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2007年11月17日

サルのクローン胚からES細胞

 最近、幹細胞の研究で画期的な進展があったようだ。「ようだ」という語を付け加えるのは、韓国でかつて人間のES細胞をめぐる似たような進展が「あった」と大々的に発表された後に、それが虚偽だと判断された例を思い出すからである。(本欄2005年5月22日同年11月14日同22日など参照)今回の研究は、生獣のアカゲザルの皮膚細胞の核を除核卵子に組み込んでクローン胚とし、さらにそこからES細胞を作成した、というものだ。これは、すでにネズミを使った研究では達成されていたが、他の動物--とりわけ人間に近いサルで成功したことから、人間への応用の可能性が一気に増大したと評価されている。米オレゴン州にあるオレゴン健康科学大学(Oregon Health and Science University)などの研究チームによるもので、14日付のイギリスの科学誌『Nature』の電子版に発表した。
 
 メディアの報道にも慎重さが見られる。英字紙の『ヘラルド・トリビューン』は15日付で記事にし、「オレゴンの研究者らは、サルの胚の作成にクローン技術を使い、そこから幹細胞を抽出したと報告している」という書き方で、この研究成果を「事実」としてではなく「伝聞」として伝えた。『朝日新聞』も15日の紙面で「……に成功したとの論文を、○○に発表した」と書き、『産経』も同日に同様な書き方で伝え、『日経』は17日の夕刊でこれを伝え、3紙とも2004年の韓国の研究者の発表が後日、捏造だったことにも触れている。注意深い態度と言えよう。
 
 とはいえ、この発表は注目に値する。上記メディアの伝えるところによると、研究チームは、アカゲザルの皮下組織にある繊維芽細胞から核を取り出し、これを除核未受精卵(受精していない卵子から細胞核を除いたもの)の中に注入し、電気ショックを与えて融合させることでクローン胚を作り出した。そして、この胚が分化を始めて100個程度の細胞塊になった「胚盤胞」の段階で、細胞の内部組織を取り出してES(胚性幹)細胞を得たという。さらに『ヘラルド』紙は、この後に研究チームはES細胞から心臓の細胞と神経細胞を分化させることに成功し、ネズミに移植した場合は、体内でその他の様々な細胞にも分化した、と伝えている。
 
 もしこの研究が別の研究者によっても再現できることが確認されれば、どういうことになるだろうか? --サルで成功した研究は、同じ霊長類である人間にも応用できる可能性が大きいから、当然、人間への応用が次のステップとなる。この研究の主任をしたシュークラト・ミタリポフ博士(Shoukhrat Mitalipov)自身、メディアの取材に対して「この方法は人間にも使えることは確かです」と言っている。この場合、考えられる用途は、患者本人の皮膚細胞を使ってクローン胚を作り、そこからES細胞を抽出することで、理論的には体の各部の再生治療が拒絶反応の心配なくできる、ということだろう。これは一見、大いなる医療の進歩である。
 
 しかし、この研究で見えにくいのは「卵子」が大量に使われ、その大部分はむだになっている点である。数字で言うと、14匹のメスザルから「304個」の卵子が取り出された。その結果、得られたES細胞はわずか2株、成功率は0.7%だ。この状態では、人への応用は難しい。韓国のES細胞捏造事件の際も、多くの卵子提供者が協力し、一部に謝礼が支払われたことが問題になった。卵子の売買と区別がつかなくなるからである。このことは「代理母」についても言えるが、「人は、他人の健康の危険を冒してまで自己目的を追究できるか?」という倫理的問題がここにはある。代理母の場合、最低1人の他人が危険を冒す。この研究を人間に及ぼす場合、現段階ではそれ以上の他人を利用することになる。
 
 この効率の問題が解決しても、「クローン胚」の問題が残る。つまり、この胚を子宮に移植すれば「クローン人間」になるからである。昨年6月20の本欄でも触れたが、日本政府はクローン胚作成を条件づきで認める方針のようだが、私にとってあまり賛成できる話ではない。

 谷口 雅宣
 

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コメント

クローン胚からES細胞取り出しの成功!もし本当ならばやはり医学の革新的な進歩だと思います、そして様々な難問を克服し、これが医療の現場で実施される様になる場合に「他人の健康の危惧を冒してまで自己目的を追求出来るか?」と言う問題が出て来ます、しかし、既に日本は兎も角、心臓、肝臓、腎臓他の移植や輸血の為の採血等々他人の健康や命の危険を冒してまで人命救助の為に募金までして行われています、募金もマスメディやのお陰ですぐに集まる様です(慈悲深い人の何と多いことか、、)、人間の果てしない苦しい拒絶反応、入院生活を克服してまでも「なんとしても生きたい!」と言う気持ち!これは尊重すべきだと思います、しかも拒絶反応がなければなおさらの事です、只金銭絡みで強者が弱者を犠牲にする様な事があっては断じて許されません、この点をしっかり、心有る政治家、医療関係者やマスメデヤを中心に全国民で監視する必要はあるとは思います。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年11月20日 15:08

尾窪さん、

>>しかし、既に日本は兎も角、心臓、肝臓、腎臓他の移植や輸血の為の採血等々他人の健康や命の危険を冒してまで人命救助の為に募金までして行われています、<<

 臓器移植には高額な出費が伴います。それができる人が他人の生命の危険を冒してまで自己の延命を図るという点がポイントだと思います。輸血のための採血は、それほど生命の危険は伴わないと思いますが、臓器移植は伴います。何もかも一緒くたにされて論じているのではないでしょうか?

 「金銭からみで強者が弱者を犠牲にする」のがいけないのなら、臓器移植にそういう要素がないのでしょうか? 論旨が混乱しているように聞こえます。


投稿: 谷口 | 2007年11月20日 22:55

御指摘有難う御座います、只、輸血の為の採血は命は兎も角、健康に関してはどうでしょう?全く無いと言い切れるのでしょうか?義理の弟から「今は以前の倍(牛乳瓶2本)になった、そして採血の後ちょっと目まいがした)と聞きました、又「金銭がらみで強者が弱者を犠牲にする」可能性があるからこそ、各界からの厳重な監視が必要だと思うのです、しかし、その様な要素ばかりではなく、河野衆議院議長が息子から肝臓か腎臓移植を受け成功されました様に身内から受けて成功された方はかなり居られるのではないか?(詳しくは不明ですが)全く他人でも金が無くても信じられない位慈悲深い、多くの無名の方々が居られると言う事実もあると思うのです、教えによって輸血を拒否し、亡くなる人達もおられる様ですが神仏は「人間達の知識と技術と智慧を駆使して生かせよ!生きよ!」と言われている様に思うのですが"我"でしょうか?

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年11月21日 01:09

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