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2008年1月28日

紙を使わない出版

 1月18日の本欄で、製紙会社による古紙配合率の“偽装”について書いたとき、そのほとんど“業界ぐるみ”の不誠実さにアゴを落として、「我々はそろそろ、紙を使わない出版活動を本気で考える時期に来ているのではないだろうか?」などと言った。これを読んだ出版関係者が、後日、「まさか本気でそう考えているのでは……」と私の真意を尋ねた。改めてそう訊かれてみて気づいたことがある。それは、私が「紙を使わない出版活動」をすでに行っているということである。このブログが、それである。また、本サイトにある「日々の祈り」もそれだし、「動画メッセージ」もそれである。さらに言えば、私がすでに単行本として出版した二十数冊の中に含まれる文章の大半は、単行本の用紙にインクで印刷される相当前に、インターネット上で世界中に公開されていた。だから、私が18日の本欄に書いたことは決して“過激な発言”などではなく、“抑えた表現”だとも言えるのである。

 それでも、インターネット上の電子出版は、これまでは書店での本の売れ方に比べると影響力が小さかった。その理由の第一は、「本」という物理的な情報媒体の“魅力”が電子情報媒体のそれに勝っていたからだろう。つまり、手に取ってどこへでも持って行け、「開いてページを繰る」という簡単な操作だけで情報を得られること。さらに言えば、造本・装丁などで美的欲求を満たしてくれる点も無視できない。しかし、本には、電子情報に比べて劣る面もある。それは、①情報量が少ない、②木材資源を多く消費する、③場所をとる、④運搬にコストと時間がかかる、⑤製造と運搬、消費の過程で温暖化ガスを排出する、などだ。最後の⑤については、本が電子情報に比べて格段に多いかどうか定かでない。が、電子情報の記録媒体の容量が飛躍的に拡大しつつある今日、この点でも本の劣勢は否定できないだろう。

 読者は、音楽CDの売り上げがどんどん減っているのをご存じだろう。理由は、アップル社のアイポッドに代表されるMP3プレイヤーというデジタル音楽プレイヤーの急速な普及である。さらに、アイポッドへ音楽データを送り込むパソコンの普及と、パソコンから無数の音楽を素早くダウンロードできるアップル社のサービスサイトの登場だ。これにより、CDを買うよりも安価に、素早く、好みの音楽が、ほとんど無制限に自分のポケットに入る。ハードウエアの小型化と大容量化、それにデータを送受する通信環境とソフトウエアの整備が実現して、ここ数年間でMP3プレイヤーによる音楽が、音楽CDを駆逐する勢いに転じた。これと同じことが、紙による本や雑誌と電子出版との間に起こることは十分考えられるのである。
 
 1月28日付の『ヘラルド・トリビューン』は、音楽産業におけるMP3プレイヤーに該当するような革命的変化を起こす“候補”として、昨年11月にアメリカで発売された「キンドル」(Kindle)という電子ブック・リーダーを大きく取り上げている。価格は399ドル(約4万3千円)とやや高価だが、重量約300グラムのハードウエアの中に、単行本200冊分のデータが収納でき、新聞や雑誌、ブログのデータも表示できる。白い画面に灰色4段階で文字を鮮明に表示し、しかもどこからでも無線通信でデータをダウンロードできるという。発売元は、本のネット販売を始めたあのアマゾン・ドット・コム社である。キンドルは発売後6時間で売り切れた後、製造が注文に追いつかない状態が今日まで続いているという。このキンドルの日本語対応版の発売は、もうまもなくだ。

 日本では、通信機能付き小型ゲーム機に対応した電子ブックがすでに発売されている。私は、そのゲーム機上で電子ブックをほんの数ページ読んだことがあるが、遠視が始まっている私の目には、画面と文字が小さすぎた。キンドルの画面はこれより大きいので、見え具合がよければ使えるのでは、と期待している。今後の技術の進歩により、この機種でなくても、電子ブック・リーダーの普及はもう目の前にある。とすると、出版社と流通業者を通さない電子出版が可能となるのである。このことの及ぼす影響は、生長の家を含めた出版業界にとって、はかり知れないものではないだろうか。
 
谷口 雅宣

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コメント

 合掌 ありがとうございます。
 先生の本日のご主張は全くその通りだと思います。
 日々、練成会の参加者に、資料をお渡しする時、紙資源の使用について胸を痛めております。

 実は富士河口湖練成道場において最近行われました「聖経読誦行練成会」で、私は「現在副総裁先生のブログの中で今の時代を生きる我々のための重要な情報がどんどん提供され、先生のお考え方、ご指導の内容が示されているので、先生のブログを毎日読むことが大切です」という意味の講話をして、参加者にインターネットで先生のブログを読んでいる人に手を挙げてもらいましたら、約30名の中で手を上げたのはたった2名だけでした。

 この参加者の中には教区で重要な働きをしておられる幹部クラス(停年後の方が多いのですが)の方も10名近くおられましたが、私はこの実情を知ってショックを受けました。

 おそらく全国の教区で、現在の運動を支えていてくれる高齢者の方々(信仰者としてなくてならない人達です)の中には、パソコンになじまない方々が大勢おられるのではないかと思われます。
 私はこの度72歳となりこの3月で退職させていただく者ですが、遠く離れた息子の応援を得て、何とかパソコンを更新しつつ、毎日先生のブログを拝読しておます。でも新しいソフトの導入やウイルスソフトの更新の契約などの時、パソコンの操作がわからず、うまくいかないことが多く悩んでいます。

 今後、炭素ゼロで教区のトップの方を中心とした運動のあり方になっていく時代に、教区を支える高齢者の多くの方々にどうしてインターネットに取り組んでいただくかということが、重要な課題であると思います。

投稿: 加藤 忠司 | 2008年1月29日 11:47

出版関係者が「まさか本気でそう考えているのでは・・・」との事ですが現在ほとんどの通信手段がどんどんその方向に進んでいるのではないでしょうか?不器用な私でも携帯メールで手紙を書いたり貰ったりする事は殆どありません、スケジュールもメモ他も殆ど携帯で即済みます、ガソリンスタンドからもサービスメールが入って来ます、元勤務先の会社でも日報、郵送が全て電子メール、移動にしましてもテレビ会議になっていました、全て紙を使わないと言う事は不可能にしましてもそういう趨勢にある事は間違い無いものと思います、確定申告もインターネットで紙を使いません、今年はチャレンジして見ようと思っていますが、いずれに致しましてもネットと携帯は必需品になってしまいました。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年1月29日 13:15

加藤 忠司 先生
合掌ありがとうございます。
その節はお世話になりました。
ご高齢の方々でインターネットに取り組んでおられない方々に如何にして取り組んでいただくか?について、
私の意見を述べさせて頂きます。
まず私が何故、インターネットをはじめたか?から話させて頂きます。
私は、パソコンは素人ですが、副総裁先生のプログや
生長の家のホームーページをみたいと思ってインターネットをはじめました。が、最初から上手くいったわけではありません。電気店の人や電話会社の人に聞いたとおりパソコンに線をつないでみて何回か失敗した後に成功(インターネットに接続)し、今日に至っております。
 次に、運動の形態や使用する道具は変化して良いものはドンドン変化させていってよいと思いますが、それを嫌い、どうしても旧態依然たるものに固執しようとする人もいるのではないかと思われます。この考え方を持っている人はそれを払拭して頂くことが生長の家の運動(信仰生活)をおくるだけではなく社会生活を営んで行く上で様々な面で必要である(必要な面が多々出てくる)と思います。
 以上、必然の理由(決意)に基づいて変化への対応を果敢に行ってゆくことが必要と思います。
 結局、何かのキッカケでパソコンを扱われるようになることが必要であり、それを何回か繰り返しているうちに、昔のソロバンのように日常生活になくてはならないものに化すと思います。
 以上が、私が思う、高齢者の方々にインターネットに取り組んでいただくための対策であります。

 まとまりのない話しであったかもしれませんが、意見を送付します。
 富士河口湖練成道場の発展を祈ります。

 志村 宗春拝

投稿: 志村 宗春 | 2008年1月29日 23:00

高齢者に如何にインターネットに親しんでいただくかは、やはり家族などのサポートが必要と思います。私の強い勧めで喜寿のときにパソコンを始めた人(女性)がいます。遠くに離れて住んでいる息子さんのパソコンをもらって、主に市の公開講座などで学び、デジカメもパソコンの技能は半年ほどで私以上に上達しました。しかしインターネットの接続はご自分一人では難しく、その後、病気で亡くなられました。
私自身もわからないと夫や息子を呼びます。もう5,6年前になるでしょうか。教化部で将来的には幹部の会議はテレビ電話でも出来るようにとの話を伝え聞いた私は、幹部でもなく志してもいませんでしたが、義父からテレビ電話を持ちかけられると、すぐその話にのりました。隣県に住んでいる義父(当時既に80才を超えていました)が手取足取り電話とパソコンで教えてくれて出来るようになりました。但し今は生長の家ではなく、海外の先生との英会話の個人レッスンに使用しています。(ごめんなさい)
現在私は、趣味のサークルを二つ運営していますが、4年ほど前から二つとも連絡は電子メールです。一つのサークルは三分の二が60代70代の方たちですが、全員がパソコンのインターネットで課題を受け取ります。もう一つのサークルは全員が女性(30代から70代)で携帯の方が過半数を占めます。入会された時はメールアドレスを持たない方もいらっしゃいます。私は勧めたことがありませんが、そのうち私の手間を慮って全員が取得されています。
インターネットに頼りすぎると人間関係が希薄になることに気づき、電話や手紙、家庭訪問とメールを使い分けている現在です。ただ、支部や地区連、教化部との単なる事務連絡にはもっと電子メールを利用して、資源と時間を節約し便宜をはかってほしいと願っています。

投稿: 前谷雅子 | 2008年1月30日 09:48

志村 宗春 様

 志村さん、ご無沙汰いたしております。
 私の文章にコメントをいただきありがとうございます。
 志村さんの言われるとおりなのですが、仕事上取り組まなければならない方は別として、多くの年配の方は、パソコンに大きな抵抗感があるようです。家に教えてもらえる若い方がいればよいのですが、現在は一人住まいまたは老夫婦だけという方が多いのです。志村さんのように自分から努力する気持ちがあればありがたいのですけれどね。
 
 あなたの教区もたぶんそうだと思いますが、光明化運動の流れの中で、多くの教区で青年から壮年そして熟年の方々と人材が継続していない場合が多いので、教区の中でもパソコンの取り扱い方を教える人材が乏しいと思います。

 今後はきっと副総裁先生にふさわしい若い人材が続々と集まってきて、教勢が盛り返してくることと信じています。
 でも今の運動を支えて下さっている高齢者の方々には、我々が先生のご指導内容を正しくお伝えして、間違いない運動を進めていくようにする必要があると思っています。
 
 共にがんばりましょう。

 加藤 忠司拝                         

投稿: 加藤 忠司 | 2008年1月30日 17:02

合掌ありがとうございます。
いつも楽しみに副総裁先生のブログを拝見させて頂いております。
今回のお話で疑問に思う事点があり、恐縮ですが質問させて頂きます。
生長の家でも日本教文社や世界聖典普及協会から、生長の家関連の本を沢山出版されておりますが、
これから益々電子化促進を図るということは出版物の売れ行きは減少していくこととと思います。
出版社の需要が減れば出版社で働く人の数を減らしても良い状況になってくるのではないかと思います。
そういった方のことはどのように考えたら良いのでしょうか。
神様の無限供給があるから、心配する必要はないのでしょうか。
私も地球環境の為に色々取り組んでおります。
今回の電子化のお話しは、地球環境問題の為ということは十分理解した上で、
どのように考えれば良いのか教えて頂けますと幸いです。
お忙しい中つたない質問で申し訳ありません。再拝

投稿: 匿名希望 | 2008年1月30日 20:04

匿名希望さん、

>>これから益々電子化促進を図るということは出版物の売れ行きは減少していくこととと思います。出版社の需要が減れば出版社で働く人の数を減らしても良い状況になってくるのではないかと思います。<<

 大手の出版社、印刷会社はそのことを予定して、すでにかなりの電子化を行っています。つまり、電子出版部門を拡張しています。このようにして、変化に的確に対応していくことは、出版社に限らず、あらゆる企業の当然の行動だと思います。

 ちなみに、日本教文社も電子出版部門を設けており、世界聖典普及協会もウェッブサイトからの注文受付を拡大しています。生長の家の出版部門も電子化を進めています。あなたがそれほど心配されることはない、と思うのですが……。

投稿: 谷口 | 2008年1月31日 11:44

谷口雅宣先生

合掌ありがとうございます。
つたない質問にご回答下さりありがとうございました。
本は多くの魅力がありますが、今後は電子出版も利用するように努めて参りたいと思います。再拝

投稿: 匿名希望 | 2008年1月31日 21:20

「日時計ニュース」には、71歳になってから油絵を習いはじめ、6年で個展を開くまでになった渡辺キミさんのことを紹介する素晴しい記事が紹介されています。
 また伊能忠敬は、確か50歳を過ぎてから測量の勉強をし、日本地図作成のための作業を行ったということです。
伊能忠敬はやや老齢の域に入ったと思われる年齢になってこの偉大な事業を行ったわけです。
 そういうことから、勘案しますと、歳がいくつになっても、パソコンをはじめようとかパソコンの操作を覚えようという気になれば必ずできるということがいえると思います。
 高齢者の方で自分は絶対にパソコンはやらない、と言っていた人でも、いつの間にかホームページを開設するまでになっている方もおられると思います。
 また今日、パソコン教室や通信教育もあります。
 パソコンのセッティングを行う業者もいます。
 ですからやる気さえあればできるということです。

 次に、パソコンばかり扱っているとダメになってしまう。
という意見もあるようですが、パソコンにしても自動車にしても携帯電話やデジカメ…等にしても全てそれらは道具であり、適切に扱えば人間生活の向上にいくらでも寄与するものであることを述べておきます。

投稿: 志村 宗春 | 2008年2月 2日 20:22

ペーパーレスについて、活動面で思うことがあります。
相愛会幹部会議等で、レジュメと数表資料が毎回多くのコピーで配布されますが、ほとんどがその場限りの物で、次回にはまた更新されたデータが資料として出ます。
連合会正副会長会議などは事前にレジュメと資料を添付メールとするかホームページなどのWEBベースに置いておき、各自が確認して自分の意見を持って会議に臨むなど、印刷物を減らせないかと思います。ほとんどが廃棄されるものとなりますし。

投稿: 近藤静夫 | 2008年2月23日 12:28

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