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2008年1月13日

万能細胞がもたらす“深い問題” (2)

 昨年11月21の本欄にも書いたが、「iPS細胞」とは「induced pluripotent stem cells」という英語の頭文字を取った造語だ。日本語では「人工多能性幹細胞」という訳が使われている。平たく言えば「人工的に多能性を与えた幹細胞」で、多能性とは、人体の各組織--神経、筋肉、血液、骨格…etc.に分化する能力のことだ。「幹細胞」とは、樹木の「幹」から枝葉が分かれて伸びるように、人体を構成する各種組織や臓器に分化する前の細胞である。赤血球、白血球などの血液の細胞は造血幹細胞から生まれ、脳を形成する神経細胞は神経幹細胞から生まれる。

 2006年7月27日の本欄に書いたように、これまでの研究では、このような幹細胞は人体の様々な場所--脳、骨髄、髪、皮膚、脂肪、歯胚、臍帯血、生殖器など--に存在することが分かっている。だから、ケガで出血しても、皮膚や神経を切断しても、また脳梗塞で脳の細胞の一部が破壊されても、我々の体の組織はリハビリなどを通して、ある程度再生し、復元するのである。これらの幹細胞は、我々の体の中に現に存在するものだから、「体性幹細胞」あるいは「成人幹細胞」と呼ばれる。これらはしかし、「万能細胞」とは言えない。なぜなら、これらは分化の方向性が一定していて、あらゆる組織に変化するわけではないからだ。例えば、造血幹細胞は通常、血液の細胞にしか分化せず、神経幹細胞は神経系の細胞にしか変化せず、歯胚幹細胞は歯の組織にしかならない。
 
 これに対して、受精卵の時代には存在したが、誕生後は消えてしまったと思われる幹細胞がある。これが「ES細胞」(embryonic stem cells、胚性幹細胞)である。この細胞は、人が母胎中で生き始めたごく初期の、受精から1週間から10日ごろの「胚盤胞」と呼ばれる段階のときに、胚の内部を満たしていると考えられている。これは、体内の幹細胞の“大元締め”であり、あらゆる組織や臓器に分化する能力があるから、「万能細胞」と呼ばれるのである。
 
 山中教授らのグループが作成した「iPS細胞」は、上記の2つの種類の幹細胞--体性幹細胞と胚性幹細胞--のいずれにも属さない。別の言い方をすれば、2種の幹細胞の性質を併せもった幹細胞である。このことを治療面から表現すれば、こうなる--体性幹細胞は患者本人から取り出すから拒絶反応の心配がないが、万能性がない。これに対し胚性幹細胞は、患者以外(受精卵)から取り出すから拒絶反応が危惧されるが、万能性がある。そして、この両者の性質を兼ね備えたiPS細胞は、患者自身から作成されるから安全性が高く、しかも万能性がある。そうなると、世界の研究者の目は、この安全性の高い新しい万能細胞(iPS細胞)の上に注がれるのは当然と言わねばならない。
 
 山中教授らが昨年11月に発表した研究では、成人の顔の皮膚細胞と関節にある滑膜の細胞に4つの遺伝子を組み込んでiPS細胞を作った。が、4つの遺伝子のうち1つは、ガン遺伝子として知られていたため、人への応用ではガン化の危険があった。その後、同教授らはガン遺伝子を使わないでiPS細胞を作ることに成功(12月1日報道)。さらに肝臓と胃の粘膜の細胞からもiPS細胞を得ることに成功した。(12月12日報道)

 今年に入っても、iPS細胞に関連した研究は急速な発展を見せている。1月7日付の『日経』によると、山中教授と同じ京都大学の杉山弘教授らの研究チームは、iPS細胞を「安全につくる基本技術を開発した」という。内容の詳細は明らかでないが、この技術によると、「ガンの遺伝子やウイルスを使う代わりに化学物質でiPS細胞を作れる」のだそうだ。この化学物質は「ポリアミド」の一種で、細胞内のDNAに結びつき、「成長をつかさどる遺伝子の機能を調節する」から、「大人の細胞を生まれたての新型万能細胞に後戻りさせたり、万能細胞を神経細胞などに効率良く生まれ変わらせたりする」能力があると見られている。
 
 こうなってくると、当初の研究で使われた「皮膚」だけでなく、人体の様々な場所にある普通の細胞から、万能細胞と同等のものが比較的簡単に作成できる可能性が見えてくる。私が昨日の本欄で「ツメや髪の毛から自己の複製を作る」と書いたのも、だから必ずしも“絵空事”ではないのである。「孫悟空」の物語の中には、サルの悟空が自分の体毛を抜いてフッと息を吹きかけると、たちまち抜いた毛の数ほどの自分の複製が現れる話が出てくる。私は、最近の万能細胞の研究の成果を知るにつけ、この物語を“絵空事”だと笑えない気持になるのである。

 谷口 雅宣

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コメント

孫悟空の複製、人間の複製が"絵空事"で無くなるとどうなるのか?人間が物質に依って生物や人間を創ると言う事になりますね!うーん、、、人類が進歩して人の住める他の天体に行き地球の人類を移動させる事なくそこで生命を創造する、そして新たな人類の歴史が始まる、、、まるでFS小説の世界ですねえ、、、いずれに致しましても今多様性な環境下に生きている人類は又自分は何をするべきか?今が誕生、今が0才、今が極楽、今が臨終、岡本太郎ではありませんが生ある限り、どんな世界、どんな環境下にいても「瞬間、瞬間爆発して行く」邪気を無くして選択実践すると言う原点を忘れないで生きさせて頂く事は必要であると思います。

投稿: 尾窪勝磨 | 2008年1月14日 15:49

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