« 本欄のモードを変更しました | トップページ | パソコンで絵を描く »

2007年10月 5日

最小になった北極の海氷

 9月22日の本欄でも触れたが、北極海の氷は今年の9月16日に1930年以来、最小になったそうだ。米コロラド州ボールドゥーにあるアメリカ氷雪データセンター(the National Snow and Ice Data Center)の発表によるものだが、ここ数十年間の平均値よりも260万平方km以上も縮小したという内容で、このことが波紋を拡げている。9月23日付の『朝日新聞』は「海洋研究開発機構の解析」として同じことを「70~80年代と比べ日本列島7.5個分も縮小した」と表現している。10月3日付の『ヘラルド・トリビューン』紙もこれを大きく取り上げ、「長らく想像上の航路とされてきたカナダの北とロシアの北を回る北方海路が実現しそう」と報じている。
 
 その記事によると、このように大規模な氷の退縮がこれほど早く起こることを専門家は誰も予想していなかったようだ。専門家だけでなく、世界中のほとんどすべてのスーパーコンピューターの予測をはるかに上回る速度だという。最近、アラスカのフェアバンク市で開かれた海氷専門家の会合で、ある地球物理学者は「我々の専門知識は役に立たなくなったようだ」と言ったらしい。また、これまで北極圏の気象の変化が人間の活動が原因であるかどうかを疑っていた科学者も、もはやそれ以外の要因はないと考えるようになってきたという。今年は8月8日の海氷の大きさが577万平方kmだったのが、9月16日には414万平方kmにまで減った。これは2005年に達成したこれまでの最小記録、531万平方kmより117万平方kmも縮小した計算になる。日本列島3個分の大きさである。
 
 ワシントン大学のジョン・マイケル・ワラース博士(John Michael Wallace)が言うには、「我々は1990年代までの気象の変化については、地球温暖化とはハッキリつながらない風向きなどの自然の変化によって引き起こされてきたと主張していた。ところが、ここ数年来の変化はそれでは説明できない。私は今、人類が基本的にもはや後戻りできない地点を通り過ぎた可能性を否定できない」という。カリフォルニア州モントレー市の海軍学校の研究者は、2013年までに夏の北極海から氷がなくなることを予測しているらしい。

 カナダのトロント大学の政治学者、トーマス・ホーマーディクソン博士(Thomas Homer-Dixon)は、10月5日の『ヘラルド・トリビューン』に寄稿して、「後戻りできない」という事態がどう起こるかを詳しく説明している。それによると、海氷融解は当初、人間の活動による大気中への温室効果ガスの排出増大によって起こるが、太陽の光と熱を反射していた氷が融けることで、青い海が太陽熱を吸収し始める。これによって、海による熱の吸収率は一気に80%増大するという。そして海水温が上がれば、さらに海氷は融けるという悪循環が生まれる。地球の他の場所に比べて極地の平均気温の上昇が激しいのは、こういう理由からだ。

 海水温が上昇すれば、さらに温暖化は進む。なぜなら、CO2は温い海水中には溶け込みにくいからだ。ホーマーディクソン教授によると、毎年、人間が排出するCO2の約半分を海水が吸収しているという。しかし、この理由により、海水温の上昇で大気中のCO2の量が増えることになる。また、海中には膨大な数のプランクトンがいて、これらが栄養素を通して炭素を体内に固定しているが、海水温が上昇すると海の上層部の水と深層部の水とが混じりにくくなり、プランクトンへ栄養素が渡りにくくなるという。このことも大気中のCO2を増やす結果となる。

 こうして地球の表面の温度が上昇すれば、地上の生態系にも影響が及ぶ。すでにアラスカ、カナダ、シベリアなどで永久凍土が融解しつつあるが、これによって土中の有機物が腐敗現象を起こし、CO2やメタンを大気中に排出する。気温の上昇により東南アジアなどにある広大な泥炭地や湿地が乾燥すると、そこに生える植物が枯死してCO2の吸収が減る。その一方で、アマゾンやアラスカ、カナダのブリティッシ・コロンビアなどで甲虫類が大発生して、広大な面積の松林を枯らしている。このようにして植物が枯れた地域では、山火事が発生しやすくなり、山火事が起これば当然、大量のCO2が大気中に排出される。
 
「日時計主義」を唱える生長の家では、このような温暖化の“暗黒面”を見てはいけない、と読者は言うだろうか? もちろん、地球温暖化にも“光明面”がないわけではない。例えば、北極の海氷の融解が進んだ今、ロシア、カナダ、デンマークなどの北方の国々は、北極の海氷が融けることで新たに生まれる海路と海底資源の開発の可能性を検討し始めている。これによって、人類が必要とする資源開発がさらに進み、交通網はさらに発達し、将来多くの人類に恩恵をもたらすだろう--読者は、本当にそう考えることが正しいと思うだろうか?
 
 谷口 雅宣
 

|

« 本欄のモードを変更しました | トップページ | パソコンで絵を描く »

コメント

「日時計主義」と「地球環境問題」は別でゴッチャにしない方が良いと思います、日時計主義は個々人の日々の日常生活に於ける考え方、生き方であり、地球環境はその土台となるもので特別な素質、能力、才能を授けられている人間が自分勝手に開発しまくれば良いと言うものではない、地球は人間だけのものではないと他の生物の視点に立たなくても結局、自らに跳ね返って自らを苦しめる事になる、これは法則だと思います、両極端(原始生活と自己中心開拓消費生活)を避け、物事を在りの儘に静観して中道の道が正しいと思います、現在は正に人類が神仏から試されている時代ではないでしょうか、従いまして人類自らの為にも未来の光明面を見て取り組むべき重要な問題であると考えます。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月 6日 13:48

「北極のナヌー」という映画が10月6日から公開されています。北極の実情を知るのに良いビジュアルだと思います。
公式サイトは以下の通りです。
http://www.nanu.jp/

投稿: 久保田裕己 | 2007年10月 6日 23:02

久保田さん、

 ナヌーの映画の紹介、ありがとうございます。
 何かスゴクかわいい白クマ君ですね。
 「情的に温暖化の危機を訴える」というのも、1つの方法なのだと思いました。

投稿: 谷口 | 2007年10月 7日 22:05

群馬教区の新井千里と申します。

息子が予告編を見て「観に行きたい!」と言っていた「北極のナヌー」を今日息子と一緒に観ました。


映画は、生まれたばかりの白クマの子の成長が8年の歳月をかけて撮影されていましたが、白クマの他にも、北極で生きる動物たちの姿が、まるで動物と一体となっているかの様な映像で描かれていて圧倒されました。

映画を見て、白クマが絶滅危惧種に指定された理由がはっきりわかりました。

温暖化の影響で、年々厳しさを増す自然環境の中でも、必死に生き抜こうとする動物たちの姿を見ていたら、「自然をこんなにしてしまって神様ごめんなさい」という気持ちになりました。


地球は人間だけのものではないということを改めて思いました。

そしてこの地球に多種多様な生物が生き続けていくことの大切さを感じました。

映画の最後に、もしこのままの状況が続いたら、2020年には北極の氷は消滅するだろうということが書いてあり、自分なりにできる限り環境のことを考えて生活してきたけれど、もっと自分にできることはないだろうかという気持ちになりました。

投稿: 新井千里 | 2007年10月 8日 23:31

北極のナヌー観てきました。

ご講話で前に北極グマが溺死するというお話を伺ったことがありましたが、
エサを求めて何キロも泳いで、その途中に溺れることは知りませんでした。

ぬいぐるみのようなかわいい小熊を救えるのは、

私たちの今日一日の行動如何というゲンジツを知りました。


上映前に、今後の映画予告が流れましたが、その中で「いのちの食べ方」という恐ろしい映画予告がありました。

私たちの口に入っている食べ物(特に肉類)の製造過程が目の当たりに見える恐ろしい映画のようです。。。

「いのちの食べかた」
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/


ダーウィンの悪夢を観たあとフィレオフィッシュ食べられなくなったみたいに、
これ観たら、二度と「肉」食べられなくなりそうです。。。

予告編を観てみてください。ぜひ。。。

投稿: はぴまり☆ | 2007年10月 9日 09:56

>読者は、本当にそう考えることが正しいと思うだろうか?

私は正しいとは思いません。

北極海での人類が必要とする資源開発や交通網の発達等の可能性が出てきて、検討し始めているという意味では光明面と考えることができるかもしれませんが、こと、地球温暖化の面で考えると、これまでの地球温暖化の原因(欲望・人間至上主義等)と同じところから派生している出来事であり、石油依存のこれまでの社会、考え方となんら変わっていない、つまり、地球温暖化を強化する社会、考え方がそこにはあります。つまり、光明面とはいえないと思います。

地球温暖化の「光明面」として考えられるとしたら、これまでの欲望中心から、ちょっと待てよと考えて、自分だけでなく、他の人、他国、他の生物、地球上の生命全体のことを考える態度を取る人が増えていることです。これは私自身もその中に含めまれています。また、神の御心に近い方向に進歩できるチャンスだと思います。20世紀後半までの人類では地球規模を尺度として考えることすら不可能な状態であったので、有り難いことです。

>「日時計主義」を唱える生長の家では、このような温暖化の“暗黒面”を見てはいけない、と読者は言うだろうか?

私はこの“暗黒面”というところで、「?」がつきます。

本当の暗黒面は何か、光明面とは何かを確認する必要があるのではないかと思います。

地球温暖化の問題では、本当の解決(光)の方向へ指し示すものを指摘することが光明面を見ることになると思います。そのためには、状況を把握し、分析し、判断し、どのように行動すべきかということが必要になります。

一般的には、地球温暖化の暗黒面はこれまで快適、便利を目指し、「欲望」を中心として、想い全相に達せず、自らの生活が地球規模でどのようなことを引き起こすか分からないまま、行われてきた生活、それを支える社会システムが、大きく地球規模で悪い影響を与えて、様々な症状を呈していること。その症状が現れてきているところやその原因を暗黒面と考えることができるかもしれません。けれども、それは暗黒面というよりも、状況分析の過程だと思います。

谷口雅宣先生がされていることは、世界各国の状況を紹介し、分析し、その原因はここであると判断の土台を養った上で、何が必要か、どのようにしていくべきなのかという指針、光の方向を指し示して下さっていると思います。それは日時計主義だと思います。また、その光の方向に向かって、実際に生活や会社、社会システムの上に実現しようとしている人々や会社、政策等も紹介もされていることは光明面を発揚する日時計主義だと思います。その上で、現在の世界各国がどのような状況にあるのか、教えて下さっていると思います。

私は、状況把握と日時計主義は補完関係にあると思います。

上記の意味で、私は

>「日時計主義」を唱える生長の家では、このような温暖化の“暗黒面”を見てはいけない、

と言わない読者だと思います。

長文になってしまい、申し訳ございません。

投稿: 齊藤義宗 | 2007年10月10日 17:53

斉藤さんの意見は説得力が私にはありました、地球温暖化問題は暗黒面ではなくて状況分析、状況把握ですね、私は地球温暖化問題は日時計主義とは別ではあるがその土台となるもので未来の光明面であるとは思いましたがそこまで考え付きませんでした、状況把握と日時計主義は補完関係ある、、、つまり広義の意味の日時計主義と言っても良いのですね。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月11日 11:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 本欄のモードを変更しました | トップページ | パソコンで絵を描く »