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2008年2月24日

春一番で南国へ飛ぶ

 24日、宮崎市と日向市の2会場で行われた生長の家講習会は、好天に恵まれ、比較的温かな日差しの下で大勢の受講者に参加していただけたことは、誠にありがたかった。長谷川暢彦・教化部長の報告によれば、受講者の総数は3,013人で、2年前の前回より7人増えたことになる。長谷川教化部長を初め、昨秋、新たに選ばれた教区各組織の役員、県内各地の幹部・会員の方々の努力が、このような形で実ったことは実に喜ばしい。

 宮崎県はこのような好天だったが、日本列島の各地では前日の23日から荒れ模様で、降雪や強風の被害が出たそうだ。気象庁の発表では、平年よりやや遅れてこの23日に「春一番」が吹いたという。時間的にも、台風並みの強風が吹いたのが午後の早い時間だったというから、ちょうど私が羽田から宮崎行の全日空3755便に乗っていた時期に“春の嵐”が吹いていたことになる。新聞報道によると、この日に記録された最大瞬間風速は、福島県の白河で34.0m、東京・大手町で26.4mなど、各地で2月に吹いた風としては観測史上最強を記録したという。
 
 この便で、少しハプニングがあった。予定の出発時刻は12時40分だったが、吹雪の影響で千歳空港を中心に欠航が相次いだことから、その頃の羽田空港はダイヤが大きく乱れていた。そして、強風が収まるのを待って離陸しようとする航空機が、滑走路の手前で長い列を作っていた。それでも我々の便は定刻通りにゲートを出、滑走路の手前の3番目ぐらいの位置まで順調に走ってきた。さあ、いよいよ離陸だと身構えていたところで突然、機長から「管制塔の指示で離陸の順番を変更します」というアナウンスがあり、我々の搭乗機は右へ大きく進路を変えて、待機している航空機の列の後方へ回ったのである。

「どうして?」という疑問に、答えてくれる人はいなかった。永年、客室乗務員をしていた私の妻に聞いても、「こんな経験は初めて」だという。「出発が全体に遅れているから、出発の予定時刻が早い便から出発させるのかもしれない」などと、妻は分析した。しかし、一度列についたものの中から1機だけ引き抜いて、後ろへ回れというのは、いかにも乱暴な処置のように感じた。そのうちもっと説明があるだろうと思いながら、私は手提げ鞄から文庫本を取り出して読み始めたが、結局、この件についての説明はなく、羽田からの離陸の時間は約1時間遅れたのである。
 
 この便は、離陸時にも着陸時にもけっこう揺れた。しかし、満席の機内に座る乗客たちは皆、静かに息をひそめて、文句一つ言わないのである。通勤列車でウンウン唸りながらも、ひたすら耐える状況とよく似ている。私は「日本人は何と我慢強いのだろう」と改めて感心したのだった。
 
 そんなことはあったが、宮崎空港へ降り立って温暖な空気に触れ、ヤシの木の並木や、抜けるような青空を見ていると、気分は“南国”になるものだ。翌日、講習会のメイン会場となった宮崎県立芸術劇場では、約1800のゆったりした椅子席が並ぶコンサートホールで講話をしたが、照明がやや暗かったことを除けば、静かに、落ち着いた雰囲気の中で、よい講習会がもてたと思う。教区の皆さん、ありがとうございました。
 
谷口 雅宣

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コメント

谷口 雅宣 先生

副総裁先生ご夫妻が搭乗されていた全日空3755便が離陸場所へ向けて誘導路等をタクシーしていた時点では、一番前の航空機が離陸してから3番目くらいに離陸する予定であった
と思われます。ところが何かの理由でその離陸を順番を変えることになったと思われます。
その理由は分かりませんが考えられることは、トニカク早く離陸させなければならないと管制官が判断した航空機があったのではないか?と思われます。
その航空機にはものすごく急いでいる人(このような場合、皆、急いでいると思うのですが)が搭乗していたか、
ものすごく急いで運ばねばならない荷物(貨物)を積んでいた航空機があったそのいずれかの理由があったと推定できます。
もう一つ推定できることは、離陸の順番を変えるという決定(最終決定)は、全日空3755便が離陸場所へ向けてタクシーしている間(時間にして10分間程度と思われます)に
為されたということです。
何かの理由で、早く離陸させなければならない航空機があるとしたら最初即ち、搭乗の案内を行う時点からそのような対処を行えば良いと思います。
またもおすぐ離陸だと思っていたのに一番最後にされたら、旅人の気分を害すると思います。
私ももしそのような事態に遭遇しましたら怒り心頭に達すると思いますが、それをどこにぶつけて良いのかは分かりません。
航空業界に限らず顧客を輸送する運輸業界は乗客に良い気分を与える(サービスを与えるということになると思います)ことが必要と思います。それは、事態がどんな場合でもです。
この問題で、私が思うことがもう一つあります。
それは管制官等が航空機の機長等の乗務員のことを良く理解していない部分がもしかしたらあるのではないか?ということです。管制官は航空機の通る方向等の指示を出せば良いのだと思いますが、航空機の機長等の乗務員は乗客を安全に目的地へ輸送する任務があります。机上で仕事をしている人と現場にいる人との意思の疎通がうまく行っていない部分がもしかしたらあるのかもしれないということを思います。

以上、私の感想を述べさせて頂きました。
拙い文章で失礼しました。

志村 宗春拝

投稿: 志村 宗春 | 2008年2月26日 18:48

志村さん、

 コメント、ありがとうございます。

>>考えられることは、トニカク早く離陸させなければならないと管制官が判断した航空機があったのではないか?と思われます<<

 なるほど~そういうふうに考えればいいのですね。しかし、管制官にはそんな権限があるのでしょうか。また、「早く離陸させねばならない航空機」はそう何機もないでしょうから、その場合は、多分、私の搭乗機の直後にいた機にそういう事情があったことになります。なぜなら、迂回させられたのは私の機1機だけだ(と思う)からです。では、私の搭乗機はなぜ後尾に回されたのでしょう? ちょっと脇へ寄って、1機を離陸させ、その次に搭乗機も離陸する……こういう小回りはできないのかもしれませんね。(あまり気にしないで下さい)

投稿: 谷口 | 2008年2月27日 13:48

谷口 雅宣 先生

合掌
羽田から宮崎行の全日空3755便が、離陸場所へ向けてタクシー中に何故、その列から離れて、最後についたか?につきまして、考えられることが思いつきましたので意見を述べさせて頂きます。(前回の書き込みの追伸です)
列から離れて、最後についた理由について、前回の書き込み以外に考えられます理由は、
“到着地の宮崎空港の事情が何かあったのではないか?”
ということです。つまり、(何処の空港でも同じだと思いますが)人や貨物がさばききれない程に、離発着機があると空港はパニック状態になり安全等の理由から空港に飛来する航空機は人や貨物がさばききれる機数の範囲内を多分維持しているだろうと思われます。その調整は今日では多分、コンピューターを駆使して行われていると思います。それらを加味した上で、離陸予定時刻が決定されそして、乗客に対して搭乗の案内が為されるはずです。が、その一連の過程の中で何かのアクシデントがあったのかも知れませんが真相は分かりません。
以上、意見を述べさせていただきました。

志村 宗春拝

投稿: 志村 宗春 | 2008年2月28日 18:33

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