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2007年10月16日

ゴキブリの話

 昨日の朝、自宅のダイニングで私がまだ充分に目覚めていない頭で、朝食のセッティングをしていた時のことだ。ナイフ、フォーク類をテーブルに並べ、コーヒーを容れるマグカップ、牛乳用のグラスなどを食器棚からテーブルに移し、さらにオーブン・トースターを開閉式の扉のある収納棚から取り出してから、ハッと気がついた。その収納棚の扉の近くの床の上に、長さ3センチほどの茶色く光った楕円形のボタンのようなものがある。床が焦げ茶色なので、その上にある茶色のものは目立たなかったが、よく見ると、どうも化石時代から生きているという、あの脂ぎった昆虫のようなのだ。私は両手にオーブン・トースターを持っているから、何もできない。その虫は、人間の動作を察知することに優れ、すばしこさでは右に出るものがいない。それが、私の足元で身構えている。決断を迫られた私は、“専門家”の処理に任せることにした。
 
 “専門家”とは、妻のことである。妻は、他の多くの料理好きの女性と同じように、この虫を嫌う程度においては家族随一である。3人の子供がまだ家にいたころは、2階の子供部屋にその虫が現れた場合、子供たち--特に二男と長女は、階下にいる母親に向かって大声で「ゴキが出た!」と叫んだものだ。すると妻は、何をさておいても2階に駆け上がり、スリッパを手に持ってその虫を退治しようとする。子供たちは、それを面白がって見物したものだ。夫婦2人の今は、私が子供の役をする。ただし、「面白がる」というよりは「自分で殺したくない」という卑怯な根性が半分ある。これは前にもどこかに書いたことだが、私はゴキブリという虫を決して好きではないが、家じゅうのゴキブリを殲滅したいとは思わない。できることなら共存したいのだが、食堂や居間や寝室に出てきては困るのである。勝手な言い分かもしれないが、人間の生活の場以外のところにいる分には、それほど気にならないのである。
 
 実際、夏の一時期、私はコンポストの中に黒々としたのが1匹いたのを知っている。そこは、彼らにとっては食料の宝庫に違いない。私は毎朝、庭に置いたそのコンポストの中に生ゴミを捨てに行くが、容器の蓋を開けると、その黒々とした1匹が穴倉の中で羽を光らせている姿を見て、2週間ほど何か楽しい気持がした。自分で“彼”を飼っている気分だった。妻はそれを知って、「数が殖えたらどうするの?」と心配したが、私は「そんなに殖えやしないよ」と言いながら、少しは殖えることを期待した。しかし、そのうちに別の虫の幼虫がどんどん殖えて、“彼”の姿は見えなくなった。“彼女”でなかったのが幸いしたのかもしれない。

 すべての生物が神の被造物だとすれば、人間はこういう虫も愛さなければならないのか? そんな質問を、私はかつて受けたことがある。そのことは拙著『足元から平和を』(2005年、生長の家刊)の最終章に書いてあるが、特定の生物に対して普通の人間が共通してもっている嫌悪感には、進化心理学的意味があると思うのである。つまり、そういう動物が人間の近くに棲むことは双方の生存にとって好ましくないが、離れて棲むことで生態系の維持に貢献するような場合もあると思うのである。人間がヘビに対して抱く嫌悪感を、そういう論法で説明する人もいる。しかしゴキブリの場合は、人間が“彼ら”から少しも恩恵を受けないのに、“彼ら”は人間から食・住の恩恵を受けるという偏面的な関係があるように見える。しかし最近、日本教文社から出版された『昆虫、この小さきものたちの声』(The Voice of The Infinite In The Small)という本の中で、著者のジョアン・エリザベス・ローク氏(Joanne Elizabeth Lauck)は、ゴキブリについて私が知らなかった数々の話を教えてくれた。
 
 まず、現在分かっているだけでも、ゴキブリには約4千種類もあって、そのうち人間の生活圏内だけで生きている種はわずか4~5種だけという。つまり、人間と“彼ら”の間にはいわゆる「棲み分け」が行われているのだ。そして、「ゴキブリの大半の種類は赤道直下に生き、そこで植物の受粉を助け、ゴミを再生処理し、食べ物を他の生き物に分配している」(p.135)というのである。また、私はゴキブリへの嫌悪感は人間に生来のものと考えていたが、ローク氏は「私たちの反応は生来のものではなく、経験から身につけた反応だと言えよう」と書き、「4歳くらいまでは、子供たちはゴキブリをいやがらないのだ」と言っている。そして、私たちの嫌悪感が生来でないことを示すために、次のような事実を挙げている--
 
「たとえば東インド諸島やポリネシアの人々は、ゴキブリへの賞賛のしるしとしてゴキブリを象(かたど)った装身具や装飾品をつくったし、ジャマイカの民間伝承ではゴキブリは好意的な役割を与えられている。アフリカのナンディ族はゴキブリのトーテムを持つ。さらに、ロシアとフランスの一部の人々はゴキブリを守護霊と考え、家の中にゴキブリがいることは幸運だとみなしている。そのためこういう地域では、ゴキブリがいなくなることを不運の前触れととらえるのだ」。(p.120)

 このほかにも、ゴキブリについて興味ある話がいろいろ出てくる。それらを読んでいると、「今度“彼ら”と出会えるのはいつだろうか……」などと、楽しみに思えてくるから不思議だ。
 
 谷口 雅宣
 

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コメント

この世に不必要なものは無いからゴキブリも条件が整い何かしらの役割はあるのだとは思いますが家の中、特に食卓付近で出没されてはやはり嬉しくありません(笑)殺生は良くないとは思いながら自分の身勝手「許せ」と言いつつ、二打数一安打ですが新聞紙や殺虫剤で何とか退治しています、釈尊なら100%なさらないだろうと思いつつ(泣)、、その点聖書の神は厳格そうで人間以外の殺生に寛大の様に思いますがどうなのでしょうか?勿論人間にとって無意味な殺生は受け入れられないでしょうが、、、。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月16日 22:51

今朝このブログを拝読、すぐに家内を呼び二人で
大笑いいたしました。
我が家にも専門家がいるからです。
福岡の御講習会も間近でご来福を楽しみにしつつ
講師の先生方も懸命の促進中ですが、
この笑いはみんなの大きな力となることでしょう。
        福岡教区講師会長 古谷正

投稿: 古谷正 | 2007年10月17日 07:17

谷口雅宣先生

 ゴキブリもあながち悪いものではなくて、それを守護霊と考える地域があるとは驚きでした。
 私の家は裏がすぐ山になっているのでムカデが良く出ます。小さな幼虫にさされても針を突き立てられた様な痛みがあり、大きな成虫にもし、さされたら大変な事になりますので以前は見つけ次第、躊躇なく殺していました。でも最近は生長の家に信仰のせいか簡単に殺す事が出来なくなり、なるべく家の外に出す様にしています。家内は相変わらず躊躇なく退治してますが。

投稿: 堀 浩二 | 2007年10月17日 09:01

 わたしもゴキブリ好きです。

可哀想で殺せません。

雅宣先生は、お心が深くていらっしゃいますね。


投稿: 近藤敏子 | 2007年10月17日 14:31

副総裁先生

ありがとうございます。

ゴキブリは北海道には居なかったのですが、今は函館まで北上しているそうです。

私とゴキとの初対面は昭和43年です。
勿論、嫌がることなく、このアパートには昆虫が居るくらいの感じでした。夜寝ていると顔の上をサーッと走っていったりと仲良く同居していたもんです。

ある日、我がアパートに友人が遊びに来て我が家の同居人?を叩き殺すのを見て注意したら、「こいつは色々な病原菌の運びやだから、見つけたらすぐに殺さなければダメ」とのことで、それからはバルサンを焚いたりガムテープをあちこちに置いたりと色々と試しました。

結果、一番いい方法は猫を飼うことでした。
我が家の猫殿「トマト」はゴキを見つけるとすぐに成敗してくれますので、最近ではゴキも寄り付かなくなりました。

ゴキも安全地帯か危険地帯かが判るようですね。

投稿: 佐藤克男 | 2007年10月17日 15:05

ゴキブリについての興味ある話は聞いてみたいですが{「今度"彼ら"と出会えるのはいつだろうか、、、」などと楽しみに思えてくる」}と言う心境にはとてもなれません(笑)。

投稿: 尾窪勝磨 | 2007年10月17日 22:17

佐藤さん、

 ゴキブリが不潔かどうかという話ですが、この本には次のような文章があります:

「人間が出すゴミや下水溝の中で暮らしているゴキブリがほんの数種類いるために、大半の人はゴキブリは汚いと決めてかかっている。だが実際は、彼らの習性は驚くほど清潔だ。たとえば、ゴキブリは猫が毛繕いをするのと同じように体をよじらせ、脚や触角を口でしごく。人間に触れられたあとも丹念にきれいにする。」

 ゴキブリの方が、人間を不潔だと思っているのかもしれませんネ。(笑)

投稿: 谷口 | 2007年10月18日 16:40

副総裁先生 ありがとうございます。

「化石時代から生きているという、あの脂ぎった昆虫」に関する興味深いお話、大変勉強になりました。
 変な思い出話なのですが、子供の頃奈良の法隆寺にてゴキブリを捕獲した事があり、自分でも思い出すたびに自分自身に「?」という気持ちでしたが、ゴキブリに関してそれを神聖視すらしている国・地域があると知り、救われた気持ちです(笑)
 ご紹介の書籍、早速読んでみる事に致します。

投稿: 長瀬祐一郎 | 2007年10月22日 16:39

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