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2007年10月 2日

天才の心

 前回の本欄では、宮沢賢治の作品を流れる「人間と動物との一体感」などと書いたが、これは通常の“ペット好き”というような意味ではない。賢治の家は敬虔な浄土真宗で、賢治自身すでに4歳で『正信偈』や『白骨の御文章(おふみ)』を暗唱していたという。賢治はその後、日蓮宗に改宗するが、生涯一貫して動物の肉を食わないベジタリアンたろうとしていた。前回引用した彼の手紙の一部は、そういう信念と努力の中でも魚を食べたことがあり、それを悔やんで親友に告白していると解釈すべきだろう。梅原猛氏の『宮沢賢治研究』(筑摩書房)の中に、次のような一節がある:
 
「賢治は小説が書けなくて、詩や童話を書いたのではない。彼は自己の世界観の必然から詩と童話を書いたのである。彼にとって明らかに、動物も植物も山川も人間と同じ永遠の生命をもっているはずであった。その生命の真相を語るのに、どうして、人間世界のみを語る小説という形をとる必要があろう。(中略)そこでは動物は人間と対等な意味をもっているのである。そして、そこでえがかれるのは、動物と人間が共通にもっている生命の運命である。賢治は、童話によって人を風刺して、人間社会を改良しようとしたのではない。むしろ、人間が動物をはじめとする天地自然の生命と、いかにして親愛関係に立つべきかを示したのである」

 精神科医の福島章氏は、さらに一歩踏み込んで、賢治が「鳥の顔をした人」あるいは「人の顔をした鳥」の幻覚を実際に見ていたと指摘している。これは、福島氏が著書『不思議の国の宮沢賢治』(日本教文社)の中で多くの例を挙げて説明しているのだが、ここに2~3例を引用すると--
 
 ひとびとは
 鳥のかたちに
 よそほいて
 ひそかに
 秋の丘を
 のぼりぬ    (1911年秋の詩)
 
 さまよへるたそがれ鳥に似たらずや青仮面つけて踊る若者
 (短歌「原体剣舞連」中の1首)
 
 いつか雁がみな空を飛ぶ人の形に変って居りました。
 (童話「雁の童子」)

 このほかにも、賢治の文学には自然の人格化や無機物の有情化などの特異なイメージが頻繁に出現することを指摘して、福島氏は賢治が精神病理学的に「特異な感覚をもち、いちじるしくアニミズム的な自然観をもっていた」と書いている。より具体的には、「カリスマ症状群」という概念を挙げ、「精神分裂病者と同じように通常の三次元的な時空間を超越した体験構造をもつ」が、「その体験の仕方が精神分裂病者の受動性とちょうど反対の能動性をそなえて、予知、念力、テレパシーなどの超能力を発揮する」種類の人だった可能性があるとしている。
 
 私はここで「宮沢賢治は精神病を病んでいた」と言いたいのではない。むしろ、その逆である。上に挙げた「カリスマ症状群」を示したと見られる人には、南方熊楠、芥川龍之介、ユングなどの天才がいる。また、福島氏は、空海と賢治の間の類似性を次のよう書いている:
 
「二人とも、自然にしたしみ、その中に深く分け行って、自己の生命と宇宙の生命とを融合・一体化させた。さらに、大日経と法華経の違いはあるが、動的で生命的な世界観をいだいていて、それを幻視的なまでの鮮明さでまざまざと描きだそうとした。二人とも、青白い理論家というよりは行動的な実践家であった。また、ひとつの専門にとらわれずに多方面に才能を発揮した万能型の天才であった」(上掲書、pp.58-59)

 私はこのような精神病理学的現象と芸術性との関係を知って、拙著『神を演じる前に』に書いた人々のことを思い出した。そこには現在は「統合失調症」と呼ばれる精神分裂病であった可能性が大きい芸術家の名前として、バスラフ・ニジンスキー(舞踊家)、アントニ・アルトー(劇作家)、ヤコブ・アドルフ・ハーグ(作曲家)、ヨハン・フリードリッヒ・ヘルダーリン(詩人)、イボール・ガーニー(詩人/作曲家)、アウグスト・ストリンドベルク(作家)、ヴィンセント・ファン・ゴッホ(画家)、ジェームズ・ジョイスが挙げられている。これに躁鬱病を加えれば、ヘンデル、ベルリオーズ、シューマン、ベートーベン、バイロン、コールリッジ、バルザック、ヘミングウェイ、バージニア・ウルフなどが挙げられる。福島氏によると、宮沢賢治は躁鬱病と分裂病の双方の兆候を示していたそうだ。
 
 再び言うが、私はここで芸術家を貶めようとしているのではない。このような現象は、逆に人間本来の素晴らしさを示していると思う。ハードルが高いほど、人間は高く飛翔するのだ。それこそ鳥になって……。
 
谷口 雅宣

【参考文献】
○福島章著『不思議の国の宮沢賢治--天才の見た世界』(1996年、日本教文社)

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コメント

初めて宮沢賢治の世界を拝読させて頂きました、それで私が感じました事は「賢治は鬱の気は少々あったかも知れませんが精神分裂症の病気では無いのではないか?」と言う事です、所詮素人で雑感を見ただけの判断で当然深くは分かりません、それで福島氏は幻覚を実際に見ていたと申されていますがあの詩を見るかぎり人間の風刺でもなく幻覚でも無く私には夢幻の様な浮世の儚さを感じた儘表現されたのではないか?と思います、何故なら凡人の私達でもその情景が理解出来るからです、只凡人はその表現力が無いだけです、表現して頂ければ良く分かります、賢治本人に人間社会を改良しようとしてはいないでしょうが読む我々凡人がその重要性に気付き個々人が心の持ち方を変えて行くべきではないか!と考えます、それよりも何故賢治は浄土真宗から日蓮宗に改宗したのか?の方に興味が湧きます、私は教祖の釈尊が好きですが世俗的には浄土真宗(聴聞、行事、世話はしていませんが月刊誌は戴いています代々から)です。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月 3日 10:54

副総裁先生

ありがとうございます。
宮沢賢治生誕100周年の1996年に花巻の友人のホテル経営者から依頼されて宮沢賢治のメルヘンの世界を企画し製作したことがあります。

私の仕事の中でも自慢できる代表作です。

http://www.shidotaira.co.jp/amusement.php?itemid=28

夕方の7時、8時、9時に上演されますが子供にも大人にも好評でした。今もやっていると思いますが・・・・・

この企画をするに当って宮沢賢治を若干研究しましたが、我々の発想ではなく神の領域に迫っておられた方だとつくづく感じさせられたものです。

100年以上も前であったら変人扱いされたものと思います。

制作に当って彼の生前の声を再現するために、当時生きておられた弟の清六さんと何度か打ち合わせをさせて頂きました。

彼の人生観を大きく変えたのは妹さんの死が影響されたものと言われておりました。清六さんは訛りが強く通訳?を介しての打ち合わせでした。

もうあれから11年経ったのです。
早いですね。

投稿: 佐藤克男 | 2007年10月 3日 11:49

「万能の天才であった」との言葉に?と思いましたが作詞はともかく作曲もしておられたのですか、、、納得です、それにしても我々の理解の浅さを思い知らされます。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月 3日 12:16

尾窪さん、

>>「万能の天才であった」との言葉に?と思いましたが……

 「万能の天才」とは書いてありません。「万能型の天才」です。意味が違うと思います。

>>それにしても我々の理解の浅さを思い知らされます。

 この「我々」とは誰のことですか?

投稿: 谷口 | 2007年10月 3日 17:58

私の読み違いでした、万能と万能型では全く違います、
我々とは私の事です、意見や言葉は正確に記さねばなりません、御指摘有難う御座いました。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月 3日 21:08

http://aquarian.cocolog-nifty.com/masaqua/2007/03/post_e905.html

雅宣先生、合掌、ありがとうございます。
前回のコメント内容の御無礼を再度おわびいたします。

 上記のブログの筆者は「温暖化の大きな要因がCO2である」という説にたいして否定的な方ではございません。

 「科学」や「温暖化予測」に関してとても参考になると思いますのでご紹介させていただきます。

投稿: 鈴木雅臣 | 2007年10月 4日 10:14

副総裁先生,読者の皆様,ありがとうございます。
これからは,ペンネーム(こんちゃん)はやめて本名でコメントさせていただきます。
宮澤賢治氏の話を副総裁先生が紹介されたことに感謝,感激しています。何故なら,私の信仰の原点がまさに宮澤賢治氏の作品にあるからです。中学生の頃に出会った『銀河鉄道の夜』という単行本を今でも大切に持っています。あの童話の中でジョバンニが,「私とみんなとの本当の幸福をさがしにいく」という言葉が青春時代の私の座右の銘でした。そして出会ったのが『生命の実相』です。
宮澤賢治氏が亡くなったのが昭和8年9月21日。私の誕生日も9月21日なので,一層親しみを感じます。
もしも,宮澤賢治氏が生前に生長の家に出会っていたなら,氏の人生もまた変わっていたのかも知れないと時々考えます。

投稿: 佐々木勇治 | 2007年10月 4日 21:41

佐々木さん、

 本名主義への“復帰”、ありがとうございます。
 貴方のお名前には見憶えがあります。宮沢賢治の作品を愛されているのならば、「こんちゃん」というペンネームに不思議はありませんね!

 今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: 谷口 | 2007年10月 5日 12:34

副総裁先生,ありがとうございます。
お心に適ったこと嬉しいです。
これからも時々コメント致します。

10/21のご講習会でお会いできるのを楽しみにしております。
                                    再拝

投稿: 佐々木勇治 | 2007年10月 5日 21:20

合掌ありがとうございます。

「天才の心」この記事を読んで勇気づけられた私です。宮沢賢治のことをもっと知りたいと思いました。子供の柔らかい心を理解する上でとても参考になるのではと思いました。
長女は先月富士のご来光を見たときに、その様子が「赤鼻のカイコ蛾が、繭を破って羽をひろげていった」ように見えたと後日詩に書いていました。個性が強く、クラスで浮いてしまう部分もあって心配もしているのですが、温かい目で生長を見守ってやりたいと思いました。
ありがとうございました。再拝。

投稿: 米山恭子 | 2007年10月 8日 09:45

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