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2008年4月23日

ぱすわあど (4)

 ぼくのおばあちゃんは、ぱすわあどをわすれた。
 ぼくはそれを見つけてあげたい。ぱすわあどは、4つのばんごうだと、おばあちゃんはいった。ぼくは「ひらけごまあ」みたいなことばが、ぱすわあどかと思った。だから、ことばがいっぱいかいてある字の本を見ていた。でも、ぱすわあどが4つのばんごうなら、ばんごうの本を見つけようと思った。
 おばあちゃんに、
「ばんごうの本をさがそうよ」といった。でも、おばあちゃんは、
「そのほうがむずかしいわ」といった。
「どうして」とぼくがきくと、
「ばんごうをかいた本は、がっこうでならうさんすうの本だから」とおばあちゃんはいった。
 ぼくはまだ、がっこうへいってない。ようちえんのねんちょうだ。でも、おばあちゃんはがっこうをおわっている。だから、ばんごうの本がむずかしいのは、おかしいと思った。
 すると、おばあちゃんは、
「ことばは、ばんごうにかえられるの」といった。そして、小さいかみに「111」とかいて、ぼくにくれた。
「これはなに」とぼくがきくと、おばあちゃんは、
「それは、ことばをばんごうにかえたのよ」といった。
 ぼくは3つある1を見ても、ことばがわからなかった。するとおばあちゃんは、
「これは、いい人なの」といった。
Mtimg080423 「いちの“い”が2つと、ひとつの“ひと”をならべると、“い・い・ひと”でしょう」と、おばあちゃんはいった。
 ぼくは、あたまがこんがらがった。「1」が3つなら、「いち・いち・ひとつ」だと思う。でもおばあちゃんは、「いいひと」だという。
 ぼくはおばあちゃんに、
「どうして“ち”と“つ”はいわないの」ときいた。
 すると、おばあちゃんはこまったかおをして、
「どうしても……よ」といった。それから、
「ぜんぶよまなくても、ことばになればいいのね」といった。
 ぼくはよくわからなかったが、なんとなくわかったみたいだった。
 
 谷口 雅宣
 

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コメント

頭の体操4
幼稚園の子供の目から見た大人の世界、大切なものを忘れて困っているお婆ちゃんの為にパスワードを見付けて上げたい一心の優しく、思いやりがあり、純粋無垢な坊や、ハッキリ教えない大人達、正直に「良く分からなかった」が何となく分ったみたいだった!と言う坊やは1.1.1いい人です、公案なのでしょうが坊や同様良く分かりませんが何となく分ったみたいです?(泣)。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年4月25日 00:02

 ぱすわあど を わすれたのは けんくんの おばあさん
なのに けんくんが 必至になって それを思い出そうとする(見つけようと)するのは、実は、けんくんの中に既にそれがあるからだと思います。
 自分の中に無いものは本来、求めようとはしないからです。
 全ての全ては既に自分の中にある、ということを思いました。

投稿: 志村 宗春 | 2008年4月25日 06:50

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