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2007年10月31日

キノコ採りしませんか (2)

 10月25日の本欄で「なかなか行く機会がない」と書いた山梨の山荘へ、やっとやってきた。幸いにも紅葉はまだ終っておらず、鮮やかな赤や黄に染まった広葉樹の葉が、大手を拡げて私たちを迎えてくれた。「キノコも……」と期待に胸を膨らませて裏山の森の中を探索したが、ほとんど何もなかった。古くなって乾燥しかかったチャナメツムタケとドクベニタケが、ポツポツと出ているだけだ。飯盛山に近い美し森まで車で行き、1時間近く森の中を歩いたが、結果は大差なかった。もうキノコの季節は終わってしまったようだ。
 
Shimejim  ところが、道路沿いに出ている野菜販売所に立ち寄ると、クリタケやホンシメジ、ナメコが並んでいる。「あるところにはあるものだなぁ」と思いながら、それらのキノコのパックを見ると、生産者名を書いたラベルが貼ってあるではないか。店の人に訊くと「栽培したキノコです」という。なぁんだと思ったが、白いシメジは直径10㎝ほどもあり、鼻を近づけると独特のよい香りがする。妻を促して買ってもらい、夕食の味噌汁の具にしていただいた。ごちそうさま。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月30日

ピーマンとショウガ

 稔りの秋は今たけなわ--ということで、ピーマンとショウガを描いた。どちらも必ずしも「秋の作物」ではないが、入り組んだ曲線と肌の輝きが魅力的なピーマンと、瑞々しい赤紫とピンク、緑の調和が美しいショウガを組み合わせてみた。
 
Peamanm  妻は今年、パプリカの苗を買ってきて植木鉢に植えかえ、家の東側の庭に置いた。オレンジや黄色の鮮やかなパプリカの実は私も好きで、食べる前に何回か絵に描いたことがある。が、この苗はぐんぐん育ったのはいいが、実ができてもなかなか色づかない。やっと1つ赤くなったのを最近採ったが、そのほかのいくつかは、緑のまま収穫した。この絵にあるのはそのパプリカではないが、外観はそっくりである。

 また、妻は最近、伊勢の実父から立派な新ショウガを4株ほどもらい、よく料理に使う。今日の私の弁当の中にも、香の物として入っていたので、おいしくいただいた。妻の父は、有機農法による野菜栽培に凝っている。それも素人の趣味の範囲を超えて、市場に出すほどになっている。私たちもそのおかげで、ときどき“産地直送”の新鮮な野菜をいただくのである。今回のショウガも単独でもらったのではなく、ジネンジョ、サツマイモ、サトイモ、ナス、キュウリ、ムカゴなどと一緒に、ダンボール箱に入って送られてきた。ありがたいことである。

 谷口 雅宣

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2007年10月28日

森山大道写真展

 福岡市で行われた生長の家講習会のあと、同市中央区のビル内で開催されていた森山大道氏(69)の写真展「記録そして記憶」を見に行った。どこかにも書いたことがあるが、私は学生時代に写真に凝っていた時期があり、そのとき“心酔”していた写真家の一人が森山氏だった。彼の写真は決して「美しい」ものではなく、モノクロ主体でむしろ「乱雑」であり「猥雑」でさえあった。しかし、被写体を白と黒の粒子の荒い点の集まりに変換することで一種の“抽象化”を行い、それが明確な構図の中から訴えかけてくる力強さは、若い頃の私にはとても魅力的に感じられた。それに、夜の街中でストロボの閃光を発しながら、ファインダーを覗かずに撮る、という奇抜な撮影法がいかにも直感的で、神秘的に感じられた。「写真とは被写体を克明に美しく撮るもの」という常識の逆を行きながら、世間に受け入れられる作品を撮り続けているという点が、私の驚きだった。当時、慶応大学にいた友人を誘って夜の街へカメラを持って繰り出し、森山氏のマネをしてストロボを発光させていたことを思い出す。
 
 私は、森山氏の写真は一種の“異端”だろうと思っていたが、この写真展を案内する新聞記事を読むと、同氏は「海外でも評価が高い写真家」だそうで、そんな写真家の写真に惹かれた自分もあながち“異端”ではなかったのだ、と妙に安心した。氏は今年になって、長らく中断していた個人写真誌『記録』を数十年ぶりに再スタートさせたそうで、そこに掲載された写真と過去の写真を同じ会場に展示していた。その2つを見比べた限りでは、私には数十年の時間の差は感じられなかったのである。だから、「懐かしい」という気分を味わった一方で、何か物足りなさも感じた。

 この写真展を見ながら気がついたことがある。それは、私の写真の撮り方には、最近のものも含めて、構図や被写体の種類において、森山氏の写真が案外影響しているということだ。当時の私が好きだった写真家には、森山氏以外にも土門拳、秋山庄太郎、ユージン・スミスなどがいたが、それら3氏よりも森山氏の影響が強いのではないかと感じた。私はもちろん写真家ではないから、自分の写真が誰かから「影響を受けた」などと言っても、日本の写真界にとって何の重要性もない。これはあくまでも私個人の表現法の問題である。
 
 そこで、最近私が撮った写真をパラパラと眺めて、“森山流”と共通するものを探してみた。それをここに紹介するが、私が撮ったままの写真では“森山流”ではないので、それらしく加工したものも並べてみた。どんなものだろうか……?

 谷口 雅宣

Chair Chair_2

Whitedoor

Whitedoor
KidsKids_2

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2007年10月27日

二○加煎餅

 生長の家の講習会のために福岡市に来た。駅前のホテルが宿舎だが、夕食の前に例のごとく妻と2人で周辺を散歩した。そこで見つけた「二○加煎餅」(にわかせんぺい)というのを買った。赤い半面の表情が奇妙、かつ面白かったからだ。郷土芸能である「博多仁和加」で使われる半面をデザインした素朴な煎餅である。明治39年から続いている東雲堂の菓子で、去年創業100周年を迎えたそうだ。
 
「にわか」の漢字表記は「二○加」のほか、「俄」「仁和加」「仁輪加」「庭神楽」などが使われるそうだ。言い伝えによると、博多仁和加の起源は約300年前の寛永年間という。「にわか」は「にわか狂言」の略で、昔は複数の人が演じる即興劇の「段物」や、2人でやる「掛合い仁和加」、1人で演じる「一人仁和加」が主体であったようだが、現在ではそれらの「落ち」の部分が独立した「一口仁和加」が主流になっているそうだ。「博多仁和加振興Niwakam」によると、即興笑劇を「にわか」であると考えると現在、全国の20ヶ所で「にわか」が継承されているという。このうち文化財に指定されたものは「佐喜浜にわか」(高知県室戸市佐喜浜町)、「美濃流しにわか」(岐阜県美濃市)、「名振のおめつき」(宮城県雄勝町)、「だんじり仁輪加狂言」(広島県世羅郡甲山町)の4件があるという。
 
 とまぁ、難しい話はこのくらいにして、楽しい半面のデザインを絵に描いてみることにした。例によって、PCの画面をペンでこすりながら……。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月26日

カリフォルニアの山火事

 すでに報道されているように、米カリフォルニア州南部で燃えている山火事は大きな被害をもたらしたようだ。21日に十数カ所で発生して以来、「サンタアナ」と呼ばれる乾燥した強風にあおられて燃え広がり、22日までに約400平方キロを焼き、住民一人が死亡、26万6千人以上に避難の命令や勧告が出され、シュワルツェネッガー知事は南部7郡に非常事態宣言を出し、州兵千五百人を動員して消火に当たったという。(23日『朝日』夕刊)しかし、その後も火は燃え続け、24日には避難民は百万人に達し、サンディエゴ市郊外にあるクアルコム・スタジアムには1万2千人が避難したという。国の対応は、2005年のハリケーン「カトリーナ」の襲来の際の遅さに比べ、迅速だったらしい。25日にはブッシュ大統領が現地入りして被災者を励まし、前回は非難の的となった連邦緊急事態管理局(FEMA)も素早く行動し、救援活動は順調だという。(26日『産経』『朝日』)
 
 南カリフォルニアは、北米の生長の家では最大の信徒数を抱える。しかも、今回の山火事では、アメリカ伝道本部のあるロサンゼルス近郊まで火が迫っていると聞いて、私は心配していたのだが、25日に勅使川原淑子・教化総長から状況を報告するメールが届いて、ホッと胸をなで下ろした。皆さん、無事のようである。グーグル・アースによる地図も添付されていて、10カ所の火事と伝道本部の位置も示してある。

 以下に、それを掲げる:

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 合掌、ありがとうございます。

カリフォルニア州南部の山火事の事、報道を通してご心痛をおかけしている事と存知ます。
NY教区における幹部研修会、パブリックレクチャー等を済ませ、昨夜LAに戻りましたので、本日、鶴田南加教区教化部長に、信徒の方々の様子等につき聞きました。ここにご報告申し上げます。

Calfires サンデイエゴ(San Diego)、チュラビスタ(Chula Vista)、マリエッタ(Murrieta)、テメキュラ(Temecula)、イーストレイク(East Lake)、ランチョバナードオーシャンサイド(Oceanside)、ヴィスタ(Vista)、オレンジ(Orange)、などに信徒やその家族が゛住んでいますが、只今のところ、何処の信徒にも被害はございません。

ご安心下さいませ。
家屋を焼失した方もございません。
一時、避難されたご家族もあったようですが、只今は、皆ご自宅にもどっておられます。

季節風(サンタアナ)と、季節はずれの猛暑の影響で現在もなお、10ヶ所にて延焼中(放火によるものも含まれております)です。ご参考までにファイルを添付させて頂きます。(伝道本部の所在地を示してございます)
特に被害が深刻なのは、サンデイエゴ郡ですが、藤崎成子地方講師が中心になり、信徒の方々の安否を気遣いながら連絡をとりあって下さっているとの事。信徒の方々も心丈夫の様子です。

当然の事ではありますが、外は黒い灰が積もっており、外に出た方からは、咳が出たり、貧血を起こしたりなどの報告が南加教区事務局に入っております。

休校状態だった学校も授業再開となるなど、場所によっては住民が徐徐に落ち着きを取り戻しつつあります。また、週末にかけ、季節風の勢力は徐徐に衰えてくる予定との報道でありますので、消化活動にも幾分明るい見通しが持てます。
しかし、一部ハイウエーや一般道で通行止めになるなど交通事情にも影響が出ております。
引き続き鶴田南加教区教化部長とともに、信徒の方々の様子に心配りをしながら、一日も早い鎮火
を願い、祈りを続けて参ります。

米・加州南部の山火事に関するご報告を申し上げました。

アメリカ合衆国教化総長
勅使川原 淑子 拝
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 26日付の『産経』が、今回の火事によるCO2の排出量の試算を記事にしている。カリフォルニア大気資源委員会による試算で、排出量は200万トンに上るらしい。自動車44万台が1年間に排出する量に当たり、同州全体の年間排出量(4億7千万トン)の0.42%になるという。

 南カリフォルニアはもともと乾燥地帯で、雨が降り始める11月の直前が最も乾燥しているので、毎年、この時期に山火事が多発するという。今年は特に雨が少なく、気温が高い状態が続いていたのが原因らしい。地球温暖化の1つの“症状”ととらえることができるだろう。26日の『日経』夕刊によると、経済損失はサンディエゴ郡だけで十億ドル(1140億円)になるという試算があるらしい。降雨が早く来ることを祈る。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月25日

キノコ採りしませんか

 秋はキノコ採りの季節だが、最近はなかなか山へ行く時間がない。標高が高い地域では季節が早く過ぎていくから、もうキノコの季節も終わり、紅葉さえも終わろうとしているだろう--などと考えているうちに、わが家の庭に置いてあるシイタケのホダ木から“芽”が出てきてくれた。うれしいものである。キノコ採りは、都会の真ん中でもできるのだ。

 先月は山へ行く機会があり、キノコ採りをした。幸いにもタマゴタケという食用キノコに遭遇できた。タマゴタケは夏場のキノコだから、今ごろはもうない。有毒のベニテングタケと似ているので注意が必要だが、軸の根元に卵の殻のようなものがついているのと、味自体が卵に似ているところから、この名がついたのだろう。バターによく合い、洋風の味がする。その時に撮映したものを今回、1本の動画にまとめた。料理の様子も収めてあるで、興味のある人はご覧あれ。

  谷口 雅宣

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2007年10月24日

交差した足

 私たちの足は、いつも体の最下部にあって体重をしっかり支えてくれている。が、普段はあまり注目されず、ケアされることも少ない。最近になって、足の裏のツボを刺激するサービスが登場してきているが、私はまだ世話になったことはない。その代わり、朝と夜に自分でマッサージをよくする。「今日も1日よろしく」、また「1日ご苦労さまでした」という気持を込めて……。

 今日、書店の美術コーナーを眺めていたら、フランスの画家、アンリ・マティス(Henri Matisse, 1869-1954)の晩年の作品を集めた本が目にとまった。彩色切り紙絵が中心である。マティスは晩年、体の自由があまりきかなくなってから、「紙にグワッシュで彩色した絵を切り抜いて並べる」という独特の手法で、新境地の絵画を創作したという。ハサミで紙を切り抜いた線は、筆やペンで描くものとは違う味わいがある。単調のようだが単調でなく、鋭いようでいて温かみもある。また、紙を重ねたり並べる際に、いろいろな位置や角度で簡単に“実験”してみることができる。そういう利点を大いに生かして、きわめてユニークな作品を数多く創り出した。

Feet  そういう絵を見ていた私は、よせばいいのに「パソコンの機能にも、似たようなところがあるなぁ……」などと思ってしまった。家に帰ってから、ベッドの上に脚を投げ出し、パソコンを膝に置いて自分の足を描いたのがこの絵である。たまには、1日の重労働に感謝をこめて、自分の足をしげしげと眺めるのも悪くないと思いながら……。しかし、あくまでも実験的な絵なので、くれぐれもマティスの作品と比べないでほしい。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月22日

仙台の朝

 21日の朝、生長の家講習会が行われる仙台市のホテルで目覚めた私は、薄暗い室内のカーテンを開けて窓外の明るさに驚いた。晴天であることは予想できたが、朝日を受けて輝くビル群と、その背後に広がる山々の緑と大きな空、そして何よりも表情豊かな雲の行列に目を奪われた。時間があれば絵筆を握りたいところだが、この日ばかりはそうはいかない。私は大急ぎでデジカメを構え、数枚の写真を撮って、後日の資料にしようと思った。
 
Sendaim  こうして撮った写真から制作した絵を、ここに掲げる。パソコン上で実験的な手法を使っている。未完成な感じであるが、都会のまぶしい朝の感じが少しは出ていると思う。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月21日

コケシを描く

 生長の家の講習会のために仙台市に来た。駅前のJRのホテルに前日にチェックインしたが、ここは駅ビルとつながっていてとても賑やかで、買い物や食事には非常に便利である。が、目に入る店はほとんどが東京で名の通った店で、“東北の地”に来たという感じがしない。旅人である私たちは、勢い「東京らしくない店」を探して歩き回るはめになった。実は、2年前の講習会のときも同じホテルに泊まり、同じ行動をした。そのときはローカル色豊かな土産物店に入って「鳴子コケシ」を1個買った。そのことは2005年10月22日の本欄に書いたから、詳しくはそちらを参照されたい。実は今回も、その同じ店へ行ってコケシを買った。何となく懐かしく感じたからである。

 前回買ったコケシは、近くのコーヒー店に入ってスケッチした絵を本欄に掲載し、それが今では単行本の『小閑雑感 Part 5』(世界聖典普及協会刊)の中の挿絵にもなっている。また、そのスケッチ画をもとにしたアクリル画が、同じ本の10月27日のページに載った写真に、ハローウィン・カボチャと一緒に写っている。そんなふうにコケシを扱ったことが、私のコケシに対する愛着を増したのかもしれない。今回買ったコケシは、前回のものより一回り大きく、黄色い和服を着ている姿が愛らしい。ホテルの部屋へもどってパソコンで描いた絵を、下に掲げる。
 
Kokeshim  講習会が終了してから東京行の新幹線に乗るまでの短い時間に、カメイ記念展示館という所へ寄って、絵画とコケシを鑑賞した。この施設は、仙台市の実業家で趣味人の亀井文蔵氏が60年以上にわたって収集した世界の蝶、絵画、また亀井昭伍氏が収集したコケシなどを一般に公開している所で、私は主として絵を観るつもりで行ったが、コケシも沢山の種類があるのを知って驚いた。短い時間ではあったが、東北の“文化の中心”に触れた気がしたのである。
 
 谷口 雅宣
 

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2007年10月19日

最近の“よいニュース”

 今日は新聞で久しぶりに「よいニュース」をいくつか見つけて、嬉しくなった。1つは、日本の成人の喫煙率が12年連続で減少して「26%」になったという話だ。もう1つは、南極上空のオゾンホールが昨年より30%小さくなったという話だ。

 喫煙率のデータは日本たばこ産業(JT)の調査というのが気になるが、成人男女3万2千人を対象にして、今年5月に行った調査による。回答率は60%だ。18日の『日本経済新聞』が伝えている。それによると、男性の喫煙率は40.2%で前年より1.1ポイント減少したが、女性は12.7%で前年より逆に0.3ポイント上昇した。男女合計では、前年より0.3ポイントの減少という。喫煙率の減少は、国民の意識の向上とともに、社会の高齢化と関係があると思う。喫煙とガンや心臓病の発生率には明らかな因果関係があるから、喫煙を減らすことは個人としても社会全体としても医療費の増大を防ぎ、人生の質(quality of life)を向上させることになる。そういう意識を多くの国民がもちつつあることは嬉しい。また、高齢者は一般的に若者よりも自分の健康に気を遣うから、高齢になれば喫煙者も煙草をやめようとするだろう。では、女性の喫煙率の増加はなぜだろうか? これは、若い女性の喫煙が増えているからだと、私は想像する。街中で会う若い女性が、指先に煙草を挟んでいる姿によく出食わすからだ。これは、彼女たちの無知と、社会での摩擦の増大と関係していると思う。
 
 オゾンホールの縮小は、欧州宇宙機関(ESA)が10月3日に発表したものを、19日付の『朝日新聞』が伝えている。それによると、南極上空のオゾンホールの面積は、昨年9月22日に比べて今年の同じ日の面積が30%小さくなったそうだ。オゾン破壊量という別の単位で比べても、昨年は4千万トンだったのものが今年は2770万トンになったそうだ。しかし、この減少は一時的なものらしく、欧州の専門家は「オゾン層が回復に向かっているわけではない」と、この記事は付け加えている。

 地球温暖化の問題で、今朝のNHKは来日中の国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の議長、ラジェンドラ・パチャウリ氏の日本への“注文”を伝えた。13日の本欄に書いたように、IPCCは今年のノーベル平和賞を前アメリカ副大統領、ゴア氏とともに受賞した団体だ。NHKは、パチャウリ氏が環境税も排出権取引もしていない日本の現状に不満を表明したと報じていた。今日の『産経新聞』もそれを取り上げ、同氏が「日本の産業界に向けても“世界は確実に低炭素社会に向かっている。現実を見据えなければ世界から取り残される”として、環境税や排出権取引を容認すべきだとの考えを示した」と書いている。『産経』自身がこれまで産業界寄りで、この2つの環境対策に消極的だったことを考えれば、これも“よいニュース”と言えるかもしれない。

 排出権取引については、産業界が消極的なのに対し、東京都の環境審議会が16日、一定の規模以上の事業所に対してCO2の排出削減を義務化する報告書案を固めた、と17日付の『日経』が報じている。「一定の規模」とは「燃料や熱、電力の使用量が原油換算で年1500キロリットル以上」という。2010年度からの実施で、削減努力の足りない分は、第三者機関が認証した排出権を取引して義務達成に使える制度を考えているらしい。国がグズグズしている所を都が先導していくかたちになれば、これも“よいニュース”かもしれない。
 
 産業界は環境税やCO2の排出権取引に消極的であると書いたが、これは業界全体がすべてそうではなく、日本経団連の姿勢らしい。17日付の『朝日』によると、経済同友会の桜井正光代表幹事は16日、京都議定書後の温暖化対策について「義務的な温室効果ガスの削減目標にすべきだ」と述べ、環境税や排出権取引制度の導入にも賛成したという。同会は今、内部でこの件を議論していて、年末には2013年以降の同会の提言を発表するという。国としての温暖化対策の面では、日本はアメリカにも遅れをとりそうな情勢だが、今後、急速な意識変革が生まれることを期待したいものである。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月18日

パソコンで絵を描く (3)

Fruitsm  11日の本欄に続いて、タブレットPCを使った絵をご披露する。今回は、秋の作物である「ザクロとアケビ」を描いた。今日訪れた東京郊外のスーパーで売られていたもので、色の美しさに惹かれて買った。好き嫌いはあるだろうが、どちらの果実も実際に食べるとなると「すごく美味しい」とは私には言えない。巨峰ブドウやパイナップル、オレンジなどの西洋風の“強い味”に慣らされてしまったからかもしれない。しかし、見た目の美しさは、油絵に対する日本画や墨彩画のような違った趣がある。ほんのりとしているが、奥深さが感じられるのである。
 
 このところ朝晩には寒さを感じる日もある。いいよいよ東京の秋も深まってきた。この絵をもって、本欄を愛読してくださる読者の皆さんへの季節のご挨拶としたい。季節の変わり目から、くれぐれも御自愛ください。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月17日

映画『大統領暗殺』

 私にとって“週末”である今日、妻とともに日比谷へ行き、現アメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュ氏のイラク政策を扱った『大統領暗殺』(Death of a President)を見た。「実物が映画に登場する」という話題性に誘われたわけだが、ケネディー大統領の暗殺を描いた『JFK』やドゴール仏大統領を狙う『ジャッカルの日』のようなドラマチックな仕立てを期待していたので、拍子ぬけした感じだ。この映画は徹頭徹尾、ドキュメンタリー・タッチなのだ。それも、大統領のスピーチ・ライター、シークレット・サービス員、FBI捜査官、容疑者の妻、犯人の息子などが、それぞれ単独でインタビューに答えながらストーリーが進んでいくという、かなり地味な手法である。こういう「語り」の部分が多いので、勢い映像は単調になり、途中で眠気を覚えるところもあった。そして、全体を見終わってから残ったのは「真面目な映画」という印象である。映画のつくり方はこれとは相当違うが、中身のメッセージは、マイケル・ムーア監督が同大統領を批判して作った『華氏911』と基本的に同じだと感じた。
 
 映画を観る前に気になっていたのは、アメリカがいかに表現の自由を大切にする国であっても、「現職の大統領を画面に登場させて殺す」という方法がはたして妥当なのかという点だった。が、見終わってから、「こういう表現の仕方もありえるなぁ」と感じた。大統領への批判は、ムーア監督の映画のように“陰謀説”を声高に主張するのではなく、またブッシュ氏個人への怒りや憎しみを見せつけるのでもなく、三軍の総司令官であり、政治の最高責任者である「大統領」という職にある人間が、「戦争をする」という決定を下した場合に生じる重大な結果を淡々と描いていく形で行われる。その場合、俳優ではなく、批判の対象になっている本人を画面に登場させることで、最大の効果をねらったと思われる。そのリアリティーが、かえって誇張を抑えた表現を要求するのだろう。大統領自身はまっとうに描き、残酷なシーンや病室での様子を含まない点は好感がもてる。
 
 イスラーム系の若いアメリカ人が誤認逮捕され、有罪判決を受けるが、真犯人は愛国的な退役軍人だったというストーリーはなかなか考えさせられる。こういう複雑な心理的変化は、敗戦後の日本人の心の変化とも共通する部分があるのではないだろうか。“聖戦”や“皇軍必勝”を信じて若い息子を戦場に送り出した人が、戦後になって日本や日本軍の様々な“悪業”の話を聞いたとき、それを信じれば「裏切られた」「最愛の息子を奪われた」などと感じ、国家に対して深い怨念を抱くことはあるだろう。その怨念を向ける対象が、国家元首の地位にいる人になることは、それほど不思議でない。トム・クルーズが主演した『7月4日に生まれて』という映画でも、ベトナム戦争を戦った帰還兵が反戦運動に参加し、国を恨み、批判する様子が描かれていた。戦争とは、そのように人の心を翻弄し、傷つけるものなのだ。

 地味な映画であるためか、観客の中には若者の数が少なかった。大勢は中年以上の人々で、しかも会場には半分も人が入っていない。公開してそれほど時間がたってないのだから、「評判がよくない」と考えざるを得ない。自分たちとさほど年の差がない自衛隊員が現地へ派遣されていたのに、若者はこういう現実的で、真面目な映画にはあまり関心がないのだろうか? そう不満に思いながら、帰途についたのである。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月16日

ゴキブリの話

 昨日の朝、自宅のダイニングで私がまだ充分に目覚めていない頭で、朝食のセッティングをしていた時のことだ。ナイフ、フォーク類をテーブルに並べ、コーヒーを容れるマグカップ、牛乳用のグラスなどを食器棚からテーブルに移し、さらにオーブン・トースターを開閉式の扉のある収納棚から取り出してから、ハッと気がついた。その収納棚の扉の近くの床の上に、長さ3センチほどの茶色く光った楕円形のボタンのようなものがある。床が焦げ茶色なので、その上にある茶色のものは目立たなかったが、よく見ると、どうも化石時代から生きているという、あの脂ぎった昆虫のようなのだ。私は両手にオーブン・トースターを持っているから、何もできない。その虫は、人間の動作を察知することに優れ、すばしこさでは右に出るものがいない。それが、私の足元で身構えている。決断を迫られた私は、“専門家”の処理に任せることにした。
 
 “専門家”とは、妻のことである。妻は、他の多くの料理好きの女性と同じように、この虫を嫌う程度においては家族随一である。3人の子供がまだ家にいたころは、2階の子供部屋にその虫が現れた場合、子供たち--特に二男と長女は、階下にいる母親に向かって大声で「ゴキが出た!」と叫んだものだ。すると妻は、何をさておいても2階に駆け上がり、スリッパを手に持ってその虫を退治しようとする。子供たちは、それを面白がって見物したものだ。夫婦2人の今は、私が子供の役をする。ただし、「面白がる」というよりは「自分で殺したくない」という卑怯な根性が半分ある。これは前にもどこかに書いたことだが、私はゴキブリという虫を決して好きではないが、家じゅうのゴキブリを殲滅したいとは思わない。できることなら共存したいのだが、食堂や居間や寝室に出てきては困るのである。勝手な言い分かもしれないが、人間の生活の場以外のところにいる分には、それほど気にならないのである。
 
 実際、夏の一時期、私はコンポストの中に黒々としたのが1匹いたのを知っている。そこは、彼らにとっては食料の宝庫に違いない。私は毎朝、庭に置いたそのコンポストの中に生ゴミを捨てに行くが、容器の蓋を開けると、その黒々とした1匹が穴倉の中で羽を光らせている姿を見て、2週間ほど何か楽しい気持がした。自分で“彼”を飼っている気分だった。妻はそれを知って、「数が殖えたらどうするの?」と心配したが、私は「そんなに殖えやしないよ」と言いながら、少しは殖えることを期待した。しかし、そのうちに別の虫の幼虫がどんどん殖えて、“彼”の姿は見えなくなった。“彼女”でなかったのが幸いしたのかもしれない。

 すべての生物が神の被造物だとすれば、人間はこういう虫も愛さなければならないのか? そんな質問を、私はかつて受けたことがある。そのことは拙著『足元から平和を』(2005年、生長の家刊)の最終章に書いてあるが、特定の生物に対して普通の人間が共通してもっている嫌悪感には、進化心理学的意味があると思うのである。つまり、そういう動物が人間の近くに棲むことは双方の生存にとって好ましくないが、離れて棲むことで生態系の維持に貢献するような場合もあると思うのである。人間がヘビに対して抱く嫌悪感を、そういう論法で説明する人もいる。しかしゴキブリの場合は、人間が“彼ら”から少しも恩恵を受けないのに、“彼ら”は人間から食・住の恩恵を受けるという偏面的な関係があるように見える。しかし最近、日本教文社から出版された『昆虫、この小さきものたちの声』(The Voice of The Infinite In The Small)という本の中で、著者のジョアン・エリザベス・ローク氏(Joanne Elizabeth Lauck)は、ゴキブリについて私が知らなかった数々の話を教えてくれた。
 
 まず、現在分かっているだけでも、ゴキブリには約4千種類もあって、そのうち人間の生活圏内だけで生きている種はわずか4~5種だけという。つまり、人間と“彼ら”の間にはいわゆる「棲み分け」が行われているのだ。そして、「ゴキブリの大半の種類は赤道直下に生き、そこで植物の受粉を助け、ゴミを再生処理し、食べ物を他の生き物に分配している」(p.135)というのである。また、私はゴキブリへの嫌悪感は人間に生来のものと考えていたが、ローク氏は「私たちの反応は生来のものではなく、経験から身につけた反応だと言えよう」と書き、「4歳くらいまでは、子供たちはゴキブリをいやがらないのだ」と言っている。そして、私たちの嫌悪感が生来でないことを示すために、次のような事実を挙げている--
 
「たとえば東インド諸島やポリネシアの人々は、ゴキブリへの賞賛のしるしとしてゴキブリを象(かたど)った装身具や装飾品をつくったし、ジャマイカの民間伝承ではゴキブリは好意的な役割を与えられている。アフリカのナンディ族はゴキブリのトーテムを持つ。さらに、ロシアとフランスの一部の人々はゴキブリを守護霊と考え、家の中にゴキブリがいることは幸運だとみなしている。そのためこういう地域では、ゴキブリがいなくなることを不運の前触れととらえるのだ」。(p.120)

 このほかにも、ゴキブリについて興味ある話がいろいろ出てくる。それらを読んでいると、「今度“彼ら”と出会えるのはいつだろうか……」などと、楽しみに思えてくるから不思議だ。
 
 谷口 雅宣
 

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2007年10月15日

イスラエルのシリア空爆

 9月21日の本欄に「北朝鮮の核関連疑惑」と題して書いたことだが、その月の6日にイスラエルがシリア国内の核関連施設を空爆したことについて、米メディアが続報を流した。9月の時点ではっきりしなかったことが、次第に明らかになってきたのだろう。攻撃対象になったのは、「建設にとりかかった核処理施設」で、「北朝鮮が核燃料を製造するのに使った施設と同型のもの」という内容だ。15日付の『ヘラルド・トリビューン』紙がそう伝えている。今日(15日)、NHKが放映したABCニュース(14日放送)では、この空爆については、イスラエル政府からホワイトハウスに説明のための情報がもたらされ、その中には衛星写真を含む確かな証拠(strong evidence)が含まれていたという。ところがホワイトハウス内には、その情報が「確か」であるとするチェイニー副大統領と、「不確か」だと考えるライス国務長官とゲイツ国防長官の間に、いまだに見解の相違があるらしい。

 隣国の核施設への秘密攻撃という点では、イスラエルには"前科"がある。それは1981年、イラクのオシラクに建設されていた核施設が稼働を始める直前に、イスラエルがこれを破壊したものだ。当時の米大統領レーガン氏は公式にはこの先制攻撃を非難したが、ブッシュ政権はイラク戦争開戦前に、この攻撃によってイラクの核開発を何年も遅らせることができた、と一定の評価をしていた。その時と比べると、今回の攻撃は「先走りすぎなかったか?」という疑問がホワイトハウスの内部にはあるようだ。『ヘラルド』紙の記事によると、今回攻撃対象になった施設は完成までまだほど遠く、したがって兵器に使えるレベルのプルトニウムを生産できるのは何年も先の話だったという。同紙によると、ホワイトハウスとイスラエル政府との間には、今回"証拠"とされたものに対しての議論よりも、その施設への対応について多くの議論があったという。つまり、ブッシュ政権の上層部は今回の攻撃を事前に知っていたらしいのである。

 同紙によると、シリアのアサド大統領は今月に入って、イスラエルの空爆について初めて公式にコメントしたが、それは「イスラエルのジェット機が、使われていない軍関連施設を爆撃した」というものだ。一方、北朝鮮は抗議声明を出したが、イランとシリア以外のアラブ諸国は、イスラエルの攻撃に対してこれまで非難をしていない。ということは、アラブ諸国の間にもシリアの核武装への警戒感が強くあるのだろう。

 そういう中で、北朝鮮の核をめぐる6カ国協議と中東での和平交渉が行われている。後者の問題には、もちろんイランの核開発問題が深く関連している。今回のことによって、アメリカとしては「中東への核拡散はイスラエルの先制攻撃を誘い、アメリカはそれに反対しない」というメッセージを無言で出したことになる。相手はもちろん、イランと北朝鮮の双方だ。
 
 極東アジアには、幸か不幸かイスラエルのような核をもったアメリカの同盟国はいない。その逆に、「核をもった」と宣言している軍事国・北朝鮮がいて、その国はアメリカとは異なる価値観をもった中国に同盟関係によって護られている。2つの地域の状況は相当違うから簡単な比較はできないが、イスラエルのシリア攻撃は純粋に安全保障上の理由だという点は理解されるのではないか。イスラエル国家を公式に否定しているような国が核武装をすることは、イスラエルには容認できないのだろう。では、極東に目を転じれば、北朝鮮を公式に否定している(と同国が認識する)ような国が核武装をする場合、北朝鮮はイスラエルのような先制攻撃をしないという保証はあるのだろうか? 日本の中にある核武装論には、この視点が欠けているように思う。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月13日

ゴア氏とIPCCにノーベル平和賞

 前アメリカ副大統領のアル・ゴア氏(Al Gore)と国連の気象変動に関する政府間パネル(IPCC)が今年のノーベル平和賞に決まった。ケニアの環境運動家、ワンガリー・マータイ氏の2004年受賞に続き、ノーベル賞委員会が平和と地球環境の密接な関係を認め、かつ訴えている証左である。大いに歓迎したい。平和賞は、ノーベル賞の中でも最も“政治的”な意図が反映するとして論争の的になることもあるが、最近の選考結果は同委員会の一貫した方針を示しているようで好感がもてる。21世紀の国際平和は、地球環境の問題を解決せずして実現は難しいのである。
 
 本欄では一貫して、地球温暖化の原因は人間の活動であるという見方をとってきたが、それに疑問を投げかける意見も一部にないわけではなかった。しかし今回、世界的に権威ある賞の受賞で、世界の趨勢がこの科学的立場を尊重し、人類全体の認識となっていくことが予想される。今日の『日本経済新聞』によると、ノーベル賞委員会は、ゴア氏とIPCCへの授賞理由を「人間の活動によって引き起こされる気候変動の問題を知らしめ、対応策の土台を築いた」からだとしている。最近出されたIPCCの報告書の作成には、国立環境研究所の西岡秀三参与など日本人の研究者30人も関わっているというから、日本の科学者も何がしかの平和への貢献をしているのである。
 
 地球環境問題の深刻化と国際紛争の危険との関係は、表面上はそれほど明らかでないかもしれない。が、13~14日付の『ヘラルド・トリビューン』紙は、ノーベル委員会の授賞理由の一部を次のように紹介して、この関係を描いている。すなわち、地球温暖化により「大規模の人の移動が起こることで地球の稀少資源をめぐる競争が起こる」ことが予想され、「このような諸変化は、地球上の最も脆弱な国家に対して特に大きな困難をもたらす」。そして、「それらの国々の内部や国家間で暴力的な紛争や戦争につながる危険が増す」ことが懸念されているのである。このほか、本欄でもたびたび触れてきたが、高地や極地での氷の融解により洪水や水害が頻繁に起こり、また永久凍土が融けて地盤が緩み生態系が混乱することで、寒冷地の人々の生活が破壊される危険性も増す。そして、氷が融けて利用しやすくなった極地では、そこに未利用地が多いことから、エネルギー等の資源の奪い合いが起こる可能性も増すのである。ツバルやモルジブ等の島嶼国が消滅の危機にさらされていることは、言うまでもない。
 
 一方、ゴア氏と共同で受賞したIPCCのラジェンドラ・パチャウリ議長(Rajendra Pachauri)は、インドのニューデリーで受賞を知り、「信じられないことだ。衝撃的だ。驚いた」と言ったという。そして、今回の受賞は「IPCCに貢献した科学者や支援してくれた政府関係者全員の受賞だと思う」と述べたという。IPCCは今年2月から5月にかけて第4次報告書を発表し、温暖化の原因は人間の経済活動による温室効果ガスの排出であるとほぼ断定し、長く続いた論争に事実上、終止符を打つ役割を果たした。そのことは本欄の2月4日2月203月16日等で詳しく述べた通りである。
 
 パチャウリ議長はインド出身。子供時代をヒマラヤ山麓で暮らし、自然への愛が育まれたという。だから、その自然が破壊されることへの危機感は強い。1940年に生まれ、インドの環境研究組織であるタタ・エネルギー研究所に入る前は、エンジニア、科学者、経済学者として活動していたという。敬虔なヒンズー教徒で、食肉産業が環境を破壊することを意識して、ベジタリアンを徹底しているそうだ。
 
 ところで、わが国の環境意識に目を転じてみると、何とも心もとない。13日の新聞報道によると、前日に経済産業省の北畑隆生事務次官が、環境省の唱える「環境税」について「効果もないし、意味もない」とコキ下ろしたそうで、それに対して鴨下環境相は(環境税は)「国民への単なる啓蒙とは思っていない」と反論したそうだ。(『朝日』)そして「課税による温室効果ガス排出抑制効果や、国民に環境を知ってもらうアナウンス効果もある」と意義を強調した(『産経』)そうだ。私は環境大臣に、もっとハイレベルな反論をしてほしかった。現在の日本の税制は、今世紀最大の地球的課題である温暖化の事実と、その原因が不明の時代に作られたものだ。だから、今日の国民の環境意識から見てオカシナ点はいっぱいある。それを抜本的に改正せずして、どうやって京都議定書の国際公約を守ることができるのか。温暖化ガスの排出は、確実に環境を破壊している。それをやめさせる税制改革は、21世紀の人類共通の義務である。その実行のために経済産業省もぜひ、ひと肌脱いでほしい。日本の産業界は環境技術を伸ばすことでまだまだ発展するのだから、その方面で人類のために頑張ってほしい--そんな反論があれば、国民はきっと拍手喝采するだろう。環境意識は、政治家より国民の方が高いのである。
 
 谷口 雅宣
 

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2007年10月11日

生光展を見る

 今日は休日を利用して、東京銀座画廊・美術館で行われている「生光展」(生長の家芸術連盟美術展)を妻と2人で見に行った。今年で29回目になる美術展だが、日本全国から57人が74点の作品を出品していて、油絵、日本画、水彩画、アクリル画、木版画、墨彩画、写真など多彩な媒体で“生命の美”を表現している。生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生も「いただきもの」という題の墨彩画を出品されている。私は、今回は出品するような絵を描く余裕がなかったが、その代わり「絵封筒」という新しいジャンルの小品を10点出している。生光展は14日まで。

 絵封筒のことは6月8日の本欄に書いたが、絵を描いた封筒のことだ。ヨーロッパで生まれたもので、あちらでは「efuto」とローマ字で書くらしい。封筒の表面に大胆に絵を描き、その絵の中に切手をうまく取り込み、さらに宛先を書く場所をうまく用意するところに作家の工夫がある。また、切手を貼って実際に投函するから、スタンプが押されて宛先に届く。このスタンプが、現実と虚構の2つの世界を橋渡しするようで、また面白い。生長の家の美術志向の有志が集まるブログ「絵てがみ教室~アトリエTK」に絵封筒のコーナーがあるので、興味のある読者はご覧あれ。そこに電子的に掲示されている絵封筒の“実物”が、会場には展示されている。

 生光展を見てから、日本橋三越でやっている平山郁夫さんの新作展にも足を延ばした。生光展は、老若男女のプロとアマによる多様性が特徴だが、こちらは個展だから、平山郁夫という日本画家とじっくり対面しているような気持になる。会場の真ん中に対称的に配置された2枚のラクダの隊列の絵が、ひときわ目立った。1つは月夜の砂漠を行く隊列で、もう1つは西陽の中を行く隊列だ。意識的に同じ構図でシンメトリーに描かれているので、昼と夜の繰り返しの中を進むゆったりとした「時間」の流れが感じられた。これが、アラブのイスラム社会に流れる時間だとしたら、原理主義的思考が生まれるのも無理はないかもしれない、などと思った。

R0uault01  絵画展へ行くと、自分でも絵を描きたくなるものである。昨日も使ったタブレットPCの絵描きソフトを立ち上げて、自ら与えた“課題”に挑戦した。それは、パソコンで名画を再現する試みである。もちろん完全な再現などできるはずがないが、どこまで「それらしく」できるかを試したかった。そこで、20世紀初頭のフランスの画家、ルオー(George Anri Rouault, 1871-1958)の「ヴェロニカ」という作品の写真を脇に置いて、せっせとペンを走らせた。この作品は、ルオーが74歳ごろに描いたものと言われていて、ある解説者の言葉によると、「ゴシック芸術の天才たちと肩を並べ得る名作であるという点で、この作品はルオーにおいてもとくに優れたものである」らしい。

 ルオーの絵の特徴は、黒く太い線で人物や物の輪郭を描く点と、キリスト教の教えを内なるテーマとしている点だろうか。カンバスに油彩で描かれた原作の質感をパソコンで出すのは、至難の業である。
 
 谷口 雅宣

【参考文献】
○ベルナール・ドリヴァル著/高階秀爾訳『ルオー』(新潮美術文庫、1976年)

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2007年10月10日

パソコンで絵を描く (2)

 10月6日の本欄で紹介したが、最近乗り換えた新しい“タブレットPC”を使って、さらに絵を描いてみた。今回は、ウィンドウズ付属の「ペイント」ではなく、旧PCで使っていた「NeoPaint」を移植した後に、それを動かして画面にペンで描いてみた。新PCはまだ使い慣れてはいないものの、今度のソフトは「ペイント」よりは機能も豊富だから、より奥の深い表現ができそうである。ここに2点を掲げる:
 
1.ティーカップ

Teacup01  自宅で普段から使っているティーカップを描いた。紙にペンで線を引くときのように、フリーハンドで画面に輪郭を一気に描いた後、カップの模様や陰影を描きこんだ。手元が不安定な感じの線になったが、できるだけオリジナルの線描を修正せずに、歪みの面白さを生かそうとした。皿の部分が、ボール紙のように波打ってしまったのは失敗だが、これも修正しなかった。白バックの上に描かなかったのは、カップの白とハイライトを浮かび上がらせるためである。
 

2.カワムラフウセンタケ

Kawam  休日に山へ行った時、森の中で採ったキノコをスケッチした。図鑑で調べると「カワムラフウセンタケ」のようである。キノコの同定は専門家でもむずかしいというが、絵は食べるわけではないので、「お前のおかげで中毒した」と怒られることもないと思い、一応それを絵の題とした。このキノコは、モミ林の中で布団のように堆積した枯葉から頭を出していた。柄の基部が塊茎状に膨らんでしっかりしているのは、フウセンタケ科のキノコに共通する。特徴は、柄と傘の裏側が紫色をしていること。食用になるというが、同定に自信がないので食べるのはやめた。
 
 
 谷口 雅宣

 

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2007年10月 9日

キンモクセイ、香る

 ようやくキンモクセイが香る時季となった。ここ数日、朝自宅の雨戸を開けると、柑橘類に似た馥郁とした甘い香りが流れてきて、心が躍る。あぁ、いよいよ本格的な秋が来たと感じるのである。昨年は彼岸の中日には咲いていた花だが、温暖化の進行で季節の歩調が狂い、今年は2週間以上も開花が遅れている。しかし、咲いてくれるだけでありがたい気持だ。

 今年、キンモクセイの香りがひと際ありがたい理由が、もう一つある。自宅北側の通用口の脇に植えた1株が育って、今年初めて枝いっぱいの花を咲かせてくれたからだ。「初めて」という言い方は、本当は正確でない。この株を買った3年前には一度咲いたからだ。鉢植えや苗で買った植物は、最初の年は花や実をきちんとつけるものだ。しかし、地植えしてしばらくたつと、その土地のもろもろの条件と折り合いをつけるために植物自身が余分のエネルギーを使うのだろう、花や実がつかなくなったり、ついても貧弱なものになることが多い。そして、移植地の環境に適応したものだけが、そこで立派に成長するのである。
 
 この点、植物は子供の成長と似ている。私は18歳から子供3人を外へ出し、学生時代を1人で過ごさせた。言わば“株分け”をしたのである。その後、就職しても、社会人として安定的な成長が始まるまでは、分かれた“株”はとかくゴタゴタ、ドタバタするものである。長男は、3年ほど勤めた会社を同僚とともにやめて、起業した。二男は、最初の会社に数カ月で見切りをつけ、兄の会社で数年働いたが、今は別の可能性を求めて就職活動中だ。学生だった3番目の長女が、ようやく仕事らしい仕事を得たのが今年の春だ。3人とも、これからいろいろ苦労しながら成長していくだろうが、そういう秋に、一時元気がなかった庭のキンモクセイが花をつけた。これを「幸先良し」と感じるのは、親のひいき目だろうか。

 今朝は、雨上がりの明治通りを妻と一緒に本部事務所まで歩いて行った。途中、日露戦争の英雄、東郷平八郎を祀る東郷神社の境内を通るのだが、そこはキンモクセイの香りでいっぱいだった。この花は橙色をしているが、小さいので目立たない。私が香りの主を探して目をキョロキョロさせていると、妻が目の前の背の高い立木群を指差して、
「あそこに立派なのがあるわ」
 と教えてくれた。
 2階の屋根に達するほどの木が3~4本、豊かな枝を広げて並んでいるのが、緑の塀のようだった。よく見ると、その緑の隙間から、橙色の豆粒のような花がいっぱい顔を出している。それに比べ、わが家の通用口の苗木は、まだ胸のあたりまでしかない。
「うちの木があの大きさになるころは、僕らはもういないね……」
 私はそう妻に言ってから、自分の言葉の意味を改めて考え直した。妻は、「そうね……」と答えたような気がしたが、返事の声は小さくてよく聞き取れなかった。二人は黙ったまま、キンモクセイの前を通り過ぎた。妻と私は昨日(8日)、86歳で他界した親戚の告別式に出席し、棺に色とりどりの花を詰めて帰ってきた。花に埋もれた老人の、眠ったような顔が、私の脳裏に鮮明に残っていた。こんなに多くの花が、一人の人間の葬儀に使われるのだ、と私は改めて感心した。花と人間の深い関係が、そこにもあった。

 樹木の中には、人間よりはるかに永く生きるものがある。キンモクセイがそれに当たるかどうか知らないが、東京のような都会でも、植えた人間がどこかへ移っていった後も、立派に生き続ける木は無数にあるだろう。最初は自分のために植えた木でも、やがて多くの人々のために新緑を輝かし、木陰をつくり、香りを送り、実を落とし、黄葉・紅葉で人の目をなぐさめる。植物のもつ「根を張って動けない」という不自由が、逆に偉大な菩薩行を可能ならしめている。そう考えると、私は樹木の前で手を合わせたくなるのである。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月 8日

インドネシアが燃えている

 10月5日の本欄で北極の海氷の異常な縮小について書いた際、「東南アジアなどにある広大な泥炭地」が乾燥してCO2を排出することにも触れた。私は、そのメカニズムについてよく知らなかったが、7日付の『朝日新聞』がタイミングよくこれを取り上げて詳報している。

 それによると、樹木やコケ類が湿地や凍土に覆われると腐食せずに炭化するらしいが、これが数千年以上繰り返されて積み重なった地層を「泥炭層」という。地球上の熱帯地域の泥炭面積の半分はインドネシアにあるといい、日本では尾瀬やサロベツなどにもこれがあるらしい。泥炭は樹木やコケ類の死骸(主成分は炭素)を地下に固定化したもので、世界の陸地面積の約3%を占めるという。かつて熱帯の泥炭は、湿地に守られていたために燃えることは少なかった。ところが近年、温暖化にともなって森林火災が多発し、また農地開発などで土地の乾燥が進んでいるため、焼き畑の火が泥炭に延焼するようになったという。インドネシア林業省によると、10月2日現在、火災の数は全国で約1200カ所にも及ぶという。
 
『朝日』はインドネシア中部のカリマンタン州に記者を派遣して延焼中の泥炭地の取材をしているが、記者の報告にはこうある:「煙を頼りに、火元に向かった。数百メートル四方にわたって黒く焼け焦げた木々が横たわり、地面から煙が立ち上る。木々を燃やして後も火は地中に広がり、数カ月も燃え続けることがあるという」。
 
 インドネシアの泥炭地から放出されるCO2の量は、年平均で20億トンにもなる。このうち火災によるものが14億トンで、残りの6憶トンは、泥炭地の乾燥が進むことで微生物によって分解される際に排出される量だそうだ。日本全体のCO2排出量が約13億トンであるから、事態の深刻さがよくわかる。逆に言えば、日本がインドネシアに協力して泥炭地の火災を大幅に減らすことができれば、京都議定書の目標が簡単に達成されるどころか、日本全体が実質“炭素ゼロ”を達成することも夢ではないのだ。
 
 7日付の『新潟日報』に温暖化ガスの排出量に応じて課税する「環境税」の導入に賛成する人が4割を超えた、という記事が載っていた。6日に内閣府が発表した「地球温暖化対策に関する世論調査」の結果である。2005年に行われた前回の調査では、環境税導入に賛成が24.8%、反対が32.4%だったが、今回は賛否が逆転して、それぞれ40.1%と32.0%になったという。この調査は、今年8月に全国の成人3千人を対象にして面接を行い、1805人から回答を得た。環境省は、今夏の記録的な暑さや環境問題を扱った映画の影響があると分析しているようだ。私は前々から、環境税ないしは炭素税の導入を訴えているが、国民の意識が着実に変わりつつあることは嬉しい。しかし、環境税の導入には産業界の反対がネックになっている。排出権取引制度でも、日本は業界の反対で世界の趨勢から遅れをとりつつあるのが残念だ。

 が、「業界」全体を悪者扱いしてはいけないかもしれない。一部の先進的企業は、製品の省エネ化だけでなく、生産段階で排出するCO2の削減も目標としはじめた。10月6日の『朝日』によると、松下電器産業は、今後3年間で、生産段階を含むグループ全体で排出するCO2の量を30万トン減らし、2000年の水準に等しい年間360万トンにする方針を発表した。「グループ全体」というのは海外も含めるという意味で、国内では10月から、海外では来年1月から取り組みを開始し、世界にある294カ所の生産拠点すべてで排出削減運動を始めるという。生長の家の“炭素ゼロ”運動は今年4月から始まっているが、松下グループの運動は相当ペースが速いようだ。

 日本政府は、地球温暖化の被害が誰の目にも明らかなほど甚大になってから、環境対策に本腰を入れるつもりなのだろうか? それでは科学にもとづく予測や分析を無視することになり、また環境の“トップランナー”の位置を自ら放棄することにならないか。叡智と決断力のある宰相は、もはや日本から生まれることはないのだろうか?

 谷口 雅宣

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2007年10月 6日

パソコンで絵を描く

 私は最近、長らく使っていたノートパソコンを“新調”して、ここ1週間ぐらい数々の移行作業を行っている。OSをWindows XP から Vista に思い切って変更してみたが、画面表示があまりにも違うので、あわてて旧式のXPのタイプに画面設定を変更して使うことにした。パソコンは毎日使う“道具”だから、とにかく慣れているものを無理に変更することはない、と私は思う。旧い機械は、キーボードのキーの文字が一部はげてきて読みにくくなっているのはいいとしても、ハードディスクが一杯になってきただけでなく、アクセスが遅くなり、実用上も不都合を感じるようになっていた。XPには、ハードディスクの“クリーンアップ”機能が付いているが、それを2~3回実行しても目立った変化はなかった。使わなくなったデータ等のファイルは、CDやDVDへ移しかえることもしているが、ご存じのように、私は最近になってビデオを撮るようになった。すると、ハードディスクがデータで埋まっていく速度がぐんと増したのである。
 
 新しい機械には、密かに期待していたことがいくつかある。その1つは、パソコンの画面をスケッチブック代りにしたいということだ。これは、ペン型の入力装置をマウスの代りに使う「タブレットPC」と呼ばれるモデルで可能だと考えていた。昨年6月15日同22日の本欄では、「ペンマウス」という付属装置を買って絵を描いたことを書いたが、これでは本物のペンのような動きができず、不自由さに閉口した。当時もタブレットPCを買おうかと考えたが、その際は旧いノートパソコンの方がまだまだよく動き、ハードディスクの残量も相当あったので買うのをやめたのだ。あれから1年が過ぎて、OSも新しくなったところで、ついにタブレットPCの購入を決意したというわけだ。
 
 タブレットPCは、普通のノートパソコンで液晶ディスプレイを開いた状態から、さらに目の前のディスプレイを裏向きに180度回転することができる。そして、回転後のディスプレイをキーボード上に覆いかぶせることができる。こうすると、ノートパソコンを閉じて液晶ディスプレイだけが見える状態になる。これの操作にはキーボードが使えないため、画面を特殊のペンで触れて操作することになる。このペンにはマウスと同等の機能があるから、“お絵描きソフト”を使い、画面上にペンを走らせれば、スケッチブックの代用になるはずだと考えた。旧PCでは、デジカメの写真や図版などをNeosoft社の「NeoPaint」というソフトを使って処理していたが、新PC上にはこのソフトをまだインストールしていない。しかし、新PCには、Windows 付属の「ペイント」という“お絵描きソフト”が入っていたので、まずはそれを使って実験的に絵を描いてみた。
 
 さほどの出来とは言えないが、ペンマウスを使ったものより自然な線が描けていると思う。機会をみて、いろいろ試してみたいと思う。
 
 谷口 雅宣

Teabottle Niigata
 

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2007年10月 5日

最小になった北極の海氷

 9月22日の本欄でも触れたが、北極海の氷は今年の9月16日に1930年以来、最小になったそうだ。米コロラド州ボールドゥーにあるアメリカ氷雪データセンター(the National Snow and Ice Data Center)の発表によるものだが、ここ数十年間の平均値よりも260万平方km以上も縮小したという内容で、このことが波紋を拡げている。9月23日付の『朝日新聞』は「海洋研究開発機構の解析」として同じことを「70~80年代と比べ日本列島7.5個分も縮小した」と表現している。10月3日付の『ヘラルド・トリビューン』紙もこれを大きく取り上げ、「長らく想像上の航路とされてきたカナダの北とロシアの北を回る北方海路が実現しそう」と報じている。
 
 その記事によると、このように大規模な氷の退縮がこれほど早く起こることを専門家は誰も予想していなかったようだ。専門家だけでなく、世界中のほとんどすべてのスーパーコンピューターの予測をはるかに上回る速度だという。最近、アラスカのフェアバンク市で開かれた海氷専門家の会合で、ある地球物理学者は「我々の専門知識は役に立たなくなったようだ」と言ったらしい。また、これまで北極圏の気象の変化が人間の活動が原因であるかどうかを疑っていた科学者も、もはやそれ以外の要因はないと考えるようになってきたという。今年は8月8日の海氷の大きさが577万平方kmだったのが、9月16日には414万平方kmにまで減った。これは2005年に達成したこれまでの最小記録、531万平方kmより117万平方kmも縮小した計算になる。日本列島3個分の大きさである。
 
 ワシントン大学のジョン・マイケル・ワラース博士(John Michael Wallace)が言うには、「我々は1990年代までの気象の変化については、地球温暖化とはハッキリつながらない風向きなどの自然の変化によって引き起こされてきたと主張していた。ところが、ここ数年来の変化はそれでは説明できない。私は今、人類が基本的にもはや後戻りできない地点を通り過ぎた可能性を否定できない」という。カリフォルニア州モントレー市の海軍学校の研究者は、2013年までに夏の北極海から氷がなくなることを予測しているらしい。

 カナダのトロント大学の政治学者、トーマス・ホーマーディクソン博士(Thomas Homer-Dixon)は、10月5日の『ヘラルド・トリビューン』に寄稿して、「後戻りできない」という事態がどう起こるかを詳しく説明している。それによると、海氷融解は当初、人間の活動による大気中への温室効果ガスの排出増大によって起こるが、太陽の光と熱を反射していた氷が融けることで、青い海が太陽熱を吸収し始める。これによって、海による熱の吸収率は一気に80%増大するという。そして海水温が上がれば、さらに海氷は融けるという悪循環が生まれる。地球の他の場所に比べて極地の平均気温の上昇が激しいのは、こういう理由からだ。

 海水温が上昇すれば、さらに温暖化は進む。なぜなら、CO2は温い海水中には溶け込みにくいからだ。ホーマーディクソン教授によると、毎年、人間が排出するCO2の約半分を海水が吸収しているという。しかし、この理由により、海水温の上昇で大気中のCO2の量が増えることになる。また、海中には膨大な数のプランクトンがいて、これらが栄養素を通して炭素を体内に固定しているが、海水温が上昇すると海の上層部の水と深層部の水とが混じりにくくなり、プランクトンへ栄養素が渡りにくくなるという。このことも大気中のCO2を増やす結果となる。

 こうして地球の表面の温度が上昇すれば、地上の生態系にも影響が及ぶ。すでにアラスカ、カナダ、シベリアなどで永久凍土が融解しつつあるが、これによって土中の有機物が腐敗現象を起こし、CO2やメタンを大気中に排出する。気温の上昇により東南アジアなどにある広大な泥炭地や湿地が乾燥すると、そこに生える植物が枯死してCO2の吸収が減る。その一方で、アマゾンやアラスカ、カナダのブリティッシ・コロンビアなどで甲虫類が大発生して、広大な面積の松林を枯らしている。このようにして植物が枯れた地域では、山火事が発生しやすくなり、山火事が起これば当然、大量のCO2が大気中に排出される。
 
「日時計主義」を唱える生長の家では、このような温暖化の“暗黒面”を見てはいけない、と読者は言うだろうか? もちろん、地球温暖化にも“光明面”がないわけではない。例えば、北極の海氷の融解が進んだ今、ロシア、カナダ、デンマークなどの北方の国々は、北極の海氷が融けることで新たに生まれる海路と海底資源の開発の可能性を検討し始めている。これによって、人類が必要とする資源開発がさらに進み、交通網はさらに発達し、将来多くの人類に恩恵をもたらすだろう--読者は、本当にそう考えることが正しいと思うだろうか?
 
 谷口 雅宣
 

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2007年10月 4日

本欄のモードを変更しました

 本欄には最近、いやがらせのコメントが来るようになったので、不本意ながらモードを一部変更した。これまでは、私の文章に対するコメントは本欄上に即座に表示されるようになっていたが、今後は、私がそれらを読んだ上で「公開」の処置をとったもののみが表示されるように変更した。従って、私が本欄にアクセスしない時間に書き込まれたコメントは、どんな内容のコメントであっても私が読まない限り本欄に表示されないことを、読者にはご了承いただきたい。本欄を訪れる圧倒的多数の読者は悪意のない方々であるにもかかわらず、ごく少数の読者のためにこのような処置を採らざるを得ないことを、誠に残念に思う。

 ところで、この機会にコメントする際に「本名」か「ペンネーム」のいずれを使うかという問題について、私の考えを述べさせていただこう。私が、自分のウェッブサイト名に本名を使っていることからもお分かりのように、私はこれまで基本的にネット上で本名主義を貫いてきた。これは、自分の発言が講話やスピーチであろうと、雑誌であろうと、単行本であろうと、ネット上であろうと、同等に責任をもつべきと信じるからである。ネット上の発言は「匿名性」が大きな特徴であることは確かだが、それを悪用する人が相当数いることもまた確かである。本欄へコメントする人は「悪用」を考えない人がほとんどと信ずるが、それにしても、匿名であることの気安さから発言がつい無責任な方向に流れる可能性は否めない。

 だから、読者にはぜひコメントを本名でお願いしたいし、できるならば、最初のコメントの際に、お住まいの都道府県や生長の家との関係なども簡単に教えていただけると、私の方でも答えやすいのである。生長の家の組織と関係のある読者が、本名を使うことで組織上の不都合が起こることを危惧する気持も、私はわかる。その場合は、ペンネームで書き込まれることを私は拒否しないが、その際は、悪意のある書き手との区別が私には難しくなるため、答えるべきか否かの判断に慎重になることをご理解願いたい。このような不都合を避けるためには、書き込みの際に私宛にメールを送っていただき、その中に本名とペンネームを書いていただくという方法もある。つまり、「私の本名は何の誰兵衛ですが、コメントは○×△□を使います」と事前に教えてもられえば、手間はとるものの双方の心配は解消されるのではないだろうか。
 
 また、本欄へのコメントに対して、私が必ず答えると思わないでほしい。読者ご自身が、コメントしたい時にコメントし、したくない時にはコメントしない自由をお持ちのように、私にも答えたいときに答え、答えたくないときには答えない自由を許していただきたい。私が答えないのは、単に忙しい場合、質問の内容が理解できない場合、すでに答えているのに理解してもらえない場合、考え方が違いすぎて意見が噛み合わない場合、答えないことで何かを言いたい場合……などいろいろある。そういう理由も、いちいち言うつもりはない。

 とにかくこの場は、できるだけ友好的に、互いを尊重し、互いに魂を高め合い、信仰と生きる喜びを語りあう場にしたいと熱願しているので、読者の皆さまにはぜひ、ご協力いただきたいのである。
 
 谷口 雅宣

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2007年10月 2日

天才の心

 前回の本欄では、宮沢賢治の作品を流れる「人間と動物との一体感」などと書いたが、これは通常の“ペット好き”というような意味ではない。賢治の家は敬虔な浄土真宗で、賢治自身すでに4歳で『正信偈』や『白骨の御文章(おふみ)』を暗唱していたという。賢治はその後、日蓮宗に改宗するが、生涯一貫して動物の肉を食わないベジタリアンたろうとしていた。前回引用した彼の手紙の一部は、そういう信念と努力の中でも魚を食べたことがあり、それを悔やんで親友に告白していると解釈すべきだろう。梅原猛氏の『宮沢賢治研究』(筑摩書房)の中に、次のような一節がある:
 
「賢治は小説が書けなくて、詩や童話を書いたのではない。彼は自己の世界観の必然から詩と童話を書いたのである。彼にとって明らかに、動物も植物も山川も人間と同じ永遠の生命をもっているはずであった。その生命の真相を語るのに、どうして、人間世界のみを語る小説という形をとる必要があろう。(中略)そこでは動物は人間と対等な意味をもっているのである。そして、そこでえがかれるのは、動物と人間が共通にもっている生命の運命である。賢治は、童話によって人を風刺して、人間社会を改良しようとしたのではない。むしろ、人間が動物をはじめとする天地自然の生命と、いかにして親愛関係に立つべきかを示したのである」

 精神科医の福島章氏は、さらに一歩踏み込んで、賢治が「鳥の顔をした人」あるいは「人の顔をした鳥」の幻覚を実際に見ていたと指摘している。これは、福島氏が著書『不思議の国の宮沢賢治』(日本教文社)の中で多くの例を挙げて説明しているのだが、ここに2~3例を引用すると--
 
 ひとびとは
 鳥のかたちに
 よそほいて
 ひそかに
 秋の丘を
 のぼりぬ    (1911年秋の詩)
 
 さまよへるたそがれ鳥に似たらずや青仮面つけて踊る若者
 (短歌「原体剣舞連」中の1首)
 
 いつか雁がみな空を飛ぶ人の形に変って居りました。
 (童話「雁の童子」)

 このほかにも、賢治の文学には自然の人格化や無機物の有情化などの特異なイメージが頻繁に出現することを指摘して、福島氏は賢治が精神病理学的に「特異な感覚をもち、いちじるしくアニミズム的な自然観をもっていた」と書いている。より具体的には、「カリスマ症状群」という概念を挙げ、「精神分裂病者と同じように通常の三次元的な時空間を超越した体験構造をもつ」が、「その体験の仕方が精神分裂病者の受動性とちょうど反対の能動性をそなえて、予知、念力、テレパシーなどの超能力を発揮する」種類の人だった可能性があるとしている。
 
 私はここで「宮沢賢治は精神病を病んでいた」と言いたいのではない。むしろ、その逆である。上に挙げた「カリスマ症状群」を示したと見られる人には、南方熊楠、芥川龍之介、ユングなどの天才がいる。また、福島氏は、空海と賢治の間の類似性を次のよう書いている:
 
「二人とも、自然にしたしみ、その中に深く分け行って、自己の生命と宇宙の生命とを融合・一体化させた。さらに、大日経と法華経の違いはあるが、動的で生命的な世界観をいだいていて、それを幻視的なまでの鮮明さでまざまざと描きだそうとした。二人とも、青白い理論家というよりは行動的な実践家であった。また、ひとつの専門にとらわれずに多方面に才能を発揮した万能型の天才であった」(上掲書、pp.58-59)

 私はこのような精神病理学的現象と芸術性との関係を知って、拙著『神を演じる前に』に書いた人々のことを思い出した。そこには現在は「統合失調症」と呼ばれる精神分裂病であった可能性が大きい芸術家の名前として、バスラフ・ニジンスキー(舞踊家)、アントニ・アルトー(劇作家)、ヤコブ・アドルフ・ハーグ(作曲家)、ヨハン・フリードリッヒ・ヘルダーリン(詩人)、イボール・ガーニー(詩人/作曲家)、アウグスト・ストリンドベルク(作家)、ヴィンセント・ファン・ゴッホ(画家)、ジェームズ・ジョイスが挙げられている。これに躁鬱病を加えれば、ヘンデル、ベルリオーズ、シューマン、ベートーベン、バイロン、コールリッジ、バルザック、ヘミングウェイ、バージニア・ウルフなどが挙げられる。福島氏によると、宮沢賢治は躁鬱病と分裂病の双方の兆候を示していたそうだ。
 
 再び言うが、私はここで芸術家を貶めようとしているのではない。このような現象は、逆に人間本来の素晴らしさを示していると思う。ハードルが高いほど、人間は高く飛翔するのだ。それこそ鳥になって……。
 
谷口 雅宣

【参考文献】
○福島章著『不思議の国の宮沢賢治--天才の見た世界』(1996年、日本教文社)

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