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2008年1月10日

生長の家が排出権取得へ

 京都議定書で定められた温室効果ガスの排出権取引制度に、生長の家も参加することになった。と言っても、商社や電力会社などが行う大規模で本格的な形ではなく、小口の「5千トン」規模である。9日に行われた宗教法人「生長の家」の責任役員会で、二酸化炭素(CO2)に換算して5千トンの排出権の信託を三菱UFJ信託銀行から取得することが決まった。

 排出権取引については、本欄でこれまで何回も(例えば、2006年12月24日2007年9月18日9月28日11月27日)触れてきた。この制度には問題点がないことはないが、国連が正式に認定したクリーン開発メカニズム(CDM、Clean Development Mechanism)を通した排出権取引には、デメリットよりもメリットが多いと考えられ、また日本で生まれた世界初の温暖化防止条約である京都議定書を支援する意味からも、さらには今年から生長の家で始めた“炭素ゼロ”運動の進展のためにも、この時期での参加が好ましいとの判断によるのだろう。
 
 生長の家の公式サイトにある9日付のプレスリリースによると、今回取得する排出権の信託は、韓国の蔚山(ウルサン)市にあるフロンガス製造工場から出るHFC23というフロンガスを、排出させずに破壊する事業から生まれた排出権の一部である。国連からCDM事業として正式に承認・登録されているし、HFC23の温室効果はCO2の11,700倍あるというから、実質的に温暖化抑制に貢献しうると思う。
 
 生長の家が取得する「5千トン」(CO2換算)の排出権に相当する温室効果ガスの量は、東京・原宿にある本部事務所、長崎県西海市の生長の家総本山、京都府宇治市の生長の家宇治別格本山における、①電力、②都市ガス、③LPガス、④上下水道、⑤灯油、⑥A重油、⑦公用車に使用するガソリンと⑧軽油、および⑨会館建設・増改築によるCO2排出量の約4年分に相当する。つまり、今回の排出権信託の取得により、これら3事業所で使われる上記9項目の約4年分が“炭素ゼロ”と見なされることになる。
 
 これまでの本欄でも述べてきたが、排出権取引制度の問題点の1つは、排出権が金銭により比較的容易に得られるため、団体や企業の活動の中で、温室効果ガスを実際に削減するよりも、対価を支払うことで済ませてしまう傾向が出てくることである。この傾向が社会の趨勢となれば、実際の削減努力を阻害することにもなりかねない。しかし、生長の家の場合、上記の9項目が“炭素ゼロ”となっても、実際の運動では3事業所間の人の「移動」に伴うCO2の排出がまだ多くある。これの削減努力をすることが今後の大きな課題となってくるし、そのための工夫や業務改善の余地も多く残されている。さらに言えば、生長の家はこれら3事業所以外にも全国に数多くの教化部会館や道場などの施設をもっているから、温室効果ガスの削減努力は今後も継続していくことになるだろう。

 地球温暖化問題は、長期的な取り組みが必要であると同時に、実行可能な対策はすべてを、できるだけ早く進めていく必要性がある。今回の決定も、そういう観点から下されたことを読者は理解していただきたい。

 谷口 雅宣

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コメント

実行可能な対策をすべてできるだけ早く進めていく必要性があるということで、生長の家が公式に排出権の取得を速やかに実現されたこと、とても嬉しく思います。

私も、副総裁先生のIPPCの統合報告書に関してのご指導を受け、個人的にも、出来る限りのことをしようと思い、昨年12月に、CDMによる排出権を利用したカーボンオフセットを購入いたしました。

私の家庭では、昨年一年間で、電気、水道、ガス、ガソリン合わせて、(国内の一世帯の平均よりだいぶ少ないとは思いますが)CO2排出量は2、5トンでした。

私が利用したところ(日本カーボンオフセット)ですと、1万円程度の出費になります。

また、昨年の1月末、仏投資銀大手のソシエテ・ジェネラルによって、2012年にCDMの排出権の単価は37ユーロ(約5900円)にまで高騰するとの予測が発表されていることを知りました。

年間の使用量の平均が出てきたので、個人的に2012年分くらいまでのオフセットをしておいてもよいのかなと検討しています。そして、目標として、今後、さらに削減の取り組みを進めていき、2012年分だと想定されたもので2013年分までオフセットできれば万々歳かなと思います。

出来る限りの取り組みを行う必要性があることを考えたときに、改めて意識の高さ、ここまでは行おうという自分の中の倫理基準が重要になってくることを感じました。

生長の家を信仰する方々は、一般的なレベルよりも、とても意識が高いので、素晴らしいと思います。私自身はそうでしたが、副総裁先生の継続的なご指導によるところがとても大きいです。改めて、感謝申し上げます。ありがとうございます。

投稿: 齊藤義宗 | 2008年1月11日 02:57

排出権取引制度に参加し「5千トン」の排出権を取得され、金銭で安易に済まし削減努力をしなくなりはしないか?と心配されながら、炭素0運動推進の為に実行可能な対策(工夫、業務改善)を早急に進めて行く!との道、宗教界は勿論の事、企業(営利目的以外)、団体に於いて画期的な事ではないでしょうか?何処か外国だったと思いますが個人で自分の排出するCO2を金銭で支払い「義務を果たしスッキリした生活をさせて頂いています」と言うコメントをしていましたが言うは易く行いは難し!です、炭素税か環境税で支払う事になれば喜んで支払いますが私も其処までの境地には達していません、副総裁が心配されている様な削減努力阻害につきまして無関心派は別として企業も団体も個人も止むを得ない場合であってなるべく購入しない様に努力はする様に考えます、それよりも排出権を商売に利用して利益追求を考えている組織を心配しています、サブプライムローンの様に何でもマネーゲームにしてしまう傾向、早急に規制を考えて欲しいと思います、シンプルーイズーベストです年金もそうですが複雑にしますと実相が見えなくなりますから、、。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年1月11日 12:21

地球環境保護が今日喫緊の課題であることは、新聞を読んでいるだけで十分分かります。そのために日々なにをなすべきかの判断も、市民としての通常の道徳意識さえあれば足りることで、別に信仰に頼るまでもないでしょう。つまりこれは宗教上の課題というより、社会常識の問題ではないでしょうか。

投稿: 仙川健一 | 2008年1月12日 01:59

仙川さんの意見は
「地球環境保護は社会常識の問題だから信仰に頼るまでもないでしょう」と言う事だと思いますが私は信仰に頼るとか頼らないとか言う問題ではないと思います、寧ろ社会常識を超えた宗教上の重要なテーマの一つではないか?と考えてます。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年1月14日 13:39

地球温暖化を防ぐためにCO2の排出規制が必要であるとマスコミを通して知らされていますので、私は一人の健全な市民としてこのことに日々心がけているつもりです。それだけでは不十分なのでしょうか。宗教人としては信仰に基づくもっと別な生き方があるのでしょうか。あるならぜひ教えてください。

投稿: 仙川健一 | 2008年1月15日 07:25

仙川様
co2排出規制は道徳意識さえあれば足りる、社会常識の問題である、私は一人の健全な市民として日々心掛けているつもりです、それでは不十分なのでしょうか?と言う事だと思いますが、それで十分なんではないですか?只私は信仰とこの問題は別であると切り離されている様に思えましたので私の考えをコメントさせて貰ったのです、私は山川草木国土悉皆神仏の顕現であると思っていますので信仰と別問題ではないと考えているのです、只それだけで他意はありません。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年1月17日 16:26

仙川さんは意識が高く、すばらしいですね。仙川さんのような方が先進諸国に数億人いれば、環境問題は解決の方向へ進むと思います。(さらにはその数億人がカーボンニュートラルをあらゆる手段を通じて、生活に実現しようというような方でしたら、政治も、経済もスムーズに動き、問題にならずに解決できるかもしれません。しかし、今後の人口増加や経済発展を考慮すると発展途上国も含めた数十億人がそれくらいの意識を持つ必要があるかもしれません。)現状はそこまではいたっているとはいえないのではないでしょうか。また、制限時間がなければ、社会常識が社会に浸透する?のに任すだけで解決できるかもしれません。けれども、制限時間がないその他の問題でさえ、社会常識では解決されていないこと(戦争、紛争、殺人、成人病、アルコール依存症等々、むしろ社会常識では、解決できないといわれているものもあるかもしれませんが)がたくさんあることを考えるとき、社会常識で、つまり、通常の出来事レベルの情報や、よくて構造、社会システムのつながりを説明するレベルまでの情報や番組では、限られた人(環境にある手度意識のある人)しか生活に行動するところまでいかないか、いったとしても、生活を見直し続け、取り組むレベルまでにはいたらないのではないでしょうか?

かといって、地球環境問題を考えたときに、信仰に頼る(神にすがるというスタンスでしょうか?)ことを生長の家はおすすめしていません。

逆に、信仰を有する人はもっと積極的に取り組んでいく必要がある。愛なる神、善なる神や仏を信じるならば、日々の生活にちゃんと実践していきましょうというスタンスだと思います(これだけでもターゲットとなるのはキリスト教やイスラム教、仏教等、具体的に考えていくと、規模的には数十億人いるのではないでしょうか。もちろん、それらを信仰していない方々も踏み行うべき人間としての生きる道を示しているのでそれだけではないと思いますが)。また、現在の社会の仕組みでは、私たちが普段生活しているだけでは、知らないところで、問題がつながっているから(仏教的な表現を使えば、知らずに犯す罪は知って犯す罪よりも大きいというように、知らないで犯している状態で生活をしていることがあるから)、それらに対して無関心ではなく、構造的なつながりをきちんと理解して、愛を生活に現していく努力をしましょうということで、めまぐるしく変化する現代において、常に最新の情報を紹介し、説明してくださっているのではないかと思います。例えば、すでに旧聞に属しますが、牛肉や豚肉等の肉食だけでも、地球規模で、環境にも、資源にも、飢餓にも影響を与えていることを知っているか、知らないかで選択は変わってくると思います。特に、愛深い生活を送ろうとしている人は選択が大きく変わってくる可能性が高いですね。

環境、資源、平和等の問題の仕組み、つながりについては専門家の方々が一番詳しいでしょうが、一般人で専門家ほどの知識がある人は少ないでしょうし、あらゆる立場の方々が、あらゆる手段を通じて、できる限りのことを行っていくことが、求められている状況のときに、宗教だけが、それを無視して、教えを説くことは、人に対して、誠実であろうとする宗教のするべき態度ではないと思います。また、一つ一つの出来事レベルではなくて、その背後にある構造、社会的システム、構造を作り出す前提となる意識、無意識での考え方までをカバーして、「心」の問題から解き明かしていくことは根本的な問題解決を図る上では大切だと思います。そして、心の問題では、利己主義や人間至上主義から脱却して、人間以外も含めた地球上の生命全体を考える態度、愛の意識を高めていく前提となる考え方をお伝えしていくことが大切になると思います。

信仰しているからといって、特別な生活があるというわけではなく、誠実に愛に則った生活をしていきましょうとオススメし、どこまで取り組むかは人の意識が大きく関わってくるので、その意識を高めるのに、宗教として、生長の家は貢献していきましょうということだと思います。なので、生長の家で環境問題解決について何か特別な(異常な?)生き方があるとは説いていないようです。

環境ジャーナリストで、『不都合な真実』の翻訳者でもあり、環境問題に取り組み、さらに変化の担い手を増やすため、NGOや会社を立ち上げている人で、枝廣淳子さんという人がいますが、その人が次のように述べていました。

エネルギーの消費量やCO2排出量を実質的に減らすためには、「効率を高める」(efficiency)ことによる省エネだけではなく、「足を知る」(sufficiency)ことによる省エネも必要だ、と。

「足を知る」というのは、心の問題です。心を扱う宗教だからこそ、しっかりと向き合うべき問題がそこにはあると私は思います。

仙川さんのように積極的に取り組まれている方がいらっしゃることをうれしく思いました。少しでも疑問が晴れれば、幸いに思います。

長いコメントになってしまい、申し訳ございません。

投稿: 齊藤義宗 | 2008年1月19日 02:02

初めて、コメントさせていただきます。
最近、刊行された『排出権取引とは何か』(PHPビジネス新書60)という本の中で、
生長の家が「排出権」を信託方式で取得したことについて、
「自助努力でのCO2削減に取り組み、その上で地球に負荷をかけてしまう分だけを取得した点で、素晴らしい取り組みである」という趣旨の記述がございました。
何事も自ら実践する、そして、世の中の最先端の仕組みも利用する――。
なるほど、そういうことだったのか、と得心した次第です。

投稿: 濱田貴博 | 2008年6月25日 22:25

濱田さん、

 本のこと、知りませんでした。早速、入手したいと思います。ありがとうございました。

投稿: 谷口 | 2008年6月26日 14:03

早速にお返事を頂き、恐縮です。
この作家さんの前作、『温暖化がカネになる』という本は、
タイトルはともかく、内容的にはかなり評価されており、産経新聞、朝日新聞、日本経済新聞などで書評が出ていました。
新書よりも作者の意思が強く出ている作品のような気がします。

特に、後半部分、「地球を救え、というのは傲慢であり、
人類が滅びても地球は生き残る。救わなければならないのは、私たち自身」という辺りが、印象に残っています。

北村さんのブログです。↓
http://kitamurakei.jugem.jp/?page=1

投稿: 濱田貴博 | 2008年6月26日 22:00

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