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2008年1月12日

万能細胞がもたらす“深い問題” (1)

 京都大学の山中伸弥教授らのグループの研究により、一気に再生医療の“スターダム”に躍り出た「iPS細胞」に関しては、国を含めた研究支援の輪が広がりつつあることは喜ばしいことだ。アメリカの研究グループも山中教授らの研究と肩を並べて成果を競っているから、人間の治療に使えるような安全性の高い技術をどちらが先に確立できるかは予断を許さない。
 
 11日付の『日本経済新聞』によると、この研究に関する国の主な支援策は、文科省、厚労省、経産省、特許庁の合計で33億円が2008年度に投入される予定。この中で最も高額なのは文科省の計画で、iPS細胞関連の研究に今年度当初予算の約7倍に当たる約22億円を充て、今月内にも発足する京大のiPS細胞研究センターの整備・支援をするという。また、厚労省では、臨床試験のための施設整備を希望する研究・医療機関を公募し、2~3カ所を対象に約4億円を支援する計画という。
 
 この研究については、門外漢の私は技術面での今後の予測はまったくできない。しかし、強力な技術としてのiPS細胞には、何か哲学的・宗教的問題が潜んでいるような気がしてならないのである。昨年11月25日の本欄では、私は山中教授の言葉を引用して、「iPS技術を使えば男性から卵子、女性から精子を作るのも可能」であるから、使い方によっては社会倫理、生命倫理に触れる問題が起こる可能性があることを指摘した。が、私がここで「深い問題」というのは、それよりもさらに“深い影響”をもたらす可能性である。
 
 この技術をある側面から形容すると、これは「皮膚から自己の複製を作る技術」である。この場合の“自己”とは、もちろん肉体的自己--つまり、自分と同一の遺伝子情報もつ肉体のことである。普通、我々の肉体の細胞はみな、同一の遺伝子情報をもっているから、細胞レベルで同じ遺伝子情報をもつものが我々の肉体の外部にあっても、別に驚くことはない。我々のツメ、髪の毛、皮膚、血液を構成する細胞は、すべて同一の遺伝子情報をもつ。それらが我々の体から離れて床の上に落ちても、我々は何も驚かない。しかし、それらの細胞を拾って培養液に入れ、ある条件下で育てていると、受精卵と実質的に同じものが成長してくるとすると、問題は別である。

 iPS細胞の技術は、(まだ実用化していないが)これを可能にするものと言える。もちろんツメや髪の毛自体がたちまち受精卵になるのでないが、ツメや髪の毛と同じように入手が容易な皮膚の細胞で、これができるのである。このようにしてできた受精卵と同等の生命体を、我々は何と呼ぶべきだろうか? 「受精」もせず「卵」でもないのだから「受精卵」ではない。母胎の中にいないのだから「胎児」ではない。自分と同一の遺伝子情報をもつ生命体だから「子」でもない。自分の体外にあって、一定の条件下で自分から独立して生きているのだから「自分」でもない。それでは「他人」か? 遺伝子情報がまったく同一の生命体を、普通は「他人」とは呼ばない。それは普通「一卵性の双子」と呼ぶ。しかし、一方は成人した人間で、他方は未熟の生命だから、「一卵性」でも「双子」でもない。つまり、人類は未だかつてこのような生命体を、一部の例外を除いては目にしたことがない。その一部の例外が「ES細胞」である。

 谷口 雅宣

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