思いきや、事実は逆で、どうしたら指定から逃れられるか頭を悩ませているという。カンター氏は、それらの候補地の1つである中部イングランドの村、ストートン(Stoughton)を取材して報告している。この村がエコタウンの指定に反対している理由は、ここが静かな農村であり、住民はそのことに満足しているからだ。この田舎の村に、政府の構想で謳われているような最大で2万軒の家屋を新たに建設すれば、環境保全どころか環境破壊になる、と住民たちは心配している。また、この種の開発は、“エコ”の名がついていても結局、開発業者に好きなように利用されてしまう、と恐れている人も多いという。

 イギリスでは、住宅から排出される温暖化ガスは国全体の約4分の1というから、この分野での排出削減は欠かせない。政府は、現存の住居の改善や改良を進めて排出削減をするよりも、全く新しくインフラを整備した上で低炭素の住宅を建設する方がコストがかからないと考えている。しかし、候補地の住民に言わせると、このような“エコタウン”構想は、これまで通りの田舎の風光や自然環境を損なう恐れがあり、“自然を守る”という目的で進められる開発が、本当に目的通りに進むかが疑問視されているのだ。
 
 キャロライン・フリント(Caroline Flint)住宅相は、エコタウンは、上下水道の敷設、地域社会の重視、歩行者や自転車、公共交通機関の優先などの面で、従来のものとはまったく異なる新しい集落になるという。住民は、徒歩10分以内で学校や病院、健康施設を利用することができ、自動車を使うのは半数以下の世帯に限られる。また、それぞれの町には、一定割合以上の緑地を設置する義務がある。そして、“低炭素住宅”の購入者には様々な形で税制の優遇措置が講じられるという。しかし、近隣住民の心配は、そういう特別な場所をつくればつくるほど、流入する自動車の数が増える可能性である。彼らの予測では、新しいエコタウンができれば、今より3万台も多くの車が周囲を走るようになるとしている。
 
 さて、生長の家が考えている“森の中のオフィス”構想だが、これは今のところ政府や行政から特別な支援を受ける予定はまったくない。その中で、候補地周辺の住民に我々の目的を理解してもらうためには、イギリス政府が打ち出している以上の明確なビジョンが必要だろう。我々の仕事がどのようなものとなり、周辺の経済や住民の環境にどう貢献するかなど、具体的な“青写真”をしっかりと描く段階に来ていると思う。

 谷口 雅宣

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2008年4月 3日

花盛りの庭

 前回の本欄では、むずかしい議論にヘキエキした読者もいたかもしれない。簡単に言えば、「色は人間(を含む動物)と植物とを“橋渡し”するメッセージを運んでいる」ということだ。色は、我々の感情に直接訴えかけてくるから、芸術の有力な手段としても使われてきた。が、今回は、そういうメンドーな議論は脇に置いて、色そのものを楽しんでいただきたい。我々が色の組み合わせを楽しむことができるということは、人間は個人として孤立していないばかりか、生物種としても孤立していない証拠である。花は、実と同じように、植物が動物に対して発しているメッセージである。それを受け取っていただきたい。今年3月、我が家の庭を撮影した画像や映像を合体させて、1本の動画にしたものをお届けする。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月 2日

芸術表現について (4)

 美についての議論で前回までに明らかになったことの1つは、美感が生じるためには、それを感じる主体(心)と、感じられる対象の双方が必要であるということだった。これを言い直せば、美は人の心の内部に生じるものだが、その契機となるものは人の“外”(外界)に存在するということだ。つまり、“内”と“外”とが響き合って一体感を醸し出した状態が美感だと言うことができる。このことを『新版 幸福生活論』では、「いのちといのちと触れ合っ」た「いのちを表現」したものと形容しているのである。この場合の「いのち」とは、必ずしも生物学的な意味での命だけでなく、気象や山、川、波などの自然現象、さらに天体や砂漠、岩石などの自然物のほか、人間がつくった芸術作品や建物、工業・商業製品なども含まれるだろう。なぜなら、それらはみな「命の表現」と考えられるからである。
 
 例えば、私がもし鳥の飛翔を見て感動するならば、私の命とその鳥の命とが“触れ合った”からである。これは、私が物理的に鳥に触れたという意味ではなく、飛翔する鳥の姿にその鳥の生命の発露を見、その生命力に感動したという意味だ。では、感動の対象が生物でなく航空機であった場合は、どうか? その場合は、その航空機の設計者、製造するに至った多くの人間、さらに人類が「空を飛びたい」と永年にわたって熱望し、その夢の実現を追究してきたという事実の背後に大きな生命力を感じているのである。前者の場合は、鳥と人間の生命の“一体感”を感じるのだが、後者の場合は、それに加えて、航空機製造にいたる人類の歩みの“総体”に感動すると言える。もちろん、そのほかにも航空機のデザインや色、形、性能、製造技術などに感動することもあるが、それらも結局、「命の表れ」であることに変わりはない。
 
 拙著『神を演じる前に』(2001年、生長の家刊)の中で、私はアメリカの哲学者、ダニエル・デネット博士の言葉を引用して、「色」が生物間の“いのちの触れ合い”から生まれたことを説明した(pp.65-67)が、この際は「クオリアが起こる原因」という言葉を使った。クオリアとは「直接感覚」とも訳されるが、例えば、「赤のクオリア」と言えば、色彩の「赤」を見たときに我々が心で感じる、「黄」でも「青」でも「緑」でもない、あの独特の色の感覚であり、その際に心中に醸し出される感情も含まれている。人間の体の外部にある色によって、そういう独特の感覚と感情が人間の内部に生じる理由は、人間の体の神経系の働きだけでは説明できない。私がいう意味は、「赤」く見える光は、光のスペクトルの中のどれだけの範囲のものを指す--という種類の説明のことではなく、その特定の波長の範囲をもった光がなぜ「青」や「緑」ではなくて「赤」でなければならないか、という説明である。

 デネット博士は、その謎を次のように解いている--
 
「リンゴの実が、少なくとも何種類かのリンゴ好きの動物によく見えることは、リンゴに対する単なる“危険”(リンゴの立場からは!)ではなく、リンゴが存続するための一条件である。(中略)色によって区別をつけられない果実は、自然界のスーパーマーケットの棚では競争力が乏しい。しかし、嘘の宣伝は罰せられる。よく熟れた(栄養素が豊富な)果実は、そしてそのことを宣伝している果実はよく売れるだろう。しかし、その宣伝内容は、対象とする消費者の視覚的能力と嗜好によく合致していなければならない」(同書、p.66)

 この引用文は、少しわかりにくいので解説を加えよう。--色彩の「赤」は、画材店の棚やコンピュータの画面に出現する前に、まずリンゴの実の色であった。と同時に、様々な植物の実の色として自然界に存在してきた。しかし、植物の実は、花から成長し始める最初の段階から赤いのではなく、栄養素を結集して熟し、ちょうど動物が食べるにふさわしくなった頃に、緑から黄、そして赤へと変化する。そして、「おーい、ボクを食べてくれよぉ~」と言わんばかりに、生い茂った緑の樹冠の中から鳥や昆虫に呼びかける。それは、その果実にとっては取って食われる“危険”を冒しているようだが、実はそうではなく、自然界にはゴマンと溢れている他の植物の様々な実の中から、動物が“自分”を採ってもらうことで子孫を殖やそうとしているのだ。このことをデネット博士は「自然界のスーパーマーケット」という言葉で表現している。ここで“消費者”(動物)に採ってもらうためには、偽装や嘘の宣伝は効果がない。なぜなら、一度騙された動物は、次の機会には別の植物の実を選ぶに違いないからだ。だから、植物の方も、自分の子孫の繁栄に最も有利な場所へ種を運んでくれる動物に対して、その最も必要とする栄養素と最も好む味と香りを用意して“消費者”の到来を待つのである。

 「色」とは、このような植物と動物との永い共存共栄の過程で形成された、植物が動物に発する一種の“暗号”である。動物の側は、この色の暗号を素早く解読するための“高速暗号解読装置”として色覚を発達させてきた。このように考えれば、色とは、人間を含めた多くの生物種の「いのちといのちが触れ合って生まれたいのちの表現」であることが分かるだろう。臭いや味にも、同様のことが言えるのである。
 
 谷口 雅宣

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2008年4月 1日

芸術表現について (3)

 3月18日の本欄では、芸術表現が行われる過程を図で示してみた。その過程は、(A)表現者が対象から受けるクオリアに感動すること、と(B)表現者がその感動を媒体上に客観化すること、の2段階に大別できた。そして、生長の家で行う新しいタイプの誌友会では、BよりもAの過程を重視することを提案した。これは、もちろん「Bを軽視せよ」という意味ではない。AもBも共に重要だが、宗教活動としてはAに力点を置くべきだということであり、芸術運動を志す人は、大いにBを探究していただいていいのである。

 新しいタイプの誌友会に関して、最近、奈良県の地方講師の方から手紙をいただいた。本部で制作した誌友会のデモビデオを見、私の文章を読んで「納得し、共感しました」と賛同して下さった。私の文章とは、恐らく3月3日の本欄のことだろう。「素晴しいご指摘で、日々実践し、誌友会の活性化に役立てたく存じます」と書いて下さっている。その文章の下に、お地蔵さんの両脇にカエルがすわった絵を描き、
 
 心うずく人の心に花衣
 
 という句まで添えられている。絵心も詩心も開花した明るい文面に、感激した。
 
 このK講師の手紙に導かれて谷口雅春先生の『叡智の断片』(日本教文社刊)を開くと、ちょうど「美の本質に就いて」という素晴らしい文章があった。この箇所は、『新版 幸福生活論』の第12章とともに、新しいタイプの誌友会で学ぶのにふさわしいと思う。『新版 幸福生活論』では、芸術とは「いのちといのちと触れ合って、いのちを表現したもの」と定義されていたが、ここでは、美感が生じるためには「“美”として感じられるところの対象とそれを“美”として感ずるところの心とが必要である」(p.104)と説かれている。そして、「客観(対象)と主観(心)とが互いに相会うことが必要なのである」と書いてある。さらに、雅春先生は美について、「“ものそのもの”(客体)に内在する美を、“感ずる心”(主観)が触発することによって、意識界に浮かび上がらせたのが美である」と定義されている。これは、まさに上記のAの過程を別の言葉で描いている。「いのちといのちが触れ合う」こと、「客体に内在する美を主観が触発する」こと、「対象から受けるクオリアに感動する」ことは、みな同じことを別の言葉で表現しているのである。
 
 では、なぜ我々は、何かを見たり、聴いたり、触れたりして感動するのだろうか? あるものに感動し、別のものには感動しないのはなぜだろうか? サクラの開花には感動するが、ゴキブリの腹を見て感動しないのはなぜだろうか? 雅春先生のお答えを次に引用する--
 
「或る物が吾々の生命に“快さ”の感じを起させるのは、その物が、生命そのものの在り方に順応した、ふさわしい生命の本来のあり方の傾向に一致するものがあるからであり、或る物が吾々の生命に“不快”の感じを起させるのは、その物が生命そのものの本来の有り方に逆い、生命本来の傾向を抑圧又は搔き乱すところの傾向があるからだと言わなければならない。」(p.107)
 
 この文章はなかなか難解であるが、含蓄深い。その意味については、私は3月18日の本欄で『神を演じる前に』から引用する形で、すでに少し触れている。曰く--「クオリアが起こる原因は、動物と植物との長期にわたる共生関係である」(p.67)「色のクオリアばかりではない。我々が五つの感覚器官を通じて体験するすべてのクオリアは、我々の生物としての生存に必要であるばかりでなく、知的で、豊かな生活を可能にするすべての文化活動の基盤にあるものである」(p.68)--が、これらの解説は次回以降に譲ることとする。

谷口 雅宣

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