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2008年1月15日

万能細胞がもたらす“深い問題” (3)

 私は前回の本欄で、万能細胞の可能性を論じるのに「孫悟空」の物語を比喩として使った。それを読んだ読者の中には、「想像力を働かせすぎだ」と感じた人がいるかもしれない。iPS細胞の開発により、拒絶反応の危険が少ない移植用組織や臓器が利用できるのだから、医療技術は確実に進歩するのであり、人々の幸福も増進する。それに、ES細胞のように人の受精卵や生殖細胞を使うという倫理問題もない。したがって、今回の研究成果は素直に喜ぶべきである--そう言う人の声が聞こえてくるような気がする。私も半分はそう思う。しかし、他の半分で別の可能性を考えることは許されていいと思う。
 
 どこかの本にも書いたが、技術は本質的に道具であるから“善”でも“悪”でもないが、それを使う人の心が“善”や“悪”をもたらすのである。武器や兵器は自衛のためにも使えるが、強盗や殺戮のためにも使える。ES細胞の技術は、アルツハイマーの治療にも使えるし、クローン人間の作製にも使える。では、この万能細胞の技術は、治療目的以外にいったい何に使えるか? この技術はきわめて強力であるから、さまざまな目的に利用できるだろう。例えば、以前も書いたように、同性愛者間で遺伝上の子をもうけることができる。性行為によらずに遺伝上の子をもてるのだから、異性愛者であっても、パートナーなしで遺伝上の子がもてるだろう。また、ES細胞と同等の能力をもった細胞だから、クローン人間が作れるだろう。さらに、前もって自分のスペアパーツを作っておくこともできるだろう。体細胞を“リセット”して受精卵と同等の能力をもたせる技術だから、もしかしたら“若返り”の手段に使えるかもしれない……これらは皆、倫理問題を含んでいる。
 
 が、ここで私はこれらの倫理問題には触れずに、宗教的な問題を1つ提示したい。私が言う“深い問題”とは、実はこのことなのだ。

「人の生命がいつ始まるか」についてローマ法王庁の伝統的見解は、「受精の瞬間から」である。だから、日本政府が「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」(中間報告書)に対して意見募集を行った際も、日本のカトリック教会は、ヒトES細胞の再生医療への利用のために、①ヒト受精胚(ヒト胚)の研究目的の作成と利用、②人クローン胚の研究目的の作成、のいずれにも「反対」の意見表明をしている(2004年2月20日、内閣府政策統括官宛文書,)。ところが、バチカンは今回のiPS細胞の研究発表の直後に、これを「歴史的な成果」として歓迎するコメントを出した。アメリカのカトリック司教協議会も歓迎の声明を出したという。(1月13日『朝日新聞』)これは、ES細胞の研究には強硬に反対していたのとは、大違いだ。

 私はその理由を、こうではないかと想像する--今回のiPS細胞は皮膚などの体細胞から作成できる。体細胞には「受精」など起こらないから、それを利用して作ったiPS細胞の医療への利用は問題ない。--しかし、本当にそうだろうか?

 山中教授らが開発したiPS細胞が世界から注目されている大きな理由は、それが「ES細胞と同等の分化能力をもつ」という点--つまり、「人体を構成するすべての組織や臓器に分化する能力がある」という点にある。そもそもES細胞は、受精卵から成長した「胚盤胞」の中身を吸い出し、培養して作られる。iPS細胞にそれと同等の分化能力があるならば、ES細胞と同じように、子宮に移植すれば人体を形成するはずだ。この方法で、iPS細胞を使えば、クローン人間を比較的容易に作れるかもしれない。そういう事例を、カトリック教会は「受精を経ないからいい」とは言えないだろう。これまで同教会が出してきた人の誕生に関わるいろいろの見解から考えて、首尾一貫しないからだ。カトリック中央協議会によると、日本のカトリック司教団も、「生殖を目的とする胚細胞クローン」と、「生殖以外の目的(治療等)で行われる体細胞クローン」の両方について、研究のための利用は許されないと表明してきた。

 問題は、「受精」という過程を経ずに子が生まれる可能性が生まれていることだ。しかも、その過程は明確な人間の意思、人間だけの意思によって開始され、材料は皮膚の細胞で足りるのである。人間が生まれるのに、「神の意思」が関与する余地がなくなってしまうのである。神と人間とをまったく別次元の存在として考える教義においては、この可能性が生まれることはきわめて“重大な問題”ではないだろうか? 生長の家では「人間は神の子」と教えており、神と人間とを全然別の存在とは考えない。が、それにしても、ここには“深い問題”が秘められていると感じるのである。
 
 谷口 雅宣。

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コメント

万能細胞の問題、とても興味深く読ませていただきました。
人が幸福を追求することは当然あっていいことですが、万能細胞で受精なしで子供が作れるということが容易になると、その欲求は、「偽象」に感じざるを得ません。そのような方法で生まれた子供たちの人生を考えると心が痛くなります。この問題は、「世代間倫理」を真剣に考えなければいけない問題だと思います。次の世代に不幸を押し付けて、今の世代が幸福のためなら何でもやっていいというのは、ちょっと違うのではないでしょうか。現代を生きる世代には、もっと未来への想像力が必要ですね。このブログは、もっとたくさんの人に見てほしいと改めて思いました。

投稿: 室井 倫行 | 2008年1月16日 04:56

室井さん、

 コメント、ありがとうございます。
 「世代間倫理」を成立させるためには、やはり前世代-現世代-次世代のつながりを、我々がしっかり感じる必要があると思います。そういうつながりの感覚が薄れているところに、現代の問題があるような気がします。

投稿: 谷口 | 2008年1月16日 23:35

夢の万能細胞とは言え「深い問題が秘められている」、確かにそうなのですが人間には選択の自由が与えられています、では研究を止めてしまえば問題解決なのか?と言えばそうとも言えない様に思います、神仏の計画は誰にも分かりません、果たして人間のだけの意思によって神仏の意思が関与する余地が全く無くなってしまうと言う事が有り得るのだろうか?私は無い様に考えます、人間は如何に研究開発が究極に至ろうと"孫悟空"と同じ神仏の御手の中だと思います、そして神仏は常に"諸刃の剣"を用意され、此処に善因善果、悪因悪果の法則が働く様に設計されているのではないか?と感じています、全く不確かではありますが、、、。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年1月17日 17:32

ips細胞の利点は、拒否反応の無い再生医療ができることです。疾病や障害者にとって最良の医療となることは確かです。しかし、その最大の欠点は死なない人間やクローン人間を生み出すことになると思います。このため何百年も生きる人と、従来どおり死ぬ人の差別が広がることとなります。現在はどんな人でも百歳までには死ぬことで平等になっていますが、貧富の差別で戦争や暴動が起きているのに加えて、生死の差別が広がります。さらに、すべての人が死ななくなったら、地球はどうなるのでしょうか。これを倫理問題だけで、解決できるのでしょうか。原水爆のように作ってから考えるのでは遅いと思います。

投稿: 黒田保夫 | 2012年10月 8日 21:16

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